第五話 景虎と
同日 越後 夕方
というわけで、貞興兄や頼久に案内され、無事部屋についた。
まだ、景虎さんは戻ってきていないようだ。
「では景亮、後日また」
「じゃあな!」
そう言って二人は去っていった。
そうして誰もいない部屋でボーッとしていると、ふと疑問に思ったことがあった。
(なぜ景虎は、自ら俺の面倒を見るんだろう?)
よく考えれば、どこの者かも分からない男を殿様の傍に置くだろうか?
それも景虎さん自身に聞けば分かるんだろうけど……。
そんなことを考えていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「そちらの方が早かったか」
景虎さんだった。服装が浴衣のようなものに変わっている。
「ふふ、どうであった? 二人と城下に出てみて」
景虎さんはふわりと優雅に床に座る。なんか演劇の人みたいだな。
「楽しかったですよ。さっそく友人ができてよかったですよ」
「そうか、あの二人に頼んでよかった。貞興と頼久がそなたには合うと思ったのでな」
そう言って満足そうに微笑む。
うーん、聞くならこのタイミングかな……。
「景虎さん、ちょっと話がしたいんだけどいいですか?」
景虎さんはその言葉を待ってましたとばかりに目を輝かせる。
「あぁ! 私も聞きたいことは山ほどある。今日は遅くまで付き合ってもらうぞ」
そう言うと景虎さんは立ち上がる。そして今までで一番の笑顔でこう言った。
「ではその前に、夕食としよう!」
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夕食は景虎さんが女中さんに持ってこさせ、二人での食事となった。
目の前には米と味噌汁が並んでいる。もしかして飯ってこれだけ?
「では、いただきます」
景虎さんはそう言って食べ始めた。俺もそれに倣って食べ始める。
とりあえずは話すために口を潤そうと味噌汁を飲む。
「ーーーーーっ!!」
しょっぱい、けっこうしょっぱい!
とにかくガツガツとご飯をかきこむ。
「口に合わなかったか?」
景虎さんが心配そうに顔を覗いてくる。
「ふーっ。大丈夫です! 味が濃いなーと感じただけなので」
「ふむ、味が濃い……か」
そう言いつつも味噌汁を食べる景虎さん。これが普通だと言わんばかりだが、どう見ても塩分が多過ぎだ。
そういえば史実の上杉謙信の死因として、塩分とお酒のとりすぎってのがあるんだっけ? 言った方が良いかもしれないな。
「なあ景虎さん、飯に関して言いたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あぁ、何なりと申してくれ」
「味が濃いってのは色々意味があると思うんですが、健康の面から考えるとちょっと薄めた方が良いと思います。それからおかずを三つ足してください。その方が体に良いと思いますよ。今の食生活だと、いつ病になってもおかしくないです」
「ほぅ、そなた薬師の知識でも持っているのか?」
「そう思ってくれて良いです。ともかくご飯を作ってくれている人に、健康のため、味を薄くして、野菜をとるためにおかずを増やすよう言ってください」
そうすれば、俺を助けてもてなしてくれた命の恩人の寿命が、ちょっとは伸びるかもしれない。
「ふむ……分かった。女中らに伝えておこう」
そう言うと、またご飯に戻った。俺も箸を進める。
それから食べ終えるまでは景虎さんも俺も無言だった。
何を聞こう、何を言えば良い? 頭の中で考えを巡らせていた。