56 お約束のヒーロー大集合
濃い霧の向こうにうっすらと姿を見せているのは、魔城の如くそびえ立つ教団総本山。
俺はそいつを見上げた。でけぇな。
「あの中に、腐った化け物がいるんですね」
「腐った化け物――まさしくその通りなのですが、その名前で呼ぶのは少しばかりの気が引けるのです」
身勝手な考えで暴走している奴にも情けか。それとも彼女が生まれてくる原因に、少なからず自分が関与していることの自責の念なのか。どっちにしても誠司さんらしいや。
「分かりました。じゃぁ巫女の時に使っていた『サリア』って呼ぶのはどうですか?」
あいつがどう思うかしらんが、これで誠司さんの気持ちが紛うのなら。
俺の言葉に同調してか、誠司さんは静かに頷いてこちらを見た。
見た。
そう、見た。
誠司さんはこっちを見たんだよ。
「はい、しげるさ……、あれっ? あなたは……!?」
その驚きよう。
やっぱ、お気づきになられてなかったのね。
そうなんだよ。
ここに来る途中、みんなそれぞれの想いを募らせてね、なんかチェーンジ★ヒーローモードになっちゃったんです。
仕方ないので、俺も合わせて変身するしかないじゃん? という訳で、怪盗団のような青い鉢巻を目に巻いて変身しましたとさ、めでたしめでたし、おしまい。
って、全然めでたくねぇよ。
アルディーンは誠司さんしか知り得ない情報をペラペラと話していたし、それを俺はしげるでしか分からん情報で返してたんだよ?
もー、えーじゃん。
正体ばらしても。
と、心では思いつつも、俺は何事もなかったように手をあげて、「やぁ、アルディーン。奇遇ですな」と、棒読みの白々しい挨拶をしてしまった。自分が情けない。
アルディーンは、『あ、変身してしまったのか、まずい』という仕草を随所にみせながらもギリ平静を保ちながら、「や、やぁ、ガチタンク!」
今日はガチタンクか。
まぁ、ガチタンクだったり、ガチブルーだったり、正式名称は『ブルータンク』なんだよ、あんたがつけたんでしょうが、なんてもう今更言わない。
「あ、いや。実は……。あの青年は不屈の腹痛で……」と、反射的にくるいつもの言い訳を軽く聞き流し、誠司さんは肝心な時はいつも腹痛だな、なんて野暮なことも言わないよ。できた大人だからね。
もうええんよ。なんもかんも、ええんよ。誰も突っ込んし。
アルディーンは辺りを見渡す。
さっきまで横を並んで走っていた二人の変化にようやく気付いて、同時に驚く。
「え? エルカローネに、悪魔っ子さん!?」
聖華さんもその言葉で自身に起きていることに気付いたようだ。
当然のことながらびっくりしている。
「あっ、え、あー……、そーか、えーと、黒髪の女の子はですね……」
あんたもかい。
いつものループに入る前に、強制カット。
「はい、黒髪の女の子はお腹ぴーぴーだったから救急馬車にぶちこんで、気の優しい戦士君が看病に付き添いましたとさ、めでたしめでたし、おしまいっ!」
はい、いっちょあがり!
あとはリーズのアリバイ工作をするだけだ。
一番因縁のあるリーズが戦線離脱するのもおかしいし、どうしたものか。
「えーと、ですね、リーズですが足先に、総本山に乗り込んだみたいなのです。どうしてもやっておきたいことがあるんだって」
「それは危険だ!」と誠司さん、じゃなくてアルディーン。
危険も何も目の前におるじゃん?
それでもまだこの茶番をやり続けるつもりかい?
それともマジで気付いていないのか。
まぁ、間違いなく後者だ。
ガチで気付いていない。
そして正体を隠すために必死だ。
「あの青年は不屈の腹痛により、救急馬車ネタは前回使ったし……、えーと、だからと言って、うーん……」
前回使ったとかどうでもいいから。どーせ、毎回、腹痛だし。そこ、悩むとこ? 仕方ねぇから俺は、「単独行動に出たリーズを追いかけたんですよね? 腹痛なのに」と助け船を出してみた。
「そうそう。そうなんだ! 救急馬車をキャンセルして不屈の腹痛を我慢しながら走っているとこを僕は見た!」
はいはい。
誠司さんに「リーズは危なくなったら俺達と合流するって約束してくれましたので、任せておいても大丈夫だと思います」と耳打ちする。
悪魔っ子ことリーズは、俺に目で頷いて見せた。
* * *
教団施設目前までやってきたその時だった。
施設の壁や入口が音を立てて崩れ去った。
そこから怒涛の如く猛獣の群れが俺たちめがけて押し寄せて来たのだ。
あれは、梶田のとこで見たことがある。
確か奴が合成して作った手製キメラ。
教団の連中も地下かどっかで、魔獣合成していたに違いない。
俺達が来たから、教団側が放ったのか?
いや。
なんか施設内からは悲鳴が聞こえる。
おそらくサリアの暴走で、檻に閉じ込めていた魔獣が放たれちまったのだろう。
キメラとの戦闘は、すでに経験済。
何匹来ようとアルディーン達の敵ではないはず。
アルディーンをちらりと見た。
ほら、右の拳を真っ赤に染めて、まなこは燃え滾っている。
「いくぞ! 勇者戦隊★ファイティーンファイブ! BGM・スタート!」
び、びーじーえむ!?
アルディーンはこちらをガン見。
え??
「SE担当!」
それ、俺の事か?
あー、そっか。あのことね。
俺は今朝がた渡されたラジオを取り出して、ボタンをぽちっと押した。
すると、この日の為に作成した、熱い熱い熱苦しいテーマソングが流れ始めた。
冒険に次ぐ冒険の日々だったが、みんなコツコツ真面目な性格が功を奏してか、ちょっと前に完成していた。
誠司さんは魔獣と格闘しながら熱唱する。
「あーつーく、あーつーく、命を燃やせ! はぁはっ!」
この声はお嬢さ……、いや、エルカローネ。
あんたまで歌うなよ。そして猫パンチで「はぁはっ!」
敵と戦闘しながらも、この熱唱は続いた。
やべ、2番へ続く台詞のパートだ。
俺、まったく覚えていないよ。
アルディーンはレッドカッターでキメラを一刀両断にすると、何故かこっちへ振り返る。
「何故、この世界には悪が潰えないのだ?」
エルカローネもわざわざこっちに振り返って、アルディーンの歌に続く。
「それはこの世界は欲望で満ち溢れているから」
「それで本当に良いのか?」
「我慢するしかないのよ」
「なぜ?」
「みんな、勇気がないから」
「真の勇気とは?」
「あきらめないこと」
「だったら今こそ」
「立ち上がれ!」「燃え上れ!」
やばいよ、ほら、あんたら歌っていないで、後ろ、後ろ!
「「あーつーく、あーつーく、命を燃やせ! はぁはっ!」」
振り向きざまオーロラシャイニングレスティネーションに、サンライトビーム??
キメラの集団はあらかた殲滅。
やべぇな、この集団。いろんな意味で。
あれ?
今、悪魔っ子の声も交じっていたような。
チラリと見た。
歌ったよね? 今、あんた、一緒にハモったよね?
悪魔っ子は、そっぽを向いて、最後の一匹に鎌でぷすり。
ちょっぴり頬が赤かったように見えた。
総本山敷地内に突入。
至る所から炎が上がり、あちこちの壁や窓は粉々に破壊されている。
そして大勢の信者の姿があった。
ここにも無数のキメラの姿があり、信者たちを襲っている。
混乱して逃げ惑う者、札のようなものを掲げて祈る者、地べたに土下座して懇願する者と様々だ。
その奥には腐った化け物。
姿恰好はリーズと酷似しているが、全身は黒く禍々しい霧に覆われており、いかにも悪の化身って感じだ。
「巫女様、どうかお許しください!」「聖獣をおとめください。お助けを!」「そのお怒りをお沈めください」「ご容赦を……ご容赦を……」「絶対神様、どちらにおいでですか? お助けを!!」
そんな中、信者のひとりがこちらに気付いた。
「お前は仏敵、勇者アルディーン! 遂にここまでくるとは! 巫女様がご乱心遊ばれているという機を狙ってくるとは、噂にたがわぬ卑怯者。だが我々に勝てると思っているのか?」
アルディーンは、
「まだ分からないのか! 真の敵は、お前たちのすぐ後ろにいるということに」
「血迷いごとを! お前たちはたったの4人。あまりにも多勢に無勢! 何秒持つかな?」
俺は「おい、そこをどけ! 死にてぇのか?」と叫ぶ。
「青い豚ぁ! 今更怖気づいてんじゃねぇぞ! 死ぬのは貴様だ! 豚ぁ!」
辺りか強く輝いたかと思うと、信者は叫び声と共に四散した。
ほら、言わんこっちゃない。
サンダーボルトか。
雷撃系の下位魔法ではあるが、使い手によってはこうまですげぇのか。通常なら感電して黒焦げなのに、あとかたもなく消滅させるなんて。
アルディーンは俺に視線を向ける。
「しげるさ、いやガチブルー。歌詞三番がまだこれからだが、それはエンディングソングとしてとっておく! ストップ・ザ、BGM」と、人差し指を立てた。
えーと、この痛い曲を止めたらいいのね。
はいな、ぽちっと。
痛曲は止まり、場は静まり返った。
『……お兄ちゃん……やっとあえたね……、会いたかったよ……』
「もうやめるんだ! サリア」
『あたしのこと、腐った化け物って呼ばないんだ? 優しいんだね。お兄ちゃん……。だけど、こんな優しいお兄ちゃんを、こいつらがおかしくした』
サリアは鋭い眼光で俺を睨みつけて来た。
『覚悟しろよ! 豚!』