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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

楽園へと続く歌声

作者: 無口な社畜

 その場所に辿り着く時は必ず歌が聞こえていた。

 とても暖かな、優しい歌声。

 けれど、その歌を唯一聞いていた男は、その歌が決して優しいものだとは思わなかった。

 男に言わせれば、その歌は独善的で、自らを縛る鎖以外の何者でもなかったから。


 しかし、たとえそうであったとしても、その場所にたどり着くのに必要なその歌は、無くてはならないものでもあった。

 だから、歌ではなく歌い手を貶める事にした。

 もとよりその歌い手はろくな人間ではなかったから、そう思うのは楽だった。

 男を自分の都合の良い時に都合の良い場所に呼出しておきながら、平然としている最低な女。

 男にとっては楽園でもあるその場所に唯一呼び出せる存在。


 その場所はどこかの屋敷の中だった。

 辺は暗く、夜も深い事がよくわかる。

 人の気配は無く、動く事が出来る生物は向かい合って立っている一組の男女のみ。


 一人は若い男だった。

 黒いワイシャツにジーンズ姿。黒髪黒目で夜の闇に溶け込んでいるようにも見える。

 表情は暗いが、目だけは異様に鋭く、その視線を目の前の女に向けている。

 

 対する女は白いドレス姿で両手を前で合わせてゆったりと佇んでいる。

 男から敵意にも似た視線を浴びせかけられているというのに、全く気にした様子もなく、それどころかうっとりとした表情を浮かべているようにも見えた。

 朱色の髪を腰まで伸ばし、その姿は闇の中でもはっきりと浮かび上がり、男とは対照的に闇の中でもハッキリと浮かび上がっていた。


 この場所は男にとっての楽園だ。

 しかし、女を含めてこの場所にはあまりいい思い出がない。

 それでも、男がこの場所を楽園だと思うのは、場所によるものではなく、その過程であった。


 その理由は二人の足元に転がる動かなくなったかつて人だった物。

 今ではただの肉塊と成り果てたこの世界を必要としているただ一つの理由。

 『これ』は、男がこの世界を去る時に必ず生み出されるものだった。


 屋敷の中をベルの音が響く。

 その音に反応したのは男だった。

 ハッとしたような表情で、天井を見上げる。

 その様子を見ていた女は右手をそっと男の頬に添えると、「愛してますわ」と呟いた。

 男は女の手を振り払い、殺意の篭った視線を向ける。

 しかし、その体は透けていた。


 男は自分の手を見てその状況を悟ると、忌々しげに女を見、もはやこの場所に存在する事を否定された言葉を女に向かって投げ捨てた。

 

 その言葉が終わった直後に男の姿は掻き消える。

 それを最後まで見送った後、女は少し寂しそうに微笑んだ後、その場所を後にした。

 最後に男が口にした言葉は聞えなくとも、女には内容はわかっていた。

 何故なら、いつしか男が別れ際に女に対してかける言葉は一つしかなかったのだから。


「愛している」


 女はいつでも男にそう伝える。

 それに対する男の言葉はいつも一つ。


「いつか必ず殺してやる」



~~~



 無機質な目覚まし時計のベルの音に呼び起こされるように、男は目を覚ました。

 目覚まし時計に刻まれた数字は早朝である事を伝え、男の覚醒を待ち続けている。

 そんなうるさくも有難い小さな貢献人の頭を叩くことで静寂を手に入れると、男は眠そうな視線を部屋の中に向ける。


 年季の入ったベッドに最近買ったばかりの薄型テレビ。

 一部屋しかない部屋の中央には季節に関係なく出しっぱなしになった炬燵。

 部屋の出口付近には一人暮らしにしては少々大きめの冷蔵庫。どうせ中には殆ど物など入っていないのだが、値段だけを見て決めたらそうなってしまった。

 壁には一着のスーツが掛けられ、足元に私服が数枚転がっていた。

 

 いつも見慣れた光景。

 いつも通りの自分の部屋だった。


「……帰ってきちまった……か」


  男の呟きは、人気のない部屋に吸い込まれて消えた。



~~~



「では、お話を聞きましょうか」


 大きめの机に腰掛けた白衣姿の男が、目の前の椅子に座っている女性に向かって大仰に話しかける。

 そこはどこかの事務所のようで、壁際に並べられた本棚にはぎっしりと詰め込まれた専門誌。

 男の座っている机の上には数冊の書類と水晶玉が一つ。置かれたペン立ての中には万年筆が差し込まれている。

 対面には椅子に座った女性。

 上等な服を身に纏い、どこかのお嬢様を思わせた。

 表情は暗く、ソワソワと落ち着きなく視線を彷徨わせている。

 入り口付近にはもう一つ小さな机が設置されており、そこには受付嬢と思われる朱色の髪の女性が座っていた。


「実は、最近誰かに付けられているみたいなのです」

「ほう」


 机の上に肘を突き、組んだ両手の上に顎を載せて話を促す男に合わせて女性はツトツトと話を始めた。

 最近誰かに付けられている事。

 凄腕のボディーガードを雇ったが、その度にボディーガード達が殺されてしまい、今では誰も仕事を引き受けてくれない事。

 今まで雇ってきたボディーガードは剣術に優れた者、隠密に優れた者、魔術に優れた者と千差万別であったが、関係なく殺されてしまっている事。


「それは物騒な話ですなぁ……。何か心当たりは?」

「ありませんっ!! あったらとっくに何とかしています!!」

「ごもっとも」


 男は頷き、少し考えるような仕草をする。

 しかし、すぐに柔らかな微笑みを目の前の女性に向けた。


「お話は分かりました。貴女の恐怖心も全て」

「で、では、何とかして頂けるんですよね?」


 男の言葉に女はパッと顔を輝かせると、腰を浮かしかけたが、男の右手がそれを制する。


「おや、なにか勘違いしておられる。私は一介のカウンセラーに過ぎない。相談者の悩みを聞き、その不安な気持ちを少しでも軽くしていただくだけです」

「しかし! 私は聞きました! ここは──」

「ここで相談された方の問題が解決したとしても、それは私とは関係ないことなのです」


 興奮しながら男に食ってかかる女の言葉を遮りながら、男は答える。


「いいですか? ここ大事ですよ? 貴女がここで悩みを相談する。私は悩みをお聞きし、料金を受け取る。私の仕事はそこで終わり。たとえば……今夜辺り貴女を付け狙う人間の死体が発見されたとしても、それは私には何の関係もない」


 死体。というフレーズに女性は一瞬ビクリと体を震わせるが、男の言った事がわかったのだろうか、オズオズと男に問い返す。


「これから、何かが起こったとしても、こことは何も関係ない……?」

「そうです。‘何故か’ここで相談されてきた方々の悩みが今まで全て解決されていたようですが、私にとっても寝耳に水の出来事でしてね。毎回憲兵に疑われて迷惑しているのですよ。殺しなど……私が出来るように見えますか?」


 口の右端を釣り上げながら右手を上に向けて女性に向けて差し出す男に対して、いつの間にか、自分でも気が付かずに立ち上がっていた女性は後ずさる。

 その際、座っていた椅子に足があたってガタンと音を立てた。


「なんなら調べてもらっても結構。それ位の資産はお持ちでしょう? もっとも、私の身の潔白しか出ないとは思いますがね」


 更にもう一度「調べますか?」と問いかける男に対して、女性は勢いよく首を左右に振ると、バタバタと入口に向かって駆けていく。

 そして、受付の女に相談料を払うと、そのまま逃げるように出て行ってしまった。


「所長」


 女性が出て行ったのを見送った後、受付の女は表情を全く変えずに男に声をかける。


「あまり相談者を怖がらせないでください。悪評が広まってお客様が減ったらどうなさるのです?」

「……そんな怖かった?」

「それはもう。悪魔のようでしたわ」

「そりゃ酷い」


 言いつつ全く困ってなさそうな態度そのままで頭を掻く男。


「でも、実際私には関係ない話だからね。憲兵どもは私が依頼者にとって邪魔な人間を殺害して客を取っていると考えているようだけど、私にそんな事が出来るわけがない」


 右腕に力こぶを作るように曲げて見せてくる所長と呼ばれた男の腕を見て、受付嬢も頷く。


「全く魅力を感じない貧弱な腕ですね。心底軽蔑します」

「何でそこまで言われなきゃならないんだ……」

「所長は私のタイプではないので」

「まあ、君のタイプにだけはなりたくないから別にいいんだけどね。変態だし」

「否定はしません」

「した方がいいと思うよ? 仮にも女の子なんだし」


 あから様な溜息を付きながらも、男はヨッと立ち上がると、窓に向かって歩き出す。

 窓から見える外の世界は平和そのものに見えた。

 この国の兵は優秀な人間が多い。国王も有能で民の事をよく考えている。その慈悲はたとえ罪人といえども変わらず、この国には死罪が存在しない。

 どんな大量殺人鬼であろうと、法でもって死の断罪を下す事ができない国。


「……今回も、私たちとは全く関係のない場所で事件は解決してしまうのかねぇ……」

 

 窓の外を眺めながら呟く所長に対して、受付嬢は瞳を閉じて頷く。


「恐らく、そうなるでしょう。そしてこの事務所の評価が上がり、繁盛する。私の給料も増えるしいい事だらけですね」

「なるほど。憲兵に疑われるわけだ」


 乾いた笑いを上げる所長を見ながら、受付嬢は少しだけ表情を和らげる。


「疑う人間には疑わせておけば良いのでは? どうせ証拠は出てきません」

「無いからな。出てくるわけもない」


 受付嬢の言葉に所長も頷く。

 事務所の前の通りでは、学校帰りの子供達が笑いながら通り過ぎる所だった。


~~~



 今日は女は一人だった。


 ここ最近は手練のボディーガードをつけていた様だが、もう諦めたのかもしれない。

 陽が沈み、暗くなった通りの影に身を潜めながら、ローブ姿の男は考える。

 男は女とは直接面識はなかった。

 しかし、今から一ヶ月程前の事だ。

 商人をしている女の父親に騙されて、多額の借金を作ってしまった。

 それはまだいい。

 借金は返せばいい。騙された自分にも落ち度はあったのだから。

 しかし、許せないのは自分の娘を借金の形に取られてしまった事だ。

 娘が現在どうなっているのかは知らない。

 しかし、女の父親が初めから娘を狙って騙していたのが許せなかったのだ。

 酷い仕打ちを受けているであろう娘の事を思うと、罪悪感と怒りで毎日押しつぶされてしまいそうだった。

 悩んで悩んで。

 悩み抜いて考えた結果がこれだった。

 『だったら、奴にも同じ目にあわせてやればいい』と。


 都合の良い事に男は魔術師だった。

 それも、対魔術に特化した遠距離タイプ。

 魔術を無効化する特殊な魔術を扱う事ができ、魔術師に対しては魔術を無効化した上で殺し、その他の連中に対しては遠距離からの魔術で殺した。

 人を殺したのは初めてだったが、あまりにも簡単だったので拍子抜けした位だ。

 だから、もう十分だった。

 そう、もう練習は十分だ。


 初めは殺すつもりはなかった。

 攫って、女の父親にこの気持ちをわかって欲しいだけだった。

 なんなら、自分の娘と交換しても良かったかもしれない。

 しかし、最初のボディーガードを殺した時に考えが変わった。


 『娘も含めて全員殺してしまえば全てを取り戻す事が出来るじゃないか』と。


 力を持っていた事が男にとって不幸だったのかもしれない。

 あまりにも簡単に人を殺せてしまう事が、男の良心の全てを麻痺させてしまっていたのかもしれない。

 しかし、今の男にとって、その事に気が付くだけの心のゆとりは存在しなかった。

 あるいは、娘を連れて行かれたあの日に、そんな物は壊れてなくなってしまったのかもしれなかった。


 女が裏路地に入っていく。


 一度裏路地に入ってしまえば早々人に見つかる事もない。

 いや、別に見つかっても構わないのだ。その時は目撃者も一緒に消せばいい。


 男は裏路地に入ると意識を集中する。

 今日はボディーガードはいないから魔術封じを使う必要はない。

 風の魔術で音もなく首を刎ねる。それで終わり。

 

 遠くに女の姿が見える。

 馬鹿な女だと思った。

 あれだけ周りの人間を殺してやったのに、自分だけは平気だと思っているのだろう。

 

 歌が聞こえた。


 正に照準を合わせて魔術を発動するというタイミングで、どこからともなく。

 誰かが来たのかもしれない。

 魔術師はそう思い、辺りを見回すが、あたりには人影一つ見当たらない。

 

 そう、人影一つ。

 

 魔術師はハッとする。

 おかしい。先程まで見えていた女の背中まで消えていたのだ。

 魔術師は先程まで女が居た場所まで駆けていくが、たどり着いた先にもその近くも。少なくとも見える範囲には女の姿を発見する事は出来なかった。


「どういう事だ?」


 自問自答する。

 すると、先ほど耳に入った歌が再び聞こえる。

 それは暖かな歌で。

 聞くだけで安心してしまうような優しい声で。


「誰だ! 姿を表せ!」


 しかし、魔術師にとってはそんな事はどうでもいい事だった。

 ただ、この場所に‘自分のやる事を見ている人間がいる’事の方が問題だった。


 その時、先程まで自分がいた場所に誰かが立っているのが見えた。

 

 目を凝らすと、それが男というのはわかった。

 黒髪黒目。見た事もない黒い服を着ていた為、暗闇に紛れて見難くはあったが、紛れもない男であった。


 魔術師は躊躇いなく男に照準を合わせると、風の魔力を発動する。

 一撃で首を切り飛ばす必殺の魔術だ。

 しかし、男は腰から何か棒の様な物を引き抜くと、それを目の前に翳してみせた。

 すると、ギイーンと、鋭い音を立てて魔術が霧散する。

 魔術師は驚愕した。

 確かに高威力の魔術ではない。しかし、魔術師でもない人間に簡単に防ぐことの出来るレベルの術でもなかったはずだった。


 しかし、考える暇もなく男は魔術師に向かって真っ直ぐに駆けてくる。先程の棒を前に掲げたまま。


「クソッ!」


 魔術師は地面に手を当てると、魔力を込める。

 すると、地面を這うように炎が発生し、男の足元が火の海となる。


 だが、男は怯まない。


 炎の海を平然と走り、既に魔術師に肉薄する距離にまで詰める。


「うわあああああ!!」


 魔術が効かない。

 もはやパニックに陥った魔術師は、自身のもつ最強の魔術を展開すると、男に向かって発動する。

 しかし、混乱した上に咄嗟に放った魔術がそうそう当たるものでもない。

 それでも、男の右肩に当てたのは流石だった。

 魔術師の放った魔術は光を圧縮して相手を貫く光の槍。

 それが肩に当たったものだから、男の肩は貫かれ、手にしていた金属の棒は音を立てて落ちた。

 しかし、それだけだった。

 目の前の男は顔色一つ変えずに反対の手で持っていたナイフを魔術師の胸に差し込んだ。


「……あ?」


 我ながら間抜けな声が出たと魔術師は思った。

 しかし、すぐさまナイフは胸から引き抜かれ、腕と太ももに突き立てられ、崩れ落ちてしまった。

 だが、どの道心臓を貫かれた時点で全て終わっていたのだ。

 

「……何で……直撃した筈なのに……」


 だが、それでも魔術師は最後に疑問を口にせざるをえなかった。

 いつしか、娘を助ける事が殺しの理由になってしまっていた男の呆気ない最後だった。


「……痛みも感じなければ目が覚めれば傷もなくなる。そんな体にどんな事をした所で無意味だろう」


 動かなくなった魔術師に向けて、男は律儀に答える。

 しかし、その言葉は自らの後ろに現れた女に対して向けた言葉だったのかもしれない。


「お疲れ様でした」

「心にもない事を口にするのはやめろ。虫唾が奔る」


 そこに居たのは白いドレスをきた朱色の髪をした女だった。

 その表情はとても嬉しそうで、少々頬が上気しているようにも見えた。

 しかし、男はそんな女を見て心底嫌悪したようで、道端につばを吐きかけた。


「今日は腕を失ってしまわれたのですね……。すぐに応急処置を──」

「俺に触るな。薄汚い女狐が」


 男は差し出された女の手を振り払う。

 前回頬に触れようとした時にそうしたように。

 そんな男の態度に女は少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、直ぐに微笑んで男に一歩近づく。


「そんな悲しい事を言わないでくださいまし。私は貴女の望みを叶えて上げている、いわば恩人ですわよ?」

「……それは」


 女の言っている事は事実だった。

 元々男には強い殺人願望があった。

 しかし、倫理や法的な問題からそれを長年押さえつけていたのだ。

 その願望が、何故か自分の全く知らない世界に来る事で叶えることが出来た。

 そう、この場所は男の知らない場所だった。

 もうすっかり慣れてしまったが、男はこの場所に来るまで魔術など見た事はなかったし、鎧姿の兵士が腰に剣をぶら下げて歩いている姿を見るのも初めてだったのだ。

 ここは自分が知っている世界とは違う。

 しかし、違う世界等というものを信じるには、男は年をとりすぎてしまっていた。

 そこで得た結論は、この場所はあくまで夢の世界であり、その夢の世界を与えてくれているのが目の前の女の‘歌声’なのだと思うことにした。

 色々考えたが、それが一番近いように感じたから。


「ここは貴方にとっての楽園ですのよ? ここではどんなに人を殺しても裁かれる事はない。貴女はここで思う存分鬱憤を晴らす事が出来るのですから」

「その話が本当なら──」


 男は女に対して殺意の篭った視線を向ける。


「今すぐお前を殺させろ」

「それはダメ」


 女は困ったような表情を浮かべると、立てた指を男の口元まで持っていく。


「今はまだ不完全で全てを‘持ってくる’事は出来ませんが、いつか完全にこちらに来て頂いた暁には、貴方と私は一緒になるのですから」

「何故だ」

「愛しているからですわ」

「くたばれクズが」


 男は嫌悪の言葉を吐きつけると、女に向かって唾を吐きかけた。

 しかし、女の顔に届く前に吐き出した筈の唾は女の顔をすり抜けてしまった。

 男は驚いて自分の残った方の手に目を落とす。

 そこにあったのは、既に消えかかった自らの腕だった。


「毎回毎回……都合のいい時だけ呼び出しておいて何が愛だ!」

「……それは仕方が無いでしょう。私の魔術は対象者の魔力を媒体にして貴方を召喚しているだけですもの。その対象者が死んでしまったら、貴女は元いる世界に戻ってしまうだけですわ」


 悲しげに視線を落とす女の先には、先ほど男が殺した魔術師が倒れていた。

 対象者とは殺害対象と男を呼び出す媒体の両方を指した言葉なのだろう。

 女の歌で呼び出された男は命を持たず、帰る為には殺害対象を殺すしかなく、殺せば自分は女に手を出すことも出来ずに目が覚める。という寸法だった。


「お前はいつか必ず殺す」

「残念ですわね。私はこんなにも貴方を愛しているのに」

「殺す」


 既に男の姿は目を凝らさなければわからない程に薄くなっている。

 こうなってしまってはもはや言葉も届かないらしく、何事か口にしているようだが、声として女に伝わる事はなかった。

 それでも、女は男が消える直前に手を伸ばすと、愛おしいものにそうするように、穏やかな声で答える。


「また逢いましょう。私の愛しい人」


 最後に伸ばされた手を男は振り払ったようだが、既に実態を失っている手は空を切る。

 しかし、一瞬だけ交わった手をそっと握り、女はその場を後にした。

 魔術師を殺した凶器は男と一緒に消えている。

 この辺りの人もどこぞの所長がかけた結界で人払いは出来ていた。

 今日も人が一人死んだ。

 それは明らかな他殺体。

 しかし、‘この世界’にはその人間を殺した人間は存在などしなかった。



~~~



 魔術師の男性の死体発見のニュースはすぐに街中に広がった。

 憲兵の調べでその男が王国でも大きな商会の会長の娘を付け狙っていた男だという事が分かり、いつものように事務所に憲兵が訪れたが、やはりこちらもいつものように証拠がなく退散した所だった。


「全く。何度経験しても憲兵の尋問には慣れんな」

「相変わらず無駄な事をする人達ですわね」

「全くだ」


 どこかの建物のどこかの事務所。

 その部屋で、白衣を来た所長と呼ばれた男と、受付嬢が何事もなかったかのように世間話に興じていた。


「それにしても」


 そんな中、所長と呼ばれた男は、肩をくるくると回しながら、受付嬢の方に視線を向ける。


「楽園とはよく言ったものだな」


 それは本当に世間話の延長のようで。

 だから、受付嬢も特に表情も変えずに世間話のように答える。


「人は誰しも人には言えない願望があるものですもの。その望みが叶うのならば、そこはきっとその人にとっては楽園なのですわ」


 たとえ、ほかの人間にとっては地獄であっても。

 そう続ける受付嬢に対して、所長と呼ばれた男は腕を組み、納得したように答える。


「なるほど。すると、奴にとってお前の歌は、さしずめ楽園へと続く歌声って捉える事も出来るな」


 書類仕事をしながら世間話を続けていた受付嬢だったが、そんな所長の言葉に手を止めて、顔を上げる。

 その視線の先にいた所長と目が合い、らしくなく微笑んだ。


「たまにはいい事も言えるのですね。クズのくせに」

「いや、それ思いっきりお前が奴に言われたセリフだろう」

「忘れましたわ」

「なんて都合のいい記憶なんだ」


 いつもと変わらない朝にいつもと変わらない事務所。

 荒事の相談をするだけで何故か願いが叶うと評判のこの事務所は、ある男が訪れるその日まで商売繁盛を続けたという。

 

 そのある男がどんな目的で訪れたかは──また別のお話。

 

 

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