ギフト☆
そして異世界へ。
さてと、俺は新薬をのダースをポケットに押し込み、応接室を出た。
「俵さんの様子でも見に行くか」
術後観察は重要だ。
何か不備があってもいけないし、自分の目で確認しておきたい。
それに、新薬の使用も勧めてみよう。
そう思い、俵さんの病室へ向かう。
コンコン。
「はい」
「あ〜、唯ちゃん、俺だ」
「あっ、医院長先生!
今開けます」
ガチャっと病室の扉が開かれる。
「俵さんの様子は?」
「今はまだ眠ってます」
「そうか、起きたら知らせてくれ。
皮膚の回復を早める新薬が届いたから勧めてみたい」
「分かりました。
俵さんが目覚めたらお呼びします」
「それじゃあ」
「は〜い☆」
またまた了解のポーズで見送る唯ちゃん。
全く元気なこった。
まぁ、塞ぎ込んでるよりはまだいいけどな。
さて医院長室に一旦戻るか。
俺は医院長室に戻り、新薬を棚に入れる。
今日渡された新薬は、全部で10ダース120錠だ。
内服薬で服用方法について目を通す。
「毎食後、1錠ずつ服用か。
風邪薬と同じだな、そんなに飲んで大丈夫なのか、これ?」
まぁ、臨床試験は済んでるらしいから大丈夫だとは思うが。
まぁ、今気にしても仕方ないよな。
少し仮眠でもとるか。
俺はソファーにもたれかかり、ゆっくりと目を閉じた。
☆
ユサユサと揺れている気がする。
そういえば俵さんが起きたら知らせてくれと言ってたな。
俵さん、目が覚めたのか?
唐突に覚醒していく意識。
目を開けるとそこには、
「エ・ル・フ?
ん??」
確か医院長室で眠ってたはずだよな?
俺は頭が混乱する。
どうして目の前にエルフのような耳の尖った女性が居るのだろうか?
しかも金髪碧眼だ。
まるで絵に描いたようなスタイルとサラサラの髪。
着ている服は緑のワンピースか?
所々に何らかの装飾がしてあるがよく分からない。
それに額には緑色の翡翠のようなビンディやティカらしきものが付いている。
あれでピピピ電波を受信するんだろうか?
いや、冗談はさておき、ここは一体?
俺は周りを見回すために身体を起こした。
身体にうまく力が入らず、長座体前屈みたいな姿勢になりながら、首だけ左右に振ってみた。
う〜ん、木の中なのか?
壁の色は黄土色に近く、年輪のような縞模様が壁中にある。
まるで大きな木をくり抜いて作ったかのような部屋の端にあるベッドに寝かされていた。
「Ποιο είναι το όνομά σας ;」
「はい〜?」
「Οι λέξεις μου , καταλαβαίνετε;」
「ん、何?」
「Όχι μέσω ;」
「だぁ〜、全く分からん。
何語だ、それ?」
「Οι λέξειςείναι γνωστό;」
「ダメだ、意思疎通が出来ない」
俺は首を左右に振る。
とりあえず通じてないという意思表示はしておかないと、トラブルになったら困るからな。
するとそのエルフだと思われる女性が額をくっつけてきた。
「な、何を?」
顔が近いよ。
何かいい匂いするな。
香水じゃないみたいだ。
「Boreíte na apallageíte apó to empódioti̱s gló̱ssas」
女性が何事か呟くと、フワリと金髪が揺れ淡く光ると、同時に俺の頭の中に何かが入ってきた。
「これで言葉が通じるかしら?」
「うおぉ、いきなり言葉が分かるようになった⁉︎」
「えぇ、あなたの頭の中にリンクして、言語を学習してもらったのよ」
「マジかよ、んな事ができるのか?」
「そうよ、これでも私はエルフ族の中でも優秀な魔法使いなんだから」
「へ、へぇ〜、君やっぱりエルフなの? ホンモノ?」
「当たり前じゃない。
エルフの偽物なんていないわよ。
まぁしいて言うならダークエルフくらいかしらね」
「居るんだ、ダークエルフとかも」
「そんな事はどうでもいいわ。
あなたをここに呼んだのは私。
私の名前はフィズ。
フィズ・アルティアカよ。
あなたは?」
「お、俺か?
俺は橘 学人だけど、何で?」
「タチバナね、美への強い信念と正しき心を持つ人間を魔法で探していたのだけれど、どうやらあなたが召喚されたみたいなの」
「何てアバウトでいい加減な。
何のために?
美への強い信念と正しき心って?
俺は普通パンピーだぞ」
「パンピー?
あぁ、一般人って事?
大丈夫よ、私が見たところ、あなたの魔力量は相当なものよ。
それこそ私に匹敵するぐらいのね」
「へぇ〜、そうなん?
俺は何も感じないけど」
「事情は族長の家で話すわ。
それと魔法の使い方はおいおい説明してあげる。
とりあえずそろそろ動けるようになったかしら?」
「あぁ、まぁ、多少は」
「召喚したては、身体と精神のリンクが不安定なのよ。
だから少しフラフラすると思うから、私が肩を貸すわ。
掴まって」
「はぁ」
フラフラと立ち上がり、細りとしたフィズの肩に掴まる。
しかし、足がよろけて、
「キャア!!」
「す、すまん⁉︎」
フィズを押し倒すような形になってしまった。
しかも俺の片手はフィズの胸をしっかり掴んでいる。
これってラッキースケベって奴だよな。
その柔らかい感触を堪能する前に、
パシンッとビンタが飛んできた。
「ご、ごめん!!」
俺は慌てて謝った。
「私の方こそごめんなさい。
手が勝手に…。
タチバナの方こそ大丈夫?」
顔を赤らめて言うフィズ。
「あぁ、大丈夫。
少し足がふらつくけど、何とか」
ヨロヨロと立ち上がり、産まれたての仔鹿の如くプルプルと踏ん張る。
何とか壁に手をついて立ち上がれた。
「じゃあ掴まって」
「お、おう」
「行くわよ」
そう言ってゆっくりと二人で歩き出す。
しかしやはり、足が思うように運べず、躓いてしまう。
「うわっ、おっと、やべっ⁉︎」
「キャアァァァ!!」
やっぱりこけた。
顔に柔らかい感触が。
思わず目を開くと、フィズのお尻に顔を突っ込んでいた。
何故かフィズがプルプルしている。
「タ、タチバナ、あなた、ワザとじゃないでしょうね!」
「神に誓ってワザとじゃない」
俺はキッパリと言い切ってやった。
「じゃあいつまで人のお尻に顔を突っ込んでるつもりかしら?
早く身体をどけてよ!」
「すまん、腕に力が入らん。
何とかしてくれるとありがたいんだが……」
「はぁ〜、最初からこうすれば良かったわ。
レビテーション」
その瞬間、俺の視覚の高さが変わった。
「うわっ、何だ?
浮いてるのか?」
「そうよ、対象を宙に浮かす魔法よ」
「す、凄いな」
「えっへん、私の魔法は凄いのよ。
もうラッキースケベはごめんだし面倒だから、このまま運ぶわよ」
「あぁ、分かった」
俺が寝かされていた部屋を出て、年輪のような縞模様がある廊下を歩いていくフィズ。
俺はその後をフワフワと無重力状態を体験しながら引っ張られていく。
全く重力を感じないけど、宇宙に行ったらこんな感じなのかな?
宇宙遊泳を初体験し、やや興奮気味な俺は油断していた。
ドスンッといきなり地面に落とされた。
「痛ってぇ〜」
「さっきのラッキースケベのお返しね」
「ワザとじゃねぇのにヒデェ!」
「フィズ、其奴が召喚されし者か?」
「はい、婆婆様。
この者が召喚されたタチバナ ガクトという人間です」
「ふむ、まずは謝罪せねばならんな。
儂はエルフ族の族長、レナス・リムルートと申す。
タチバナとやら、いきなり呼び出してすまぬ」
「はぁ、まぁ、そりゃあ驚きましたけど、俺忙しいので、早く帰してもらえれば助かります」
「うむ、それはお主次第じゃな」
「どういう事です?」
「こちらに呼び出したのは、我らが女神、エミルリーテ様の御身の穢れを取り払ってもらいたいのじゃ」
「ん? 穢れですか?」
「そうじゃ、エミルリーテ様は神魔大戦にて魔族と闘ったおりに傷付き、臥せっておられる。
魔族に焼かれた肌は穢れを帯び爛れてきておる。
お主にその治療を頼みたいのじゃ」
「何で俺がって思いますが、なるほど、理由は分かりました。
ですが、ここではおそらく俺は無力だと思いますよ」
「何故じゃ?」
「俺が得意とするのは美容整形ですが、ここには治療に必要な検査施設や手術具がありませんから」
「もちろんそれは承知しておる。
フィズよ」
「はい、婆婆様」
名前を呼ばれたフィズは、額を俺に押し当てて、
「彼の者の叡智を顕現せし力を。
ギフト!」
フィズの身体が淡く緑に光り、その光が俺を優しく包み込んだ。
その瞬間、まるでフラッシュバックしたかのような言葉の羅列が、俺の頭の中を駆け抜けていった。
そして理解する。
これが魔法?
これが俺の美容整形術?
科学の知識が魔法の知識に変換されてたのか?
「どう?」
額をくっつけたままのフィズが聞いてくる。
「あ〜、フィズ、顔が近いな」
「んなっ⁉︎」
慌ててフィズが離れたが、唇が触れそうな至近距離で話しかけないで欲しい。
「で、どうなのよ?」
少し怒ったかのような表情は可愛げがあるな。
「あぁ、多分、これなら何とかなりそうな気がするよ」
族長がふむふむと頷くのを視界の端に捉えながら、
「あ〜、でもえらい情報量で頭がパンクしそうなんだけど……。
まるでひどい二日酔いの気分だわ」
何とも締まらない俺の発言に、フィズと族長がコケた。