第七十七話 婚姻の儀前日
景亮視点に戻ります。もう数話婚姻の話が続き、次の話に進みます。
婚姻の儀前日。俺は自分の屋敷から御館に移り、一人ポツンと酒を飲んでいた。独身最後の夜はボッチ酒である。
今頃、政虎と絶は御暇請いの儀の最中だろう。
しかし結婚式前日に俺は一人か···もし元の時代だったら親父と飲んでたりするんだろうか···。
元の時代···か。本来であれば今頃俺は何をしていたんだろうか?
進学か就職かして、成人式やって。友達と騒いで、両親と酒を飲んでたりしたのだろうか。
もう、会えないんだろなー···家族とも友達とも。あの頃の日々も既に遠いものだ。あの時代の知識は残っているが、既に思い出せないものもある。思い出だ。誰とどこに行って楽しかったとか有名人の名前とか一部は既に思い出せない。
俺は既にこの世界に適応しているのだろう。親父と母さんは元気だろうか。俺がいなくて悲しんでるだろうか···もしかしたら俺がいたことさえ記憶から消されてるかもしれない。なんてのは流石に妄想が過ぎるか。
いつの間にかに涙が出ていた。俺はそれをぬぐい酒を煽る。
その時、部屋に段蔵と弟子二人に義守さんが現れた。
「主、一人寂しく酌ですかな?」
「皆···」
その手には自分達用の酒と肴がある。
「拙者らは主の配下。一人寂しく酌をする主に付き合いましょうぞ」
そう言って好好爺のような笑みを浮かべる。
それからは時に騒ぎ、時にのんびり酒を飲む。特に騒いでいたのは俺と段蔵で、それに巻き添えを食らう弥助。義守さんはそれを我関せずとばかりに眺め、月夜は俺に酌をしつつ段蔵を嗜めていた。
皆と過ごす内、いつの間にか寂しさや辛い気持ちは小さくなっていた。
「そういえば、明日は皆がお迎えの役目なんだろ?」
「えぇ。まぁ人数が少ないため、上杉家臣から選ばれた家臣の方々にも来ていただくことになっております。内密とはいえ余りに寂しい数ですからなぁ」
「だいだい、俺が婿に入るんだから本来やる必要のない物なんじゃないの?」
「それは御前と憲政様が推したと聞き及んでおりますが?」
「···そうだった」
そういえばあの人たちこの一連の儀に関しては譲らなかったな···あの時は何も思わなかったけどもしかして、政虎の晴れ姿が見たいだけなんじゃないのか?
「しかし、政虎と絶様の晴れ姿はさぞ美しいでしょうなぁ···」
それは確かに。高身長で尚且つスタイルのいい政虎も、清純で正しく日本のお姫様といった雰囲気の絶もどちらも映えるだろう。ビデオカメラや携帯が無いのが悔やまれる。くそぅ! これでは後から写真を見てニヤつくことも出来ないではないか!
「ところで、無粋ではあるのですが聞きたいことがあるのです」
「なんだよ改まって?」
「床入りの儀は大殿と絶様、どちらが先に行うのですかな?」
その質問に酒を飲んでいた俺と弥助はむせ、義守さんは盃を落とし、月夜は目を見開いて固まる。
「お師匠様! 無粋も過ぎます!」
「何て事を聞くのですか師匠!?」
「鳶加藤! 何を言っている!?」
「床入りってお前···」
「いやいや、同時に婚姻とは珍しい事なので」
すっかり忘れていた。床入りの儀、つまりは初夜である。
「拙者、主が心配なのでござる。女子二人相手に主の精力は持つのだろうか···と」
「ほうほう···それで?」
「拙者の書物の中には、いくつかこういうことに役立つものもあります。よろしければいくつか伝授いたしましょうか? 」
「···いらんわ! 少なくとも婚姻したこともないお前から伝授されるような物は何一つない!」
俺と段蔵のやり取りに全員が笑う。婚姻の前日はなんだかんだ日常に戻り、騒がしく過ぎていった。