10 勇者リリの冒険 中編
聖・勇者学園。
武芸百般、魔本全般。
戦士道、騎士道。
錬金術。
サバイバルスキル。
ビジネススキル。
交渉術、会話術。
そのすべてを短期間で極めることができる。
ここは本当にすばらしい学園である。
そう教えられ、この施設に連れてこられました。
ですが、それはすべて真っ赤な嘘でした。
ここは教育施設の仮面をかぶった、強制収容所だったのです。
更に運命の悪戯ともいえる悲劇が、ここにはあったのです。
初日にして、すぐに悪の巣窟ということが理解できました。
ピッツ村を支配した三人組が、講師として教壇に立っているですから。
錬金術科のサイトウ。
戦士科のイノダ。
魔法科のオダ。
あたしがやつらの姿を見た瞬間、全身を稲妻のような鋭い衝撃が貫き、背中に嫌な汗をいっぱい感じたのは言うまでもありません。
不幸中の幸いと言えば、どうもヤツらはあたしがピッツ村出身者ということに気付いていないという点くらいでしょうか。
あの村ではいつも泥まみれススまみれで働いていましたから、特定できなかったのでしょう。それにヤツらからしたら、あたしはただの一奴隷に過ぎなかったのでしょうし。
あたしをこの学園に誘い込んだ、オオイタ理事長……
今思えば、ピッツ村でのヤツらの会話に時折出て来た――リジチョウ。
もっと注意深く確認していれば……
またしても、ヤツらに支配される日々が舞い戻ってくるなんて……
……後悔の念が胸を突き刺します。
しかし悔やんでいる時間なんてないのです。
村のみんな為にも、打つ手を見出さないといけません。
この学園に来て1週間が経とうとしております。
あたしたち生徒は、学生寮と呼ばれる牢獄で朝を迎えます。
朝4時になると、大きなベルで叩き起こされます。
寝たのは12時過ぎだったのに……と重たい目をこすりながら、辺りを見渡します。
5歩程度で部屋の端まで行ける狭い石畳の檻に、10人くらいずつぎゅうぎゅうに収容されています。
体を伸ばすことすらままならないので、あたしは三角座りをしたまま眠っています。
「……もう朝……辛い……帰りたい……」
クラスメートの女の子が、ふと愚痴をこぼしました。
やばいです。
ここを批判するような言葉を発すると看守が飛んでくるシステムになっているのですから。
ほら、顔中髭もじゃで鬼のような形相をした大男がやってきたではありませんか。
「おらーー! クソガキ! さっき辛いと言ったのは誰だ!!」
みんなビクッと震えて、大男から視線を逸らせます。
咄嗟にあたしは、
「辛いなんて言っていませんよ。えーと、『つ』ではなくて、『す』ですよ。す……らい……む? と言ったんですよ」
「は? スライムがどーした? てか、帰りたいとも言ったよな?」
えーと……
あ、これで誤魔化すか。
あたしは堂々と胸を張り、
「それは聞き間違いですよ。帰りたいなんて言っていませんよ。倒したいと言ったんですよ。ここで猛勉強したので、どれくらい強くなったのか、試しにスライム、倒したいって」
うう、ちょっと無理があったか……
大男は難しい顔をしたまま、あたしの顔を覗き込んできます。
「ふーん。まぁえーわ。おまえら、いいか! 今日もしっかり授業を頑張って、たくさん量産するんだぞ!」
「はーい」
自称寮長と名乗るどうみても看守のようなおじさんは、他の牢屋の方へドスドス歩いていき、そして別の部屋でも怒声で威張り散らしています。
「おら、起きろ! クソガキ共!!」
寮長が消えた部屋では。
「あ、あの……。助けてくれて、ありがとう……」
さっきの女の子が頭をさげてきました。
「気にしないで。それより諦めてダメだよ」
「で、でも……」
他のみんなも死んだ目をしています。
気持ちは分かります。
すごい学園と思って胸を躍らせて入学したというのに、まさかこんな地獄が待っているなんて。
あたしはカカとその家族と協力して、村からの脱出に成功しました。
諦めない以上、チャンスはやってくると信じています。
急いで制服に着替えると、教室へ向かいます。
一時限目は、戦士科。
一番乱暴な講師、イノダの授業です。
遅刻したら鉄拳制裁があるので、みんな必死に走っていきます。
教室の前では、イノダが懐中時計に視線を落として、カウントダウンをしています。
「6、5、4、3……」
なんかとみんなギリギリセーフ。
息も絶え絶えに、席に着きます。
イノダは黒板をバンと大きく叩いて、威喝してきます。
「お前ら、もっと余裕を持って行動できんのか!」
そもそも4時起きで、4時半から授業開始なんて無理があります。
12時過ぎまで酷使されるから、みんなギリギリまで寝たいのです。
「まぁいい。今日はお前らに弓矢の量産を行って貰う。ラバン帝国とエルラード王国が戦争をおっぱじめているから、その両国に売りさばけばボロ儲けできるんだぜ。どっちのバッグにも組織の連中がついててな、無駄に戦争を長く引き延ばそうって作戦だから、おもしれぇように稼げるんだぜ。オルドヌングスピア様様だ!」
魔法科のオダがノックして入ってきた。
「猪田先生。また内部情報を暴露して……。理事長が聞いたらなんておっしゃるやら」
「おっと、これは失敬。内緒にしてくれや」
「まぁ、面倒は嫌いですから言いませんけど、軽率な言動だけは慎んでくださいね」
「お、おう。まぁ、こいつらに知られたところで、何ができるってんだ?」
「まぁ、そうなんですけどね……。午後から魔法科なので思考回路がぶっ飛ぶくらいハードな授業をお願いしますね」
「あいよ」
戦士科という名の本日の強制労働は、弓矢の量産。
私語が許されないから、情報交換がやりづらい。
当初はそう思っていたが、イノダは軽率な行動が多いのです。
時々あくびをしながら、退屈そうに窓の外を見たり、たまにニュースペーパーを広げ教壇に足をドカンと預けてはあたし達の監視そっちのけで読みふけったりしています。
サイトウとオダには、そういった隙はほとんどありません。
夜中には寮長が目を光らせています。
行動を起こすには、イノダの授業しかない。
この授業――もとい、矢の製造は午前中ずっと続行されます。
つまり、何か行動を起こすなら今が好機。
あたしはイノダの目を盗みながら、ノートと鉛筆を取り出した。
こういった授業に必要なアイテムは、入学時に強制的に買わされました。
お金がない子は、卒業後、仕事をしながら返金するという紙にサインをさせられました。
スキルが身に着いたらすぐに返せるよ、という甘い言葉に騙されて、誰一人疑うことなくサインしたのだと思います。
そもそも、卒業のシステムがあるのか、今となっては疑問ですが。
購入させられたノートには、授業の内容……いえ、本日のノルマを記載させられております。
必達目標
矢……300本。
できなかったら、放課後、居残りで作成せよ。
どうせみんな目標にいかず、それで日が変わるまで居残りさせられます。
それでも終わる子はほとんどおらず、目標は翌日に繰り越されるのです。
まったくもって酷い極悪システムです。
目標を確認しながら、矢の数を記載しているように見せかけて、数枚のページを破ってこっそり机に入れました。
もしイノダの名前をここに記載したら息の根を止められるのでしたら、もうとっくに作った矢の数以上書きなぐっていたことでしょう。
そんな夢みたいなことを考えても仕方ないので、あたしはここで知りえた情報をまとめてみることにしました。
以前オオイタ理事長が言っていた言葉に、『特記事項で失敗した』というキーフレーズが頭から離れません。
――つまりこの学園は『特記事項』で失敗した子を集めている……
「あ!」
思わず漏れた声を、両手でふさぎました。
「なんだ? 生徒128号?」
「い、いえ。矢を落としちゃいまして」
机の死角を利用して見えないようにこっそり矢を床に置きました。
「拾っていいですか?」
「あぁ。てか、うーーーん? キサマ、どっかで見たような……」
「え? そうですか? あたし、どこにでもいそうな平凡な顔つきですし」
「うーん……。ま、思い出せんし、どーでもいっか。おら、早く拾って続きをやれ!」
「あ、はい」
ドキドキしました。
ですが、さっきの言動で、ヤツらが最初に発声した言葉――悪夢の始まりを――ぼんやりと思い出しかけていたキーフレーズを――今、ハッキリと思い出しました。
『我らは転生者。お前らNPCなんぞ簡単にひねり殺す能力を持っている。これよりこの村を支配する。逆らえば両腕を落とす。逃げれば斬り殺す!』
簡単にひねり殺す能力――それは強力な魔法か何かと勝手に思い込んでいました。
だけど、おそらくそれは違う。
もしそうなら、転生者とわざわざ釘を指す必要なんてないから。
この学園は『特記事項』で失敗した子を集めている。
『特記事項』には、失敗と成功がある。
転生者は『特記事項』を持っている。
つまり支配側の転生者=成功した特記事項を持っている。
支配されている側の転生者=失敗した特記事項を持っている。
このような仮説が成り立たないだろうか……
イノダは大あくびをして席を立った。
「喉が渇いたわ。おい、キサマら、俺はちょっと茶を飲んで一服してくるからさぼるなよ! さぼったことが分かったら容赦しねぇからな」
そう言うとイノダは教室を出ていった。
さぼったことを悟られると何をされるか分からないので、みんなは黙々と仕事を続けています。
そんな中、隣の席の女の子があたしの方をチラリと見て、弱々しく口を開きました。
「……私、もう……、ダメかも……」
彼女の指先は、痙攣をしています。
あたしは教室の窓から外へ視線を向けました。
今なら誰もいない。
あたしは彼女の震える指を両手で優しく包みました。
「諦めちゃダメ」
「……凄いな。こんなことになっているのに、あなたはどうしてそんなに前向きなの?」
「あたしだけじゃないから……。あたしには絶対に救わないといけない人がいるから……だからこんなところで屈するわけにはいかないの」
「……自分だって大変なのに、自分以外の誰かを……救う……か……」
「あたしはリリ。あなたは?」
「私は加夜……」
初めてクラスの子とこんなに話せた。
監視の目がきついから、情報交換すら難しかった。
クラスメートなのに、みんなのことを何も知らない。
「加夜は、転生者?」
一瞬、目を丸くした加夜だったが、弱々しく頷きました。
あたしの鼓動は熱く高鳴りました。
仮説通りの回答が聞けたのですから。
「……特記事項で失敗したの?」
「……うん、ここにいるみんなもそうだと思うよ。特記事項で失敗した人を助けてあげるっていう嘘をついて生徒を集めているから」
あたし以外、転生者?
そして失敗しているとはいえ、『特記事項』と呼ばれる特殊スキルを宿している……ということなの?
「ちなみに加夜の特記事項って何? 失敗ってどういうこと?」
「え?」
廊下に人影を感じた。
さっと廊下に視線を送る。
やばい、ヤツが帰ってきた。
「あたしを信じて! あなたの知っていることを教えて。特記事項とか。そこに活路があるような気がしているの!」
「教えるって、あ、あ」
やつが戸に手を掛けた。そして戸はおもむろに開こうとしている。
あたしは破っておいたノートの紙切れを加夜の机に押し込んだ。
意図は伝わっただろうか。
とにかくあたしを信じてという気持ちで、力強く頷いてみてせた。
これはまだ仮説に過ぎません。
ですがみんなの能力を合わせることで、何かが生まれるような気がしたのです。
だからこそヤツらはそれを恐れ、思考停止になるまで極限に追い込んで、私語等もさせないようにして情報共有を避けていた……これは考え過ぎかもしれない。
だけど、何もしないと何も生まれない。
微かなる光明――それは今のあたしにとっては試すに十分過ぎるくらいの価値があった。