掻き消された言葉
〔みんな遅いよ!あれ?その子は誰?〕
〔しらゆきひめだよ。『おとぎの国』から来たから、帰るお手伝いをしてたの!〕
〔そうだったんだね〕
〔なら遅れても仕方ないか〕
現実世界の人たちがそんな会話をしている中、白雪姫は部屋を見渡します。
『音楽室』は、少し広い部屋でした。
そこには扉が3つ、奥に見えます。奥には黒くて大きなものが置いてあって、手前の壁には、左側に五線譜が書かれた黒板があります。そこに、沢山の人が集まっていたのです。沢山の楽器と共に。
と、不意にチョークが動きました。そして、黒板に文字を綴っていきます。
「最後の試練:旅立ち→宝箱を探し、鍵で開けよ」
「最後の試練だって!宝箱を探して、さっきの鍵で開ければいいんだわ」
白雪姫が言いました。すると、現実世界の人たちは口々に話し出します。
〔宝箱?〕
〔どこにあるのかな?〕
音楽室を見渡す限りだと、それらしきものは見つかりません。
白雪姫は尋ねました。
「……みんなは、宝箱がどこにありそうか分かったりする?ほら、私はここのことを全く知らないから……」
〔うーん……〕
〔あるとしたらあの小部屋の中かなぁ〕
現実世界の人たちによると、奥にある3つの扉の奥には小さな部屋——小部屋があって、そこならば隠し場所がたくさんありそうだと言うのです。
「なら小部屋の中を探しましょう!」
〔そうだね!〕
そこで、白雪姫たちは小部屋の中を探すことになったのです。
〔1番左の扉は、今鍵がかかっていて開かないから、真ん中から探そうか。ものがたくさんあって大人数は入れないから、しらゆきひめとカレンが入って探してみてよ。私たちは、小部屋以外でありそうな隠し場所を考えたり、左の部屋の鍵を開けたりするから〕
「分かったわ」
白雪姫がうなづくと、カレンが言いました。
「少し狭いから、気をつけて入るのよ」
「うん、ありがとう」
白雪姫は真ん中の扉を開け、そっと中に入ります。その後にカレンが続きました。
「たしかに少し狭いわね……」
そんなことを言いながら、2人は部屋の中を頑張って探しますが、それらしきものは見つかりません。
「……無いわ……」
「そうね。一回外に出ましょうか。隣の部屋を探しましょう」
「そうね、そうしましょう」
そして、2人は音楽室に戻るのでした。
〔ねえ!左の部屋の鍵を取って来たけど、どうする?どっちの部屋を探す?〕
花梨に白雪姫は話しかけられました。
「うーん……カレンは、どっちがいいと思う?」
〔……右がいいわ〕
思いがけず、力強い口調で返されました。
〔えー?左にすれば?〕
不意にそう言ったのは、智也です。
白雪姫は一瞬迷いました。
でも白雪姫は、カレンとの約束を思い出しました。
(彼になんと言われても、無視する。試練を乗り越えて手に入れたものは、渡さない)
白雪姫はにっこり笑って言いました。
「私、右の部屋を探すわ」
〔じゃあ、僕が左の部屋を探してくるね〕
智也はそう口にします。
白雪姫とカレンは、右の部屋に入りました。
こちらの部屋には棚があり、そこに沢山の物が収められています。ぱっと見では、この部屋の中にも宝箱は見当たらなさそうです。
「棚の中とか、下とかを探してみましょう。陰になっていて見えなかったりするかもしれないでしょう」
「そうね」
棚には扉は付いていません。棚の中には宝箱はなさそうでした。
もしかしたら、ここには無いのかも……と思いつつ、白雪姫は、棚の下を覗き込みます。
そして、息を呑みました。
「……カレン、あったわ!宝箱よ!」
喜びのあまり、そう叫ぶ白雪姫の手には、たしかに赤い宝箱がありました。
「やったわね、白雪姫!」
カレンもとても嬉しそうです。
一旦宝箱を持って音楽室に戻ると、白雪姫の声が聞こえたのでしょう、現実世界の人たちが嬉しそうにしていました。
〔宝箱が見つかったんでしょう?〕
〔やったね、しらゆきひめ!〕
そう言って、白雪姫やカレンと一緒に喜んでくれたのです。
〔白雪姫、こっちにも宝箱があったよ〕
不意にそう言ったのは、智也でした。
智也は緑色の宝箱を持っています。
「ありがとう。でも先にこっちを開けるわ」
白雪姫はそう言って、鍵を取り出し、赤い宝箱を開けました。
(あの子の言葉は、無視をする)
そう自分に言い聞かせながら。
宝箱の中には、1枚の紙と真っ赤なりんごが入っていました。そして、紙にはこう書かれていました。
「おめでとう、白雪姫
このりんごを食べれば元の世界に帰れるだろう」
白雪姫は赤いりんごを手に取ります。
「このりんごを食べれば『おとぎのくに』に帰れるんですって!『げんじつせかい』の皆さん、カレン、今までありがとう!」
白雪姫は、別れを告げます。
〔『おとぎの国』でも元気でね!〕
〔またね!〕
現実世界の人たちがそう別れを告げたにも関わらず……
〔こっちにも、りんごが入っているよ。ほら、青りんごが〕
智也がそう言って、宝箱を見せます。
たしかにその中には、美味しそうな青りんごがありました。
(あの子の言うことは、聞いてはいけない)
白雪姫は、そう自分に言い聞かせました。
(この赤いりんごを食べれば、『おとぎの国』に帰れるのよ。迷ってはいけないわ)
白雪姫が赤いりんごに齧り付こうとした、その時。
〔……いいの?白雪姫〕
その智也の言葉には、なぜか白雪姫の行動を止めるだけの力がありました。
〔あのね、いいことを教えてあげようか〕
白雪姫は、必死に無視しようとしますが、体が固まって言うことを聞いてくれません。
〔みんな!楽器を吹いて!この智也は偽物なの!言葉で白雪姫を誘惑して帰るのを邪魔しているの。だから、お願い!みんな手伝って!〕
カレンが突然、叫びました。
現実世界の人たちは、騒めきました。何事かと囁く声が空間に満ち溢れます。
不意に、低くて大きな音が聞こえて来ました。
誰かが楽器を吹き始めたのです。
白雪姫はその音を聞いて、はっと我に帰りました。体が自由に動きます。
低い音につられるようにして、音が増えていきます。音が増えると、智也の声は聞こえなくなっていきました。
「さあ、今のうちよ。早くりんごを食べて、元の世界に帰りなさい」
カレンが白雪姫の耳元で言いました。
「ありがとう、カレン」
白雪姫はにっこり微笑んで……
赤いりんごを一口、齧ったのです。




