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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第一章 新たなる人生の幕開け

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7/97

7 誠司さん

 誠司さんは、最初出会った時に「自分はコミュ症です」と言っていた記憶がある。

 とてもそういう風には見えない。


 俺は黙って彼の話を聞いていた。


「僕は学生時代、何もかもが嫌になり、家を飛び出しました」


 いじめられていたのかな?

 そうは見えないけど。


 俺の学生時代?

 も、もちろんいじめになんてあっていないさ。エッヘン。

 それ以前にこんなブ男、誰も相手にしなかっただけかもしれんが。

 まぁいいか。聞こう。


「二十歳になった僕は、みんなを見返してやりたくて会社を作りました。

 会社名は、絶対に勝利するという意味を込めて『サクセスライフ』」


 ……知っている。

 たった5年でマザーズに上場したスゲー会社。

 出来たてほやほやの頃、飛び込み営業したことがある。

 

 そういや、似てる、似てる。

 若い社長さんだったけど、更に若くしたらこういう感じだ。

 イケメンIT社長だった。

 と、誠司さんの顔を見て頷いた。


 あんた、ルックスいじっていなかったのね。


 だけど、この人、超ドケチ。

 コピー機を売り行った時、デタラメに叩かれた記憶がある。


「創業時は経営がかなり厳しかったです。

 だから必要な仕入れは、とことん値切りました。大抵の場合、値切れば安くなりました。

 しかし、一人だけ値引き交渉に応じない人がいました。それはAKUTOKU商事という会社の営業マンでした」

 

 

 俺?

 

 

「コピー機には、かなり利益が乗っています。まぁ、それは当然です。

 そこから営業マンの給与が出ているのですから。

 みんな厳しい経営環境の中でやりくりしている。

 相手だって身を削れば、幾分かは安くできるはずです。

 だから僕の会社の見積書を見せたのです。相場が分からないと思ったから、他社と比較してね。

 

 大抵300~500万円のところを、僕は半値以下の150万円で作っていると。

 それだけ切り詰めてやっているのです。

 そんなに安くしているのに、散々断られてきました。

 負けたくない意地で会社を始めたのです。後に引くことなんてできません。

 

 ですが、その人――Y氏と呼びましょうか。

 見積もりに書かれている数字の後ろに、0を一つ増やしました。

 

 1500万。

 彼は、自分ならこの金額で売ると言うのです。どれだけ欲深な人かと思いました」



 だって会社に怒られるんだもん。

 うち、AKUTOKU商事だよ? 

 まんまだよ?



「そして彼は、見積もりの備考欄に『あなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません』と付け加えました。すでに暴利なのに偽善者ぶって、何をくさいセリフまでつけているのだろうと心中で笑いました」


 いいじゃん。カッコいいだろ?


「冗談のつもりで、その見積書も持っていきました。あとでY氏を笑ってやろうと思って。しかし相手企業の社長さん――初老の男性ですが、彼が選んだのは、僕の作った150万の見積もりではなく、Y氏の方でした」


 マジか!?


「ニッコリと笑って、その見積書を眺めながら、


 ――君は、本当に私を笑顔に出来るのかね?

 

 と問われました。

 頷くしかありません。

 そうしたら社長さんは僕をじっと見て、今の君だと無理だ、そうハッキリと断言されました。

 からかわれたのでしょうか?

 とにかくY氏と会い、この見積もりの根拠を問いただしました」


 あった、あった、そんなこと。

 根拠なんてねぇよ。

 安く仕入れて高く売るのがビジネスのコツだろ?

 ボランティアじゃないんだから。

 

「何と言ったと思いますか?」


 なんだっけ? 鼻くそホジホジ。


「アプリは社員に作らせて、あなたは遊びなさいでした」


 あ、言ったな。

 だってあんた、社長でしょ?

 社畜を飼えるんだよ?

 社員の金は俺の金。俺の金はおねーちゃんの金、って種族だよ?


 

「その言葉でハッとしました。

 一匹狼だった僕でしたが、急いで優秀なスタッフを揃えました」

 

 そうそう、社畜をこきつかえ。

 社長は儲けた金で豪遊。

 そうやってAKUTOKU商事はでかくなった。

 

「そうだったのです。

 相手の社長さんは、『笑顔にします』という心意気は気に入ってくれたのですが、僕の会社が一人なのが心配だから、注文できなかったのです。

 この会社のシステムは、絶対に止まっては駄目なのです。

 真意を問うと、その通りでした。

 社員を入れ、その家族までしっかりと面倒が見られると約束できるのなら、君のソフトを導入するよ。もしそれが良かったら、うちの取引企業も紹介する、と約束までしてくださいました。

 そしてY氏の言った『遊ぶ』

 それはもっと外へ出て行けというメッセージです。

 代表の僕が、現場の業務をしていては会社が大きくなりません。

 業務は社員に任せ、僕はどんどん外へ攻めていくようになりました。

 これからでした。

 僕の快進撃が始まったのは」


 

 そう捉えちゃう?

 そしてそうなっちゃう?

 いや、あんた、スゲーよ。相手企業のじーさんも。

 AKUTOKU商事とは大違いだ。

 企業理念『奪えるところから根こそぎ奪え』だぜ?



「たった5年で上場まで果たせました。

 これもY氏のおかげです。

 マスコミ関係の記者達がやってきましたが、すべて断り、真っ先にY氏にお礼を言おうと彼の会社を尋ねました。

 しかしその時は退職しており、自宅を聞いたのですが個人情報だから教えてもらえず。

 でも、あれほどのスーパー営業マンです。引く手あまたでしょう。きっともっと大きな舞台で活躍しているに違いないと思い、名のある企業に聞いて回ったのですが、どうしても再会を果たすことができませんでした」



 その頃、ニートでした……



「心の中でY氏に誓いました。

『あなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません』を実践し続けると。

 その言葉を企業理念に掲げ、毎朝、社員全員で唱和しました」

 

 ありがとう。

 

「しかし、僕はY氏を裏切ってしまいました。

 どうしても商売には波があります。

 悪い時期が続き、コストダウンの為に、エラーチェック業務を海外の安い企業に委託してしまったのです。

 もちろん最初は念入りにチェックをしていました。特に問題が見受けられなかったので、フル稼働させました。

 その結果、金額に見合わないエラーまみれの粗悪品を大量に作りだし、それに気づかず売ってしまったのです。

 そのせいで多くの企業の業務をストップさせてしまいました。損害額だって少なくありません。それで会社が傾いたところだってありました。

 その海外の委託業者が悪い訳ではありません。

 その頃やっていたのが、主に医療、介護、製造系のシステム。

 日本語で書かれた難しい専門用語がたくさんあるのです。

 勘違いもたくさんあったでしょう。

 デバッグは、今まで自社で総力を上げてやっていた業務。

 絶対に手を緩めてはならない要(かなめ)。

 そこを安く済まそうとした罰があたったのです。

 

 一時は脚光を浴びた僕の会社でしたが、それから間もなくして倒産。

 そして自己破産まで追い込まれました。

 

 ただ自己破産をしても、すべてがチャラになった訳ではありませんでした。

 

 僕はたくさんの企業に迷惑をかけたのです。

 その社員、家族にまで。

 

 笑顔とか裏切らないとか言っているが、口だけだったのか? そう後ろ指をさされるようになりました。

 

 それからでした。

 人と会うのが怖くなったのは。

 精神的に病み、通院生活を余儀なくされました。

 妻子がいないのだけは幸いでした。

 僕はもう何もできない。

 誰にも必要とされていない。

 

 

 僕は二度負けました。

 学生時代。そしてビジネスで。

 

 折角Y氏にチャンスを貰ったのに、それが返せないまま僕は負けたのです。

 

 だからこの世界では、絶対に誰も裏切らない!

 そう誓ってエントリーしたんです!

 どれだけ出来るか分かりませんが、どうか僕を信じてください」

 

 

 あんたは立派です。

 ちょっと感動しちゃったよ。

 

 でも駄目だよ?

 まさか『絶対に誰も裏切らない』とか、特記事項に書いていないよな???

 

 だってここ、負けたヤツらの最終ラウンドみたいなところだぜ?

 プレーヤーは、娑婆で裏切りまくられた連中だと思うよ?

 大抵、捻くれているぜ?

 お嬢様も心配だけど、あんたも心配だ。

 

 だってこれから来ちゃう海賊風オヤジ。

 かなり悪そうだけど?



 そんな誠司さんは、俺に顔を向けた。


「しげるさん。もしよかったら苗字を教えてもらえませんか?」



 俺はうつむいてボソボソと、

「佐々木」

 と呟いた。



「佐々木しげるさん。

 先程の話しに出てきたY氏も『しげるさん』というお名前です。彼はユニークでエネルギーに満ち溢れた方でした。

 あなたは自分をコミュ症と蔑まれましたが、絶対に大丈夫です。

 きっとY氏のような立派な人間になれると思います。

 だから、頑張りましょう」


 誠司さんはニッコリと笑って、握手を求めてきた。

 

 Y、つまり吉岡……

 とてもY氏が俺だとは言えなかった。

 あなたのY氏が、けがれてしまいます。


 俺は、誠司さんの手を握るのが精いっぱいなハゲた豚だった。

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