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第八十七話 武士の戦

 

 九月中頃、雨が降る中、織田軍はいくつかの郡を焼き払いつつ能登へと進行。手取川を渡河した少し先で布陣した。


 少し遠回りして戻ってきた段蔵達によると、その数二万の大軍だが、鉄砲は想定よりも少ないらしい。また、軍監衆に名を連ねる者は見た限りいないようだ。


 さて、いよいよか··· 俺は隣に立つ輝政に声を掛ける。


「輝政、始めよう」


「あぁ···」


 情報が回ってきたその日の夜。徐々に激しくなっていく雨の中で連合軍の将兵達の前に立ち、輝政は話始める。


「皆、天下に轟く彼の織田の軍がこの地を···」


 カリスマ性か、その美貌のおかげか、まるで見とれるかのように誰もが一心に輝政の方を見つめ、その声は染み渡るように将兵に届く。


「連合軍の将兵たちよ! 足利幕府を終わらせ、能登越中まで侵略してきた織田の者共に目にもの見せる時が来た! 天は我らに恵みの雨をもたらせ賜うた···今こそ、我が名と毘沙門天の元、彼の者らに罰を与えん! いくぞ···全軍、進軍せよ!」


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」」」


 既に退却を始めている織田軍の背中目掛けて攻撃を開始する。

 俺は輝政の横で馬を走らせる。


「景亮、私から離れるなよ!」


「勿論! こいつなら合わせられるよ···頼むぜ!」


 俺の跨がる馬が鼻を鳴らす。乗っているのは第四次川中島で暴走したあの馬だ。あれ以降なつかれ、俺の愛馬になっていた。こいつなら輝政の動きに合わせられる。


 雨、夜という状態は織田軍を焦らせるには充分だったようだ。氾濫した手取川を渡る以外に逃げる術はない。


 俺は刺叉を使い敵の体勢を崩していく。輝政は俺を守るように前に立ち寄って懸かる敵を切り払っていく。


 まるで俺がヒロインで輝政がヒーローみたいだな。いやまぁ分かりきってたことだけどさ。


 敵を倒して一息吐いていると···


「景亮っ!!」


 輝政の叫び声が聞こえる。顔を上げると、目の前に槍が迫っていた。


「ーーっ!?」


 槍が俺の体に突き刺さる直前で槍の動きが輝政の刀によって阻まれる。


「はっはァ! 流石は軍神だ、俺の槍を阻むたァな!」


 槍を突きだした男は直ぐに後ろに下がる。


「···貴様何者だ?」


 声を低くし、男を睨む輝政。これは···完全に怒っている。武田が同盟を破った時より怒っている。


 しかし男は輝政の怒気にも怯むことなく笑う。なんて豪胆な男だ。景家さんや貞興兄にどこか似ている。動物で例えるなら獅子や虎だろう。


「上杉の大将がそこまで入れ込むか···いや名乗りが先だな。俺の名は前田利益。酒と戦を愛する只の武士よ。しっかしまさか女で、それもかなりの別嬪さんとはなァ···まァ戦場に男だ女だは関係ねェか」


 前田利益···知らんな···聞いたことがない。輝政は未だに利益を睨み付けている。


「いいねェ···武人の目だ。やはり戦はこうでなくっちゃな!」


 敵を前にしてカラカラと笑う。


「景亮、私の後ろに」


 俺を利益というから隠すように、俺の前に立つ。


「そうかっかしなさんな! 俺は顔を拝みに来ただけよ···名高き軍神のな」


「···不意打ちしてきた者を信用しろと?」


「はっはっは! そりゃ信用しろって方が可笑しいってもんか! ···まァいいさ。上杉の戦、誠に見事。鉄砲なんてのに頼らねェ戦はやはりいいもんさなァ」


「お前は織田の戦が好きじゃないのか?」


「そりゃ俺は武人だからよ。確かに鉄砲ってのは便利だが、刀には使い手の魂が宿る。刀を打ち合ってこそ、そいつの覚悟が、意地が見える。魂の宿る武器で打ち合ってこそなのさ。しかし鉄砲は駄目だ···あれには魂も覚悟も関係ねェ。ただ撃ち、殺す。そこには武士の戦にあるべき命の掛け合いってのがねェ···俺にはそれがつまらんのさ」


「···前田利益。そなたは誠の武人であるのだな」


 輝政は一度目を閉じると刀を目の前で真っ直ぐ構え直した。そこにはさっきまでの怒気はなく、まるで精神統一でもしているかのように落ち着き払っていた。


「···構えなさい。あとはこれで語るとしよう」


 武器を構える輝政に一瞬驚いた利益だが、直ぐに武人然とした顔つきになる。口には笑みが浮かんでいた。


「滾るねェ···そんじゃあ仕合って貰おうかァ、軍神!!」


 輝政と利益が互いの武器がぶつかる。


 力では明らかに輝政が不利だが、捌いて力を逃がして手数と技で挑んでいく。


 利益の槍さばきは見る限り景家さんと同等ほどだろう。豪快なのに時々技巧的で、緩急の付いた戦いをする。


 織田ってのはこのくらいの武将がごまんといるのか···真っ向からの戦いは勘弁したいもんだ···。


 何十と打ち合って、ようやく決着がついた。


 利益の槍は輝政の顔の前で、輝政の刀は利益の心臓の前でそれぞれ止めている。


「「私(俺)の勝ちだ···」」


 俺からは完全に引き分けに見えた。


 利益は笑みを浮かべるとゆっくり槍をひいた。


「これが軍神···越後の龍か。いいねェ···どうせならこんな大将の元で戦いたいもんだ」


 少し寂しげに呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


「今からでも遅くないぜ?」


 利益は俺の言葉に驚いたように目を開いた。そしてそれも一瞬大声で笑う。


「はっはっは! そりゃいいや···その時は当てにさせて貰おう」


 そう言って利益は乗ってきた馬に跨がる。


「さて、そろそろ撤退も終わってる頃だろう···越後の大将、それにそこの旦那もその内また会おうや!」


 そう言ってこの場から離れていった。


「輝政様! ご無事でございますか!?」


 定満さんが配下を率いて駆け寄ってきた。


「定満、これより撤退した織田軍を追撃する。景家を先陣に軍を纏め直せ」


「はっ!」


 雨の降る中を越前丸岡城まで追い詰めたが、織田軍は籠城。睨み合う形となった。




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