第九十六話 湯巡り旅行出発
綾さんの爆弾発言から一夜。ホントに許可が降りました。綾さんはその日の内に春日山に使いを送り、向こうはそれを呆気なく許可した。
この間涙流して送り出した定満さんを呼び戻して輝政がこなしてきた政を何とかもたせるらしい。そして影武者を置くことで、謁見などもできるように指示した。いやまじで綾さんの力強すぎ。
というわけでめでたくこの時代に婚姻から二年遅れて新婚旅行と相成りました。
この時代に新婚旅行というか旅行自体珍しいことではないだろうか···。この戦乱において何を呑気なと言われそうだが···ま、輝政が一時でも政を忘れてのんびりできるなら良いことだと思う。三人で出掛ける機会なんてあるか分からないし。綾さんの好意に甘えさせてもらおう。
まずは旅支度である。輝政と絶はいつもより動きやすい旅用の服装を見繕い、馬を三頭貸してもらう。外見は二人の豪族の姫君とその従者という風に見えることだろう。
一番の心配事である身辺警護に関しては、護衛として離れた場所から松尾衆に着いてきてもらうことになっているので道中安心して温泉巡りできる。
全ての旅支度を急いでこなし、その日の昼には綾さんに見送られて坂戸城を出立した。
さて、坂戸城を出発した俺達は最初、妙高山の東にあるという関山の湯、黄金の湯に向かった。かの弘法大師が見つけたとされる温泉である。その道中で輝政が、俺達にとある指示を出した。
「そういえば二人共。この旅の間、私のことを輝政と呼ばぬように」
「···なんで?」
俺が聞き返すと輝政は呆れたように肩を竦める。
「はぁ···これはお忍びなのだぞ? 上杉の当主が湯浴びに来ているとわざわざ吹聴する阿呆がどこにいる」
「あ···」
そりゃそうっすね···。影武者置いてるのに俺らが輝政の名前で旅してちゃいかんよね。
「んじゃ何て呼べばいい?」
俺が聞くと考え込むような仕草をするが、直ぐに思い付いたようで視線を上げる。
「··凜。凛と呼んでくれ。一度捨てた名だが、こういう場で名乗るには丁度いいだろう」
おぉ。まだ本物の政虎が生きていたときの本名だ。確かにこの名前の方がこの場合いいだろう。輝政も違和感なく名乗れるし、後はこっちが呼び間違えなければいい。
「分かりました。凜様、ですね」
「凜···凜···凜···よし! 俺も大丈夫!」
何度も声に出して口に馴染ませる。俺のその行為が可笑しかったのかクスリと笑みを溢した。
「少しの間は呼び慣れないだろうが、頼む」
「おう!」
「はい!」
その日の夕方。関山の湯に一番近い宿に無事到着したのだった。




