2 異次元アイテムボックス
急いで装備を整えると、ヴィスブリッジの正面門へ向かった。
すでにそこには2頭立ての馬車が用意されていた。
旅に必要な食料等と思われる荷も十分に積み込まれているようだ。
馬の前には甲斐さんの姿がある。この迅速な段取りは彼か。
最初は大丈夫かこのおっさんでと思っていたが、その言葉は撤回だな。
すぐに誠司さんとリーズがやってきた。
俺達は馬車に乗り込む。
うん?
お嬢様が来ないぞ……
レディだから多少はかかるのは分かるが、
まさか念入りにメイクとかしてるんじゃねぇだろうな?
いや。
そっちじぇねぇ。
おやつやらゲームやら大量の札束なんかをボストンバックに詰めている……。きっと、そうだ。俺の直感はそう言っている。
待つこと、更に30分……
誠司さんは熱血直情型だけに、待つことが苦手なのだろう。
見た感じは腕を組んで目を閉じ、まるで平然を装っているが、俺には分かる。
まぁーまぁーイライラしているよ。
なんつーか、あれだ。
的外れな営業マンとの商談――
営業マンは自分の言いたいことだけしか言わず、こっちのメリットはちっとも言わないし、質問しても的外れな回答ばかり。話はまったくかみ合わず、時間だけが無駄に過ぎていく。
さぁ、そろそろ「おまえ、帰れっ!」砲が発射される数秒前って感じだ。
「あ、ちょっと俺、急ぐように言ってきます」
馬車を降りて、お嬢様の部屋へ向かった。
広大な元カジノを改装しただけあって、かなりの部屋数がある。
それもあってか、役員や大きな仕事をしている者にはそれぞれ個室が与えられる。
ハードスケジュールなメンバーたちが少しでも快適に仕事ができるように、ヴィスブリッジは予算を立ててくれているのだ。
そこでは休憩したり、仮眠を取ったり研究をしたりと様々な用途で使える。
お嬢様の部屋は……たしか……
地下最下層の闘技場のステージ裏方。
かつて梶田が合成獣たちに、命令を出していた指令室。
あんた、よりによってなんでこんな所を選んだ!?
元々最初は職業訓練用のスペースとして考えていたのだが、みんな気持ち悪がって結局空いたままだった。それを有効活用できたから良かったといえば、良かったのだが。
まぁー好奇心旺盛なお嬢様らしい……か。
指令室の前まで行くと、ノックした。
「聖華さん。大丈夫ですか?」
返事はない。
俺のサーチスキルには、この中にレベル78の魔法使いがゴソゴソしていると出ている。
まぁー、それがお嬢様だが。
HP、MPとも全開、ステータス状況異常なし、バッチリ生命活動をしているようだ。
いきなり開けて着替え中だったら大変だ。
もう一回、ノックしてみる。
「聖華さん、聖華さん?」
「あ、しげるさん。丁度良かった」と、戸が開き、顔をのぞかせる。
黒い魔導衣に着替えており、首には黒猫のネックレス。足元には杖。
お嬢様が所持している最強装備をバッチリ身に付けている。
「みんな待っていますよ」
「……あ、ごめんなさい。準備が終わらなくて……」とお嬢様は涙目。
えーと。
「今回はちょっと遠い北西の国まで行くんですよね? だから万全の準備をしておかないといけないと思い……」
あーあ。
ビンゴだった。
ボストンバッグにカードゲームやら、ボードゲームやら、おやつ、デザート、更には謎のガラクタ、失敬、お嬢様自作の人生ゲームまでをめちゃくちゃに詰め込もうとしている。
それに視線を向けると、「……入らないんです」と、涙をぽつり。
俺は頭をゴリゴリかいた。
「そういえば、聖華さん。時空魔法を覚えていましたね?」
「あ、はい」
そうなのだ。
お嬢様はレベル78の魔法使い。
このパーティでは、あ、表バージョンの方ね、こんだけレベルがあれば、もはやぶっちぎりの最強魔導士ってことになっている。
覚醒後は回復まで使える。それもチートクラスの。
言うなれば、もはや賢者クラスなのだ。
「異空間魔法アナザーゲイブっての、覚えているんじゃないのかな?」
「あります。なんか黒い渦がでてグルグル回りだすやつですよね。あんまりも不気味だったので、それ以来は使っていませんが」
「あ、それ、異空間式個人ロッカーなんよ」
「えーと?」
「詠唱してごらん」
「え? え?」
「大丈夫。あれ、無害。超安全」
お嬢様は恐る恐る杖を手に取り、その先を前に向ける。
「異空間魔法アナザーゲイブだー」
だー、は余計と思いつつも、黒い渦が現れる。
「この中に邪魔な荷物は全部入れておくといいよ」
「あのー。この魔法が使える他の魔法使いさんに取られませんか?」
「異空間は広大だ。見つける方が大変だ」
それに金目なんてまったくねぇし、異空間に落っこちている食材なんてそんなあぶねぇもん誰が取るってんだ?
だけど悩んでいるようだったから、
「心配だったら霧が濃いところを見つけてぶっこんでおけば、まぁ、見つけられないだろう」と付け加えた。
「あと、どっからでも取り出せるよ。注意点としては、ちゃんと異空間の座標をメモっておくように。もし忘れたら探すのが至難の業になってしまうからね」
「あ、はい。えーと」と、お嬢様は異空間に首だけ突っ込んで、キョロキョロしてみた。
「あ、いいとこ発見!」
嬢様は、ゲームやらおやつやらを、時空の狭間にぽいぽい放り込んでいった。
すべて投げ込むと、ニッコリこっちへ向いた。
どうやらお嬢様はご満足されたようだ。
「ありがとうございます。でもどうしてしげるさんは、戦士系なのに魔法の事も詳しいですか?」
ギクッ。
「あ、えーと、あーと、うーと、あのですね……。あ、そうそう、俺は常日頃から新・必殺技を考えていたんです!」
「なんですか? それは」と、なんか目をキラキラ。
「ガチ魔法剣」
「!?」
「聖華さん、魔法が得意ですよね」
「はい! 魔法は得意です!」
「俺は魔法が使えませんが、ファイター系なので、剣技はある程度、使えます」
「そうですね。あと元弓道部だから、弓もお得意ですよね?」
まだ、それ、覚えているの?
「だから聖華さんの魔法を、俺の剣に付加してもらえたら、俺の弱点も補え、なおかつ必殺技にもなるかなって思って……。だから魔法についてもこっそり勉強していたんですよ!」と、強引に押し切ろうとした。
「え! え! ちょっとなんですか!! 私、知っていますよ、それ。連携コンボって言うんですよね? ちょっと、それ、すごいですよ! なんでそんな大切なことを隠していたんですか!? まず主題歌を作るところ始めないといけませんね」
主題歌だと!?
なぜ主題歌と思うだろうけど、実はこれにはどーでもいいような深い訳があるんです。
先日あった、嫌な思い出が脳裏を過る。
「聖華さん。今はそのようなことをしている時ではありません。誠司さん達が待っていますから、急ぎましょう!」
「あ、はい!」