第三十六話 武器
それから数日、高梨より使者がやって来た。
"武田勢が和睦の盟を破り葛山を攻撃。高梨の領地である飯山まで進軍中。至急救援を頼む"
ところが、俺達は動くことができなかった。
この時期、越後は雪が積もり、移動が制限されてしまう。
一方でこの雪のお蔭で、体は丈夫になり、耐え忍ぶことを覚えるのだという。
ところが今回、耐え忍ぶことを忘れて今にも出陣をしようとする人物がいた。
何を隠そう、上杉政虎その人である。
それはもう修羅とならんばかりに怒り、静めるのに苦労した。
まぁ怒るのも無理はない。犀川の戦いで折角和睦をしたのに、盟を破って攻めてきたのだ。おのれ足長クソ坊主め···うちの綺麗な大将を怒らせやがって···元々目付きは鋭い方なのに常に睨んでる状態だったんだもの。
政虎は約束を破る奴は大嫌いだからな···どんなことになっても知らんぞ。
というわけで武田をやるのは言うまでもないわけであるが、その一方でどうやら越中で、一向一揆が勃発しそうだという話が回ってきた。
越中は椎名やら神保やらの有力勢力が攻めぎあっているわ一向一揆だと全然安心できん。早くなんとかしなければ···と俺が何度も言ったところ、政虎も同じ考えだったらしく、景虎は、軍を分けて一部を越中へと送ることを決めた。
越中への主だった者は、俺と貞興兄と頼久、清胤、それから上野さんちの家成さんである。勿論俺の配下である加藤段蔵と義守さんもそこに入る。
主軍は武田との戦に持っていくため、このメンバーになった。
そう。初めて政虎と別の戦場へと赴くわけである。政虎からは母親のごとく心配されたがノープログレム。と行きたいところだが一つ。どうしても考えなくてはならないことがある。
俺の武器である。
こちらの時代に来て以降、一生懸命鍛えてはいるのだが、刀を持つことは出来なかった。ってかまず誰かを斬ることを考えるだけで刀を持つことに拒否感情がある。この時代に来て甘いことを···と思われるかもしれないが。
そこで俺は、鍛冶職人に二つの武器を特注で造ってもらうことにした。もちろんお金は給金から出しました。
今日はそのお披露目である。俺と鍛冶職人を中心に、政虎、綾さん、貞興兄、清胤、頼久、政景さん、実乃さんなど俺によくしてくれる人達揃い踏みである。
誰もが俺の武器に興味津々だ。きっと良い刀だと思われているのだろうが、豚に真珠、景亮に刀というほど刀は向かないという自負はあるので当然違う。
俺に近寄ってきた貞興兄が俺に聞いてくる。
「それで、お前の武器はなんなんだ?」
「ふっふっふ···俺にぴったしの武器よ!」
殺傷能力は高くないものの、広範囲に攻撃ができ、防御も行えるもの。
俺は考えまくった結果、二つの代物が出来上がったわけだ。
「と、いうわけでご開帳!」
武器の上に掛かった布を取り払う。
「これが···武器?」
皆が唖然とするなか、誰かが呟いた。
まぁ武器だけど、相手を殺すことを目的としていないから無理もない。
並んだ武器の一つは体の前面の半分を守れるほどの大きさの盾。
もう一つは槍より短い棒の先が鹿の角のように二つに別れたもので、その先は尖っておらず、丸くなっている。現代では相手を取り押さえる道具として学校などでも使われている。現代人であれば見たことがあるであろう物。
そう、刺叉である。
「これは刺叉っつって、相手をより遠くから取り押さえるための武器。殺傷能力は低いけど、俺にはこれがいいと思って」
俺は両手で刺又を持ち上げる。重さ的に云えば槍とそう変わらない。
調度良い重さと長さを特注で作り上げたため、違和感は感じない。
なお、刺叉の先は鍛冶職人と話し合った結果、着脱可能タイプとなった。
相手の攻撃や体に当てていくため消耗が激しいという考えによるもので、その鍛冶職人に定期的に給金を支払い、俺の武器の補充から掃除やらの全てをやってもらうことにした。
「命を奪わず、戦う気力と術を奪う武器か···お前にぴったりの武器だな!」
「用途的にいえば殺傷能力のない槍···ということですな。それに加えて相手を抑えたり、接近させないようにしたり」
「あとは武器を絡めて取り上げたり···ですね」
「まるで月槍のようだな」
刺叉を囲んで使い方の話を始める。
盾の方も縦に長い五角形で、内側にナイフやら短刀を隠しておく場所を作った。
これが使われるかどうかはさておき、興味本意で作ってみたものだ。
さて、話はどうやら模擬戦の話になっている。俺以外で唯一出来てから試したことのある段蔵と、代表して貞興兄が戦うようだ。
貞興兄は愛用の槍を持ってこさせる。
「さて、鳶加藤。こうして試合うのは初めてだな」
「そうでございますなぁ。この老骨に鞭打って、主の替わりにこの武器の有用性を示してごらんにいれましょうぞ」
そう言うとお互いが武器を構える。
政虎が試合の采配を行うため、少し遠くに並んでいた物見の場所から一歩前に出た。
「では、両者死なないように。はじめっ!」
お互いが走りだし、打ち合う音が周囲に響いた。