第五十九話 上杉優勢
一方先頭に立って武田とぶつかっていた貞興はとある男と対峙していた。
身体はそれほど大きくないが、猛者であることが気迫で伝わってくる。
その男は貞興隊の持っていた旗をチラリと見ると構えを崩さないまま、貞興に話しかけた。
「その鬼面旗···貴様が越後の鬼か」
「そういうあんたは武田の侍大将、飯富昌景か」
飯富昌景。甲山の猛虎と呼ばれ、赤備えで有名な飯富虎昌の弟であり後に赤備えを継ぎ、後世では山県昌景の名で武田四天王にも数えられた猛将である。
周りの兵は二人の気迫に近寄ることが出来なかった。邪魔をするなという雰囲気が二人から出ていた。
「あんたとも一度仕合ってみたかったんだ···いざ!」
「いいだろう···いざ」
「「勝負っ!!」」
貞興は槍を、昌景は刀を振り下ろす。
それからはお互い退くことなく武器を振り続ける。貞興は槍のため、昌景よりも遠距離から攻撃できるはずだが、昌景は巧くいなしながら貞興の懐に入っていく。
お互いの武力はほぼ拮抗していた。刃に当たることもなく、
「くっ···流石は越後の鬼か!」
「ははっ! やっぱいいもんだな! この高揚感、これぞ武人の生き方よ!」
喋りながらも打ち合う。その時、昌景は遠くで晴信の嫡子義信が追われているのが見えた。
「ふっーー!」
昌景は大きく薙ぎ払い、貞興を離れさせる。
大きく態勢を崩された貞興だが、すぐに態勢を整え槍を構え直す。
「鬼小島よ! 頼みがあるのだが、聞いてもらえないだろうか?」
「あぁ? いいぜ···何だよ?」
「御館様の嫡子を助けるため、この勝負を一度預けたい」
それを聞いた貞興は一瞬だけ考えるとそれに頷いた。
「いいぜ。では勝負はまた、改めて」
「感謝する! ではっ!」
貞興は昌景が義信の元に行くのを見送ると、押し返されてる兵の元へ救援に向かった。
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一方宇佐美定満は、武田方の侍大将の一人であり譜代大名でもある諸角虎定の隊とぶつかっていた。
「皆攻め立てよ! 武田の者共を討ち果たすのだ!」
定満は馬上から指示を出し、自らも刀を振るっていた。
「諸角を越え、本陣へと雪崩れ込むのだ!」
ここでは定満の采配の力か、兵が屈強だったお蔭か定満隊が押し勝っていた。
諸角隊は何とかもっている状況だった。
「くっ···勢いに押されているか···皆拙者に続け! 上杉の者共を押し返す!」
虎定は先頭に立って定満隊と戦う。それを見た定満は先頭に立つ虎定をこの隊の長であると見定め、
「声を上げた者こそ、この隊の長である諸角虎定であろう。その者を討ち取れ!」
虎定に向かって兵が突撃していく。虎定は何とか耐えるが、さすがの虎定も体力の限界を迎え、膝をついた。
「···はぁ、はぁ、くっ···うおぉぉぉぉぉぉお!」
最後の力を振り絞り、目の前にいた男へ向かっていく。すでに目の前は霞み始めていた。
しかし、一瞬のうちにその首に刀を突き立てられ絶命した。
その男、定満は物言わぬ首となった虎定の首を天に掲げる。
「武田侍大将、諸角虎定討ち取ったりーーーー!!」
その声にもり立てられた定満隊は一度は押し返した虎定隊を呑み込んでいく。
その横を武田本陣へと一直線に向かう隊を横目に、そのまま次の戦いに移行した。
その隊の先頭に政虎がいることも知らずに。
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