7 カチコミ2
「しげる、お前は金が大好きなんだってな。ナカーマ!」
そう言いながら熱血体育教師風おっさんこと猪田聖騎士科講師が、俺の首に手を回して肩をバンバン叩いてきた。
彼は戻ってきたや否や、こんな感じで馴れ馴れしく自己紹介してくれた。
最初はまじめに冒険者をしていたが冒険でリスクを冒すより、教壇に立った方が安全と踏んでこの道を選んだそうだ。
ちなみに聖騎士科を教えているとのことだが、実戦経験は冒険者時代に斧と槍をちょこちょこ振り回すくらいしかしていないとのこと。
レベルもたいしたことないようで、見た目がいかついから生徒達にはかなり強いと勘違いされていると、本人は大笑いしながら語っている。
「それにしてもしげるよぉ! 良い職場見つけたな。ここは滅茶苦茶稼げるぜ! やりたい放題だ! 俺も悪ぃがキサマもかなりの強面の悪役面しているから、勝手に恐れられてやりたい放題よ! ぐはははは!」
もう、こいつ、悪役認定でOKかな?
「ただしな……、まぁ、これから教えてやるから、ちゃんと覚えろよな」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
俺は猪田に連れられて、校舎内へと進んでいった。
カサコソ……
カサコソ……
なんて下手くそな尾行なんだ。
思わず俺は振り返る。
「なんかおるんか?」と猪田も後ろを見た。
サササササ……
「どうした? なんもおらんが? あ!」
やばい。
猪田が誠司さ……アルディーン達の隠れている柱へ向かって歩き出した。
『戦士君、奴をここで退場させてOK?』『戦士さん、退場でOKですか?』
ノォーーーー!!!
折角、敵自らの口からその手口を聞き出そうとしているのに。
そうこうしているうちに、猪田は一歩、また一歩とアルディーンに近づいて行く。
『やるか?』『はい、いつでも』
だめー!!
猪田は柱の前でぴたりと足を止め、そしておもむろに叫ぶ。
「見ぃーつけた!! 何してんの、こんなところで?」
やばいぞ、アルディーン!
そしてアルディーン……そ、それは、必殺奥義レッドカッターの構え!?
マジでやる気か!?
こうなったら仕方ない! 一旦、アルディーン達を異空間に退場させるしかない。
――異空間魔法アナザー……
突然、猪田はしゃがみこんだ。
「どうしたの? 愛しの10riraちゃん! 迷子になっちゃったのかな? 寂しかっただろ?」
そう言うと床に落ちていた10riraを大切そうに拾うと、ふぅとついている埃を息で払い、こちらに投げて来た。思わず俺はそのコインを受け取る。――と、同時に手のひらで消滅した。
「しげる。やるよ。ささっと、しまっときな」
「あ、はい。もう片付けました」この世から
「ククク。キサマ、相当の金好きのようだな。あんな隅っこに落ちているコインに気付くなんて。この学園では、気付きの能力は高く評価されるぜ。どの生徒が、いくら金を持っているとか、いくらまで勇者試験に金をつぎ込めるとか、開運勇者グッズをいくらまで購入可能か、そういうのを察知することこそ、我々講師に求められている重要なスキルだからな。俺の方から学園長にプッシュしとくわ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ん?
いくらまで勇者試験に金をつぎ込める??
開運勇者グッズをいくらまで購入可能??
何を言ってんだ? この人??
まぁ、アルディーン達に気付いた訳ではなくてよかった。
そうして俺は学園長室へと通された。
カサコソ……カサコソ……
サササササ……
廊下からなんか聞こえてくるが、一切無視だ。
学園長室には、昼間公園で会った大板理事長と、スマートでシャープの眼鏡が似合う女性講師らしき姿があった。
「やぁ。しげる君。明日からでも良かったのに、今日から来てくれるなんて嬉しいよ!」
そういうと俺に握手を求めてきた。
怪しまれないように、俺はにこやかにその手を握った。
おや?
何か感じるぞ。
俺の耳元で『これは私からの気持ちだ。気持ちよく受け取ってくれ』と囁いた。
手のひらをみた。
何もない。
「ふふふ。手の中で丸めておいた1000rira紙幣を一瞬で仕舞込むなんて、想像を超えるくらいの……コホン、コホン。とにかく私は君のことが好きなったよ」
そりゃ、どーも。
1000rira……10万円か。そんな大金、簡単にドブに捨てやがって。
「おっと、しげる君に紹介するよ。こちらは魔法科の小田凜君だ」
「小田です。よろしく」
ショートヘアを軽く揺らして俺に会釈をした。
なんか聞こえてくる。
『あの人、みんな見捨てろって言った試験管です……』『何! 奴がそうか! 許せん! 今こそ制裁の時だ!』
いや、今じゃないです!
俺は廊下側の窓へと視線を流す。
そして目で訴える。
――そことそこぉー! ちょっと、静かに!
ひょいひょいと、黒い影は下へと消えた。
「なにか廊下にいますか?」と小田は首を傾げて俺に尋ねた。
「いえ、美人に直視されたので、思わず視線を……」と、ごまかすしかねぇじゃないか。
「ふふふ、お上手ね。でもあんまり視線をキョロキョロさせると舐められちゃうから、生徒ちゃんの前では堂々としていてね」
「あ、はい」
「そうそう。普通にしているだけで、あなたは貫禄がありましてよ」
そこまで言うと、視線を腕時計に落とした。
「そろそろ授業が始まります。もしよろしければ、あたくしの授業、見学されますか?」
「ありがとうございます。光栄です」
小田は廊下へと出ると、コツリコツリとハイヒールを高く鳴らしながら、教室を目指した。
俺も小田の後をついて歩く。
これでこいつらが裏で何をやっているのか、堂々と視察できるぜ。
カサコソ……カサコソ……
サササササ……
下手くそな尾行を続けながら、なんか小声で昼間起きた屈辱とか話しているが、とにかく今は無視だ。