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旅の始まり

 商隊の隊長は、北の山脈を抜けた先まで穀類を運ぶ予定の、ローマン・フーヴァーという男だった。

 そのため、商隊はもっぱらローマン隊と呼ばれることとなっている。

 ローマン隊は荷車を二十に対して護衛を二十人呼んでおり、彼らの雇用主はローマンとその一家の名義となっていた。

 

 アシュベリー家はローマンに商隊へ規定の客員使用料を支払っており、食事は別として荷車の使用も許可されている。

 そこにメイナードの服や寝具の一部をいれ、カルラとメイナード自身が横になれるスペースがある。

 しかし、お世辞にも快適とは言い難かった。


 メイナードは一人、脚をぶらぶらさせながら、荷車の背に乗っている。

 手でひさしをつくって、遠くの山を見上げるが、未だ街が見える気配はない。

 舗装されていない山道を、がたがた揺れる荷車の車内で過ごすのは、あまりにも厳しかった。 

 蒸し暑さと揺れで早々に吐き気を催したメイナードは、最初の休憩でアシュベリー家最後の食事をあらかた道端に吐き戻して、それでようやく調子を取り戻したのだ。

 それをまた再現するのは辛かった。

 そもそも吐き気は腹の中身に関係なく襲ってくるから、これ以上吐くと胃液が逆流して喉を痛める。

 だから、メイナードは遠くを眺めながら、何とか吐き気をなだめていた。


 その横で、カルラは乾獣ホーンの背に揺られながら、周囲を警戒していた。

 カルラはメイナード付きの専用護衛だった。

 ローマンに雇われていない護衛は、この商隊にカルラ一人だ。

 普通は、商隊で動く場合、個人で勝手に護衛を増やすのは認められていない。

 私兵は、いざ森のなかで混戦になった時、情報が共有できていない場合、足手まといになりかねないからだ。

 それに、誰の利益を優先するかで動きが変わる場合、護衛が賊に変わる可能性も考えられる。

 なるべく商隊長に権力を集中させる関係上、私兵は認められていないということだ。


 しかしカルラは例外だ。

 というよりも、アシュベリー家が例外だった。

 メイナードの父、ティモシーはあの街で唯一の回復魔法が使える存在だ。

 商隊で何らかの怪我が起きた時、ティモシーを頼るほかないのが現状である。

 ほかにも、教会が回復関係の対抗魔法をあらかた掌握している関係で、色んな街に赴く商人としては逆らいにくいというのが現状だ。

 もちろん表向きの理由は、教会は信用できるから問題ない、としている。

 それに商売敵を守るための護衛というわけではなく、ティモシーの一人息子を隣町まで運ぶだけだ。

 利益が相反しない以上、波風を立てずに済むならそれで問題ない、というのがローマンの最終的な判断だった。


 カルラは借りた乾獣をほとんど自分の相棒のごとく巧みに操って、優雅な旅路を歩んでいる。

 

「ねー、それ楽しい?」


 メイナードはぐったりとした顔でカルラを見ながら、そう言ってみる。


「別に楽しくはないですよ。メイナード様も乗ってみます?」


 順調に育てば、メイナードもいずれはティモシーに乾獣の乗り方を教わっていたかもしれない。

 しかし、結局こうして外へ出されたわけで、乗り方も聞かずじまいだった。

 当然、日本で乗馬の経験もしたことがない。

 自分で操縦した乾獣っぽいものといえば、ゴーカートくらいだろうか。

 あれも結局はアクセルを踏めば勝手に進むおもちゃだから、何の参考にもならない。

 それに何より、今のメイナードは吐き気から回復したばかりで、まだフラフラしていた。

 

「やめとく。それより、何か見える?」

「特に。こういうのは曲がり角とか、尾根や谷が一番危ないんですよ」


 カルラは間断なく周囲を警戒しつつも、いつものように柔らかい声音で答えた。

 ちょうど曲がり角で谷に差し掛かるところだった。

 向かって左には獣道がかすかに見える、緑の濃い森が広がっている。

 踏み固められて、ある程度雑草も取り除かれた道と違って、黒い土が柔らかそうだ。

 右側も同じような景色だったが、遠くを見ると滝がかすかに覗いていた。

 どちらも木々がびっしりと生い茂っており、見渡しが悪い。

 

 言われてみると、襲いやすそうな地形だなとメイナードは思った。

 そもそも商隊は縦に長いから、曲がり角で分断して襲えば、それだけである程度の混乱を狙える。

 狙うとしたら、ちょうど真ん中にいるメイナードが乗った荷車が曲がり角に差し掛かる時だろう。

 そんな風に分析していたときのことだった――


 ――激しい風鳴とともに、複数の火矢が荷車に飛び込んできた。


「しゅうげえええええき!!!!」


 最初に気づいた護衛の男が、物凄い大声を張り上げて商隊全体を震わせた。

 さらに大きな音の鳴る楽器がけたたましく吹き鳴らされ、木々の間にいた鳥たちが空へ逃げていく。

 インカムなどの通信機器が存在しないこの世界では、情報伝達手段に楽器などの大きな音を出せるものが使われることは珍しくない。

 一気に緊張感の増した商隊で、カルラはいち早くメイナードへ乾獣を寄せた。


「乗ってください!」

「え? え!?」


 早く、と大声を上げるのとカルラがメイナードを強引に抱き寄せたのは同時だった。

 それに一瞬遅れるようにして、荷車の車輪が火矢に壊される。

 車軸が割れてバランスを崩した荷車が荷物をばらばらと地面に落としながら、崩壊していく。

 激しい音を立てて壊れた荷車を背後に、カルラは一目散に森の中へ入っていった。


「メイナード様、魔法は使えますよね?」

「まあ」

「じゃあ、今から指示したところへ火を飛ばしてください。できれば石ころみたいなのと一緒に投擲してほしいです」

「打撃つきってこと?」

「はい」


 カルラは、メイナードを戦闘に参加させようとしていた。

 強さを考えれば当然のことかも知れなかったが、メイナードは驚いた。

 普通、こういうときは例え強くても、子供だからという理由で保護されるだけだと思っていたのだ。

 しかし、ここは違う。

 この世界は野蛮で、戦闘では何が起こるか分からなくて、一度判断を間違えただけで、死ぬかも知れないのが当たり前だ。

 だからこそ、生きるために手段を尽くすのは当然のことだった。

 

「左斜め前! 一人います」

「よしきた!」


 メイナードには敵の姿が見えなかったが、カルラが言うなら本当なのだろう。

 見えない敵に向かって、メイナードは火を投げた。

 ゴルフボール大の火は一直線に投げられ、火矢よりも速い速度で森を駆け抜ける。

 暗い森が、茫洋とした灯りに一時照らされ、重い淀みが少し晴れた。

 それでもなお、森の深い闇は払われない。


「出ました!」

「!?」

 

 カルラの言うことが、メイナードには分からなかった。

 しかし一瞬遅れて、体感する。

 

「おらっ!」


 短く息を吐く声とともに、針金できた網がメイナードの眼の前に現れた。

 網を持つのは、さきほど火を投げた方向から現れた男だ。

 がっしりとした体躯に、重そうな鎖帷子を着込んだ男は、カルラを見もせずに一直線にメイナードを狙う。

 思わずのけぞったメイナードは、乾獣から落ちそうになって、慌てて身体を低くした。

 それが偶然にも功を奏して、網が頭上を通り抜ける。


「とにかく足止めしてください!」


 カルラは乾獣を操る手綱を片手で握りしめながら、宙にもう片方の腕をあげた。

 メイナードは、カルラが剣を取り出す気なのだと判断して、支援すべく攻撃に打って出る。

 いつも狼にしていたように、足元へ向かって蔓を伸ばして、絡みつかせた。

 鎖帷子の男は表情の見えない甲冑の奥で、何を感じているのかもわからない。

 しかし、内心焦っているのは間違いないだろうと思いながら、メイナードは縛る手数をさらに増やした。

 

 カルラが剣を抜く。

 乾獣に乗ったまま、足の止まった男へ向かって剣を振りかざした。

 剣先は宙を舞って、何も手応えがない。


「やられた、魔法だ!」

「えっ!?」

 

 メイナードは混乱して、まともな判断すらできなかった。

 散々縛り付けた男が、跡形もなく消え去ったのだ。

 少しの間、メイナードはあちらこちらを見渡して、何もしていない時間が生まれた。

 それが大きな隙となる。


「上です!」

「どういうこ……んのわっ!」


 言葉を返そうとした時、メイナードは思い切り服の裾をつかまれて、地面へ引きずり降ろされた。

 カルラの仕業だ。

 それがギリギリの回避だったと気づいたのは、地面から顔をあげてからだ。

 

 いま、乾獣の上には男が陣取っていた。

 鎖帷子の男は、ぐるぐると網を回しながら、メイナードを見据えている。

 狙いがメイナードなのは明らかだった。


「相手は対抗魔法持ちです」

「瞬間移動?」

「そうでしょうね。網はブラフで、実際は距離を一息につめて連れ去られる可能性がありますから、気をつけてください」

「了解」


 地面に叩きつけられた衝撃で、メイナードの服は泥まみれだ。

 黒くて柔らかい土は、荒い繊維の服のすき間に入り込んで、汚れが染み付いている。

 それを払いつつ、メイナードは次の魔法へ打って出た。


「んぐっ!?」

 

 水の塊を、男の顔面へぶつけたのだ。

 一瞬の動揺が、カルラへの時間稼ぎとなった。

 大人の足で十歩分ほど離れていた彼我の距離を、カルラは一瞬で詰めていく。

 メイナードも遅れをとらないように、風で身体を飛ばしてついていった。

 離れるのは、瞬間移動の使い手にとって有利になる可能性があったからだ。

 相手がどこにでも一瞬で動ける以上、不利な立ち位置しか残らない状態にするのが適切だと、メイナードは判断したのだ。

 それはかなり、芯の通ったやり口だった。

 

「はっ!」


 息を詰めつつ一息に剣を振り抜いたカルラが、またもや空を切る。

 ついで敵が現れたのは、メイナードの真後ろだった。

 倍以上の身長差のある男が、両腕を思い切り広げてメイナードを抱きすくめる。

 それから、メイナードの視界は一瞬で切り替わった。


 カルラの背後、森の奥だ。

 瞬間移動できる距離に限界があるのか、カルラの背がまだ見える。

 そして、カルラは余裕をもって振り返ってメイナードへウィンクした。

 メイナードはそれに気づいて、男が何をしようとしているか確認した。

 背後の男は短剣を振り上げて、メイナードの頭に柄頭を叩き込もうとしていた。

 あくまで、生け捕りにするつもりらしい。

 だが、メイナードは一瞬早く防御態勢をとった。

 もう魔法を使って対処する暇はなかった。

 それが男の狙いだったから当然とも言える。

 剣を持ったカルラから距離を取りつつ、一瞬の隙をついて魔法使いのメイナードを気絶させるのが目的だったはずだ。

 それに気づいたメイナードは、男の判断の穴をついて身体を丸める。

 上半身を起こして柄頭を振り上げた男が、獰猛な瞳でメイナードを射抜く。

 しかし、短剣が振り下ろされることはなかった。


 男の頭に、矢が突き刺さっている。

 頭蓋骨が割れて、矢尻がすこし頭の向こうに飛び出していた。

 刺さった衝撃で両の眼は地面にこぼれだし、窪んだ眼窩からは黄色い液体が溢れ出す。


 カルラが自分の魔法でクロスボウを取り出して、男に撃ち込んだのだ。

 彼女が剣しか持っていないと判断した男の、痛恨のミスだった。

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