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第五十五話 軍神これにあり

今回は史実でも軍神、上杉謙信の常人離れした部分がかいまみえる逸話についてです。

 

 さて、俺達が古河御所を落としてから数日。安房国から足利藤氏と里見義堯が到着し、無事入城した。


 政虎や憲政さんは藤氏から感謝の書状を賜ると、上杉軍を率いて、以前氏康が入っていた武蔵松山城へと進軍。勢いのままに松山城を落城させた。


 そしてようやく鎌倉にある鶴岡八幡宮に到着。他の勢力も次々、八幡宮に到着した。集まった勢力の総兵力はいつの間にか九万ほどになっていた。


 鶴岡八幡宮で、関東管領の就任式を行い、その後北条武田との戦の勝利を願う願文を捧げた。


 就任式には関東、信濃など力を貸してくれる豪族や大名が参列。本来であれば前久さんも参加してほしいところであったが、義輝公や前久さんから書状を貰っている。それに前関東管領である憲政さんもいるので豪族や大名もある程度は従ってくれていた。


 そしてその近辺で数日かけて小田原に向かうための準備を進めた。俺は清胤の手伝いをしていたし、政虎も参陣した人達と会談をしていたためその期間は政虎と会うこともなかった。


 関東諸国との連携を密にした俺達は藤沢、平塚へと先陣を進めた。

 海岸沿いに小田原へと兵を進めていく。先陣は俺のいた時代で言う相模原に位置する当麻に布陣すると、中筋まで進軍。


 すると、北条の兵が大槻に布陣したとの報せがあった。中郡の足軽大将大藤秀信という男が率いているようだ。


 俺と政虎は話し合いの結果上杉軍は衝突を避け、後ろの別の軍に任せることにした。


 それから数日後には曽我山まで至り、まるで地を這う龍のように動いていく連合軍は次々と北条方の城を飲み込んでいく。


 そしてとうとう小田原城にまで迫った俺たちは本陣を酒匂川に置いた。


「ようやく小田原か···」


 俺の隣で馬に乗っている政虎が感慨深そうに呟いた。


「あとは支城含めたこの小田原をどうやって落とすか···だな」


「相手は籠城をしている。我慢比べになるだろう···しかし、相模の獅子もただ籠城するだけではないだろうが」


 その言葉通り、支城攻めは想像以上に進まず、北条方の夜襲や兵糧の焼き討ちなど烏合の衆であった連合軍の士気を下げる方法で対抗してきた。


 そんなある日、俺は政虎が昼間っから酒を持って出ていくのを見かけた。


 政虎は小田原城の門前へ行くと、あろうことかその場に座り、酒を飲み始めたのだ。


 それを見た北条の兵が鉄砲やら弓やらを準備するのが見えたので、俺は慌てて盾を持ってきて政虎に近寄る。


「政虎! 何してんの!?」


 俺が叫びながら近寄ると、政虎は何ともないような普段通りの顔で答える。


「見てわからないか? そうだ景亮、一人ではつまらない酌をしてくれ」


「お、おう···ってちょっと待てよ! 上見て、上! 狙われてるから!」


「知っている。それはともかく座れ。そこから動くなよ?」


「えぇ···動くとどうなるの?」


「それは無論、当たる。動かなければ当たらないからとにかく座りなさい」


 最後の言い方に綾さんのような底知れない怖さを感じ、つい隣に座ってしまった。


 この人この間危ないことはなるべくするなみたいなこと言っておきながら···


 俺は仕方なしに震えながらも政虎に酒を注ぐ。


 手元に持っていこうとする政虎の袖下を銃弾が掠めた。


「うおっ!」


「ほぅ···良い腕をしている」


 政虎はニヤリと笑うと酒を煽る。何とも豪胆な···。


 周りに待機していた将兵らも驚き半分慌て半分といった感じだ。


「何と! 政虎殿を避けるように落ちてくるぞ!」

「やはり政虎殿は天より使わされたお方であるのか!?」

「なんで当たらないんだ!? くそっ···もっと持ってこい!」


 上杉だけでなく他国の将兵も驚いているのが聞こえる。しかし降ってくる弓や銃弾で俺達に近寄れない。定満さんや憲政さんは慌て、こっちに来ようとしているのが見える。


 それ以降もどんどんと矢や銃弾が降ってくるが、一向に当たらない。

 政虎はさも当然であるというように酒を飲み続ける。

 さっきから横においてる盾には当たってるんですけど···


 それから数十分過ぎただろうか。いい加減当たらないと諦めたのか雨のように降っていた矢や銃弾がピタリと止んだ。


「ふむ···流石に止めてしまったか。まぁいい···景亮よ、城を肴にもう少し飲もう」


「は~~、やれやれ···」


 それから政虎は心配そうに近づいてきた定満さんに矢の回収を命じると別の兵に新しい酒を持ってこさせ、日が暮れるまで飲み続けた。



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 小田原城内 北条氏康視点


 小田原城内は先程の光景に戸惑っていた。


 上杉の小娘と男一人が矢や銃が降り注ぐ中、酒を飲んでいたのだ。


 苛ついた兵が射ち続けるのは止めさせた。これ以上矢や弾を無駄には出来ない。


「ったく···やってくれるじゃねぇか。軍神さんよぉ···」


「父上! 何故兵に攻撃を止めさせたのです!? この期を逃すなどーっ!」


「ありゃ当たらねえよ。それより矢と弾は無限にあるものじゃねぇだろう。無駄にするんじゃねぇ」


 何も小娘の考えは無駄射ちだけじゃねぇはずだ···あれを見せられれば上杉の陣に加わっている大名共の士気は上がり、こっちの士気は下がる。


「やれやれだ···てめぇら! 気張っていけよ! 門を抜けさせんじゃねぇぞ!」


「「「「「「はっ!」」」」」」


(この堅城には一歩も侵入させねぇ···)


 家を、民を守るために。改めて意志を固め、戦に備えるのだった。



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