誤算
白雪姫が現実世界で困り果てていた頃、おとぎの国では魔女が例の質問を鏡にしていました。
「鏡よ鏡、この世で1番美しいのは誰?」
「はい、それは魔女様、貴方です」
その答えを聞き、魔女は安心しました。
「あの小娘は毒りんごを食べたのね!」
魔女が喜んでいると、鏡が恐る恐る言いました。
「……魔女様、申し上げにくいことですが……白雪姫は、死んではおりません」
「……なんだって⁉︎」
(……あの毒りんごを食べて生きているわけがない)
魔女は焦りました。
「魔女様、白雪姫は、たしかにあのりんごをたべました。しかし、白雪姫はいま、文字通り『この世』——この世界にいないだけです。白雪姫はいま……現実世界にいます」
「……現実、世界……」
魔女は一生懸命考えます。
(どうしてあの小娘は生きている?どうして現実世界にいる?毒はちゃんと材料も全て揃えて、正しい作り方で作ったのに。現実世界など、簡単に行ける場所ではないはずなのに……!)
魔女は怒りながらも考えます。
そして、1つ引っかかる点を見つけたのです。
りんごを作った時、魔女はその材料の1つに片栗粉を使ったはずでした。
片栗粉は火を止めてから入れて、よく混ぜて再び火をつけるととろみがつくわけですが、あの時、全くとろみはつきませんでした。
その時は、どうせ後で呪文を唱えたらとろみは無くなるのだし、と思って気にしませんでしたが……。
「……まさか」
「その通りです、魔女様。あの粉は、片栗粉ではなく小麦粉です。片栗粉ではなく小麦粉を使ったがために、りんごを毒りんごにするための毒ではなく、異世界に飛ばすりんごにするための薬が出来上がってしまったのです」
「なんてこと!」
魔女はカッとして、手に持っていた大切な公務の書類を破ってしまいました。
そして、激怒しながら手下を呼んだのです。
手下はすぐにやって来ました。
手下は今までに聞いたことのないぐらい恐ろしい声で呼ばれて来たものですから、何を言われるのかとびくびくしています。
「はい……何でしょうか?」
「全くあんたは!小麦粉と片栗粉の見分けもつかないのかい⁉︎」
「……まさか、そんな!ちゃんとわたくしは小麦粉を持って来ました!」
「……?」
手下の言葉を聞き、魔女は首を傾げます。
「私は片栗粉を持って来いと言ったんだよ?」
「……お言葉ですが、魔女様」
鏡が割って入ります。
「魔女様はメモに、間違いなく小麦粉と書いていらっしゃいましたよ」
(あんな剣幕で手下を叱りつけたにも関わらず、非があったのは手下ではなく自分だったとは……)
魔女はしばらく呆然としていました。
魔女は、我に帰りました。
(あの小娘をこの世界に帰らせてはいけない)
魔女は、考えました。
(小娘をあの世界に置き去りにする方法は、ただ1つだ。早く手を打たなければ)