12 勇者リリの冒険 後編2
「俺は絶対に反対だ!!」
ここは学生寮と呼ばれる収容所の一室。
自称寮長の看守は、完全に夢の中。
錬金術科の授業(強制労働)中、くすねておいた眠り草を、寮の井戸に投げ込んでおいたのです。もちろんクラスのみんなにはあらかじめ、ここの水は飲むなって伝えておいて。
加夜も勇気を奮って、手伝ってくれました。
寮長のいびき声と同時に、クラスメートをこの一室に呼び出して作戦会議はスタートしました。
あたしたちは、これほどまでに虐げられてきたのです。
なのに。
みんな満場一致で一致団結すると思っていたのに、半数以上は暗い顔のまま俯いています。
それだけではありません。
そう、猛烈に反対している人までいるのですから。
「なんてことをしているんだ! 分かっているのか!」
そして最も反対しているのがクラスの男子、弘樹。
勇敢で正義感を感じさせるキリッとした眉とは裏腹に、あたしたちを猛烈に攻め立ててきます。
彼の特記事項には期待していたのですが、まさかの状況に困惑は隠せませんでした。
でも。
あたし張り詰めた空間の中、小さな囁くような声ではありますが、絞り出すように音を喉から押し出しました。
「みんな! こんなことが永久に続いてもいいの? いつまでやつらの奴隷に甘んじているの?」
弘樹は目を尖らせて反発します。
「もし失敗したらどうするつもりだ! 絶対に皆殺しにあうぞ!」
「このまま待っていてもジリ貧じゃない。こんな過酷な状況下、日が過ぎるごとに体力や気力は吸い取られていく……。だけど、今ならまだ戦う力は残っている。だから、やるなら明日しかない! 明日、あの授業で……」
「うるさい! 俺は関係ないからな! お前らだけで勝手にやって死んでくれ! いや……、それじゃぁまずいわなぁ……」
「……なに?」
「よく考えてみたら、非道なあいつらのことだ。お前らが自滅した後、関係のない俺にまでとばっちりを食らっちまう。それはほぼ拷問レベルで。反乱に加担した者たちは皆殺し。周りの連中は拷問のような質問責め。お前ら、どう思う?」
みんなは下をうつむいたまま、何も言い返せなかった。
「だけどひとつだけ、上の作戦がある」
弘樹はあたしを指差した。
「こいつを売る勇気を持つことだ」
その言葉に、あたしは目を丸くしました。
「具体的にいうとな、もしこいつらが反旗を翻そうとなったら、その瞬間に阻止するだよ! そうしたらやつらに恩が売れる! そしたらよ、その勇気が買われ、やつら側にいけるかもしれねぇんだろ?」
空気がざわついた。
「ふっ。なぁに、リリ。怖くなったらやめればいいだけだ。お前が何もしなければ、俺も何もしない。だって何もしてねぇのにチクったところで、信じてもらえるかもわからねぇし、大した恩義を与えることにならねぇからな。どうだ? 諦める気になったか?」
なんてことを言うの!?
だけどあたしには、ひとこと、「……絶対に諦めない……」と返すしかなかった。
「おお、そうか。分かった。おい、お前ら、俺に賛同する者はいるか? 俺についてくると、うまくいけば支配側にいけるかもしれんぞ!」
そう言うとニカリと笑って辺りを見渡した。
すると、何人か小さく手を上げた。
あたしと目が合うと、気まずそうにそっぽを向く。
「今、手を挙げた奴ら、ついてこい。俺達も俺達で作戦会議しようぜ」
そう言うと立ち上がり、部屋を後にした。
最後に振り返りざま、挑発するような笑みを残して。
「あ……あのぉ……」
ひとりの華奢な女子が弱々しく手をあげた。
まさか弘樹についていきたいっていうじゃないの?
あたしは恐る恐る「な、なに?」と彼女の真意を問った。
「私はリリの邪魔をしない。……でも……そっとして欲しい。私なんてほっといて欲しい」
「このままでいいの?」
「良くはない。でも怖いの……。きっと明日、私はびびって何もできない……」
「それでも大丈夫だよ。その場にいるだけでもみんなに勇気を与え……」
あたしの声を遮るように、「ダメなの! 怖いの!」
それはとても強い口調でした。
そう叫ぶと彼女はおもむろに立ち上がり、
「でも安心して。弘樹君のように邪魔だけはしないから……」
そう言い残して部屋を去っていった。
その後を続くように数人が部屋から出ていった。
結局、この部屋に残ったのはあたしを入れて5人だけになってしまった。
加夜を始め、残ったみんなは不安そうな顔をしている。
だけど、こんなあたしを信じて残ってくれたのです。
あたしは目一杯の笑顔を作り、みんなに声をかけた。
「みんなで取り戻そう! あの笑顔でいっぱいの幸せだった日々を」
そう言いながら、みんなで手を取り合った。
その言葉はただの虚勢だったのかもしれない。
みんな、あたしに賛同してくれるものとばかり思っていました。
だけど、よく考えてみたら、これは当然の結果なのかもしれません。
よく分からない素性の子が、何の下準備もなく、突然、勝手に盛り上がっているだけ――そのように映ったに違いありません。
だけどあまりにも悔しかった。
やつらに飲まれることを望む……、虐げられ続けることを選ぶ……
本当にそれでいいの?
とにかくはがゆかった。
だからこそ。
それ以上に、残ってくれたみんなの気持ちがありがたかった。
涙が次から次へとあたしの頬を伝っていく。