第四十三話 牽制と帰郷と上野原と
越中は神保の元に治まり、椎名家は当主が討ち取られたことで実質的に廃絶。降伏した将兵は上杉の傘下に入った。
一方の勝興寺、瑞泉寺の一向一揆衆はその土地の安堵を許されたことで和睦。
俺達も当初の目的を達成。これで越後に帰れる···と思いきや、少し寄り道して、能登に向かうこととなった。
いやね、能登は当主である畠山と家臣が仲が悪く、今回の連合も畠山の家には上杉、神保が後ろ楯となっていることを家臣たちに知らしめるためでもあった訳だが、しっかりとした盟友であることを目の前で見せるため、畠山の本拠の膝元である七尾に来てほしいという義綱さんのお願いに俺達は応えることにしたのだ。
というわけで、畠山家の城の上座の間で畠山の家臣と顔合わせをする。
その反応は二つに別れていた。
安心したような顔か、恨んでいるような怖い顔か。
どちらかといえば安心したような顔の方が多いな。
「上杉家臣の方々よ···よくぞ来てくださった。越中が長職殿の元に治まったのも、一向一揆が治まったのも貴殿らのおかげだ。誠に感謝する」
その言葉に代表して清綱さんが答える。
「此度のことはこちらにとっても必要であったこと。これで上杉、神保、畠山が同盟を結べたのです。我らが殿は"義"を大事にするお方ですから、能登に戦が生じれば必ずや義綱殿をお助けするべく動きなさるでしょう」
堂々と、清綱さんはこの場にいる全員に対して伝える。
それは畠山家臣の中で、義綱さんと対立している人達を牽制するための言葉だ。
対立していた人たちは苦虫を噛んだような顔をしている。
一方の義綱さんはすっげえ良い笑顔をしている。
「そうか···ありがたいことだ···今日はささやかながら宴を用意させてもらった。ゆっくり休みなされ」
「はっ。そうさせていただきましょう」
清綱さんに続いて俺らは頭を下げる。
「では宴の席にお連れしろ。私も後で向かう」
宴は夜まで続き、その次の日の昼頃、俺達は越後への帰路についた。
数日かけて戻ってくる。久し振りの越後に安心を覚える。
ところが、政虎や他の人たちは越後に戻っていなかった。
その代わりに俺らを待っていたのは川中島で戦っている政虎からの使いだった。
その使いから政虎が上野原にて武田と戦をしていることを聞くと、清綱さんに後からの荷駄を頼み、すぐさま援軍に向かうことにした。
貞興兄、頼久、清胤、家成さん、長実さんの配下の兵は勿論、降伏した椎名勢もさっそく使う。
休憩しながらの行軍と、なぜかいる敵を蹴散らしながら二日をかけて川中島まで着くと、いつの間にか再築城されていた旭山城に入城する。
その中には政虎など大半の兵はいなかった。どうやら飯山城という城まで下がっていて、そこから上野原に行軍しているらしい。俺は清綱さんのために一部の兵を残しておくとすぐさま移動。義守さんを先触れに出し、急ぎ上野原へと向かった。




