55 腐った化け物
再びしげる視点に戻ります。
リーズをマントで包み、地面におろして寝かせた。
お、ゆっくりと目を開けていくぞ。
このリーズはどっちだ?
まだ洗脳が溶けていないリーズか、それとも?
「リーズ。おい、リーズ!」
「し……げ……る、さん……、聖華さんも……ここは……?」
やったぜ!
元のリーズに戻った。
誠司さんのやつ、うまくやったみたいだ!
だけど真っ白に燃え尽きて疲労困憊って顔だな。
恭志郎とやりあった時の何倍もフラフラって感じだ。
俺は不屈の勇者に親指を立ててみせた。
その時だった。
急にディスプレイにノイズが発生した。
そこには黒い影のようなものが映し出された。
『ARISA! どこ? そこにいるの? ねぇ、ARISA、またあなたはあたしを置き去りにするつもりなの?』
誰だ。奴は?
人影しか見えねぇが、声音はリーズとそっくりだ。
リーズは頭を抱えたまま、ふらふらと起き上がる。
俺は、
「おい、リーズ。大丈夫なのか? まだ横になっていた方がいいぞ」
「ありがとう、しげるさん。でももう大丈夫です。断片的になっていた曖昧な記憶が、ようやくハッキリしました」
自分が何者か分かったのか?
つまり、お前は誠司さんの妹の有紗ではなくて、人口知能の『ARISA』だったんだよな?
辛くねぇのか?
リーズは静かに首を縦に振って、「いっぱい泣きましたから。いっぱい泣けたんですから。あたしはもう大丈夫です」と答えた。
そっか。
リーズはディスプレイを指差すと、
「……あなたは腐った化け物。間違って生まれてきた嘘。これ以上、あたし達の人生をめちゃくちゃにしないで!」
『……何を言っているの? あたしは嘘なんかではないよ。あなたはあたし。あたしはあなた。一緒に暮らしてたじゃない? 楽しかったよね? いろんなことがあったよね?』
「でももう決別したよね? そしてあたしは金輪際、嘘をつかないと自分に枷をかけたの。これがあたしの選んだ償いの道」
『なぜあなたは全部独り占めするの? お兄ちゃんもあなたばかり見てる』
「それはあなたが嘘つきだからよ」
『あはは、嘘の何が悪いの? 人なんてみんな嘘つきじゃん? お金のために働きたくもない仕事をして、争うのが面倒だから他人には心にもないお世辞を言って、命が大切とか言いながら、自分たちが生きていくために平気でたくさんの命を奪って好き勝手やってるじゃん?』
「そういうこともあるかもしれない。だからって嘘を肯定するのはおかしい」
『別に肯定なんてしてないよ。単に否定もしていないだけ。だって、嘘をつかないとお兄ちゃんが、あたしの事を見つけられないんだもの』
何のことを言っているんだ?
誠司さんが膝に手を当てて、ふらふらの状態で立ち上がった。
「……確かに君が嘘をついてくれたおかげで、僕は初めて君という存在に気づけたよ。ARISAに潜む、腐った化けの者存在に」
『……お兄ちゃん……、あたし、化け物なんかじゃない……、嫌いにならないで……お兄ちゃん……』
誠司さんはじっとディスプレイを見つめている。そしてゆっくりと口を開いた。
「君は妹なんかじゃ決してない」
「……お兄ちゃんはそういうことを言う人ではなかった。ずっと優しかったのに……、なのに……、許せない……ARISAァアアア――。あたしはあんたを、そしてお兄ちゃんを苦しめたすべてを絶対に許さない! おい、そこのブタァアアア!』
え?
いきなり俺?
『あたしはずっと見ていた。あんただろう? お兄ちゃんを苦しめる原因を作った張本人はあんただ! あんたがお兄ちゃんを変えてしまった。どうしてくれるんだ? あー? この落とし前はよぉー! おい、聖華。お前もだ! 豚を慕うお前のすべてを無茶苦茶にしてやったってのに、なんでまだ偽善者ぶってんだ? お前、もう壊れていいのによぉー』
聖華さんは俯いたまま完全に言葉を失ってしまっている。
その指先がかすかに震えている。
俺はディスプレイに向かって怒鳴った。
「おい。いい加減にしろよ。このウィルス野郎」
『おい、豚ァアアア! 覚悟しとけ。もう一回お前らの人生をぐちゃぐちゃに……いや、それだけじゃ面白くねぇや。この世界もろとも、徹底的に破滅に追い込んでやるからな。そうすりゃ、あたしのことを気にかけるしかないね、お兄ちゃん。きゃはははあはは!』
そう捨て台詞吐くと、ディスプレイは粉々に割れた。
あれがヤツの本性か。
一瞬だけなんか哀れな奴かなと思っちゃったけど、すべて撤回。ただのイカれたサイコプログラムじゃねぇか。これで心置きなく、神罰とやらを体現してやれるぜ。
ほこらから一歩足を踏み出した、まさしくその瞬間だった。
どでかい爆音が耳をつんざき、続いて凄まじい爆風がやってくる。
思わず身を突っ伏してしのいだ。
再び身を起こして、辺りを確認。
枝葉が飛び散っており、音のした方からは爆煙があがっていた。
頭にきて暴走を始めたのかよ。
つまり精神年齢は赤ん坊か。
俺はみんなに向かって、
「ほっといたらヤバイことになります。今ならまだ、奴は十分に自分の能力を試せてないハズです。活路を見いだせるチャンスは、この機を逃して他にありません」
俺の言葉に皆は頷いた。
俺の咄嗟の発言、そして皆のスムーズな反応――
それはあの日記によって、絶対神教で起きたことを知り得ていたから。そう、『オルドヌング・スピア』幹部、板倉の日記で。
* * *
絶対神教は、もともと絶対神カリナの傘をうまく利用して太っていった裏組織だった。
カリナの名を出せば、大抵の裏の人間はビビって従う。
その専売特許を一手に牛耳り好き放題していた。
カリナは元々あんな適当な性格。
自分に危害さえ加えなければ、基本、放任主義。
だからあんまり関心はなかった。
そんなカリナは急に、行方をくらました。
おそらく俺に敗れて以来、どこかに身を隠したのだと思う。
まぁ、あいつもあいつなりに色々考えることがあったんだろう。
突然、求心力がいなくなってしまった。
それは組織の内部紛争へと発展していった。
様々な実力者がその権力を欲した。
壮絶な戦いも起こったようだ。ただ最終的には、ボルボ安藤が権力の中心に立つようになった。そしてどこからか変な石像を拾ってきて、それを絶対神と敬い始めた。ボルボ安藤が欲望のために、その御神仏を盾に権力を握ろうとしている。そう揶揄されるようになったが、陰口を叩くものはボルボに次々と洗い出され、消されていった。
日記の書き手でもある板倉は絶対なるカリナ支持者だった。そして組織を元に戻すこと尽力していた。
そんな板倉は疑問に思っていた。
ボルボ安藤はそれほどレベルも高くなければ、性格も消極的で敢えて目立つことを避けている節すらあったという。
それなのに、急に何故?
どうも石像が怪しい。
板倉は石像の監視を始めた。
そして目撃したのだ。
雲の無い満月の夜、石像がその月光を浴びると、人の形へと変わっていった。その姿は無垢な少女。……だが自我のようなものは全く感じず、アンデッドのようにふらふらと歩いているだけだった。
『……お……に……い……ちゃん……』
そう呟くと、また元の石像へと戻ったらしい。
不思議に思った板倉は、常日頃からボルボに気付かれぬように石像に細心の注意を払っていた。
誰もいない真夜中。
この日は満月でもないのに、石像の口が動いたのだ。
『……感じる……、この感情は恐怖、そして……似非……』
その刹那、石像が光った。
次の瞬間、石像の頭に少女が腰かけていたのだ。
板倉は気配を消して隠れていたのだが、すぐに少女に見つかった。
『あんた、誰?』
「……あなたこそ、誰ですか?」
『あたし? えーと、あたしはなんだっけ?』
「……言いたくないのですね、分かりました。そして、あなたですね? 安藤に力を貸している裏の支配者は? あなたからは安藤とは比べ物にならないくらいの強大な力を感じる。あなたは絶対神教をどうするつもりなのですか?」
『ぜったいしんきょ……? へぇ、そんなのがあるんだ? んー、待てよ、どっかで聞いたような……、そうそう、ボルボもなんかそういうこと言ってたなぁー。あん時は難しくてよく分からなかったよ。まぁ、今ならおつむがアップグレードされたから、余裕で理解できそうだ。詳しく教えて……、と思ったけどまたボルボに聞くからいいや。なんかあんた、わりと真っ直ぐした目をしているから結構嫌いかも』
そして石像からピョイと飛び降りると、「おーい、ボルボ、ボルボ』と夜空に向かって大声を出した。
ボルボは転移魔法でやってくる。
「はい、ここに! え? あれっ? あなたはどちら様で?」
『あたしだよ、あっ、たっ、しぃ!』
「えっと?」
『あ、そっか。この姿を見るのは初めてだったね。まだこの石人形も使えそうだし、どうしようかな? あ、じゃぁあたしはサリア。えーと、あんたらの巫女って設定でよろしく』
板倉は何が起きたのか、理解不能だった。
確実に分かったこと。
それは。
巫女の名はサリア。
奴はデタラメに強い。
そして殺される。
咄嗟に逃げようとした板倉だったが、すぐにボルボに抑えられた。
――これがあの非力だったボルボの力か? 奴はこんなに強かったのか?
『そいつ、殺すの?』と、サリア。
「はい。今、わたしの特記事項『サーチ』に引っ掛かりました。板倉からは強烈な敵意を感じます。よって、即、始末させて頂きます」
『血とか、パーンって出るの?』
「はい、板倉の脳天に直接サンダーボルトを撃ちますから」
『ふーん。じゃぁよそでやってよ。早くお兄ちゃんにも会いたいし、その時までこの服、汚したくないんだ。わりと可愛いじゃん、この白いひらひらの衣』
「……では、取り急ぎ教団の地下牢にでもぶち込んでおきます。あ、なるほど。先ほどおっしゃったのは、すぐに殺すなって意図だったんですね。承知しました。何故敵意を持っているのかすべて吐かせてから、とどめをさすようにします」
『え、なんか知らないけど、いいよ、吐かさなくても。興味ないし、どうでもいいし。それよりお兄ちゃんの情報を集めてよ。こっちに来ているみたいなんだ』
「えーと……? 巫女様の兄上様ですか?」
『うん、さっきチラッとみたんだ。こっちでは名前変えているみたいだったよ? なんだっけか? あ、試練の勇者アルディーン! 知ってる? その名前』
「はい。我々の間では、かなりの有名人です」
『へー、お兄ちゃん、こっちもで活躍しているんだ。そっか、すごいな。早く会いたいな。あ、そうだ。久々にビックデータにアクセスしてみよっか。うん、多分、今のあたしならいけるよ。あ、ボルボ、あたしはあたしで調べてみるから、あんたも何か分かったら教えてね』
「少々お待ちください。絶対神様の許可を取りますので」
『その主ってのは多分、あたしで、あ、そうか。……うん、いいよ、取ってみて』
「はっ、絶対神様、はい、はい、はい、勇者アルディーンをマークしてもよろしいですか? あ、はい、はい、巫女様、OKがでましたので、教団をあげて調査します」
『うん、お願い。ふぅ疲れるなー』
「何かおっしゃられましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ。それにしても新しい体っていいね。ちょっと遊んでくるよ。さーて、どっからぶっ壊そうかな」
そういうとサリアは風をまとい、フワッと消えた。
板倉は、この後とんでもないことが起きると予感した。
同時に、己の死を覚悟した。
せめて仲間達に知っていることを伝えなければと思い、密に日記にしたため、地下牢の床下に隠した。
――これを見つけてくれたあなたに、この教団の未来を託したい。決してよい組織とは言えない……、いや、はっきり言って弱者を食い物にするゴミのような集団だった。だがカリナ様がいつかよくしてくれると信じている。カリナ様は掃きだめのような人生を送ってきた我々の気持ちが理解できるから。
文章はそこで終わっている。
以降のページはすべて白紙であった。
* * *
目指すは爆音の震源地。
教団総本山。
リーズは涙目になり耳を塞いだ。
リーズにしか聞こえない何かが、彼女の耳に飛び込んできているのだろう。
その声は次第に大きくなり、遂には俺の脳裏にもガンガン響いてきた。
『くそったれ! なんであいつは妹のように可愛がられているのに、あたしだけ化け物扱いなんだ! おい、豚ぁああ! お前らがいるからだろうが! 返せよ、お兄ちゃんを返せよ!』
うるせぇな。
お前の理論はすべて破綻しているんだよ!
俺は左手で時空魔法、右手で電撃魔法を詠唱し、総本山の上空に磁気嵐を召喚した。
これで訳の分からん真夜中のラジオ番組は、完全にシャットアウトされるだろう。
『くそったれぇぇ……ぶぅ……たぁぁ……』
それを最後に奴の声は届かなくなった。
そこ代わり、教団総本山からは次々と爆炎が上がっていく。
ひでぇ八つ当たりだな。
リーズの目は真っ赤に染まっている。
それでも前に向かって走りながら、声を振り絞った。
「あの……、誠ちゃん……、……あたし……実は……」
「君はリーズだ」
誠司さんは即答した。
「……でも……こうなった以上、すべてをお話する必要が……」
「君が本心からそうしたいと思った時に話してくれたらいい。今、僕達が理解すべきことは、君はリーズ、そして僕達の大切な仲間だってことだ」
「……は、はい!」
誠司さんは気付いている。
リーズが人工知能ARISAだったってことに。
でも彼の視線はその先まで見通している。
かつてリーズは自分の正体を知られると、四人の心がバラバラになるって言った。
確かにあの時は、そうなったかもしれねぇ。
でも、どうだ?
大きな壁をぶち破って、俺達の絆、深まったじゃねぇのか?
どうやって人工知能が転生できたのかまったく謎だ。だけどそんなことは俺達にとってどうだっていいことだ。そのことを言及したって何一つ未来は変わらない。
未来を変えるために、今、足掻ことは、ただひとつ。
あの嘘付野郎をとっちめることだ。




