りんごスリップ
突然、近くでガラガラという音がして、白雪姫は目を覚ましました。
そして、白雪姫は目を見開きました。
「……ここ……どこなの?」
白雪姫はさっきまで、森にいたはずでした。
しかし、目が覚めたとき、白雪姫は椅子に座り、机に伏せていたのです。しかも、その椅子も、机も、クラニウム王国では見たことがないものでした。
そこには、同じような机や椅子が、規則正しく並んでいました。
前には暗い緑色の板のようなものが貼り付けられています。これは白雪姫も見たことがあります。確かそう、黒板というものでした。
左を見ると、大きな窓が取り付けられていました。窓自体はクラニウム王国にも存在しますが、ここまで大きな窓は始めて見ます。
右を見てみるとそこには扉があって、扉の向こうには何人かの人がいました。
黒い笛のような物を持ったその人たちは、白雪姫が見たことのない紺色の服を着ていました。
そしてその人たちは何やら騒いでいたのですが……白雪姫には言葉の意味が全くわかりませんでした!
「どうして……ここは、どこなの?」
白雪姫は呆然としていましたが、ふと、鏡やステラが教えてくれた、不思議な話を思い出しました。
それは、遡ること7年前。
「ねえ鏡さん、ステラさん、今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
その問いかけに、鏡が答えます。
「そうだね、今日は『異世界』の話をしようかな」
「……いせかい?」
当時10歳の白雪姫は、好奇心旺盛な女の子でした。
「そう、異世界。ここ、クラニウム王国がある世界の他に、別の世界があるお話さ」
「ここと違う世界?そんなものがあるの?」
今度はステラが答えます。
「そうよ。白雪姫は、そうね……『ジャンヌ・ダルクの物語』を読んだことがある?」
白雪姫はすぐに答えます。
「あるわ!私、その本大好きなの!」
「『ジャンヌ・ダルクの物語』は、実は異世界で起こったことを書かれた実話なのよ」
そのステラの言葉を聞いた白雪姫は、飛び上がるほど驚きました。
「まぁ!本当?」
「ええ。他にもあるわよ。その異世界のことを、普段私たちは『現実世界』と呼ぶのよ」
「えっ?もう一回言って!発音が難しいわ!」
ステラの言葉が早口なのと、聞き慣れない言葉が出て来たのとで、白雪姫は異世界の名前を聞き取れなかったのです。
「『現実世界』よ。この言葉は、異世界の言葉を使っているから、発音が難しいわよね」
今度は鏡がゆっくりと答えます。
「げん、じ、つ、せか、い……げんじつ、せかい……現実世界!」
白雪姫はゆっくりと練習し、なんとか言えるようになりました。
「そうよ、上手ね」
「ありがとう、鏡さん」
「いいえ、お礼を言うことではないわ。異世界の言葉はとても難しいけど、ここの言葉と異世界の言葉をどちらも使いこなす、翻訳家という人が、この世界にも、異世界にもいるのよ。だから異世界のお話がここで読めるのよ」
「あの本みたいに?」
「そうよ」
白雪姫は想像しました。
『現実世界』と呼ばれるそこには、いくつの国があるのでしょう?
どんな人がいるのでしょう?
どんなものがあるのでしょう?
この世界のことは、なんと呼んでいるのでしょう?
その白雪姫の疑問に気づいたのか、鏡が言いました。
「向こうの世界の人は、この世界のことを『おとぎの国』と呼ぶのよ。そして、こちらの世界であったことをお話にしたものは『おとぎ話』と呼ばれているの」
白雪姫は、向こうの世界の言葉だというその言葉——『おとぎの国』という言葉を言う練習をして、なんとか言えるようになり、ステラや鏡に上手よ、と褒められたのでした。
「『おと、ぎの国』から、私、『げんじ、つ、せかい』に来てしまったのかしら?」
白雪姫は、異世界——現実世界の言葉と、自分の元いた世界——おとぎの国の世界の言葉を混ぜて、つぶやきました。ひさびさに話す異世界の言葉は、途切れ途切れでした。
〔……『おとぎの国』?……『おとぎの国』……!〕
〔……!……カレン……!〕
〔……!〕
ばたばたという足音が遠ざかっていきます。
白雪姫は、なにやら騒いでいる人たちの会話の中に、白雪姫が知る数少ない異世界の言葉のうち1つと、不思議なほど懐かしい、クラニウム王国で使っていた言葉を聞き取りました。
(カレン?誰かの名前だわ……一体、誰?)
(もしかしたら、この世界にも『おとぎの国』から来た人がいるのかしら?)
そう考え、白雪姫ははっと思いつきました。
(カレンと言う人は、もしかしたら翻訳家かもしれない……!)
もしその人が翻訳家なら、助けを乞うことができるかもしれません。
白雪姫は淡い期待を抱き、思いました。
(カレンという人を探してみよう)




