表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第三章 腐った化け物と消えた嘘
57/78

37 いざ、眠れる竜のほこらへ2

 しばらくの間、誠司さんのニタニタが止まらなかった。

 絵画を眺めながら、時折何かを思い出してか、うんうん頷き、その瞳にはうっすら涙が。


 お嬢様を前にして、

「僕も同じ勇者を名乗る者として、アルディーンに会いたかったよ……」ともう10回以上は言ったかな。

 

 白々しいからやめなさい、とも言えず、そうですね、とだけ返しておいた。


 はぁ~。

 まぁ、元気になったからいいけどね。


 馬車の御者台で手綱を握っているのはリーズ。

 誠司さんを少しでも休ませようと気を使ってくれたのだろう。



 誠司さんはニタニタターンをようやく終えると、絵をそっと座席に置き、瞳を閉じて何やら考えているようなちょっと難しい表情へと変わった。


 やっぱり簡単には疲れは取れないか。


 俺は、

「誠司さん、疲れているんでしょう? 少し仮眠を取られたらどうですか?」

「いえ……。しげるさん……、ちょっと思い出してしまってね……」


 ――思い出した?


「何か辛い思い出でしょうか? 話されてすっきりすることもありますよ。もし差支えながければ、お聞きしますけど」


「そうですね……。では、聞いて貰えますか?」


「もちろんです」と、聖華さんもにっこりと頷いた。


「実は僕には、ちょっと歳の離れた妹がいてね……」


 リーズのことか!?

 俺はチラリと彼女に視線を流した。

 静かで無表情ではあるが、きっと聞き耳を立てているに違いない。


「名前は有紗ありさ、彼女のことをちょっと思い出してしまってね……」



 有紗……、それが、リーズの本当の名……?


「どこから話そうか……? そういや前も話したかもしれないね。僕は何もかも嫌になって家から飛び出したんです」


 よく覚えていますよ。

 そして絶対に誰にも負けないという強い意志をもって起業されたんですよね。


「父は開業医でね、なかなかの頑固者ではあったけど、熱心な仕事態度にたくさんの人に慕われていたんだ。尊敬こそしていたけど、当時、僕はプログラムにどっぷりのめり込んでいた。

 父はどうしても僕に後を継がせたかったんだろう。

 そのことで何度も喧嘩したんだ。

 当時の僕は、あまりにも未熟で若かった。

 父は僕を心配して言ってくれていたのだろうけど、そんなことを理解できる度量なんてなかった。僕の人生は僕のものだ! なんて言って家を飛び出しちゃってね」

 

 

 今でこそ正義と知性を兼ね備えた立派なリーダーだけど、そんな若かれし頃もあったんだね。

 すぐに熱くなるところは、昔も今もって感じだけど。

 でも、それと妹さんと、どういう繋がりがあるんだろう?



 聖華さんも俺もきっと御者台にいるリーズも、黙ったまま誠司さんの話に集中している。



「その頃からだったかな、うちのみんなの心がバラバラになっていったのは……」


 みんなの心がバラバラになる……。

 以前、リーズから聞いた言葉だ。

 今、リーズが特記事項を打ち明けると、みんなの心がバラバラになっちまうと言っていたな。それと何か関係があるのか?


 別に生きていりゃ、そんな言葉とぶち当たる事なんてよくあること。

 だけど、なんなのだろう。この違和感。

 まぁ、考えても分かる訳ない、か。


「頑固者の父からは電話なんてなかった。まぁあっても当時の僕はきっと出なかったと思う。有紗とは小さい頃から仲は良かったんだけど、毎日のようにしつこく僕が折れて帰るように説得してくるから、それが嫌で段々と距離を取るようになっていった。

 だけど母の電話だけは取るようにしていた。僕の性格を一番理解していたのだと思う。帰るように説得したところで言うことを聞かないだろうし、連絡も取れなくなるってことは熟知していたんだろう。

 帰れなんて一言も言わなかった。

 ただ、たわいもない家での出来事を教えてくれるくらいだった。

 ――でも、だから家で何が起きているかくらいは知っていた。

 どうも妹の様子がおかしいみたいなんだ」


 今、リーズがピクンとしたように見えた。


「母の話だと、どうも有紗がよくない友達のグループにいるみたいで、派手な化粧や挑発的な衣装で出かけて、帰ってこないこともしばしばあったようなんだ……。近所でも悪い評判になっていて、そのことで父と母は毎日のように口論になっているみたいなんだ」


 リーズがグレちまったのか!?


「今、会社を立ち上げたばかりの大変な時に! だけど有紗のことをほっとく訳にもいかず、何度も電話をした。でも有紗は、誠ちゃんも好き勝手やってるじゃん、人のこととやかく言えんのって、ふざけた口調で返してくるだけ。僕には有紗が何もかもをぐちゃぐちゃにしていっているようにしか見えなかった。なんだよ! 父は僕に夢を捨てろと言うし、そして有紗まで邪魔をするのか! 当時の僕は本気でそう思ってしまった……」



 そこまで言うと、誠司さんはしばらくの間、黙ってしまった。



 ようやく続きを話す決心が出来たのだろう。

 大きく目を見開いた。彼の唇は、震えているようにも見えた。


「……すべて違ったのです……。本当に悪かったのは……本当に自分勝手だったのは……そして、みんなを裏切ったのは……僕……なのです……」


 それはどういうことですか?


「……有紗は演じていたんです……」


 !?


「……僕が中心になってバラバラになった家族を立て直すように、一計を案じていたんです……。家族の心をひとつに戻したら、頑固者の父だってもう病院を継げなんて言わないだろうし、だから自分が敢えて悪役を演じてくれていたんだ……。

 だけど……。

 有紗は……」


 また少しの沈黙。

 誠司さんの瞳は真っ赤だった。


「有紗は交通事故で……。

 知らせを知って急いでかけつけた……。

 でも、すでに有紗は……。

 後に遺品の中から日記が出てきて、彼女の本心を知った……。

 僕の為に……有紗は……。

 有紗の中では、僕は裏切り者のまま……すべてが終わってしまった……」

 


 誠司さんは手で顔を覆った。

 俺は何も言わず、しばらくの間そっとしておいた。



「すいません。こんな暗い話なんかして……」


 俺は首を横に振った。


「誠司さん、あなたは誰も裏切ってなんかいません。ただ、自分の夢を追いかけただけです。それは有紗さんが一番理解している筈です。きっとどこかであなたを応援していると思います」


「……しげるさん。……ありがとうございます……」


 俺はリーズにチラリと視線を送った。

 ほら、すぐそこでガチクラスの応援をしているよ、という気持ちで。




 だが。




 リーズのやつ、どうしちまっただ!?

 真っ青じゃねぇか。

 それにふらふらしている。


 あ、やべぇ。馬から落ちる。

 俺は急いで時空魔法スロータイムをリーズに詠唱。

 このまま素手で触っちまうと俺が死んでしまうから、マントを広げ直接地面への落下を防いだ。


「お、おい、大丈夫か?」

「……あたしは……だれ……?」


 誠司さんは馬車を止めて、こちらに向かっている。


 誰って言われても。

 

 俺は小声で、

「え? 何言ってんだよ? お前さんは、あの人のアレじゃねぇか」

「誠ちゃんの話したこと、まるで覚えていない……。それにあたしは交通事故に遭っていない。あいつと刺し違えて……」


 そういや、確かにおかしい。

 リーズには特記事項がある。

 交通事故なんてのに遭うと、特記事項を書く時間なんてねぇか。


 誠司さんはこちらまでくると、

「リーズ、大丈夫かい? 君も先の戦いで疲れているというのに無理させてごめん。地図によると、ほこらまでもうちょっとみたいだし、今度は僕が手綱を握るよ。リーズは後ろで休んだらいいよ」

 

 さっきまで辛そうな表情だった誠司さんは、まるで何事もなかったかのようにニッコリ笑って馬にまたがると手綱を握った。

 そしてみんなが乗ったことを確認すると、馬車を走らせた。



 リーズは誠司さんの妹ではないのか?

 じゃぁ彼女はいったい誰なんだ?

 

 思いっきり不安を覚えた俺は、

「誠司さん、なんで急に妹さんのことを思い出したんです?」と訊ねた。


「実は今回助けたリリさん、有紗にそっくりだったんです。初めて学園で見た時、一瞬、本当に有紗が転生したのかと思ってしまったけど、冷静に考えてみたら絶対にありえないことです。だって彼女はこの世界の住人。ふふ、もしかしたらしげるさんの言う通り、有紗はこの世界で生まれ変わって僕をずっと待っていたのかもしれませんね」



 ……本当にそうなのか?

 だったら、リーズはマジで誰なんだよ?

 


 思いのはけを話してスッキリしたのだろうか。

 すっかり表情の明るくなった誠司さんは、軽やかに会話を続ける。


「そろそろ着きますよ。準備の方をお願いします。それにしても、僕が書いたプログラムとそっくりな文章が聖なる呪文って、なかなか面白い偶然もあるもんですよね」


 やっぱり偶然だよね♪


「実はこの聖なる呪文のくだりは、僕が一番思いを込めて作成したアプリケーションのメインソースと一致しているんです。日本、いや、地球上で真似できる者なんていないと自負していたつもりだったんだけど、まさか異世界で聖なる呪文として登場するなんてびっくりですよ」


「そうなんですね。ちなみに、そのアプリでどんなことができるんですか?」


 誠司さんは後ろへ振り返った。

 なんとも自慢げな笑みを浮かべている。


「なんでもできるよ。だって世界で初の感情という概念を持った、自ら成長を続ける人工知能なんだから! 名前はARISA」


「――アリサ!?」


「そう、本当の妹のように大切に育て上げた僕の最高傑作!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ