第二十七話 近衛前久と上杉政虎
弘治二年/西暦1556年 近衛家屋敷 景虎視点
景亮らと別れた私は使いの者に案内され近衛殿の待つ部屋に向かう。
部屋に入ると、私と同じくらいの歳の男が座っていた。
近衛前久。関白を若くして務める才人である。上洛の度屋敷に招かれるなどよくしてくれる、京に居る公家の中で最も付き合いのある方だ。
「お待ちしておりました景虎殿、憲政殿。さぁ、取り敢えずはお寛ぎ下され」
「では失礼して」
そう言って床に座る。その後憲政殿が口を開いた。
「お久し振りですな、前久殿」
「ええ。お二方ともお元気そうでなによりです」
「そちらこそ」
「···さて、此度お呼びした理由については景虎殿は知らされておりますか?」
私は首を横に振った。
「いいえ···理由までは知らされておりません。なれど公方様、関白殿に従うが守護代の務めと心得ております」
「この乱世、景虎殿のような方が多くいれば、世はここまで乱れることはなかったでしょう」
前久殿の言葉に、恐れ多く、私は頭を下げる。
「勿体なきお言葉でございます」
私を見ていた憲政殿が、前久殿に顔を向け、
「前久殿、某が説明いたしまする」
そう仰られてからこちらを向く。
「景虎殿、聞いてほしい。代々関東領を務めてきた我が上杉も、現在跡継ぎがおらん。しかも某が不甲斐ないばかりに関東菅領の役目を果たせずにいる」
「憲政殿···しかしそれは」
憲政殿の言葉に私は慌てて口を挟むが、憲政殿は首を横に振り、
「武田を結局押さえられず、我が領地も奪われた。このような私が関東菅領では、関東の民も、諸大名も付いてきてはくれないだろう。力あるものが就かねばならん···そこでだ景虎殿。上杉の名と関東領の役目、継いでくれないだろうか?」
憲政殿の表情は、真剣そのものだ。
「···私には重すぎる役目かと」
断ろうとするが、
「いいや景虎殿。任せられるのはそなたしかおらんのだ! 器も力もあり、幕府への忠義も深いそなたこそ相応しいのだ」
そう言う憲政殿に、前久殿も真剣な表情で肯定する。
「公方様も既にお認めになられております。景虎殿が了承してくだされば、すぐにでも関東領相続の儀を始められます」
つまり憲政殿の養子となり、上杉の家と関東領を継げ···と。
「景虎殿、力をつけている国人衆や国外の衆たちを纏めるには関東菅領の地位は有効に働く。私では駄目であったが、そなたであれば上手くこなせるだろう。甲斐の武田、相模の北条、他にも善光寺、越中、佐竹、蘆名の者共との戦も幕府に敵対する者への攻撃の大義名分となるだろう」
「景虎殿は公家の間でもその忠義から評判のいい方。反対するものはいないでしょう」
確かに、関東領の地位があれば国を纏める大きな力となるだろう。武田や北条討伐によい名文になるのも確か。
利点を考えれば受けた方がいい···か。
「分かりました。関東菅領相続の話、承ります」
その言葉を聞くと、二人の顔は明るくなった。
「そうか! これで関東も安泰、ようやっと隠居できる···そうだ! 養子になるのだ、私の政の字をやろう。これよりは上杉政虎と名乗るとよい」
「はい! この上杉政虎、必ずや幕府のため、この日ノ本のため非力ながらこの力を振るう所存!」
「ええ、共に公方様を盛り立ててまいりましょう」
前久殿と握手を交わす。その時、外から声が聞こえた。
「兄上様、茶をお持ちしました」
「あぁ、すまない。入っていいぞ」
「失礼いたします」
戸を開けて入ってきたのは景亮と同じくらいか少し下ぐらいの歳の女子だった。
「以前の上洛の時は紹介できませんでしたね、妹の絶といいます。絶、挨拶を」
絶殿は一度頭を下げると、名乗る。
「近衛前久の妹、絶にございます。絶とお呼びください」
美しい所作で茶を汲む。
「愛らしい妹君ですね」
「えぇ···自慢の妹です。そういえば少し遅かったが何かあったのか?」
「はい、少し。長尾様の家臣の方で屋敷内で迷子になっている方がいらっしゃいましたので、案内ついでに話しておりました」
「ほう···名は?」
義父上が絶殿に聞く。
「松尾景亮様と。なんというか、私の知る方とどこか違うように感じました。そこに何やら惹かれるものがあり、つい話が弾んでおりました」
「フフッ、絶殿もそう思われるか」
私は絶殿の言葉を嬉しく思った。
「聞かない名前ですね」
「いやそれがですな、どこからか景虎···いや政虎が拾ってきたお気に入りなのですよ」
「ほう···」
私は前久殿の好奇の視線に答える。
「私も絶殿と同じく、惹かれるものがあったのですよ」
私はそう答えると、絶殿が淹れてくれた茶をゆっくり飲み干す。
「さて、もう景亮らも退屈している頃合い。儀の準備が出来次第改めて伺いましょう」
「分かりました。では絶、配下の方々がいる部屋まで案内を頼む」
「かしこまりました。政虎様、こちらへどうぞ」
私は絶殿に連れられて部屋を出る。
部屋の前に着くまでに盛り上がったのは景亮の話だった。




