48 絶対神教の調査3
ヴィスブリッジの会議室。
伶亜さんの話が終わり、俺達は皆、うつむいたまま黙り込んでいる。
彼女の壮絶な経験に返す言葉が見つからない。
またしても例の組織が絡んでいるようだ。
カジノに学園、そして宗教団体までおいでなすったか。
毎度のことながら、奴らは容赦ない極悪システムを構築している。
さて。
どこから攻略の糸口を探すべきか。
聖華さんは目を赤くして、
「なんてひどい人たちなでしょう。絶対に許せません!」と強い口調で言った。
そうだ、許せん!
腕組みをしている誠司さんの怒りも頂点に達しているようだ。
ビリッ、ビリッと全身から電撃が走っちゃっているよ。
あ、変身の前兆。
もうええから、アルディーンになっちゃえよ。
我慢すると体に悪いですよ。
聖華さんが「あ、はーい」と手をあげた。
「なんでしょうか?」と俺。
「あのですね、実はわたし、持っています」
持っている? 何を?
「ちょっと待っててくださいね」
待つこと、数分。
んしょ、んしょ、と会議室に運び込まれたのは、なんとも雑に焼かれた大きな壺だった。
「聖華さん、なんすか? これ」
聖華さんはにっこり。
「聖なる壺です!」
大きな壺の中央にはごつい筆文字で『聖』と書かれてある。
なんていかがわしい物体なのだ。
「ちなみに、これ、どうやって入手したんですか?」
「買ったんです」
マジか?
あんた、やっちまったのか?
「で、おいくらしたんですか?」
聖華さんは指を立てて数えだした。
「ひー、ふー、みー……、あ、3万リラです」
なんだと!
こんなガラクタに300万円もつっこんだのか!?
恭史郎に始まり梶田やいろんな悪党を逮捕してきたから、報奨金成金になっちまって金銭感覚が狂っちまうのは分からんでもないが、いくらんでも、こんなガラクタに300万!?
300万円だぞ!
えーか。300万というのはな、まぁえーか、何かに例える気すら起こらん。
お嬢様はなんも成長しとらんかった。
頭を抱えちまった俺は、「どーしてこんなガラクタに、そんな大金を突っ込んだのですか?」と問う。
「え? え? これ、ガラクタだったんですか?」
「そうですよ! ゴミっす。俺、元探偵ですから鑑定できますが(うそです、実は鑑定スキルです)ざっと見積もって10リラがいいところです。日本円換算1000円くらい。無駄に大きいしデザインもダサいから花瓶としてしても機能しないでしょ?」
お嬢様はびえーんと泣くかと思いきや腕組みを始めて、
「うーん、やっぱりそうでしたか。予想は見事的中しておりました」と、偉そうにほざいた。
は?
「実はですね、デパルト街をお散歩している時に声を掛けられたのです」
デパルト街?
あー、ヴィスブリッジ東部に位置するなんでも揃うデパート街ね。
「ススにまみれた痩せたちっちゃい男の子が、幸せになりたいですか? って聞いてきたんです。 だから、もちろん、と即答しました」
ほうほう。
「すると幸せになれる教えがあるからついてきてって言われたんです」
怪しいな。
「変に思った私は、今日は忙しいからまた今度ね、って言ったんです」
すげー。
お嬢様、ちゃんと危険回避コマンドをマスターしとる。
「すると男の子は泣き出しちゃったんです。今日までに壺を売れなかったら、僕は不幸になるんだ、とか言い出して。月々のローンで良いから買ってくださいって泣きつかれてしまったんです」
あ。
これ、やべーやつだ。
お嬢様に免疫耐性のないパターンじゃねぇか。
「不幸は嫌だーって言いながら鼻水まで垂らして号泣してるのを見たら、すごく可哀そうになって、お金持ちの私に任せないと言っちゃたんです……」
あーあ。
「するとすぐに壁の向こうから黒服の男性が来て、毎度ありがとうございます、3万リラになります。30年ローンまで組めますのでどうかご安心くださいって言いながら頭を下げてきたんです。あ、これ、アウトなやつと思いつつも、この日は『新・人生ゲーム3』を買おうと思って丁度手持ちがありましたので購入を決意しました」
は?
『新・人生ゲーム3』ってあの、人気ボードゲームの新作か。多分、5000円=50リラで釣りがくるぞ。
なんでそんなものを買いに行くのに300万円も持ち歩くんだ。
いや、そう言えば、以前もボードゲーム買いに行くのに全財産ボストンバッグで運んでいたっけ。あの時は確か5000万円くらいだっけか。その時よりは成長していると捉えたらいいのか?? 俺はまた頭を抱えてしまった。
「えーと、聖華さん、その男の少年はグルだと思います。そして聖華さんはまんまと騙されたのです」
「わたしが騙されたのは合っていると思いますが、黒服の男性と男の子が仲間というのはちょっと違っているような気がしているのです。だっておかしくありません? 幸せになれる壺を売っているのに、売れなかったら不幸になるなんて」
確かにそうだ。
「絶対に何かあるって思って、探りをいれるために購入したのです。う、うん、そんな感じです。そ、そう、これは、せせせ先行投資なのです」
絶対に嘘だ。
今、思いついたって顔している。
ちなみに先行投資ってのは、リターンがあるものに対して行うんだよ。
敢えて言うなら、撒き餌とかそっちだ。
まぁ揚げ足を取ってもしかたない。
「聖華さんは『探り』とおっしゃいましたね。このあと、何かアクションを起こしたのですか?」
「いえ。男性は幸せになれる道場へ案内してくれるとか言ってきたのですが、この日は忙しいからとお断りし、聖なる壺も着払いの配送でお願いしました」
ほうほう、ノコノコついて行かないという判断は、なかなかだ。
だけど300万円キャッシュでガラクタを購入した時点で、もうこの試合は完全アウトなんだけどね。後はいかに早く損切し、ダメージを最小限にするかってゲームになったんだよ? と、心の声で突っ込んでおく。
「『探り』というのは、これです」
お嬢様がポケットからチケットを見せてくれた。
それにはこう書かれてある。
誰でも圧倒的に幸せになれる聖なる教えを体験してみませんか?
『わくわく道場 一日無料体験チケット』
「別れ際に黒服の男性から受け取ったのです。また暇な時に遊びに来てくださいって。ふふふ、私が凄腕の現探偵とは知らず、敵さんはまんまと隙を見せました。これで堂々と調査ができます。そうなのです! 私は未来までも先読みし、そしてすべてをこの一手にかけたのです!」ふんす。
絶対に嘘だ。