53 消えた総本山!?
甲斐さん、加藤君の行動は早かった。
派遣スタッフの呼び戻し。潜伏アジトの確保。
それらを手際よく行っていく。
きっとクライントから罵詈雑言を吐かれたと思うが、一切の愚痴など口にせず必死に駆けずり回っている。
事務所では。
水晶玉電話の前で、誠司さんが腕組みをしてじっと待っている。
コーヒーすら手を付けていない。
もうすっかり冷えているだろう。
その光景が彼の心情をうかがわせる。
「いれかえてきましょうか?」と言っても、うわの空。だから俺は何も言わず彼の隣に座って彼女たちの報告を待っている。
水晶玉が光りだした。
そして人影が映りだされる。
ん? 喧嘩しているのか。
なんか声が荒々しいぞ。
「おい、リア。どうやって話せばええんや。こうか?」
「最初に言ったじゃない。手早くやってよ。これ、地味にどんどんと魔法力を消耗するのだから」
「通話料の高い海外電話みたない感じか?」
「そんな例えなんていらないから、早くお話をしなさいよ。あたくし、あまり頑張りたくなくてよ」
「なんや。頑張らんて。そもそも勝手についてきたのはそっちやろ? もっと努力しろよ」
「努力なんてできないの。あー。とにかく早くお話をしなさいよ! こうやって努力できる時間だって限られているのですからね」
努力不能の負荷があるから、こういった地味に魔法力を消耗し続ける念話系呪文は苦手なのか。リアの魔力は結構強いが、戦闘時間も魔法一発の制限時間がかなり短けぇな。
「は? まぁ、えーわ。誠司さん、見えてるかー?」
誠司さんは、
「はい、そちらはどうでしたか?」
「あかんかったわ。もぬけの殻や。感づかれたんちゃうんか?」
「どこへ行ったのか分かりますか?」
「しらみつぶしに探したつもりやけど、さっぱりや。もうちょっと探索はしてみようとは思う。その前に、とにかく急いだ方がいいと思っての現状報告や」
「そうでしたか……。ありがとうございます……」
誠司さんは表情こそ変えなかったが、すっかり冷めたコーヒーに手をつけた。
俺は、
「あのぉ、何か手がかりのなるようなものは見つかりませんでしたか?」
今度はリアの顔が映った。
「しげるちゃん? あ、そうそう、『オルドヌング・スピア』の関係性について気にされていたから、その点でも調べてみました。ちょっとこれを転送します」
机の上に使い古した分厚い書物が届いた。
日記のようだ。
その表紙を捲った途端、俺は目を見開いた。
槍の形をしたエンブレム。
まさか!?
「それ、『オルドヌング・スピア』関係者――それも上層部しか持っていないという秩序と鎖のエムブレムよ。日記の簡単にしか目を通せてないからあまり深くまで理解できていないけど、たぶん、その日記の書き手はもういないと思う。これも地下牢の床下から見つけたくらいだし」
そんなところまで調査してくれたのか?
「そうそう、しげるちゃん。ここに来てすぐ、あたくしは何もないから早く連絡しましょうと告げたのに、伶亜ちゃんが強い恨みの思念を宿したアイテムが鑑定スキルに引っ掛かったからどーのこーのぎゃーぎゃー言い出して一直線に地下牢までやってくると南京錠をこじ開けて、ここほれワンワンのように地面を指差すから、風魔法でドカン。そしたらこれが出て来たって訳」
すげーな。
アイテムの持ち主の感情まで感知できるなんて通常のサーチスキルではどだい不可能だ。俺のアンテナでは多分ひっかからんぞ。もしや特記事項による恩恵なのだろうか。
とにかくありがてぇ。
日記を手に取り、誠司さんに手渡そうとしたら、
「先に探偵であるしげるさんが読んでください。僕では気付けないようなことがしげるさんなら分かるかもしれません」
いや。探偵設定。あれ、適当だから。
でも、今まで嘘でしたー! テヘペロとも言えず、日記を手に取りページを開いた。
うわ、文字がいっぱい。読むのだりーな。
誰か要約してくんないかな。
お、こういう時にこそ、鑑定スキル★ゴッドが役に立つ。
優れた鑑定士は、一瞬でアイテムの性質から内容まで把握できる。
例えばこれは『炎の魔導書』で、レベル20以上の中級者以上の魔導師なら扱える――という情報にしても、凡人ならちゃんと隅から隅まで読んで偽物かどうかきっちり吟味する必要があるけど、鑑定士ならわりと早い段階でそれが本物か偽物かを識別できる。
その能力が1兆倍と思って頂けたら話は早い。
俺は日記をぺらぺら読んだフリをして、『鑑定スキル』を発動させた。
なるほどな。
俺は誠司さんに視線を向けた。
「もう読んだんですか?」
「はい、探偵時代にこういった案件も多く速読をマスターしておきました。どうも内輪揉めがあったようです。俺達と接触する前にすでに総本山を移す計画が浮上していたようです」
水晶玉に視線を落とす。
ノイズが現れ始めたようだ。
リアの努力タイムが切れちまいそうだ。
魔法力はたんまりあるのに、不自由な奴だ。
こっちを急ぐか。
「伶亜さん。ボルボ司教に襲われた山の住所って、今分かる?」
「え? 急に何を?」
「奴らは拠点を探していたんだろ? だったら、そこがかなりきな臭ぇ。手口も強引だしな」
「なるほど、確かにそうや。せやけど、いきなり住所を言えと言われてもちょっとすぐには無理や。散々彷徨って辿り着いた場所やしな。一回戻って、地図を見て確認しないと。おい、リア、一旦帰還するか?」
「あ、ごめんなさーい! アナザーワープは体力と魔法力、両方の消耗が激しすぎて、インターバルなしの二連射は無理なのよー」
簡単に連続ワープができたら、魔法使い圧倒的有利だからこういう設定にしているのかどうかは分からねぇが、確かに海堂との闘いを控えているときなんて移動に一切ワープ使わなかったしな。現在のリアにとって『アナザーワープ』はかなり堪えるのだろう。
「なんだと! そんなことは早く言え! おい、どうするんだ? 、って、お、おい、リア、何するんな!」
「伶亜ちゃん。その場所をイメージして。この水晶に念写するから」
「何の変哲もない木々の生い茂る森の中だぞ。そんなの念写したからってどうなるんや?どこにでもある、ありきたりな景色やぞ」
「ふふふ。わたくし程の天才かつ上級魔導士になれば、すべての問題がクリアできます。その周囲や上空映像をも映し出せます。さぁ早くイメージしなさい。そうそう、その調子」
そしてリアは一呼吸つくと、魔法を詠唱。
「さぁ、天翔けるわがままで身勝手でおろかな風の精霊たちよ、今こそ華麗なるあたくしめ役に立つチャンスがきたわ。喜んでその力を貸すがいい。そして、この口の悪い女の思念を大いなるチンケな世界の記憶と同調させ、上空よりその周辺をこの水晶に宿したまえ」
お、おい、もっと丁寧に詠唱しろよ。
「く、口が悪い女!? それ、うちのことか?」
ほら、伶亜さんがキレかかっている。
リアの周りに暴風が巻き起こっている。きっと風も怒っているよ。
されどリアの詠唱は続く。
「そうそう、いい子ね、おバカさん」
なるほど。
あいつの特記事項は『バカや阿呆をたぶらかす』だっけか。
挑発することで感情的にさせて知性を削りアホ属性にすることによって、より魔法が通りやすくするのか。なかなか考えたな。だけど俺はあやからんぞ、絶対に。
でも、マジですげーな。
精霊をアホ属性にさせて『たぶらかす』を利かせた魔法効果は。
水晶玉に上空写真が写ったぞ。
もしかしてこの飛び抜けた力で、総本山にも直行ができたのか。そんでもって伶亜さんのスキルで目的のブツを即ゲット。だからこれほどまでに早く事を済ませることができたのか……、長所のみを合体させるとなかなかハイブリッドなコンビだな。
「しげるちゃん。今、風の聖霊が水晶玉と完全にシンクロしています。指で右や左にタップしたら画面が動きますので、見覚えがある場所がないか探してください。あ、この力、あと1分で切れます。ぐふっ」
伶亜さんの叫び声が聞こえた。
「お、おい! リア、お前、血を吐いているぞ。大丈夫なのか!?」
「あたくしは華麗なる悪女、これくらいのこと造作もありませんわ。あ、あと48秒……。ぐはっ」
「お、おい、鼻血まで出てきてるぞ。お、おい。真っ青じゃねぇか」
「ふ。大した事ありませんわ。ぐはっ。……あと、42秒……」
かなり色々と消耗しているようだ。
俺は急いだ。
「こ、これは……」
森を抜けて小高い丘まで画面を移動させた。
なんかおどおどしい魔城のようなものがそびえたっている。
「そこ……、おじいさんとおばあさんの家があったところ……」
水晶玉の向こうから伶亜さんの押し殺したような声が聞こえた。
読みは当たっていた。
本拠地をここに移していたのか。
それにしても、ここはどこだ?
俺の脳力はすべて神がかり的に数値が高ぇってだけで、超能力の類ではない。
視界に映る情報だけで、座標の特定なんてできねぇ。
こんなことなら、こっそりと世界を隈なく高速移動旅行しとくんだった。
「リア、ここの座標が分かるか……」
「……そんなことくらいお安い御用よ……と言いたいところなんだけど、魔力の消耗が激しくてこの術をキープするのが精いっぱいなの……。ぐぅ。……残り、38秒……」
俺は敷地内へ座標を移そうとした。
「待って。それ以上その城の奥へ進むと一気に魔力が奪われていしまいます」
何らかの阻害要因があり、ブロックされているのか。
俺は界を集中させる。
超聴覚に人陰が映った。
ここは活動している拠点ってことが分かれば十分。
あとでたんまり調査すればいいだけのこと。
だが、そもそも論、この場所に行けなければ話にならねぇ。
とにかく急がねぇと。
右や左や画面を動かして、見覚えがある場所を探した。
どこも同じに見える。
もう時間がねぇ。このチャンスを絶対にモノにしなければ。
俺は上へと指を流し、画面を思いっきり空の彼方へと飛ばした。
そして上空からその全貌を見下ろす。何か知った景色はねぇか。
次の瞬間、俺は大きくまなこを見開いた。
あ。
もしや、ここは。
山の反対方向へ画面を移動させてみた。
「誠司さん、ここ! あそこですよね?」
誠司さんは立ち上がった。
「ええ、見間違える訳がありません。この場所は『眠れる竜のほこら』です!」