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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第一章 新たなる人生の幕開け
7/78

7 誠司さん

 誠司さんは、最初出会った時に「自分はコミュ症です」と言っていた記憶がある。

 とてもそういう風には見えない。


 俺は黙って彼の話を聞いていた。


「僕は学生時代、何もかもが嫌になり、家を飛び出しました」


 いじめられていたのかな?

 そうは見えないけど。


 俺の学生時代?

 も、もちろんいじめになんてあっていないさ。エッヘン。

 それ以前にこんなブ男、誰も相手にしなかっただけかもしれんが。

 まぁいいか。聞こう。


「二十歳になった僕は、みんなを見返してやりたくて会社を作りました。

 会社名は、絶対に勝利するという意味を込めて『サクセスライフ』」


 ……知っている。

 たった5年でマザーズに上場したスゲー会社。

 出来たてほやほやの頃、飛び込み営業したことがある。

 

 そういや、似てる、似てる。

 若い社長さんだったけど、更に若くしたらこういう感じだ。

 イケメンIT社長だった。

 と、誠司さんの顔を見て頷いた。


 あんた、ルックスいじっていなかったのね。


 だけど、この人、超ドケチ。

 コピー機を売り行った時、デタラメに叩かれた記憶がある。


「創業時は経営がかなり厳しかったです。

 だから必要な仕入れは、とことん値切りました。大抵の場合、値切れば安くなりました。

 しかし、一人だけ値引き交渉に応じない人がいました。それはAKUTOKU商事という会社の営業マンでした」

 

 

 俺?

 

 

「コピー機には、かなり利益が乗っています。まぁ、それは当然です。

 そこから営業マンの給与が出ているのですから。

 みんな厳しい経営環境の中でやりくりしている。

 相手だって身を削れば、幾分かは安くできるはずです。

 だから僕の会社の見積書を見せたのです。相場が分からないと思ったから、他社と比較してね。

 

 大抵300~500万円のところを、僕は半値以下の150万円で作っていると。

 それだけ切り詰めてやっているのです。

 そんなに安くしているのに、散々断られてきました。

 負けたくない意地で会社を始めたのです。後に引くことなんてできません。

 

 ですが、その人――Y氏と呼びましょうか。

 見積もりに書かれている数字の後ろに、0を一つ増やしました。

 

 1500万。

 彼は、自分ならこの金額で売ると言うのです。どれだけ欲深な人かと思いました」



 だって会社に怒られるんだもん。

 うち、AKUTOKU商事だよ? 

 まんまだよ?



「そして彼は、見積もりの備考欄に『あなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません』と付け加えました。すでに暴利なのに偽善者ぶって、何をくさいセリフまでつけているのだろうと心中で笑いました」


 いいじゃん。カッコいいだろ?


「冗談のつもりで、その見積書も持っていきました。あとでY氏を笑ってやろうと思って。しかし相手企業の社長さん――初老の男性ですが、彼が選んだのは、僕の作った150万の見積もりではなく、Y氏の方でした」


 マジか!?


「ニッコリと笑って、その見積書を眺めながら、


 ――君は、本当に私を笑顔に出来るのかね?

 

 と問われました。

 頷くしかありません。

 そうしたら社長さんは僕をじっと見て、今の君だと無理だ、そうハッキリと断言されました。

 からかわれたのでしょうか?

 とにかくY氏と会い、この見積もりの根拠を問いただしました」


 あった、あった、そんなこと。

 根拠なんてねぇよ。

 安く仕入れて高く売るのがビジネスのコツだろ?

 ボランティアじゃないんだから。

 

「何と言ったと思いますか?」


 なんだっけ? 鼻くそホジホジ。


「アプリは社員に作らせて、あなたは遊びなさいでした」


 あ、言ったな。

 だってあんた、社長でしょ?

 社畜を飼えるんだよ?

 社員の金は俺の金。俺の金はおねーちゃんの金、って種族だよ?


 

「その言葉でハッとしました。

 一匹狼だった僕でしたが、急いで優秀なスタッフを揃えました」

 

 そうそう、社畜をこきつかえ。

 社長は儲けた金で豪遊。

 そうやってAKUTOKU商事はでかくなった。

 

「そうだったのです。

 相手の社長さんは、『笑顔にします』という心意気は気に入ってくれたのですが、僕の会社が一人なのが心配だから、注文できなかったのです。

 この会社のシステムは、絶対に止まっては駄目なのです。

 真意を問うと、その通りでした。

 社員を入れ、その家族までしっかりと面倒が見られると約束できるのなら、君のソフトを導入するよ。もしそれが良かったら、うちの取引企業も紹介する、と約束までしてくださいました。

 そしてY氏の言った『遊ぶ』

 それはもっと外へ出て行けというメッセージです。

 代表の僕が、現場の業務をしていては会社が大きくなりません。

 業務は社員に任せ、僕はどんどん外へ攻めていくようになりました。

 これからでした。

 僕の快進撃が始まったのは」


 

 そう捉えちゃう?

 そしてそうなっちゃう?

 いや、あんた、スゲーよ。相手企業のじーさんも。

 AKUTOKU商事とは大違いだ。

 企業理念『奪えるところから根こそぎ奪え』だぜ?



「たった5年で上場まで果たせました。

 これもY氏のおかげです。

 マスコミ関係の記者達がやってきましたが、すべて断り、真っ先にY氏にお礼を言おうと彼の会社を尋ねました。

 しかしその時は退職しており、自宅を聞いたのですが個人情報だから教えてもらえず。

 でも、あれほどのスーパー営業マンです。引く手あまたでしょう。きっともっと大きな舞台で活躍しているに違いないと思い、名のある企業に聞いて回ったのですが、どうしても再会を果たすことができませんでした」



 その頃、ニートでした……



「心の中でY氏に誓いました。

『あなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません』を実践し続けると。

 その言葉を企業理念に掲げ、毎朝、社員全員で唱和しました」

 

 ありがとう。

 

「しかし、僕はY氏を裏切ってしまいました。

 どうしても商売には波があります。

 悪い時期が続き、コストダウンの為に、エラーチェック業務を海外の安い企業に委託してしまったのです。

 もちろん最初は念入りにチェックをしていました。特に問題が見受けられなかったので、フル稼働させました。

 その結果、金額に見合わないエラーまみれの粗悪品を大量に作りだし、それに気づかず売ってしまったのです。

 そのせいで多くの企業の業務をストップさせてしまいました。損害額だって少なくありません。それで会社が傾いたところだってありました。

 その海外の委託業者が悪い訳ではありません。

 その頃やっていたのが、主に医療、介護、製造系のシステム。

 日本語で書かれた難しい専門用語がたくさんあるのです。

 勘違いもたくさんあったでしょう。

 デバッグは、今まで自社で総力を上げてやっていた業務。

 絶対に手を緩めてはならないかなめ

 そこを安く済まそうとした罰があたったのです。

 

 一時は脚光を浴びた僕の会社でしたが、それから間もなくして倒産。

 そして自己破産まで追い込まれました。

 

 ただ自己破産をしても、すべてがチャラになった訳ではありませんでした。

 

 僕はたくさんの企業に迷惑をかけたのです。

 その社員、家族にまで。

 

 笑顔とか裏切らないとか言っているが、口だけだったのか? そう後ろ指をさされるようになりました。

 

 それからでした。

 人と会うのが怖くなったのは。

 精神的に病み、通院生活を余儀なくされました。

 妻子がいないのだけは幸いでした。

 僕はもう何もできない。

 誰にも必要とされていない。

 

 

 僕は二度負けました。

 学生時代。そしてビジネスで。

 

 折角Y氏にチャンスを貰ったのに、それが返せないまま僕は負けたのです。

 

 だからこの世界では、絶対に誰も裏切らない!

 そう誓ってエントリーしたんです!

 どれだけ出来るか分かりませんが、どうか僕を信じてください」

 

 

 あんたは立派です。

 ちょっと感動しちゃったよ。

 

 でも駄目だよ?

 まさか『絶対に誰も裏切らない』とか、特記事項に書いていないよな???

 

 だってここ、負けたヤツらの最終ラウンドみたいなところだぜ?

 プレーヤーは、娑婆で裏切りまくられた連中だと思うよ?

 大抵、捻くれているぜ?

 お嬢様も心配だけど、あんたも心配だ。

 

 だってこれから来ちゃう海賊風オヤジ。

 かなり悪そうだけど?



 そんな誠司さんは、俺に顔を向けた。


「しげるさん。もしよかったら苗字を教えてもらえませんか?」



 俺はうつむいてボソボソと、

「佐々木」

 と呟いた。



「佐々木しげるさん。

 先程の話しに出てきたY氏も『しげるさん』というお名前です。彼はユニークでエネルギーに満ち溢れた方でした。

 あなたは自分をコミュ症と蔑まれましたが、絶対に大丈夫です。

 きっとY氏のような立派な人間になれると思います。

 だから、頑張りましょう」


 誠司さんはニッコリと笑って、握手を求めてきた。

 

 Y、つまり吉岡……

 とてもY氏が俺だとは言えなかった。

 あなたのY氏が、けがれてしまいます。


 俺は、誠司さんの手を握るのが精いっぱいなハゲた豚だった。

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