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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第三章 腐った化け物と消えた嘘
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47 絶対神教の調査2

 そこは山頂付近の丘にある、見晴らしの良い場所だった。

 老夫婦の屋敷は、その頂きにあった。

 屋敷と表現したのはその広さからだ。

 領主だったのか、おそらくはそれなりに地位があったかは今となっては分からないが、それ相応の身分の家であったことは見て取れる。だが敷地面積こそあるものの、老夫婦二人で暮らすには、ちと広すぎるようだ。

 当分掃除をしていない部屋も散見してみえる。

 

 屋敷の周りを見渡すと、空き家がちらほら立ち並ぶ。最近まで使っていたようで、手入れさえすれば問題なく住めるだろう。その風貌からこの村は、少し前まではそれなりに賑わいをみせていたのだろうと想像させられる。


「ここが好きでねぇ……」


 遠い眼差しで村を眺めるおばあさんの仕草でなんとなくの想像はできたが、それを伶亜さんの方から敢えて聞くことはなかった。


 伶亜さんが釣ったおかずは老夫婦によって手際よく調理され、それを囲んでの団らんが始まった。


 しばらくの間、旅の話で盛り上がっていたが、ふとおばあさんが、

「目が見えなんだろ? 不自由はないかい?」と尋ねてきた。


「いえ、サバイバルスキルがそれなりにありますので、特に……」

「そうかい。たいしたもんだね。実はあんたがさ、孫娘によく似ていたもんでね」


「お孫さん?」


「あぁ、だども、やつらが来てからね」


「これっ」

 おじいさんの制する言葉で、それ以上の会話には進展しなかった。


 食事が終わると、「部屋はここでいいかい?」と、使っていない一室へと案内してくれた。


 翌日、旅立とうとした伶亜さんを、老夫婦は「まぁまぁもうちょっと休んでいきなされ。旅で疲れておるじゃろ?」と半ば強引に引き留めた。


 その次の日も、更にその次の日も。


 伶亜さんは困惑こそしたが、特段断る理由も見当たらず、そのまま数日の間、老夫婦の屋敷でやっかいになることとなった。


 異世界に来て以来、人とのコミュニケーションを図ることが困難だった伶亜さんにとって、決して嫌なことではなかった。

 家のように自由にしていいんだよと言われたとき、なぜか胸の奥が熱くなり涙がこぼれそうになった。

 それは老夫婦にとって他愛もない一言だったのかもしれない。

 だけと彼女は違う。

 呪われた十字架を背負っている。

 美人をみたらはらわたをえぐり出して絶命させる、それは怒りの場の勢いに身を任せてかき連ねた戯れ言。それにより、あがなうことのでないダークサイドな人生を送るはめとなった。やり直せることなら、と、幾度となくそう願っただろう。だけど特記事項は改変不可。こうなったからには、もう一人で生きていくしかない。そうすれば誰も傷つけなくて済む。そんな彼女の凍りついた心を、この親切な老夫婦が癒してくれたのは言うまでもなかった。


 居候すること13日目の早朝。

 耳をつんざくような大きな声で飛び起きた伶亜さんは、急いで二人を探した。

 

 温和だった老夫婦がこんな声を発するなんて只事ではない。

 

 屋敷の門前。

 駆け付けた伶亜さんの視界には、老夫婦とそれを取り囲む複数の白い衣をまとった男女の姿があった。


「なんですか? あなたは?」と黒縁眼鏡の淵をくいとあげる。


 そう伶亜さんに詰め寄ってきたのは、中央で威張り散らしていたリーダー格のシルバーに染めたオールバックの髪型をしたガタイの良い男。手には辞典のような分厚い書物があり、『聖なる経典』と書かれてあったようだが、伶亜さんには見えていない。ただサバイバルスキルスキルによって、分厚いものを持っていることは感じ取れていた。


 なにやらただならぬ感覚に襲われた伶亜さんは、「あんたこそ何者だ! おじいさんもおばあさんも怯えているじゃないか!」と即座に言い返した。


「何者とはなんと失礼な言いぐさでしょう。我々はこの世界を真の平和へと導く偉大なる『絶対神教』の高僧とその上級信者たちであるぞ!」


 そう言い放つと『聖なる経典』と書かれた書物を伶亜さんにちらつかせた。


「……おるど……? だから何だというのだ?」


「なぬ、知らぬのか? なんたる罰あたりな輩だ。まずはこれを読むがよいわ。感動して泣くぞ」


「あいにく目が見えないのでな」


「ほほぅ、そうか。だったら良いことを教えてやろう」


「……なんだ?」


「今すぐ『絶対神教』の門を叩き、その教えに身を捧げるとよい。さすればそれくらいの病、たちどころに治る」


 おばあさんが、

「騙されてはダメだよ! こいつらは……」


 おばあさんの制した声とほぼ同時に、おばあさんは地に突っ伏していた。

 男が殴ったのだ。


「キサマらだけだ。我らの信仰を拒み、入信せぬ不届きものは!」


「……信仰は自由ですじゃ……」


「何を言い出すかといえば。そうだよ、信仰は自由だ。好きにしたらよい。ふぅ、それにしてもこの山は実に良い。新たなる教団の本山のひとつとして申し分ない。だから不浄なるキサマらは邪魔なのだ。入信しないのならさっさと失せろ。あ、これ、お前がいった言葉だからな。信仰は自由なのだ。我らも自由。その自由なる意思によって行動して何が悪い?」


 そのあまりにも身勝手で一方的な発言で頭に血が上った伶亜さんは、我を忘れ感情的に怒鳴り散らした。

「いい加減にしろよ、お前ら! いったい何様のつもりだ。二人はここが好きでここで生活をしているんだ! 一方的に出て行けなんておかしいだろ!」


「なんたる稚拙な言動。我々は選ばれた者達ぞ。すべて許されて当然なのだ。つまりおかしいのは偉大なる我々の要求を受け入れないこいつらだろうが!」


 おじいさんは懐から包みを取り出した。


「あのぉ……、『聖なる壺』をひとつ買いますので、今日のところはどうかご勘弁を」


「ひとつだぁ? 我々にこれだけの罵声を浴びせたのに、『聖なる壺』ひとつでその罪が消えると思うのか!」


「……いくらご購入すれば許されるので……?」


「そうだなぁ。10個だ」


「む、むりですじゃ。ひとつだけでも家が建つほどの価格。その10倍なんてとても払える額ではございません。それに、これがわしらに残された最後のお金ですじゃ」


「なんだ無一文か。じゃぁ今すぐ出ていきな。それで許してやる」

 そう言うと男がナイフを取り出して、おじいさんの首元にちらつかせた。


 その刹那。

 それはまさに反射的動作だった。

 男の腕が宙を舞っていたのだ。


「いい加減にしろ! この外道!」


 それは伶亜さんの声だった。

 彼女が抜いた一振りのシミターは、蒼天へと伸び切り、その剣先にはヤツの血がべっとりと塗りこまれていた。


 状況を把握した信者たちは、各々の武器を抜刀した。

 刀に槍、短剣、こん棒。

 次々に襲い掛かる信者たちの猛攻を、伶亜さんは軽々とかわし、細身のシミターで迎撃。

 複数人同時攻撃だろうが、正確に気配が読める彼女にとって、これくらいの動作は造作もなかった。


「こいつ、できる!」

「ボルボ司教、カイとリンとタケシがやられました。いくら戦力分析してもこちらが圧倒的不利と思われます。ここは撤退が得策かと」


 怯んでいる敵たちに向かって伶亜さんは、

「剣術の稽古なら間に合っている。死にたくなければ早々と消えることだな」


 ボルボ司教と呼ばれた男は、一度後方へと身をひるがえし、同時に大声で笑い出した。


「ククク、アハハハハ」


 次々に味方がやられて気がおかしくなったのだろうか。


 いや、そうではない。


 ボルボ司教は冷静そのもの。

 伶亜さんと一定の距離を取りながら、落とされた片腕の根元を抑えて回復魔法を詠唱し、止血をする。

 そして仲間たちをギラリと見やる。


「やはり神は正義である我らを常に加護しているのだ! 勝てる。勝てるぞ!」


「し、しかし!」


「慌てるな。この女、目が見えんのだ。そこをつけばイチコロだ」


「なるほどですね。で、その弱点をどう攻めましょうか?」


「簡単じゃねぇか。飛び道具だよ」


 伶亜さんは嫌な汗をかいた。

 

 ――飛んでくる方向にしっかり意識すれば、こんなレベルの連中ならなんと迎撃できる。そして次のターンで……と、今までの経験から作戦を練っていた。

 

 信者たちは更に後方へとじりじり下がる。

 

 ――いいぞ、奴らはそうやって、距離をとることによって心理的な安心感を手にしようとしているのだろうが、間隔があけばあくほど、反応するための時間が増す。そんなことも分からないなんて、つまり敵は戦闘の素人。

 

「よし、ここまで離れたら十分だ! 一斉に火炎魔法だ!」


 ――なんだと。奴らは魔法が使えたのか!? 火炎だと攻撃範囲も広い。これではかわすことは困難……


 

 信者たちは伶亜さんを包囲していた。

 同時に手のひらを突き出し、大量の熱を放出した。


 その時だった。

 老夫婦二人が両手を広げ、伶亜さんの前後に飛び出したのだ。


 炎を浴びて赤く燃える老夫婦は、伶亜さんに振り返り、

「ここはもういいから、早くお逃げ! ごめんね、こんなこと巻き込んでしまって……」


「ダ……ダメだよ……一緒に……」


「……わしらは、どのみちもう助からんよ……、こいつらに狙われているのだから……他の村人同様に……。ちょっとだけお金を隠し持っていたから、それをすべて吐き出させるためにだけ、生かしておいたのだと……思う……。逃げることも考えたけど、生まれ育ったここ以外、行くあてなんてなくてね……。最後にあんたに会えてうれしかったよ。まるで奴らに殺された孫が戻ってきたみたいでさ……本当に本当にうれしかったのさ」


「おじいさん! おばあさん!」


「わしらの命を無駄にしないでおくれ……。だから、は、はやく……。次の魔法が飛んでくる前に……」


 伶亜さんはやつらを睨む。すでに次の詠唱が始まっている。ダメージ覚悟なのか。そんなことすら、彼女の脳裏にはないだろう。咆哮をあげて信者たちに突っ込んでいき、デタラメに斬りつけていく。


「な、なんだ!? この女! つ、強ぇ」


 敵わぬと確信したボルボ司教は、「くそぉ、ここは一旦引くが、次はないぞ! それまで精々怯えておくのだな」と捨て台詞を言い残すと、転移魔法で姿を消した。



「おじいさん! おばあさん!」


 すぐさま伶亜さんは火を消して必死に老夫婦を手当てしたが、彼らの命を救うことはできなかった。心臓音の停止と共に、天に向かい言葉にならない慟哭を吐き出した。



 己のくだらない利益のために、こんな親切な人の命を弄ぶなんて……絶対に許せない。


 でも……

 ウチだって悪党だった。罪なき者たちを自我の呪いという身勝手な理由で斬ってきた。

 こんな自分なんて死んで当然。


 だけど、あの人たちに救われた。命も、そして心をも。

 だから、この生き返った死人がとことん暴れてやるよ。

 


 * * *



 それが伶亜さんの戦いを誓った瞬間だった。

 彼女はそこまで話すと、机に突っ伏して大声で泣いた。

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