脳筋TS令嬢は肉体言語にて愛を語る
あの時、僕は浮かれていたんだ。
初めて友達と徹夜でカラオケに篭り、その後道端で1万円拾ったもんだから予想以上にはしゃいでしまった。
友達の「転ぶなよ〜!」と忠告が聞こえたが、構わずはしゃぎ回っていた。
きっとそれがいけなかったんだと思う。
気づいたら赤信号に突っ込むトラックが眼前に迫り、視界が暗転した。
走馬灯すら見ることなくあの世へと旅立った僕に、神様から告げられた言葉は──
「お主、異世界に行って縁結びしてこい」
──だった……。
**********
「……マジですか……」
5歳の誕生日、ふかふかのベッド目を覚ますと同時に前世の記憶を思い出した。
フレア・アーガスト。代々宰相の役に就くアーガスト公爵家の一人|娘〈・〉であり、正真正銘の貴族令嬢である。
男家系で5人目にしてようやく生まれた娘が僕であり、思い返すとドン引きなほど甘やかされて育ってきた。
過保護な家族の行動に拍車をかけたのは、私が生まれつき病弱なことだ。
外に出かければ熱を出し、好き嫌いも多く食が細い。そのせいで常に寝たきりの生活を過ごしていた。
前世の僕はインドアな性格ながらも運動部に所属し、体格はがっちりしている方だったと思う。だがフレアの体は触れれば折れてしまいそうなほど華奢で、不健康なほど肌も白い。これでは神様からの指令を遂行するのは不可能だろう。
……そう、今まで忘れていたが、僕は神様から使命を託されていた。
それは『prince lover』というゲームの世界に転生し、主人公と攻略キャラの第2王子を幸せにする事だ。
正直僕は乙女ゲームはおろかギャルゲーすらやった事はない。そんな僕が主人公たちを良縁に導けるとは思えない。そこで救済措置として神様から支給されたのが『神様のメモ帳』だった。
この『神様のメモ帳』には『prince lover』の攻略情報が隠しキャラまで全て網羅されているのだ。
布団に潜り込んで寝たフリしながら読んだ内容をまとめると──
物語の舞台は中世ヨーロッパをモデルにしたファンタジー世界。この世界には魔法が存在し、魔力を持つものは15歳になると王都の学園に入学しなければならない。そして学園に主人公が入学することから物語が始まる。
このゲームの売りは美麗なイラストだ。製作陣が趣味全開で人気イラストレーターを起用しまくった結果、登場人物全員にファンクラブが作られるほど人気が出たのだ。
ヒロインの名前はリサ。
魔法に秀でる貴族でさえ2属性の魔法を操れば優秀とされる中、ヒロインは平民でありながら全属性を操る天才。その上容姿端麗・成績優秀であり、貴族を差し置いて学園にトップの成績で入学を果たした。
ちなみに、この世界での魔力は『水・火・風・土・氷・雷・聖』に分けられていて、1番多いのが水、順番に火、風と続いていく。聖の魔力が最上位とされるが、歴史上英雄と呼ばれたもの達が持つ魔力として神聖視されている。
平民の身で目立ち過ぎたため、選民意識の強い貴族達に絡まれていく中で、攻略キャラとの仲を深めいく。ちなみに1番人気のあるエンドは逆ハーエンドらしい。
次に今回のターゲットだ。
僕たちの住むハプティズム王国第2王子のクルシュ・イラ・ヴァーミリオン。銀髪に鳶色の瞳を持つ、物語の中にしか存在しない浮世離れした美貌を持つ美少年だ。ゲームの中で最も人気のある攻略対象であり、メインの攻略対象である。『万能の天才』と呼ばれに何をするにも常に1番を取り続け、その結果他人に興味を失ってしまった孤高の王子様。その美貌は目を合わせるだけで淑女達を虜にし、感情を表情に出さないことから『雪花の王子』と呼ばれている。魔力は氷。
自分に匹敵する実力を持つヒロインに興味を持ち、クルシュからヒロインに話しかけることで分岐する。
そして僕ことフレア・アーガスト。
第2王子クルシュの婚約者にして、ヒロインをあらゆる手段を用いて苛め抜く悪役令嬢だ。燃えるように靡く炎髪を一括りに纏め、勝ち気な瞳を吊り上げ主人公を虐める姿はまさに悪役令嬢。5歳の時に公爵家を訪問したクルシュ王子と対面し一目惚れ。国王と父が幼馴染という事もあり、クルシュ王子の婚約者となる。
周りからも祝福され自分もクルシュと結婚することが当然と思っていた矢先、主人公が現れたことで嫉妬に狂い、クルシュ王子の気を引くために主人公へのいじめを始めたのだ。
要約すると……
平民だけど容姿端麗・成績優秀なヒロインと、天才すぎて他人に興味を失った超絶イケメンな王子様。その2人を妬んでヒロインを虐める悪役令嬢←(これが僕)となる。
フレアは宰相の娘としての立場を最大限活用して、自分の手を汚さず取り巻きの令嬢を使って主人公を虐める。
ある時は教科書をグチャグチャにし、またある時は大人数で主人公を囲んでイビリ倒す。その影でクルシュに擦り寄り、主人公の悪口を吹き込むある意味マメな悪役令嬢だ。
だがクルシュ王子は主人公のイジメに屈しないひたむきな姿を見て、皮肉にも主人公に惹かれていく。
その結果、悪役令嬢が辿る末路とは……
1 切羽詰まって強硬手段に出た結果、クルシュ王子と主人公に返り討ちに遭う。
2 主人公への虐めを理由に婚約破棄され、実家から追い出されて野垂死にエンド。
3 クルシュ王子がフレアのイジメに対し責任を感じてフレアを追放。その後2人は結ばれる事はなく、クルシュ王子は主人公に操を立てて生涯独身を貫く。
……どのエンドでもフレア・アーガストに救いはないようだ……。
さらに僕は追加で2人が幸せにならないと即死する呪い付き。追放されて命が助かったとしても、2人が幸せじゃないと生き残れない。
『神様のメモ帳』を読み終えると呼びにきたメイドに連れられ、僕の誕生日を祝う会場に移動する。そこで宰相である父や使用人に尋ねて回った結果、『神様のメモ帳』に書かれていることが真実であることがわかった。
両手で抱えきれないほどのプレゼントをもらって足早に寝室に戻ってきた僕は決意する。
……何としてもクルシュ王子と主人公を婚約させ、なおかつフレア・アーガストが生き残れる道を模索することを……!
これからの指針を決めたはいいが、少し出歩いたせいで病弱なフレアの体は限界を迎えていた。ゲームでは主人公と違い病弱な事もコンプレックスだったが、これでは主人公を虐める以前に満足に学園に通えそうもない。
第一目標は主人公を虐める為の体づくりをすることだ!
新たな決意を胸に、僕は抗えない睡魔に身を任せた……。
**********
次の日目覚めてから僕の肉体改造は始まった。
突然筋トレを始めた僕にメイドは発狂し、両親は医者を呼ぶ事態に。阿鼻叫喚化した公爵家の住人に『このまま寝たきりだと、立派な公爵家の令嬢になることは叶いません! 誕生日を機に私は変わるのです!!』と力説したところ、両親は感銘を受け快く了承してくれた。
その後は言質を取ったとしたり顔で動き回り、周りの人を心配させることに。
そんな周囲の気持ちを知らず僕の肉体改造計画が始動した。腕立てに始まり腹筋、背筋、スクワット、体幹トレーニングetc……を毎日欠かさず行ったのだ。
初めは一回もできなかった腕立て伏せも、1ヶ月経つ頃には10回以上できるようになり、今では庭をランニングできるほど体力がついたのだ。
これには両親も涙を流し喜んでくれた。病弱で満足に外に出らることのできなかった娘が、元気に走り回っているのだ。喜ばない親はいないだろう。
更に勢いづいた僕は両親に剣と魔法を教えてもらえるようにお願いした。これには僕の変化を喜んでいた両親を再び困惑させ、メイドを卒倒させたけど譲れない一線だ。
だって異世界に転生したんだよ! いくら女の子の姿になろうとも、剣と魔法で戦うのは男のロマンだ!!
それにただ趣味で強くなりたいわけじゃない。僕がこれから相手にするのは、存在がチートな主人公とクルシュ王子だ。万が一バットエンドを迎えたりしたら、目からビーム出したり、空飛んだりする天才2人を相手にするんだよ!? そもそも丸腰じゃ主人公を虐める前に殺されちゃうよ!!
僕の必死すぎる訴えに折れてくれた両親は、後日剣と魔法を教えてくれる先生を紹介してくれた。交換条件として礼儀作法や一般教養の勉強もさせられたけど、18+5歳は伊達じゃない。スルスルと覚えて、今度は別の意味で両親を困惑させてしまった。
勉強面は順調だったが、剣と魔法はそう甘くはなかった。まず鍛えたからといって、元引きこもりの体では剣を持つことすらままならない。魔法に至っては魔力というものを感じられず、全く手応えを感じられなかった。
両親に呼ばれて僕を教えてくれているミランダ先生(ボンキュッボンで、いかにも魔女って格好をした人)曰く、『魔力とは自らの体の内に眠る生命力の根源。自分自身と向き合うことで知覚し、制御できるようになります』
こんな小難しいことを言われても、普通の5歳児じゃわからないっつうの!
仕方がなく先生の指示通りひたすら瞑想を繰り返す。
病弱だったがフレアの魔法の才は飛び抜けているのだ。『神様のメモ帳』に書かれているフレアは、炎を操って龍を形成し有象無象をなぎ払っていた。それならば僕にも同じことができるはず。
一般人と比べると十分にチートスペックを誇る、フレアでさえ敵わなかった主人公達。今から主人公達の何倍もの努力を積み重ねなければ、きっと瞬殺されてしまう!
そんな強迫観念に駆られた僕は、クルシュ王子が公爵家に来訪する1ヶ月後に向けて猛特訓を始めた──
**********
修行に打ち込んだ1ヶ月間。魔術のミランダ先生からは『フレア様は魔法の威力は素晴らしいですが、まだまだコントロールが未熟です。決して人に向けて魔法を使わないように!』とお墨付き? をいただいた。
ちょっと加減を間違えて庭を消し炭にしたり、大爆発を起こして衛兵が駆けつけることもあったけど、魔法に関しては随分上達したと思う。
それに大きな成果もあった。それは『身体強化魔法』だ。
これは魔力の種類に関係なく使用でき、その名の通り体を強化することができる。この魔法によって筋トレも捗ったし、何より剣を思いっきり振れるようになったのは大きな収穫だ。
同じく5歳になったばかりのクルシュ王子の実力は未知数だが、一方的に負けない自信がつく程度には鍛えられたはずだ。後は本人が登場するのを待つばかり。
「お嬢様、あまり緊張なさらないでください。可愛いお顔にシワが寄ってしまいますよ」
僕のこわばった表情を見て勘違いしたメイドのハルが、僕の髪を整えながら気遣うように顔を覗き込む。
「大丈夫よ、緊張なんかしてないわ。ただ武者震いがするだけよ」
「……武者震いですか。この短期間で凛々しくなりましたね……」
緊張を誤魔化しているのか、本気で言っているのか判別がつかなかったハルは、曖昧な表情で僕の髪を結い上げる。
ハルの手に身を委ねながら、メイド総出でコーディネートされた自分の姿を鏡越しに見つめる。
淡くお化粧をして、深紅のドレスに身を包んだ紅玉の瞳を持つ少女。少しキツイ印象を与えるが、日本ならアイドルの頂点に君臨するであろう美貌。前世の僕なら間違いなく一目惚れするだろう美少女だが、自分の姿だと思うと複雑な気持ちになる。
「とても綺麗ですよ! これならクルシュ王子も見惚れるはずです!」
「……そうね。そうだといいわね」
ゲームでクルシュ王子がフレアの事を褒めた事は一度もなかった。
初対面の時でさえフレアに興味すら抱かなかったが、フレアはそのつれない態度に夢中になったそうだ。
……ただ今フレアの中身は男である僕だ。いくら浮世離れした美貌を持つクルシュ王子相手だろうと、一目惚れするとは思えないよ……。
いや、一目惚れする必要はないんだ。とりあえずクルシュ王子と婚約することが第一目標。婚約さえして仕舞えば、惚れていなくても婚約を理由に主人公を虐めることができるからね。
「──お嬢様。クルシュ王子がご到着なさいました」
「ええ、今向かうわ」
ハルに連れられ玄関に向かう。すでにお父様とお母様は準備を終えて僕を待っていた。
……大丈夫。この1ヶ月の間で令嬢の話し方にも慣れたし、男であるからこそ男ウケする仕草もわかるのだ。その効果は公爵家の使用人達で確認済みだ。
何をするにもお屋敷の人の力を借りなければ始まらない。好感度を上げるのは定石だよね。
それに元庶民の僕としては、使用人達に偉そうにする事自体が無理だったのだ。さすがは公爵家といったところで、使用人も美男美女揃い。そんな彼らに無愛想にするなんて、俗物な僕じゃ到底不可能なんだよ……。
「フレア、クルシュ様の前ではお淑やかにするんだよ」
「ええ、最近のフレアは元気になったのはいいけど、アーガスト家の令嬢だという事を忘れないようにね」
「もちろんですわ、お父様、お母様! アーガスト公爵家の名に恥じないよう、立派に勤めを果たしてみせます!」
ふんす、と意気込むように胸の前で両手を組む。
そんな僕を慈しむように撫でてくれる両親に微笑みながら、クルシュ王子が馬車から降りてくるのを待つ。
門の前に止まった王家の紋章が刻まれた馬車。僕たちがソワソワしながらクルシュ王子の登場を待つけど、なかなか姿を見せない。
お父様な怪訝そうに馬車が見つめる中、ゆっくりとドアが開き、天使が降臨した。
『神様のメモ帳』で姿は確認していたけど、実物は桁違いだった。
銀糸を束ねた様に、艶やかに陽光を全う髪に、憂いを帯びた鳶色の瞳。
自分以外のすべてのものに興味を示さないその姿は現実離れしていて、別世界の光景に映る。
この場に居合わせたものすべて圧倒し、それが当然だとばかりに歩む少年は、周囲を置き去りにして僕に近づき、
「──貴方が私の婚約者ですか。つまらないですね」
…………………は?
先ほどとは別の理由で息を飲む僕たち。
今こいつ、僕のことをつまらないとか言わなかった?
それに他人が興味がないんだよね。初対面でいきなり罵倒されたんだけど
5歳とは思えないほど悠然と佇む姿は、確かに王族としての資質を感じる。それに加え全てを凌駕する美貌。さぞかしちやほやされて育ったことだろうし、多少生意気になるのも仕方がないだろう。
──だけどね、僕はそんなこと気にしないよ。
もともと僕は男だから目の前の王子様に見惚れる事はないし、寧ろイケメン爆発しろって怨嗟の声をあげる立場だ。
取り繕う様にクルシュ王子に挨拶する両親の横で、僕は悪役令嬢らしく挑戦的に微笑む。
そして僕が何しようと察して、失神するハルを尻目に僕は釈然たる態度で口を開く。
「──初対面で随分失礼な物言いですね。まさか、第2王子がこんな礼儀のなって居ない方だとは思いませんでしたわ」
「…………………」
特大の爆弾を投下した。
唖然とする周囲を置き去りにして、僕は言葉を続ける。
「それに私がつまらないのでは無くて、ただ貴方自身がつまらない人間では無くて?」
──ガタン。僕の背後ではお母様が気を失い、慌ててお父様が支える。
お母様には申し訳なく思いながらも、目の前で能面みたいに表情を変えないクルシュ王子を真っ直ぐ見据える。
こちらの心を覗き込む様な鳶色の瞳に気圧されるが、最後まで堂々とタンカを切る。
「──クルシュ様、私と勝負いたしましょう。才気に溢れる貴方様が、物事に全力で打ち込むことの楽しさを知らないなら私が教えてあげます」
今度はお腹を抑えて蹲った護衛の騎士に目もくれず、ただ私を見つめるクルシュ王子。
感情の伺わせない鳶色の瞳を閉じ、再び開いた時。そこには──好戦的な光が灯っていた。
「面白いですね。私に反論した人間は貴方が初めてです。それで、一体何の勝負をするのですか?」
……か、考えてなかった……。
ムカっとしたから条件反射で挑発したけど、何で勝負するのかは全く考えていなかったよ。
貴族らしい勝負って何をするのかな? やっぱり和歌のやり取りとか?
というか、喧嘩売っちゃダメだよね。ここでクルシュ王子と婚約できないと、僕の使命も果たせない。
……あれ? 僕の命って風前の灯火なの?
「おや? 怖気付いてしまったのですか? 私はどんな内容でも受けて立ちますよ」
「クルシュ様、この度はフレアが失礼をいたしました。この責任は──」
「アーガスト公爵、私は別に気にしていませんよ。ただ彼女から言いだしたことです。謝罪はフレア嬢の口から聞くべきだとは思いませんか?」
場を取り繕うとしたお父様を一言のもとに切り捨て、楽しそうに僕を見つめるクルシュ王子。
どこが他人に無関心でかわいそうな王子様だ。ただの腹黒じゃないか。
ものすごく険悪な状況になっちゃったんだけど、本来は仲良くしなきゃいけない相手なんだよね。だってクルシュ王子の婚約者じゃないと、主人公を虐める大義名分を失ってしまうのだ。そうなれば学園生活を始める前に僕のバットエンドが確定してしまう。
でもこの状況から良好な関係を作るにはどうしたらいいんだろう?
必死に前世の記憶を呼び起こす。噴き出してくる映像に意識を集中していると、昔好きだった漫画のワンシーンを思い出した。
『──ふ! 中々やるじゃねぇか!!』
『お前こそ顔に似合わずいい拳だったぞ!』
河原で殴り合い、最後は互いを認め合う不良たち。
──これだっ!!
「クルシュ様、勝負の内容は私が決めても良いのですよね?」
「ええ、フレア嬢の得意なことでいいですよ」
余裕そうなクルシュ王子が、早く言えとばかりに言葉を促してくる。
「それでは遠慮なく私の得意なことにいたしましょう。クルシュ様、ただいま準備をいたしますので少々お待ちくださいませ」
「いいですよ。楽しみにしてますね」
不敵に笑うクルシュ王子に背を向け屋敷の中に向かう。叱責するべきか止めるべきか百面相するお父様を置き去りに、復活したハルに手伝ってもらってドレスから運動着に着替える。
そして最低限の防具をつけ、訓練用の剣を携えクルシュ王子の元に戻る。
「ふ、フレア嬢!? その格好は一体──」
初めて素の表情を覗かしたクルシュ王子に対し、今度は僕が不敵に微笑んで、
「クルシュ様、私と決闘してください!」
と、高らかに宣言した。
僕の発言に目を白黒させているクルシュ王子をよそに、あれよあれよという間に決闘の準備が完了する。
クルシュ王子の従者は血相を変えて反対していたが、実は僕を見るなり暴言を吐いたクルシュ王子にキレていたお父様の後押しもあって、決闘が実現した。
お父様から『エドからはお前に任せると言われているからな。フレアは思う存分やっていいいぞ』とお墨付きをもらっている。
ちなみにエドというのは、国王様の愛称だ。お父様と国王様は幼馴染で、今でもかなり親しいようす。
そのおかげで僕のワガママは実現し、僕は公爵家の訓練場でクルシュ王子と向かい合っている。
「クルシュ様、いざ尋常に勝負ですわ!」
「いや、状況がいまいち理解できません。どうしてこうなったんですか!?」
「問答無用ですわ! 早く剣を構えなさい!!」
「──うわっ! 本当に斬りかかってくるなんて……!」
ウダウダ何か言っているクルシュ王子様を無視して、訓練用の柔らかい剣で襲いかかる。
さすが万能の天才と呼ばれるだけあって、僕の奇襲にも驚きながら対応している。
でもね、そんな屁っ放り腰じゃあ僕を止められないよ!
「やあああああ!」
全身に身体強化魔法を使うことで、5歳児とは思えない動きでクルシュ王子を追い詰める。
クルシュ王子も身体強化魔法を使えるみたいだけど、熟練度は僕の方が上回っていた。
『あ、ありえない……。あの年齢で身体強化魔法を使えるのか!』
クルシュ王子の護衛の騎士が呻く様に感嘆の声を漏らす頃、僕は尻餅をついたクルシュ王子の喉元に剣を突きつける。
「クルシュ様、私の勝ちですわ!」
項垂れて動かなくなったクルシュ王子は、ギュッと拳を握りしめ、出会った時の様な能面みたいな表情に戻る。
「ええ、私の負けです。これで満足ですか?」
「勿論ですわ! ──これで私達は友達ですわ!!」
「…………はい?」
再び仮面は外れ、素っ頓狂な声を上げるクルシュ王子。
そんな子供らしい反応に満足しながら、呆けているクルシュ王子の手を取る。
「どうしてそんな不思議そうになさるんですか? 全力でぶつかり合ったもの同士は、そのあと親友になるんですよ!」
これは常識です! と、ドヤ顔で告げるとクルシュ王子が固まってしまう。
あれ、僕は何かおかしなことを言ったかな?
クルシュ王子だけじゃなく、お父様から王家の従者達まで言葉を失う中、突然クルシュ王子が堪え切れないとばかりに大声で笑う。
「そんな常識聞いたこともありませんよ! フレア嬢、貴方は本当に想像の斜め上を行く人だ!」
笑いすぎて涙を滲ませるクルシュ王子は、僕の手を強く握り返す。そして、真剣な表情で、
「フレア嬢、先ずは先程の非礼お許しください。そして改めてお願いいたします──どうか私の婚約者になってください」
「え、え〜と……」
「なってくださいますよね??????」
「は、はい。よろしくお願いします……」
こうして僕はクルシュ王子の婚約者となった。
**********
ちなみにこの後のハルとの会話で──
『そういえば、どうしてクルシュ様のプロポーズに言い淀んだんですか?』
『だって、カッとなったから決闘したけど、別にクルシュ様のこと好きじゃないもの』
『……お嬢様、絶対にクルシュ様の前でそのことを言わないでくださいね……!』
どこまでもハルの心労を増やすフレアだった。
**********
月日は流れ僕は15歳になり、学園の入学式当日を迎えていた。
今日までヒロインに対抗するために、あらゆる武術を身につけ、魔術も磨いてきた。
勿論貴族令嬢としての礼儀作法や、お稽古もこなしたよ。正直ドレスを着てダンスをするとか苦行だったけど、お母様の期待に満ちた眼差しに負けて、足の裏が血だらけになるまで練習したのだ。
自他共に認める立派な悪役令嬢に成長した僕は、ヒロインに対抗する力を手に入れたのだ。
ちなみにクルシュ王子との関係だけど、男友達みたいな付き合いだ。政務で忙しいはずのクルシュ王子は2日に一度は僕のお屋敷に顔を出し、お土産をいっぱい持ってきて僕とお茶して帰って行く。
いや、勝負していることの方が多かったかな?
僕がお父様を喜ばそうとリバーシやら将棋を作ったせいで、対抗心を燃やたクルシュ王子に勝負を挑まれたのだ。
なんでそんなに勝負を挑んでくるのかは分からなかったけど、適度に嫌われていると解釈してもいいだろう。
これでクルシュ王子とヒロインが出逢い、第2王子ルートに突入すればミッションコンプリート。僕も役目を果たせるというもの。
後は適度にヒロインを虐めて、クルシュ王子との恋にスパイスを加えれば完璧だ。
今の僕なら婚約破棄されようとも生きていけるし、心置きなく2人の恋を応援できる。
クルシュ王子にも、『好きな人ができたら、私に構わず添い遂げてください』と口すっぱく言ってきたのだ。これで後腐れ無くヒロインと付き合える筈。
抜かりなく準備を整えた僕は、クルシュ王子にエスコートされ入学式の会場に赴く。クルシュ王子は新入生代表としての挨拶があるため、ここでお別れだ。
暗い顔をしていたので『頑張ってください』と告げると笑顔で舞台袖に引っ込んで行った。
僕の周りにいる令嬢達がその笑顔にノックアウトされ、バタバタと倒れて行く。本当にイケメンはズルいよね。笑うだけでモテるとか、陰キャラの敵としか言いようがない。
クルシュ王子の被害者を介抱しながら、入学式を他人事のように眺める。
僕は今日ここで、ヒロインを見つけなければいけないのだ。
この後のクラス分けによってクルシュ王子とヒロインは同じクラスに、そして僕だけ離れたクラスに振り分けられる。
僕は絡まれるとわかっているクルシュ王子の教室に行く事はなく、ヒロインの姿を確認するチャンスは今日しか無いのだ。
2日後には校舎裏でヒッソリとお弁当を食べるヒロインと、クルシュ王子が出会う初めてのイベントが発生する。そこでクルシュ王子は儚げなヒロインに興味を持ち、クラスでも彼女の事を意識するようになるのだ。
「……レア、フレア! 入学式はもう終わったよ」
「……クルシュ? どうしてここに居るの?」
「入学式が終わったからだよ。フレアも早く教室に行かないと遅刻してしまうよ」
爽やかスマイルで告げるクルシュに、黄色い悲鳴が上がる。
随分と感情が豊かになったものだ。
「そうね。初日から遅刻なんて目立ってしまうわ。早く行きましょう」
「フレアはいつも行動が極端だね……。ねぇ、フレア。僕の挨拶はどうだった?」
ニコニコと僕の後を追いかけてくるクルシュ。その姿はチワワを彷彿とさせた。
「ん? よく覚えていませんが、頑張ったと思いますよ?」
「……やた! フレアに褒められた……!」
物欲しそうに頭を差し出されたので、とりあえず撫でておく。もし尻尾があったなら、千切れんばかりに揺れていただろう。
だけど、人目があるのであまりデレデレしないで欲しい。
またドミノ倒しの様に男女関係なく生徒が倒れて行く。
……あ、先生も倒れた。
「クルシュ、あまり人前で無防備に笑顔を見せないで」(意訳 後始末がめんどくさいから、そのイケメンスマイル封印しやがれ)
「……つまりそれは、私を独占したいという事ですか……!」
俯いて何か呟くクルシュを放置して、そのまま自分の教室へと向かった。
**********
教室に着いた後も無難に自己紹介をこなし、クラスに溶け込むことに成功した。友達という名の取り巻きも自然と集まり、学園生活は順風満帆だ。
地盤をしっかり固めた後、ヒロインとの仲をクルシュに探りを入れると、
『クルシュ。特待生の平民の娘と仲良くなったそうね』
『うん? リサのことかい? 仲良くなったわけでは無いけど、挨拶するくらいの関係かな』
『その特待生の事を可愛いと思いましたか?』
『そうだね、とても可愛らしい方でしたよ。ただ……』
『なるほど、よくわかりましたわ』
『え、フレア! 待ってください! 誤解なんです!!』
クルシュもヒロインの事を意識している事はわかったし、ここまでは順調だろう。ただ最後にクルシュが何を言っていたのか気になるけど、取り分け気にするほどの事じゃないよね。
こうしてクルシュがちゃんとイベントをこなしている事を確認した僕は、ヒロインとの邂逅に向けて準備を始める。
悪役令嬢たる僕とヒロインの出会いは、定期試験の結果が張り出された掲示板の前。クルシュを差し置いて学年トップを取ったヒロインに、フレアが難癖をつけるのだ。そこへ颯爽と現れたクルシュがフレアを冷たくあしらい、ヒロインを助ける。
クルシュルートだと定期試験前にも一悶着あるらしい。その時は攻略キャラは関わらないみたいだし、大丈夫だろう。
──とにかく、恋心と自尊心を激しく傷つけられたフレアは、本格的にイジメを開始するのだ。その方法が陰険で、決して自分の手を汚さず取り巻きを使ってヒロインへをイジメる。
だがここで問題なのが──僕の取り巻きも脳筋ばかりだという事。陰湿な虐めなんて絶対にしないし、むしろ止める側である。
こうなったら僕が直接イジメるしかないんだけど、女の子をイジメるなんて出来ないよ……。
……それに口喧嘩になったら負ける自信があるし。
そんな不安が渦巻く中、無情にも時は進み定期テスト当日を迎えてしまった。
一年生のテスト科目は、魔法工学・歴史・一般教養・礼儀作法・計算に魔法の実技試験だ。計算も一般教養に含まれそうなんだけど、領地経営に重要だから別枠で重点的に行うそうだ。
宰相であるお父様は娘である僕に甘々だけど、教育だけは手を抜かなかった。それに前世が学生だった僕にとって、5歳から準備しておけば学校の勉強なんて楽勝である。そう思っていたんだけど──
「全っぜん分からないわ……」
魔法なんて前世になかったし、こっちの歴史は複雑すぎてちんぷんかんぷんなのだ。だって王様の名前だけでも、長すぎて50文字超えるなんてザラなんだよ! 覚えられるわけない。
礼儀作法はお母様の指導のおかげで及第点は取れるが、生粋の貴族令嬢たちと比べられると優秀とは言えない。
筆記でボロボロになりながら、最終科目である魔法実技試験の時間がやってきた。
**********
「只今より魔法実技試験を始める! 呼ばれたの者は前に──」
学院指定の運動着に着替えた先生の号令のもとに試験が開始される。魔法実技試験とは、離れた位置にある的に向けて魔法を放ち、威力・精度・魔法の展開速度を測定する試験だ。
要するに射的ゲームみたいなもので、特に危険な事はない。
ここで登場人物を紹介するように、攻略キャラのシーンがカットインする。その後に行われる主人公の試験で、主人公が使用した属性と同じ魔力を持つ攻略キャラが話しかけてくるのだ。今回主人公はクルシュとのイベントをこなしているから、きっと氷魔法を使用するはず。
そして親しげに話す2人に嫉妬した|悪役令嬢〈ぼく〉は、次に行われる模擬戦闘で最初の嫌がらせを始めるのだ。
模擬戦闘の組み合わせは、先生が実力が互角になるように振り分ける。そこでフレアは取り巻きの中で実力のある者を、ヒロインの対戦相手に推薦した。ご丁寧な事に公爵家の権力をチラつかせ、キッチリと脅しを加えた上で、だ。さらにこの模擬戦は男女別に行われる為、攻略キャラたちの目を気にする事なく攻撃することができるのだ。
陰湿なまでに魔法で痛めつけ、外野からは嘲笑をもってヒロインを傷つける。|悪役令嬢〈フレア〉にとって最初の見せ場だ。
……そう、そのはずなんだけど──
「はぁぁぁぁっ!」
火・水・土・氷・雷。5属性の魔法を同時展開させ、的を吹き飛ばすヒロイン──リサちゃんにどうやって対抗しろと!? 明らかに実力差がありすぎて、取り巻きの子に相手させるなんてできないよ!
──それより問題なのが、リサちゃんが氷魔法じゃなくて、5属性の魔法同時に使ったんだよ!!これじゃあ誰が話しかけるかわからないよ!
この先の展開が読めなくなったのもマズイけど、ここに来て最上級の問題が発生した。
──初めてリサちゃんを生で見たけど、本当に可愛いんだ。
絹糸のように滑らかな亜麻色の髪に、肉付きの良い女性らしいプロポーション。おっとりとしたタレ目に、泣きぼくろがチャーミングな少女。それがリサちゃんの第一印象だ。
見た目は日本のアイドルが逆立ちしたって敵わない美少女なのに、性格まで完璧なんだ。
先生に対する態度も丁寧で、貴族令嬢と話すときも必ず相手を立てるようにしている。
そんな非の打ち所の無いリサちゃんに、攻略キャラたちが惹かれるのもしょうがないだろう。正直、僕も男の体だったら惚れている自信がある。
僕が悶々としている間にリサちゃんの試験が終わり、あっという間に僕の番が回ってくる。
『フレア様頑張ってー!』
『フレアー! 頑張れー!』
取り巻きの子達の声援を受けて、支持された場所に立つ。いないはずのクルシュの声も聞こえた気がしたけど、幻聴だと信じたい。
バレないように胸の中で溜息をつき、気持ちを切り替える。
細かいことを考えるのは僕の性分じゃないし、とりあえず魔法をぶっ放してスッキリしよう。
「やぁぁぁっ!」
掛け声とともに魔力を高め、某海賊漫画のエ〇スの技を丸パクリする。
大気を焦がし迸った炎線は、爆音と共に的を焼き尽くした。
「……………………」
「……………………」
いや〜、スッキリしたなぁ。やっぱり細かいことを考えるより、体を動かす方が性に合ってるよ。
取り巻きの子たちの元に戻ると、黄色い歓声が上がった。さすがは僕と気の合う子達だ。他の生徒たちはみんな引いてるのに、この子達だけは大興奮。感覚のズレを激しく感じる今日この頃です。
ストレス発散した僕は、またウンウンと悩み始める。どうやってリサちゃんをいじめるのが正解なのかな……。
ない知恵を振り絞っている間に試験は進んでいたらしく、いつの間にか模擬戦闘が始まっていた。
学園の訓練ではダメージを肩代わりしてくれる魔道具が使用され、安全に模擬戦闘が行えるようになっているのだ。
そのおかげで殺傷力を伴った魔法が平然と飛び交っている。さながら目の前で繰り広げられている光景は、ハリウッド映画のようにド派手だ。
「──次、フレア・アーガストと──」
思わず仲の良いクラスメイトと見入っているうちに、僕の順番が来た。
う〜ん、相手は誰だろう。女の子は傷つけたくないし、今からでも男子の方に混ぜてもらおうかな……。
「──リサだ。双方魔道具を装着し、前に来い」
えええええ! 僕の相手ってリサちゃんなの!
断りたいけど周りの子達からは期待のこもった視線を向けられるし、リサちゃんは既に準備を終えている。
……これはやるしかないのか……。
「フレア様の相手が務まるかはわかりませんが、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくね!」
……う、近くで見るリサちゃんは可愛すぎるよ! とてもじゃないけど直視できない!
「位置についたな。それでは──始め!」
え、ちょっと! まだ心の準備ができてないんだけど!?
僕がうだうだ考えているうちにリサちゃんは魔法を発動していて、水球が飛んでくる。
5歳からみっちり剣を習っていたおかげで、今の所は何とかリサちゃんの攻撃を躱すことが出来た。でも、明らかに手を抜いてるよね。さっき見たリサちゃんの魔法とは、比べられない程手加減されている。
多分、公爵家の娘である僕を傷つけない為なんだろうけど、やっぱりモヤモヤする。
「フレア様。なぜ反撃しないのですか!?」
僕が避けてばかりで何もしないから、リサちゃんが困惑して攻撃を止めてしまった。
「リサさん。貴方手を抜いていますよね?」
「…………っ!」
あ、本当に素直な性格なんだなぁ。表情に『何でバレた!?』って書いてあるよ。
「私が貴族だからって遠慮しなくて良いんですよ。貴方の全てをぶつけて来なさい!」
僕は小難しいことを考えるのはムリだ! 既に僕の知っているイベントと違う形になっているのなら、ここからは僕のやり方で物語を進めよう。
驚いた表情のまま固まったリサちゃんをしっかりと見つめ、魔法を発動させる。
リサちゃんの瞳に戦意が宿ったのを確認して、悪役令嬢らしく不敵に微笑む。
リサちゃんに対抗するために、この十年間鍛え続けたんだ。その成果、今こそ見せる時!
「やぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁ!」
全力の魔法が飛び交い、僕たちは魔力が無くなるまで戦った。
やっぱりリサちゃんは優秀で、引き分けに持ち込むので精一杯だった。裏設定で教科書を買うために、魔獣を倒していたっていうのは本当だったんだね……。
体力を使い果たして座り込んでしまったリサちゃんの前に、悠然と歩み寄る。
「リサさん、あなた……」
「…………(ごくっ)」
「──最高よ!!!」
「……………へ?」
困惑するリサちゃんに思わず抱きついてしまう。
実は全力をぶつけられる相手って、リサちゃんが初めてだったんだよね。クルシュは僕が相手だと、いくら言い含めても手を抜くし、先生なんて遠慮して試合すらしてくれない。
それに比べてリサちゃんの攻撃には一切の遠慮がない。僕の言葉に素直に従ったリサちゃんは、純粋に持てる力全てを使って僕と戦ってくれた。
こんなに興奮したのは生まれ変わってから初めてだよ!
「私が全力を出して倒せなかったのはリサ|ちゃん〈・・・〉が初めてよ! さすがは特待生だわ!」
「あ、ありがとうございます。でも、フレア様の魔法こそ噂に違わぬ素晴らしいものでした!」
「え、私って何か噂されるような事したかしら?」
僕は社交界とかお茶会が苦手で避けていたし、学園に来るまでは交友関係が狭かったはずだ。何か噂されるほど目立つことはないと思うんだけど……。
「はい! フレア様は飛び抜けた魔法の才能を持ちながら、努力を怠らず常に自分を磨き続ける令嬢の鏡だと聞き及んでいます!」
……か、過大評価過ぎるでしょ! ただひたすらにリサちゃんに負けないように特訓してただけで、貴族令嬢にあるまじき行動ばかりして来たんだけど!
「私はそんな大層な人間じゃないわ。ただ噂が一人歩きしているだけよ。私よりリサちゃんの方がすごいと思うわ! 全属性の魔法が使えるし、それでいて頭も良くて可愛いのよ! 非の打ち所がないわ!」
「そ、そんな……! 私はフレア様に褒めていただけるような人間では……」
「──謙遜しちゃダメよ! リサちゃんは私が認めるくらい可愛くて優秀なの! もっと自信を持ちなさい!」
「は、はいっ!」
満面の笑みで答えてくれたリサちゃんに満足して、取り巻きの子たちの元に戻る。
浮かれて自分が何をしたのか把握していなかった僕が、自分の失態に気づくのは寮の自室に戻って来てからだった。
**********
「やらかした……、2度目の人生始まって以来の大失敗だよ……」
布団にくるまって、恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにベッドの上を転げ回る。
リサちゃんに嫌われようと全力で戦ったのはいいけど、途中から楽しくなって目的が頭の中から抜け落ちていた。
結局リサちゃんとただ模擬戦闘しただけで終わっちゃったし、挙げ句の果てにはリサちゃんに抱きつく大失態まで演じてしまった。いくらテンションが上がっていたからって、いきなり抱きつくのは失礼だよね。しかも、汗でビショビショのままで……。
いや、リサちゃんに嫌われたなら、本来の目的を果たせたしむしろ良かったんじゃないかな。ほら、不幸中の幸いみたいな感じでさ!
それに、気づかないうちに『リサちゃん』って呼んじゃったんだよね……。
初対面で馴れ馴れしくされたら誰でも不快に思うはずだ。とりあえずは、リサちゃんに悪印象を持ってもらえたと思う。
後は明日から地道にリサちゃんに嫌がらせをしつつ、クルシュと接近するように誘導しなければ……!
思考を無理やり前向きにも方向転換させ、明日に備えて襲い来る睡魔に身を任せた。
**********
クルシュ・イラ・ヴァーミリオンは、あの日出会った少女のことを一生忘れないだろう。
ちょうど10年前、フレア・アーガストに出会ったあの日のことを。
『──お前には才能がある』
私はそう言われ育ってきた。何をしても天才だと持て囃され、望まない期待を一身に背負ってきた。
私の周りにいる貴族たちは、私を国王にしようとすり寄ってきたが、5歳の時すでに王位に興味はなかった。欲望丸出しで近づいてくる大人たちを見れば、誰でもそう思うだろう。
私には優秀な兄がいたし、継承順位通り兄が王位を継げばいいと考えていた。兄との仲も良好だし、周りがちょっかいをかけないかぎり揉めることはないだろう。
そう考え興味の向くまま様々なことに打ち込んできたが、長く続くものは無かった。
私が努力し何事を成し遂げても、それは才能のおかげ。出来なかったとしても、おべっか使いの者が空虚な賛辞を垂れ流し纏わりつくだけ。私は自分が嫌でしょうがなかった。
だが周りの反応を見るかぎり、私の容姿は優れていたらしい。正直、自分で自分を美しいとは感じないが、大勢の人間がそう評価したのなら正しいのだろう。
とにかく容姿の優れている自分が適当に愛想笑いを浮かべ、人並み以上の結果を出せば周囲は満足した。
欲しい物は何でも手に入り、大概のことは苦もなくこなせてしまう。だからと言って成し遂げたい目標もなければ、信頼できる友もいない。こんな空虚な人生に、他人に使われるだけの人生に意味があるのか。そう考えて過ごしていた。
──だが、1人の少女との出会いが全てを変えた。
父の親友でもあるアーガスト公爵家に赴くよう言われた時、私はメンドくさいと思った。貴族たちは事あるごとに自分の娘を紹介し、あわよくば第2王子の婚約者に。と、常日頃から手を焼かされていたのだ。
5歳の私の婚約者なんて決められるわけないだろうと思うが、欲しいのは私では無く第2王子という肩書き。一応能力的な評価も高かったようだが、それも私という人格を欲しての事じゃない。
どこまでも外面がいい第2王子が欲しくてすり寄って来たのだ。
だからアーガスト公爵家の娘も他の令嬢と変わらず、私の作り上げた『理想の王子』に勝手に惚れ込み纏わり付いてくるのだと思った。
さらには父からは決定したわけではないが、アーガスト家の娘が私の婚約者になると聞いていた。だからわざと馬車から降りるのに時間をかけ、出会い頭に言ってやった。
「──貴方が私の婚約者ですか。つまらないですね」
勝手な理想を押し付け理不尽に求められないように。全てを勝手に決め押し付けてくる周囲に反抗するように。ごちゃ混ぜになった感情のまま黒い靄を吐き出す。
すると時が止まったように静まり返り、誰もが情けない表情を晒している。
──ああ、やっぱり他人なんてどうでもいいな。
諦めにも似た感情の中、アーガスト公爵と事務的な挨拶を交わしていると、隣にいた少女が挑戦的に口角を釣り上げた。
「──初対面で随分失礼な物言いですね。まさか、第2王子がこんな礼儀のなって居ない方だとは思いませんでしたわ」
……はじめはなんて言われたのか理解できなかった。
過剰に付き纏う令嬢に対して似たような対応をしたことはあるが、言い返されたのは初めてだ。大抵はショックで固まるか、泣いて逃げるかのはず。
こんな不敵な笑顔を浮かべ、堂々としている令嬢なんて見たことがない。
呆然としている私に、少女は畳み掛けるように、
「それに私がつまらないのでは無くて、ただ貴方自身がつまらない人間では無くて?」
私は言葉を失った。
まるで私の心臓を鷲掴みにされたような、初めて自分自身に語りかけられたような錯覚に落ちる。彼女の言葉は、私の奥底で渦巻いている本質を射抜いたようだった。
あまりの衝撃に立ち竦む私に、少女は追撃の手を止めない。
「──クルシュ様、私と勝負いたしましょう。才気に溢れる貴女様が、物事に全力で打ち込むことの楽しさを知らないなら私が教えてあげます」
私は衝撃を受けた。
私の胸の内を暴いただけでは無く、心の渇きまで潤してくれるのか。
俄然目の前の少女に興味が湧き、流れに身をまかせる。
──この少女は私に何を見せてくれるのか。
湧き上がる好奇心を抑え、不機嫌な表情でアーガスト公爵と取り繕った会話をしていると、簡素な服装に着替えたフレア嬢が登場する。
そして──
「クルシュ様、私と決闘してください!」
と、宣言した。
さすがに予想外すぎる。勝負すると言っても、貴族らしくボードゲームか何かで競うと思っていたのだ。それが決闘? 行動が破天荒すぎる!
冗談だと思いアーガスト公爵を見上げれば心底楽しげに笑い、反論も出来ぬまま決闘の舞台に挙げられた。
木剣を構えたフレア嬢は高らかに名乗りを上げ、即座に斬りかかってくる。
もう訳がわからなかった。
貴族令嬢が木剣を持って斬りかかってくるのも、身体強化魔法まで使用して私を圧倒することに対しても。
そして勝負に集中することのできなかった私は早々に敗北し、地面に座り込んだ。
「クルシュ様、私の勝ちですわ!」
勝鬨をあげるフレア嬢の姿を見ることができなくて、俯いてしまう。
──また私は失望されてしまうのか
──この少女にも見放されてしまうのか
胸の内に渦巻く不安。
ヤケッパチになって、言いたくもない言葉が口からこぼれてしまう。
「ええ、私の負けです。これで満足ですか?」
卑屈な自分が恨めしい。
自嘲し、諦観した気持ちが広がる。
私の心を暗雲で覆うのがフレア嬢なら、また私の心に希望の火を灯すのもフレア嬢だった。
「勿論ですわ! ──これで私達は友達ですわ!!」
「…………はい?」
本日何度目かもわからない間抜けズラを晒してしまう。
そんな私の手を取って、フレア嬢は、
「どうしてそんな不思議そうになさるんですか? 全力でぶつかり合ったもの同士は、そのあと親友になるんですよ!」
大輪の笑顔を咲かせ『これが常識です!』と胸を張ってみせる。
これは運命の出会いだったのだろう。この先私の心をこれほど揺さぶる人間は現れない。そう直感した。
だから──
「フレア嬢、先ずは先程の非礼お許しください。そして改めてお願いいたします──どうか私の婚約者になってください」
この少女に相応しい男になろう。
今は異性として全くと言っていいほど相手にされていないけど、まずは既成事実を作る。
この先現れるであろう多くのライバルに差をつけるためにも──
何を言われたのか理解できていないフレア嬢を押し切り、婚約者となった。
私はこの時の決断が正しかったと断言できる。
それからの日々は生まれ変わったように世界が色づいて見えた。上辺だけの薄っぺらい笑顔じゃ無く、心から笑えるようにもなった。
──頻繁に通う私に嫌な顔一つせず、私と真正面からぶつかってくれるフレア嬢。
──不意にみせる笑顔が素敵なフレア嬢。
未だに異性として意識されることはないが、いつかきっと君の隣に立ってみせる──
**********
それからの僕は遮二無二働いた。
事あるごとにリサちゃんにちょっかいを出し、勝負を挑んだ。さらに事あるごとにクルシュを巻き込んで、リサちゃんと仲良くなるように根回しをしたのだ。2人はクラスも同じだし、僕と仲の良い娘に暗躍するようお願いしたことから、ゲームの時より2人の中は良好だ。
そして僕以外のリサちゃんをイジメる奴を影で排除し、不穏分子を確実に処理していく。
そして苦労の甲斐あったのか、僕が2人の教室に乗り込むときも、親しげに会話している姿を何度も目撃した。
さらにクルシュに対しては男友達と接するようにじゃれ合い、口すっぱくリサちゃんの魅力を伝えたのだ。
そんな僕に愛想笑いを浮かべて対応していたクルシュは明らかに僕のことを嫌がっているし、リサちゃんの事を意識しているはず。
こうして思いつく限りの準備を終えた僕は、運命の日──婚約破棄される創立100年記念パーティーを迎えた。
そう、迎えたはずなんだけど──
「さ、フレア。パーティーも終わったし、寮に帰ろっか」
何のイベントも無くあっさりとパーティーは終了した。
……おかしい。確かに僕はここで婚約破棄されるはずだったんだけど……。
訝しげにクルシュを見つめても不思議そうに首をかしげるだけ。リサちゃんに至っては、僕の腕に抱きついている。
とても婚約破棄を告げる雰囲気じゃない。
「──ねえ、クルシュ。私と婚約破棄しないの?」
「……………………うん、熱はないみたいだね」
「脈拍も特に問題ありません」
純粋に心配されてしまった。
ここまで息の合った動きができるならゴールインまじかだと思うんだけど……。
「私は別におかしくなったわけじゃないのよ。ただ、2人は好き合っているのに、私が邪魔だとは思わないの?」
『……常日頃から鈍いと思ってはいたけどここまでとは……』
『……どうやって勘違いしたらその結論に至るんでしょうか……?』
2人が疲れたように何か話しているけど、声が小さすぎて何も聞こえない。
どうあたら呆れられているみたいだけど、どうしてだろう。最近2人の話についていけないよ。
焦れったくなった僕は思い切って聞いて見ることにした。
「ねえ、リサちゃんを虐めていた私を婚約破棄して追い出して、2人で結婚しようとしないの?」
「ごめん。まずどうしてそう考えたのか教えてくれないかな? 私はフレアの事を愛しているし、婚約破棄するつもりなんてないよ」
「私もです。フレア様には虐められるどころか助けてもらってばかりですし、何より私はフレア様のことが大好きです!」
「……………………」
あれ、予想外すぎて言葉も出てこないんだけど……。
それにこれって、ミッション失敗だよね。神様から『お仕置きだべ〜』とかいって酷いことされるパターンだよね!
真っ直ぐ見つめて来る2人に背を向けて、急いで神様のメモ帳を捲る。
日本語で書かれた文章をよくよく読み込んで見ると、神様からの命令は『リサちゃんをクルシュエンドへ導くこと』じゃ無くて、『リサちゃんとクルシュが幸せになるエンドへ導くこと』って書いてあった。
……うそ、これなら無理してリサちゃんをイジメる必要なんてないじゃない!
意識を失いそうな虚脱感に襲われながら最後のページを見ると──『congratulations』と綺麗な筆記体で綴られている。
「良かった……これでミジンコにならなくて済むよ……!」
要らなくなった神様のメモ帳を放り捨て、大切な2人の友人に振り返る。
そして──
「クルシュ、リサちゃん! これからもよろしくね!!」
「本当に今日のフレアはおかしな事を言うね。でも、こちらこそよろしくね。むしろ離してって言っても絶対に逃がさないけど」
「私こそ何があってもフレア様と添い遂げます! それが私の願いだから──」
笑顔で抱き合い、幸せな日常へ向け、手を繋ぎ歩き出した──
**********
『──平民のクセに調子にのるな!』
それが学園に入学してから初めてかけられた言葉だった。
私が魔力を持っていると自覚したのは7歳の時。路地裏で人さらいに襲われた際に、無意識で使った事で私に魔力があると自覚した。
家族は喜んでくれたけど、いいことばかりじゃない。
全属性の魔力を持つ私は良い意味でも悪い意味でも注目された。
中の良かった子たちとは疎遠になり、やっかみも受けた。
でも家族は優しくしてくれたし、学園でいい成績が取れれば将来も安泰。少しでもみんなの生活を良くしようと努力を重ね、入学試験ではトップの成績も取れた。
そしてみんなの期待を背負って潜った学園の門は──地獄の入口だった。
平民でありながら魔力を持つ私は目障りだ、とクラスメイトからは出会い頭に罵倒される。
お前の評価は不正の結果だと糾弾される。
そんな毎日に嫌気がさして居た。
──そんな毎日に転機が訪れる。
定期試験の最終科目。魔法を用いた模擬戦だ。
いくら魔道具を使用して死ぬ危険性がないとはいえ、痛いものは痛い。
……きっとイタブられるんだろうな。
それが私の感想。実力的に優って居ても、私が勝てばカドが立つ。それにこれ以上目の敵にされるのもごめんだ。
そう思って居たのに、対戦相手はあのフレア・アーガスト様。
クルシュ・イラ・ヴァーミリオン様の婚約者であり、貴族令嬢の憧れの的。万が一にでも怪我をさせれば、学園に私の居場所がなくなってしまう。
鬱々とした表情を隠しフレア様に向き合う。
目がさめるような炎髪に凛々しい瞳。私とは違って堂々たる姿で壇上に上がってきた。
──フレア様も私を疎ましく思っているのかな
さらに沈み込む感情。
すぐにでも逃げ帰りたいけど、それは許されない。せめて善戦したフリをして、フレア様に満足してもらわないと。
そう思って見た目だけ派手にした魔法を打ち込む。もちろん当たらないように最善の注意を払ってだ。
なのにフレア様は反撃することもなく、不満そうに私の魔法を避けるだけ。決して反撃をしてこない。
……私は相手にする価値もないのかな。
膨らんだ不安は抑えることもできず、言葉となって溢れてしまう。
「フレア様。何故反撃しないのですか!?」
しまった。そう思って両手で口を塞ぐが、出してしまった言葉は取り消せない。
どんな罵倒を浴びせられるのか恐々としていると、フレア様が、
「リサさん。貴方手を抜いていますよね?」
「…………っ!」
……何故バレた。いや、フレア様に私の小細工など通用するはずがない。
……私はこの人にまで呆れられちゃうのかな。
全身から血の気が引いて、喉からかすれた音だけが漏れる。
そんな私に向かって、
「私が貴族だからって遠慮しなくて良いんですよ。貴方の全てをぶつけて来なさい!」
悠然と微笑み、魔力を高めていく。
凛々しい瞳には、私への期待が煌めいている。
──この人の期待に応えたい!
私とは全く違う世界に生きる人。そんなフレア様に少しでも近づきたくて、今まで抑えて居た全力を出す。
「やぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁ!」
全力でぶつかったフレア様はとても強くて、何より美しかった。
そして全てを出し尽くして座り込む私に近づいて、
「リサさん、あなた──最高よ!!」
飾らない笑顔で抱きしめてくれた。
それだけでも信じられないのに、私のことを認めてくれる。
嬉しくて、嬉しくて何度も泣きそうになった。
──認めてくれた。それだけでも夢のような出来事だったのに、それからもフレア様は頻繁に私に話しかけてくれた。
それに加え、私に嫌がらせする人を懲らしめてくれた。
フレア様が認めてくれるようになって、他のクラスメイト達も私にも普通に話しかけてくれるようになった。
私は生涯忘れない。この愛おしくて、大切な人の事を──
ご覧いただきありがとうございました。
一応ジャンルを恋愛にしましたが、出来上がってみるとコメディー風味に仕上がってました……。
乙女ゲームを本当にやったことのない作者ですが、悪役令嬢って実際はどんな感じなんでしょうか? 機会があれば挑戦してみたいです。
私事ばかりでしたが今回はこれで失礼します。少しでも楽しんでいただけたなら、作者望外の喜びです!