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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
閑話1(ヴァレリア公国での日常)
38/78

5 天使の笑顔4

 ――ここが社長室……。


 思わずゴクリと唾を飲み込んでしまいました。

 ここがオフィスとは、とても思えない作りだからです。

 どう見ても魔界へ通ずる扉……。


 工場の地下30階。

 そこまでの道のりも、まるで地下迷宮の最下層のようでした。

 


 社長室と書かれた扉には、不気味な文様が描かれています。そんなおどろおどろしい扉を前にして、鬼軍曹とまで呼ばれているさすがの工場長もごくりと喉を鳴らしました。

 

 

 そこで、あの人と出くわしました。


 

「あ、しげるさん。どうしてこんなところに?」


「契約のことで、社長とお話がありましてね。もしかして優さんも社長に何か話があるのですね? 俺の方は長くなりそうなので、お先にどうぞ」



 そう言うと廊下に設置されているベンチに腰掛けました。

 体重があるので、ベンチがグググと傾きます。

 今更、凶悪なおじさんなんてどうでもいいです。

 私には、別次元の課題があるのですから。



 工場長は、雄二さんと私を見ると、コクッと頷き、ドアをノックしました。


「誰だ?」

「早間です」


「そうか。入れ」




 ――これが社長……。




 社長――それはまるで魔獣トロールのようなどっしりとした巨漢でした。

 ソファーに深く座っており、右手にはワイン。その指には大粒のダイヤの指輪が嵌められています。バニーガールの恰好をしたモデル体型の女性が、社長の左右に座っており、箸でハムをつまんで食べさせています。

 

「あーん。おいちぃ。ククク、工場長よ。キサマの働きはなかなかだな。業績は鰻登り。キサマのおかげで、わしは更に贅沢ができるわ。褒めてやる」


「ありがとうございます。社長、この度はそのことで、お願いに参りました」

「なんだ? 言ってみろ」


「はっ! 社員たちの待遇を、もう少し改善して頂けないでしょうか?」

「なんだと! キサマ、今、なんて言った!」


「当然の権利を申し上げているだけです。業績が上がったのは、すべて社員のおかげなのですから。その社員は、今、苦しんでいるのです」


 社長は握力だけでグラスをバリンと粉砕しました。


「とっても偉ぇ~わしが、わざわざゴミのように小汚い社畜共に労働と小銭を提供してやっているのだ。それなのに、なんだ? 待遇改善だと? なんて贅沢な輩共だ。ガタガタ言う奴などゴミだ。嫌なら辞めればいいだけじゃねぇか……」


「……それができないから、苦しんでいるのです……。俺たちは辞めたくとも辞められない……。そうしたのは、あなた……」



 そう言えば、以前、雄二さんも言っていました。

 


 ――辞めたくても辞められないと。



 辞表を出そうとしたら、どういう訳か激しい動悸に襲われて、呼吸困難に陥るそうです。

 

 あの時は、社長があまりにも恐ろしいから、極度の恐怖によって起きる現象ということで納得していましたが、もしかしたら別の理由があるのかもしれません。

 

 

「ククク。そういや、わしにはそんな特記事項もあったな。

 ――わしの手下になったら死ぬまで服従しなくてはならない。下僕はすべてわしの意のままよ! ってのがな。

 ククク。だったら簡単じゃねぇか。ここが嫌なら死ねばいい。社畜ゴミどもに伝えよ。キサマらの選択肢は二つ。死ぬか永久奴隷しかねぇってな。ガハハハ!」



「……あなたの特記事項を知らずここに来た者は、問答無用で奴隷になってしまう。その現象が特記事項である以上、あらがうことすら許されない。……でも、俺達にだって夢は必要なのです。俺たちは、あなたに逆らうつもりなどありません。みんなが一丸となり、共に夢を追いかけませんか! 共に汗を流し、共に成長し、共に喜びを分かち合い、そして……」



「何を眠たいことを言っている。わしは奴隷共を使ってぼろ儲けしてぇだけだ! キサマらは、わしの手駒よ。わしの為に死ね。それが最大の喜びと知れ。それがお前らに与えられた使命よ。クククク。アハハハハ!!」


「……それでもあなたは人間か!」


「あぁん? わしは人間の方だ。そしてお前らは人間以下の使い捨て型の奴隷よ。つまり、ゴミよ。ゴミに人権などない! ゴミってのは最後に燃やすだろ? だからお前らも最後は燃やされて終わっちまうんだ。 ぎゃははは!!! ああぁ? なんだ、そこのクソガキ。キサマ、何を笑ってやがる!」



 社長の視線は私に向けられていました。



「……あはは。あはははは」



 恐怖でどうにかなってしまいそうです。

 でも、私の中で感じている何かが、この笑いを止めようとはしません。

 

 

 ――そう、私には怒りという感情が生まれている。それは全身を駆け巡り、この小さな体を熱くしていく。

 

 

 でも……。

 私を縛る特記事項が、アホの子のようにヘラヘラとさせるのです。

 

 

 工場長は私の肩に手を置きました。


「優、お前もおかしいよな。おかしくて仕方ないよな!」



 ――え?



 社長も工場長の言葉に反応します。


「何がだ!?」


「俺達はゴミ。あんたは人間。……そうやって人を道具以下に貶めるなんて、もしかしてあんた、神にでもなったつもりなのか?」


「そうだな。わしは神よ」


「あんたは神になる器なんて毛ほどもねぇ。だから優は笑っているんだよ。あはは、あんた、頭、おかしんじゃないんってな」


「……なんだと……」


 だ、駄目だよ。工場長……。これ以上、挑発すると……。


「あの野郎は変わる気など毛頭ないようだ。こうなった以上、俺が刺し違えても奴を倒す」


「む、無茶だよ……」


「ふ、俺にだって特記事項はある。

それは『――俺は鬼だ。仕事の為にだったら鬼に徹する。最高傑作を生み出すことこそ、俺の喜び。だからそれを壊そうとする外道だけは絶対に許さない』ってやつがな。あの野郎は俺の最高傑作を破壊しようとしている。お前らという最高の仲間をな! だから奴だけは許さねぇ」



 工場長の全身は真っ赤に輝き出しました。

 額からは二本の角が生え、髪は逆立ちます。


 いつの間にか左右3本ずつの腕が現れ、「毘沙門ブレード」という掛け声と共に、その手の中には美しい文様が掘られた刀が握られています。

 その姿はまさしく阿修羅。

 上着をマントのようになびかせ、そして6本の剣先を社長に向けて構えます。


「優。雄二。逃げろ。奴が死んだら、この呪縛が解ける……。だから俺が命に代えても奴を倒す!」


「俺を倒すだぁ? 何、寝言いってやがるんだ?」


「クッ。どうしたというのだ、体が動かない……」



 何が起きているの!?

 工場長はガタッと片膝を崩し、6本の刀を落としました。


 雄二さんも同様に、まるで見えないロープで縛られているかのように身動きひとつ取れず固まっています。



 社長は大笑いをしている。



「だははは! キサマ! わしの特記事項を忘れたわけではあるまいな。キサマがどんなにすげぇ特記事項こころを持っていても、わしの下僕である以上、逆らうことなどできないんだよ! 死して償え!」



 悔しい。



「なんだ、その目は!?」



 分からないの?

 この目はあんたに対する憎悪。

 玉砕覚悟で体当たりをしてやる!

 私には、とても社長を倒す力などありません。

 だけど、せめてみんなの気持ちをほんのちょっとでもいいから、あの人にぶつけてやりたい。



 私は地を蹴り、鉄砲玉のように飛び出そうとした。




 うう……。どうしたというの!?

 

 

 

 一歩目を踏み出した途端、着地ができずそのまま転倒した。

 地に這いつくばったまま、身動きすらとれない……。

 私もここで働いているから、社長の下僕にされてしまったということなの……?

 


 このような卑劣な奴を前にして、またしても笑うしかできないなんて。

 

「あは……。あはははは」



 次から次へと涙が零れ落ちます。

 社長は大きく手を前に突き出し、エネルギーを集めています。



 その時でした。



「社長。ちょっとだけいいッスか?」



 しげるさん??



「あん?」


「派遣料の催促をしているのですが、未だお支払いがないようですが」


「ククク。金なんて払わねぇよ。優は華奢だから、そろそろ過労死すると見越して、払わなかったのさ。おおよそビンゴだったな。今日、わしに殺されちまうからな。そんでもって、てめぇらに弁済なんぞ一切しねぇぜ! 訴えたければ訴えな! こいつが勝手に歯向かってきたのを正当防衛しただけだから。そんでもって国の役人も上手に誑かして下僕にしてやったから、捕まるのはキサマの方だ! ギャハハ! まさしくわしは神よ! 絶対的な支配者よ! グハハハハハ!」



「そうですか。でしたら派遣契約を、たった今、終了させていただきますが、本当によろしいでしょうか?」


「くどいわ!」


「分かりました。では俺はこれで」




 しげるさんは、契約書をビリビリと破ってドアから出ていきました。

 しげるさんは、それだけを言うためにわざわざ来たのでしょうか?




「ゴミ共よ! 消えてなくなり、死して後悔せよ!」



 社長の手のひらから強烈な魔法弾が放たれました。

 あんなのを浴びたら、ひとたまりもありません。


 私は強く目をつむりました。

 このまま死んじゃうなんて、あまりにも悔しい。

 だけど、どうしようもなかった。あがくことすらできなかった。

 


 どうしたのでしょう。

 痛みがまったくやってこないのです。

 何も感じないまま、一瞬で死んでしまったのでしょうか。

 


 恐る恐る目を開くと、そこにはどう見ても誠司さんのようなお兄さんが立っていたのです。



 社長は目を大きく見開き「誰だ!?」と叫びました。



「悪党に名乗る名などない。だが敢えて名乗るのなら、経営改善の勇者、アルディーン!」




 え? え?



 更にはどう見てもヴィスブリッジで受付けをしていたあのお姉さんまで、背中に翼を生やして宙を舞っているのです。


「太陽の聖女エルカローネ!」


 誠司さ……いえ、アルディーンさんは、私の方に振り返りました。


「優、でしたね。君にもヒーローの血が流れている。だが今日は僕に任せておけ!」


「こしゃくな! だがキサマは後回しだ。まずは気にいらねぇ笑みをニタニタ浮かべて、さっきからわしを小馬鹿にしているそこの小娘からだ!」


 社長は竜巻を呼び出して、私に目掛けて放った。

 それは物凄い勢いで私に向かってきています。

 あんなのを浴びたら、私……



「優さん。立て! そして手を前に出すんだ!」



 この声はしげるさん?

 どこにいるの?



 でも私もこの会社で仕事をしていたから、工場長達のように動けなくなっちゃったよ……



「大丈夫だ。契約はたった今、破棄された。いつでも切れるのが派遣のメリットさ。あんたはもうこことは関係ない」



 あれ、立てる……

 言われるがまま、手を前に出した。

 確かに私は、動けるようです。


 更にです。

 激しく旋回している竜巻を、両手に力を入れただけでかき消すことができたのです。


「優さん! 呪縛が解けているのはあんただけだ! 戦えるのはあんたしかいない! 社長に向かって突っ走れ! そして顔面に思いっきりパンチを叩きこめ!」


「え、アルディーンさんとエルカローネさんは??」


「気にするな。彼らは、ただの目立ちたがり屋の外野だ……。なんつーか、今日の主役はあんたしかいないんだ!」


「……え」

「つべこべいうな! あんたは言い訳をしない人なんだろ!」




 ――え!? どうしてそれを……。




 そうね……。

 ここで立ち上がらなければ、私は私じゃなくなる。



 拳を固めました。

 どういう訳か、拳が真っ赤に輝きすごいパワーがみなぎってきます。

 社長の真正面まで躍り出た。


「ゆ、優? キサマ、力を隠していたのか?」




 隠す?

 そう、私は本当の自分を隠していた……。

 


 いいえ、そうじゃない。

 本当は自分をさらけ出すことが怖かっただけ……。

 前の世界ではいつも暗い顔をしていた。

 ちょっとしたことで、くよくよ嘆いていた。毎日、泣いていた。笑顔でいたいと心から願っていた……。

 


「だから誓ったんだ! もう、暗いなんて言わせない。どんなに辛くても絶対に笑顔を絶やさない。失敗しても絶対に言い訳なんてしない、と。――だから、それを踏みにじる奴はこの私が許さない。もし笑顔を奪う輩が現れたら、私は神となって、そいつらを殲滅する!! 私は微笑みの騎士スマイルナイト、優!」



 スマイルナイト、それは偽計に用いた台詞なんかではない。

 特記事項に綴った、この言葉に眠る本当の意味。



 社長の顔面に拳を叩きつけた。

 たったひとつき。



 社長は木端微塵に砕け散った。

 拳には、感触すら残らなかった……。

 

 

 アルディーンさんが声をかけてきた。


「……しげるさんの読み通り、今回は僕の出番はなかったようだ。さらばだ、スマイルナイト!」


 ヒーローたちが消えた社長室で、しばらくの間、私は呆然と立ちつくしていました。そんな私の肩を、工場長が力強くバンバンと叩いてきたのです。



「ありがとう。優」



 続いて雄二さんも、

「優ちゃん。いつもニコニコしているのに、本当は超強かったんだ! カッコ良かったよ!俺、マジで惚れちゃった」

 といって、鼻の下を指でこすりました。



 *




 それから数日が経ちました。

 悪に魂を売った社長は、もういません。


 かつて工場長だった早間さんが、今では社長としてこの工場を切り盛りしています。

 冒険者たちに安全な旅をしてもらうために、この日も額に汗を浮かべ妥協のない武器や防具を作っています。



 そうそう、ヴィスブリッジとの契約が終了した私を、この工場が正式に採用してくださいました。提示されたお給料は、びっくりするほど良かったです。

 今ではちゃんとお休みもあります。

 


 最初のお休みを頂いた日。私は、ヴィスブリッジのオフィスに行きました。



 長い間、私は勘違いをしていました。

 ここを悪の巣窟と思っていたのですが、ようやく真実を知ることができたのです。

 まさしくここは、奇跡の経営改善コンサルタントまでやっているスーパーオフィスだったのです。

 

 誠司さん達はミラクルヒーローで、いつも私たちのような弱い者を見守ってくれています。でも、これは私の勝手な推測です。だから、今日はそれを確かめに来ました。



 この日もしげるさんは、いつものムスッとした顔でどっしり座っています。

 私はトコトコ歩いて近づくと、彼の前にちょこんと座りました。


「しげるさん。ひとつ聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょうか?」


「しげるさんは魔法が使えますか?」

「えっと?」


「後方支援魔法でパーティの戦闘能力を著しく強化させるものがあると聞いたことがありますが、そういったのが得意なんじゃないんですか?」


「いえ、俺は純正戦士ガチファイターなので――」


 私がパワーアップしたあの出来事は、陰でしげるさんが何かしらの手助けをしてくれたのでは? そう思って尋ねているのですが、どうも的外れな回答しか返ってきません。


 いくら聞いても、まともな返事を頂けないようなので、聞き方を変えてみました。


「ところでしげるさんは、奇跡を信じますか?」


 敢えて奇跡という言葉を使いました。

 何故なら彼は、奇跡という言葉で締めくくってくるような気がしたからです。

 


 だって彼が、私に奇跡を起こしてくれたのですから。

 

 

 だけど、しげるさんは静かに首を横に振りました。



「俺は奇跡の類は信じていません。

 窮地に陥った時、神頼みをしたところで、都合よく棚からぼた餅なんてありえません。

 奇跡ってのは、現実逃避をしたい時に使うとわりと耳触りの良い、ただの単語だと思います。

 神は頑張っていない人に、それほど優しくありませんから」



 あまりにも現実を直視した返事に、あっけにとられてしまいました。



「ただ……」

「ただ、何でしょう?」


「笑顔が人に勇気と力を与えてくれるのは間違いないと思います。だから俺も笑顔の練習から始めてみようかと思っています。優さんのようなハッピースマイルをね」



 その言葉はまるで、私達の工場を救ったのは奇跡なんかじゃない。

 この笑顔だって言ってくれているような気がしました。

 こっそり手助けしてくれたのは、しげるさんだというのに。


 でも、それを問いただしても、きっとこの人は教えてくれないでしょう。


 

 だからニッコリ笑って、言ってあげました。

「笑顔の先生になら、いつでもなってあげるから、ねっ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い話だ〜♪ 冒険者たちに安全な旅をしてもらうために、この日も額に汗を浮かべ妥協のない武器屋防具を作っています。 武器や道具←とすると頭に入りやすいかもでした
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