プロローグ「人がゴミのようだ!」
17歳春、異世界で勇者になってたんだが。
……おい、誰だ今鼻で笑ったヤツ。中二病とか思ったヤツ。
まあでも少し前までの俺だったら、俺も同じように思ってるだろうから、深く詮索はしないが。
だがこの状況はさすがにマズい。
今までは悪質……いや、セコいやり口で面倒なことを切り抜けてきたが、今の状況はどんなやり口も効きそうにない。寧ろできそうにない。
「……っはあはあ」
説明も疲れてきた。いや悪い、10分間全力疾走してるからだ。
帰宅部である俺がよくこんなに走れたもんだ。
というのも、俺は今それくらい危機に直面している。
話は変わるが、君達は都会の高層ビルの屋上から地上を眺めたとしたら、沢山の人間が見えるであろう。
その時その人間達をゴミのようだと思うことはないだろうか。
「人がゴミのようだ!」って。
SOS、SOS、俺は今数えきれないゴミに追いかけられています。
∞∞∞
事の起こりは数時間前。
俺はいつも通り学校に通って、いつも通り昼寝して、いつも通り帰宅部の任務である「下校」を遂行しようとしていた。
と言いつつも、俺はそんな長所も短所もない平々凡々な高校生ではない。
今世界では、ユーザー1000万人を越えるネットアクションゲームが流行っている。
「ナイトメーズ・オブ・ファイターズ」。略してナイファイ。
迷宮をクリアすると、また新しく迷宮が出現するというゲームなのだが、迷宮クリアを国境を越えたユーザー同士で競い合うことも可能である。
そのため毎日ランキングが忙しなく動いている。
ただいつもいつも、1位だけは何があっても揺るがなかった。
そう、そのナイファイで世界トッププレイヤーなのが俺、暁錬也である。
…...何と言う勿体ぶった自己紹介だと思ったヤツも多いだろう。
まあ格好付けて「世界ナンバーワンだ!テメーラ雑魚と一緒にすんじゃねーよ。ハッ!」なんて言ったところで、自分が極度のゲーマーであるということを主張しているに過ぎないのだが。
俺がナイファイにハマりだしたのは小学5年の時。特別な理由があった訳ではない。
ただ兄さんに勧められたからだ。
その時のナイファイは今ほど流行ってはいなかった。寧ろ無名だった。
日本の某企業が開発したゲームで、まだ海外で発表もされていなかった。
俺が兄さんに勧められてゲームを始めたとき、ユーザー数はまだ800人程度。
ゲーム初心者の俺にとっては800人は多い方だと思っていた。
割と面白かったし、迷宮をクリアするとまた別の迷宮が出現するというのは好奇心を誘い、なかなかやめられるものではなかった。
毎日ゲームを続けているとやはり上達するものである。
俺のランキングは日に日に上昇していった。
ナイファイを始めて2年後。俺はトップ10入りを果たした。
この頃からだろうか。ユーザー数が急激に上昇したのは。
学校でもナイファイの話題で会話を弾ませる者も増えてきた。
俺もちょくちょく話していたが、どいつもこいつも雑魚ばっかり。周りにいつ奴らでも最高は100位くらいだった。
そんな日常を繰り返す中、俺はあることに気づいた。
中学2年の夏、俺はトップ5をうろうろしていた。順位を上げようにも流石トップ勢だった。惜しいところで俺は負ける。
しかし一口にトップ勢と言っても、なぜかナンバーワンのヤツだけズバ抜けて獲得ポイント数が高く、絶対にランキングを落とす事はなかった。
ユーザー名はキョーヤ。
不思議なことに、その名前は俺の兄さんと同じだった。
だから俺は聞いてみた。キョーヤは兄さんなのかって。
すると兄さんは俺の予想に反して、笑顔で答えた。
「おお!『キョーヤ』は俺のこと。てかやっと聞いてくれたな!ずっと錬にドヤ顔で言えるの楽しみにしてたんだぞ!」
言葉通り、兄さんはニヤニヤ笑いながら俺の頭を叩いた。
ちなみに「錬」とは兄さんが付けた愛称である。いや、略称?
兄さんは更に「超えられるもんなら超えてみな!」って自分でフラグまで立てた。そう言うヤツはいつか落ちるって末路なんだけど。
その日から俺は毎日兄さんと対戦し続けた。
毎日毎日やってるもんだから「思春期の兄さんにエロゲーは必要ないのかな」とか無駄な心配もしたりした。
中学2年の冬、ランキングの1位と2位は「キョーヤ」と「錬」で独占していた。
中学3年になってもその日々は続くと思っていた。
そう、思ってたんだ。
前触れがあったわけではない。
理由も分からない。
兄さんが何かを隠していたのかもしれない。
もしくは何もなかったのかもしれない。
だから兄さんに何があったのかは分からない。
だけど兄さんは俺が中学3年の春、
忽然とこの世界から姿を消した。
そして俺は高校2年になった。
兄さんが消えても、この世界は何一つ変わらなかった。
ああ、でも一つだけ変わったことはある。
兄さんがいなくなったせいで……いや、御陰と言うべきなのか、ナイファイのトップが姿を消した。
それは必然的に、俺がナイファイでトップになることを示している。
嬉しかった。けど少し曖昧だった。
できることなら自分の手で兄さんに勝って、勝って、勝ちまくって、トップを奪ってやりたかった。
フラグを折ってやりたかった。
でもそれは出来ない。
兄さんがいなくなってしまったから、もう何も出来ない。
ズルズルと気持ちを引きずりながら、もう2年が経った。
それでもなんだかんだ言って、兄さんのいない世界には馴れてしまった。
俺はナイファイのトッププレイヤーとして、これからもゲーム一色の世界を生きていくつもりだった。
だけど俺の夢は一瞬で砕かれた。
話を戻そう。
俺はいつも通り家路につこうとしていた。
車の五月蝿いエンジン音も、行き交う沢山のゴミも、先の見えない高層ビルも、何もかもがいつも通りだった。
スクランブル交差点へ一歩を踏み出す。
人が、人が、人が、ゴミが_______人が、俺の隣を過ぎていく。
刹那。
俺は誰か、中年のオッサンとぶつかった。
こんなごみごみとした交差点ではよくある事だと思い、再び歩き出そうとした。
しかし足が動かない。
一歩が出ない。
脳が命令しているのに足は動こうとしない。
_____________腰に鈍い痛みを感じた。
見ると、黒い筈の学ランが赤く染まっていた。
状況の整理が追い付かない。
何で?
俺、恨まれてた?
こんな狂ったゲーマーを刺す必要がどこにある?
1位の略奪?
それとも只の通り魔?
様々な可能性が浮かんでは消えていく。
薄れゆく意識の中、歪む視界の中、俺は最後の足掻きとして脳をフル回転させた。
まさか、兄さんも?