俺のファーストペイシェント!
美容整形外科医がファンタジーの世界に行ったらどうなるんだろう?
そんなつもりで書いていきます。
よろしくお願いします。
俺は橘 学人、35歳、独身。
東京都心で美容整形クリニックを経営してて、それなりに儲かっている。
整形とは言っても、身体にメスを入れるようなものだから、何度もするもんじゃないし、女性にとって顔は命。
失敗は許されない。
そんな中で、俺は今日も患者の顔を整形する。
当院のポリシーは「一度で綺麗に!美しいは素晴らしい!!」だ。
もちろん俺が考えた。
俺はそのために美容整形術を深く学び、研鑽し、技術を限りなく上げてきたつもりだ。
寝る間も惜しんで新しい技術を取り入れ、確固たる美容整形技術を手にした。
そして世の中の不幸な女性の多くを救ってきた。
俺の整形手術を受けた患者は、100人じゃきかないぜ。
揃いも揃って不細工ばっかりだったが、術後はまるで別人になってた。
ある人はモデルとして活躍中だそうだ。
いまだにお礼の品が届く。
俺は大学までは整形外科医を目指してたんだが、ある出来事がきっかけで、美容整形外科医に軌道修正した。
だから外科の知識も半端ないぜ。
レントゲンで骨格レベルから修正を加えていく俺の美容整形術は、神の見えざる手と言われる程で、連日メディアで取り上げられ、人気を博している。
あぁ、一つ言っとくけど、アダム・スミスさんの神の見えざる手とは全く関係ないぜ。
あれは経済の話な。
俺の場合は、あまりに完成度の高い手術故に、神の御術じゃないかと噂された事から、そう呼ばれてるだけだ。
「医院長先生、次の患者様です」
「あぁ、カルテを頼む」
「はい、俵 美樹さん、22歳。
火事によって左の瞼、頬に重度の火傷ありです」
「そうか、唯ちゃんと同じパターンだな?」
「はい、私と同じです。
医院長先生、この患者様にもオペレーション ザ プラスティックをお願いします」
「分かった、行こう!」
俺はそう言って、唯ちゃんから渡された白衣に腕を通し、オペ室に入っていく。
唯ちゃんもカルテを脇に続いた。
俺の初めての患者。
それが唯ちゃんだった。
俺が美容整形外科医を目指した理由だ。
9年前のあの日、俺は唯ちゃんに出逢わなければ、今ここに立って居なかっただろう。
彼女が俺のファーストペイシェントだ!
☆
当時、俺は大学病院の研修医で重度の火傷で担ぎ込まれた唯ちゃんに出逢った。
唯ちゃんは全身大火傷で、意識もなく、命の危険すらあった。
何とか一命は取り留めたものの、肌は爛れ、女の子としては終わったと思ってしまった。
包帯でグルグル巻きにされたままベッドで眠る彼女に対して、何とも言えない気分になった。
彼女は当時16歳で青春真っ只中の女の子だったけど、先の未来は暗いと思った。
案の定、意識を取り戻した彼女は鏡を見て、泣いた。
そりゃあもう大声で。
他にも入院中の患者さんが大勢居たけど、お構いないしだ。
家族は命あっての物種だと慰めたけれど、その落ち込み様といったら取りつく島もなかった。
出火原因は父親のタバコが原因だったそうだ。
よくある話だ。
それだけに毎日、毎日に咽び泣く唯ちゃんの姿に、どうにかしてあげたいという想いが込み上げてくるのは早かった。
2ヶ月の療養生活が終わり、俺は何も出来ないまま唯ちゃんは退院していった。
最後まで彼女に笑顔は戻らなかった。
俺はこの2ヶ月、彼女の泣き顔しか見ていない。
全身包帯で覆われた彼女の顔と身体は火傷の痕が残り、一生戻らないそうだ。
鏡を見る度に涙を零す彼女がとても不憫に思えた。
彼女は高校生。
学校に戻れるだろうか?
自分だったらどうする?
きっと生きる気力が湧いてこないに違いない。
彼女は女の子だ。
俺なんかが想像する以上に、心に傷を負っているだろう。
どうすればいい?
俺に何が出来る?
その時たまたまテレビに映っていたのが、美容整形クリニックのCMだった。
俺はこれだ!と美容整形クリニックに走った。
何度も何度も頭を下げて、事情を説明する。
だが、どこのクリニックもいい返事を貰えない。
火傷を治すのは、今の技術では難しいそうだ。
しかも唯ちゃんは顔と身体全身。
難易度は更に跳ね上がるのだそうだ。
彼女の火傷痕の写真を見せる度に、美容整形外科医はう〜んと首を捻る。
難しければ難しい程、患者とトラブる可能性が増すため、クリニックはオペを渋るのだ。
患者の方も期待してたほどの成果がなければ、望みを絶たれより一層の地獄を味わう事になる。
その矛先は美容整形クリニックだ。
じゃあ何の為の美容整形クリニックなんだ!
俺は怒りがこみ上げてきた。
現に困っている人が居るというのに、誰もリスクを気にして、手を差し伸べようとしない。
腐ってやがる!
俺はテレビに美容整形クリニックのCMが映る度にイライラした。
そして何も出来ない自分に対しても。
今の俺に出来る事なんて何もない。
そうなんだ、所詮唯の研修医である俺に出来る事なんて……、
そこまで考えてふと気付く。
俺は整形外科医だ。
外科の知識ならある。
誰もやらねぇってんなら、俺がやってやろうじゃねぇか!
あの子を救ってみせる!
そう思い立って俺はすぐ行動に移した。
職権濫用だが唯ちゃんに電話し、俺が絶対治してやるから待ってろ!と伝えた。
そう息巻いて美容整形の世界に飛び込んだ。
美容整形クリニックで3年間に渡り、美容整形手術について必死に学び、技術を盗めるだけ盗んだ後、独立した。
唯ちゃんが19歳になったその年に、美容整形手術を始めた。
比較的火傷の少なかった臀部や太腿の裏側の皮膚を薄く切り取り、火傷痕のひどい顔に縫合していく。
顔を始め、これを全身に対しても少しずつ繰り返し、徐々に火傷の痕は目立たなくなっていった。
全てが終わるまでは鏡を見ないと決めていた唯ちゃんが、自分の姿を見たのは、手術を始めてから2年後の事だった。
「あっ、ああ、あああぁ〜!!」
包帯を取り去った自分の姿を鏡で見た唯ちゃんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
鼻と口元を手のひらで隠しながら、感極まったように、鏡を見つめる唯ちゃん。
お尻や太腿の皮膚が再生する度に薄く切り取り、全身の火傷痕に縫合を繰り返す日々。
俺は長い長い時間をかけてゆっくりと行った手術を振り返りながら、唯ちゃんの顔を見つめる。
唯ちゃんの肌は白く、瑞々しい肌に生まれ変わっていた。
術前の顔や身体と比べれば一目瞭然。
俺は術後すぐに、コラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸を多く含ませたガーゼを皮膚全体に貼り付け、その上から包帯で覆う事を繰り返した。
ガーゼが乾けばすぐに新しいものと取り替え、絶えず成分が含まれている状態にしてやった。
その環境下で、若い唯ちゃんの皮膚片は、縫合後の突っ張り感もなく、よく顔や身体の皮膚に馴染んだのだ。
まさに奇跡だった。
焼け爛れていた唯ちゃんの顔は、火事以前の美しい状態に戻っていたのだ。
唯ちゃんの涙とその美しい顔に、俺の目頭も熱くなる。
「約束したろ、俺がちゃんと治してやるって」
「はいッ、先生!
本当にありがとうございまずッ!!」
唯ちゃんが涙ながらにお礼を述べた。
その時の涙でくちゃくちゃな笑顔がいまだに忘れられない。
そしてその3年後、俺のクリニックの元に一人の女性がやってきた。
「失礼します。
約束通り、ここで働かせてもらいに来ました。
東雲 唯です。
よろしくお願いします、医院長先生!」
唯ちゃんだった。
無事大学を卒業して看護師になった唯ちゃんがこのクリニックに戻ってきたのだ。
術後に俺の手伝いがしたいと決めたようで、それからの彼女の頑張りは凄かったらしい。
唯ちゃんの満面の笑みを見つめながら、俺は美容整形外科医になって良かったと心底思った。