第三十二話 再会
俺は義守さんの案内でやって来た部屋には、政虎以外に近衛前久さんと妹の絶さんがいた。
「呼ばれて来たけど俺に何の用?」
「取り敢えずこっちに来て早く座れ」
俺は政虎の指した場所に座る。
「景亮。ここに前久殿がいる訳はお前のことだ、察しているだろう?」
「京の、足利幕府の膝元の状況のことでしょ?」
「あぁ。そこで、前久殿はここに絶殿と女中らを置いて欲しいそうだ」
「つまり避難ってこと?」
前久さんが首を縦に振る。
「えぇ···京の状況は芳しくありません。三好、松永の動きが活発になってきており、いつ戦火に包まれるか分からず、今の戦力では絶や女中を守りきる力などあるとは言えません。そこで、最も信頼のおける政虎殿の元で置いてもらえないかと思い急ぎ来た次第です」
「前久さんはこの後どうするつもり?」
「無論、京に戻り次第公方様を御守りする態勢を整えるつもりです」
「こちらは当然、この話を受ける。しかし、今屋敷に余裕があるのはそなたのところだけなのだ」
前久さんは俺に頭を下げてくる。
「絶は世間知らずなれど、一通りの女中仕事もできます。世話役としてでも構いませぬ。どうか! 絶をお願い致します!」
「まぁ、住むのは別に構わないよ。絶さんはそれでいいの?」
俺は絶さんに聞いてみる。
「はい。私がここにいることが兄上様に、近衛の家にとって必要なことなのですから」
悲しい顔をすることなくさも当然と答える。
···必要か。この世の中じゃ仕方ないこととはいえ何か寂しいな。
「そこでだ、景亮。絶殿と婚姻しないか?」
は、はい!? 婚姻ですと!?
「これは前久殿、絶殿とも話し合ったことだ。本来であれば私が婚約すべきなのかもしれないが、家臣の反対はあるだろうし、それに私は女の身。婚姻を結ぶことはできない。景亮と夫婦になるのであれば家臣の反対もなく、絶殿はここにいることができる」
確かに···その通りかもしれない。史実の上杉政虎はいくつか恋物語があったが、いずれも家臣の反対などによりご破算となっている。伊勢姫、絶の二人はその後すぐ亡くなったという。
ってかこの世界の政虎は女性だから関係なくないか?
でもどうだろう···
「···ごめん。やっぱりすぐには決めることはできないよ。俺は絶さんのことを好ましいとは思ってるけど、絶さんのことをもっと知ってからじゃないと···もちろん屋敷はいつまでも使ってくれていいから。待ってもらえると嬉しい」
「そうか···前久殿、この話は少し待って欲しい。決まり次第改めて使いを送ろう」
「···分かりました。政虎殿、景亮殿。妹と女中たちの事、よろしくお願いいたします! それでは私はすぐ発たなくてはなりません」
俺達は前久さんを見送るために外へ出る。
支度をした前久さんに政虎が話しかけた。
「武運長久を祈っております。必ずや生き延びてくだされ!」
前久さんと政虎が握手を交わす。
「兄上様、御武運を。無事の報せをここでお待ちしております」
「あぁ。絶も息災でな···達者に暮らせ」
前久さんを見送ると、俺は政虎と絶さん、女中さんたちを連れて屋敷に戻った。
しかし、前久さんが京に戻る前に、史実より早く足利幕府十三代将軍足利義輝は三好によって殺されてしまう。
そのことを知るのはそれから大分経った頃だった。