第二十九話 足利義輝
弘治二年/西暦1556年 政虎視点
私は義父上、景家、朝信を伴って前久殿と共に公方義輝様に謁見していた。
まず始めに行われた関東菅領相続の儀は粛々と進められた。
これで正式に関東菅領と認められた事になる。同時に山内上杉の家督も相続した。まだ就任式は残っているが、それは越後に戻ってからだ。
儀の後、別の部屋に移り、公方様と二者で茶を飲みながら話すこととなった。
「久しぶりであるな、政虎よ。関東菅領もそなたが継げば、彼の地も少しは収まるとよいな」
「はっ。関東菅領の役目、忠実に果たす所存です」
「そなたのような者も少なくなった。近頃は周りで何やら腹を空かせた犬の唸り声が聞こえるわ」
「もしや三好ですか?」
そう私が聞くと、公方様は少し驚いた顔をなされた。
「さすが聡いな···三好、それに松永は元より傀儡を望んでおったが、言うことを聞かんとみるや、とうとう動き出し始めるやもしれん」
「···何かあれば、私を頼ってくだされ。この政虎、必ずや幕府のために敵を討ち果たしてみせます」
公方様は心配いらんと笑った。
「そなただけではない。我が忠臣たち、忠義を示している大名もそれなりにおる。それに、我が刀も未だ錆びてはおらんよ」
そう言って茶を飲み干す。空になった茶器に新たに茶を作り、公方様の前に置く。
「···この世が乱世を望んでいるのならば、そうなろう。なれど泰平の世を再び、この足利の手で取り戻す」
「その願い、必ず成し遂げられましょう」
「うむ···そうだといいが···」
少しの間、無言の時がながれる。
「···ところで政虎よ。聞きたい事があるのだが、よいか?」
「はい、なんでしょうか?」
公方様は私に何を聞くことがあるのだろう?その言葉を待つ。
「おぬし、親類以外で心の底から信頼のおけるものはいるか?」
その質問でパッと思い浮かんだのは景亮の顔だった。
「···はい。おります」
素直に答える。
「···その者はおぬしにとってどのような者か?」
どのような···か。
「出会いは去年になりますが、気付けばどの家臣、親類よりも一緒にいるような気が致しますが、そうですね···私に目指すべき未来を、その形を示してくれる存在なのだと思います···刀も使えず、知略もさほどではない軟弱な男ではございますが」
「ほぅ···なのに、か」
「えぇ···なのに、です」
公方様は笑みをうかべられる。
「おぬしがそれほどまでに言う男、会うてみたく思うが···次の機会に取っておこう」
「はい」
「その者は絶対に手放すでないぞ? 人と縁は宝よ···その男はおぬしにとって数寄者の茶器と同じになるやもしれん···大事にするがよい」
「しかと胸に刻んでおきまする」
「では政虎、関東菅領の任をしっかりと努めよ。おぬしの生き様がこの地まで届くのを楽しみにしておる」
「はい。では義輝様、失礼いたします」
公方様のお姿は、未だ衰え知らずに見えた。
しかし、それが私が最後に見た公方足利義輝の最後の姿だった。




