第八十五話 誰がために
"祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。"
かの有名な平家物語の冒頭の文である。それは栄華を極め、世を手中に収めた者もいつかは滅亡してしまうという意味の文であるが、まさに今、栄華を極めた"盛者"が終焉を迎えた。
室町幕府第十五代将軍足利義昭が織田に負け、毛利の元に逃げ込む途中で落武者狩りに合い死す。それはなんとも呆気の無い終幕だった。
いや···石山本願寺に味方する農民を襲い、多くの人を死に追いやった義昭にはその行いに見合った最後なのかもしれない。
しかし、義昭の死に懐疑的な目が向くのは当然である。そしてその目が織田に向くのも。
史実ではまだ死んでいなかったはずの義昭が死んだ。本願寺に味方する農民を焚き付けた奴がいる···義昭が死んで誰が得をするのか···死んだ理由をカモフラージュするとしたら···。
政虎はそいつらと、義によって戦うだろう。
とある日の夜。俺と政虎、絶はいつものように三人で輪になって話していた。
「とうとう、室町幕府が滅んだ···景亮の言った通りになったな」
「あぁ···やったのは恐らく織田だ。織田は当面の目標を達成した訳だ」
「堺や京を通った商人の話では、織田は禁裏より権大納言の位を賜ったそうだ···対してこちらは上杉の、関東菅領という位を失った」
室町幕府が滅んだことで、幕府の役職であった関東菅領という位自体が無くなった。北条、武田やその他の大名豪族に対する関東菅領という歯止めが無くなったのだ。これに乗じて北条は支配地域を広げてくるだろう。
「義昭様は弑され、室町幕府復興も望めない。義輝様は天で嘆いているだろうな···この有り様を。もし織田と合いまみえる様なことがあれば、その戦は室町幕府の幕臣としての戦をする。復古主義と言われようと構わん···義輝様の望みを、思いを継いで戦おう。その戦は、義輝様に捧げる戦。もし私のすることが不義であれば、天は私の道を挫くだろう···私のすることが義によってなっているにならば、天は私の道を助くだろう」
政虎は静かに語った。
「政虎、あんまり気負うなよ? 幕府は無くなっても家は無くならない。俺達は越後を守らなきゃならない」
「分かっている。心配は無用だ···まずは冷静に織田の動きを見る」
どうやら余計な心配だったようだ。
「世に、天に、私の覚悟を示さねばならない···」
政虎はその言葉通り、自らの名を改めた。
新たな名は上杉輝政。足利義輝から"輝"の字を。憲政、政景、そして今までの名である政虎から"政"の字を取っての名前だ。
公方義輝の願った泰平の世を、上杉の信じる義の心を。全てを背負う覚悟を日ノ本に、付いてきてくれる者に示した。
全ては義のために。全ては泰平の世のために。
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