11 勇者リリの冒険 後編1
イノダは気怠そうに教壇の上に足を預けたまま、うとうとしている。
「ふぁ~。この仕事どうも刺激がなくていけねぇ。NPC狩りの方が俺の性分には合っている。だけど、勝手に狩るとみんながうるせぇからな……。ふぁ~。退屈だぜ」
今度は立ったり座ったりと、教室内をぶらぶら歩いたりと退屈そうに時間を潰しています。こんなやつらの為に自由を奪われて酷使をされていると、苛立ちが隠せません。
「うがぁー! 暇だぁ! 今ならだれにも見つからず一杯くれぇひっかけられるな……。やるか、俺、うひひ。おい、お前ら、ちょっと出てくるが、サボるんじゃねぇぞ!!」
イノダが教室を出たと同時に、加夜が丸めた紙を渡してくれました。
開いてみてみると、そこには小さな文字でびっしり書かれていました。
その情報には、目を見張るものがありました。
彼女の生い立ちから転生に至る理由、そして特記事項、更に転生後の生活、そしてどうして入学したか、そういった経緯など――それはあたしの想像を遥かに凌駕するものでした。
あたしの仮説は確信へと繋がった瞬間です。
転生者は実在し、その人たちは特記事項という超能力を持っている!
あたしは廊下の外に視線を向けました。
今ならいける!
あたしは教壇まで駆け寄ると、引き出しを空けてファイルを取り出しました。
パラパラと開きます。
思ったとおりだ!
これはイノダが生徒を呼ぶときに、チラチラ見ていたファイルです。
教壇の引き出しに時々置き忘れて、その度にオダに怒られている姿を目にしたので、かなり大切な情報と思っていましたが、その通りでした。
これには生徒情報が記載されており、それは特記事項にまで至っているのです。
更には別のクラスの生徒の情報もあるのです。
みんなから聞き出す手間が省けました。
高まる鼓動を抑えて、とにかく集中します。
とにかく教壇の中をゴソゴソしている姿を見られる訳にはいきません。
まずは特記事項の書かれたこのファイルです。
思わず、持ってきちゃった……
こんなの持っていたら、どんな目に合わされるか想像するのも恐ろしい。
しかしこれは絶対に手にしておきたい情報です。
まさしく切り札。
でも、こんな大量な情報量、とても複写できないし……
とにかくイノダの足音を感じたら、即座に返しにいく。
心の中でそう決めて、それまでは覚えられる限り覚えよう。
矢の生産そっちのけで、とにかく暗記をしていきます。
15人目、16人目……
その時でした。
教室の戸がガラガラ空いたのです。
え?
足音なんてしなかったのに。
とにかくあたしは急いで、自分の机の引き出しにファイルを押し込みました。
教室に入ってきたのは、イノダではありませんでした。
オダが上半身だけ身を乗り出して、キョロキョロと室内を見渡します。
空間移動の魔法を使ったから、まったく気配を感じなかったのでしょうか。
予想外の展開に、あたしは緊張を隠すことで必死でした。
ドカドカと走ってくる音が廊下中に響き渡ります。
このガサツな足音は、イノダ。
「猪田先生。またサボっていましたね!」
「違うんだ、小田先生。漏れそうで、トイレに行っていただけなんだ!」
オダは高いヒールを鳴らしながら、教壇に向かいます。
「どうせ、ファイルを置きっぱなしにしていたんでしょ?」
「え? いや、そのだな」
「あれだけ言ったのに、まったく。あなたには危機管理能力というものが……え?? アレ、ない?」
「へ? ガハハ。良かっ……、いや、なんだ……、俺だって同じミスを何度も繰り返すことなんてしねぇぞ!」
「なら、いいんですけど」
「ガハハハ!」
胸を張ってそういうイノダだったが、少々面食らった顔をしているようにも見えます。
どこ置いたっけと、小さく呟いたのが聞こえました。
「あれ? 猪田先生、お酒飲みましたか? ちょっと臭いますよ?」
「え?? そんなことはないぞ。ガハハハ! きっと汗のにおいだ。早く戻らんといかんから、無茶苦茶走ったんだぜ」
「ふーん。まぁ、そろそろ交代の時間です。生徒さんを考える力を喪失させるくらい熱の入った授業ができたかしら?」
「おうよ。熱血授業でこいつらは失神寸前よ」
「わりと手を抜いていたようにも見えますが……、まぁいいでしょう。さぁ、皆さん! これから楽しい魔法科の授業が始まりますわよ」
オダは手をパンパン鳴らして、みんなの注目を集めます。
クラスメートは、死んだ魚の目でオダを見つめています。今日はいったいどんな卑劣なことをしてくるんだといった感情がこもっているのかもしれません。
「今日はありがたい呪文をたくさん書き写して、難しい呪文の言葉をいっぱい覚えましょう!」
あれか。
一番、感情を抉るヤツだ。
オダは『偉大な呪文書』の書かれた冊子を配っていきます。
「まずはすべてのページにお名前を書きましょう」
書かないと厳しい体罰があるので、みんな渋々名前を記載します。
「今日、学習してもらうのは、魔導士ならみんな憧れる召喚魔法です! しかも二種類もお勉強します。さぁ、偉大な呪文書のページを開いてください」
あたしは『偉大な呪文書』を1ページめくった。
そこには『召喚魔法・初級編』と書かれています。
さらに1ページ開きます。
「まずはこれを300回、書き写しましょう!」
今日の内容は一段と残酷だ。
あまりの酷さに言葉を失います。
〇〇には、あなたのお名前。
□□には、あなたのお友達、もしくは知り合いなど。
さぁ、何人召喚できるかな?
そして文面が続きます。
『やぁ、久しぶり。〇〇だよ。今日は□□にぜひ教えたいことがあるんだ!
〇〇は、今、聖・勇者学園にいるんだけど、すごくいい所だよ。
先生たちはみんな優しいし、スキルはどんどん身についていってるよ。
ぜひ遊びに来て! 〇〇の紹介と言えば、特待生として入学できるよ!
場所は……』
はい、召喚魔法の名のもとの勧誘活動です。
つまり、こいつらは友達や仲間を売れと言っているのです。
逆らったら、見せしめとして体罰が与えられます。
オダはニコニコしながら、話を続けます。
「これの模写が終わったら、次は中級の召喚魔法の学習です。書き写すのに個人差があると思うから先に説明しますね。ページを開いてください」
ページを開いた途端、あたしは愕然としました。
『召喚魔法・中級編』
その言葉の後に、
〇〇には、あなたのお名前。
□□には、あなたのお友達、もしくは知り合いなど(ただし、上記で使用したお名前を使用不可。高齢者が特に効果的です)
『おれおれ(わたしわたし)、大変な事故に巻き込まれて、三日後までに100万rira要求されたんだ。もし払えなかったら、とんでもない目にあわされてしまうんだ。お願い、助けて!』
最後に『さぁ、いくら召喚できるかな?』という言葉で終わっています。
犯罪に加担させられていることは、誰の目にも明らかです。
しかし連日連夜の強制労働で、みんなの思考は完全に止まっているのだと思います。
瞳は暗い絶望の色に染まっています。
みんなはペンを取って、お手本を模写していきます。
逆らうと何をされるか分からないから、仕方がなかったのだと思います。
しかしあたしは、適当に模写しているフリをしながら、作戦を練り上げることにだけ集中しました。
この学園から絶対に脱出するんだ!
そのためには……
これは、成功確率が低すぎる。
あれは……
そうじゃない。
あたしの視界に、召喚魔法という言葉が入りました。
何が召喚だ! やっていることは誘拐と略奪じゃないか!
あ。
誘拐と略奪……
そうか。そうだった!
……これなら……いけるかも……
あたしがファイルを盗んだことなんてすぐばれてしまうでしょう。
決行はなるべく早い方がいい。
明日……やるか……
これを実行するには、みんなの協力が必要……
誘拐と略奪は、なにもあなた達の専売特許ではないのよ。
あたしは正義のためにそれを試行する。