3 天使の笑顔2
お兄さんは、人材派遣会社の会長さんでした。
社名はヴィスブリッジといい、私のように特記事項で失敗した人に対して色々親切にしてくれるところらしいです。
お兄さんは事務所の中へと、私を案内してくれました。
「しげるさん、聖華さん。彼女の面接をお願いできませんか?」
事務所の奥には綺麗なお姉さんと、まるで魔獣オークのように恐ろしい顔をしたおじさんがいます。
思わず私は「え……」と怯えたような声を出してしまいました。
「大丈夫です。しげるさんは僕が第一に信頼している人です。安心して相談してください。きっと優さんにとって最も適切なアドバイスをしてくれますから」
そう言うと、お兄さんは事務所から出ていきました。
お姉さんは「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」と言ってニッコリ笑っています。
恐る恐る私は、お姉さんと対面して座りました。机の上には登録用紙と書かれた紙があります。それにはレベルやスキル、特記事項を書く欄があります。
「書ける範囲で良いので、まずこちらをご記入ください。それを拝見して、あなたの能力にあったお仕事やライフプランをご提案します」
えーと……
恐ろしい外見をしたオークのおじさんは、私をじっと見ています。
まるで睨んでいるかのような荒んだ目つきで。
頭にはほとんど毛がありません。頭部がテカっています。本当に怖いです。おそらくこの会社の影の支配者なのでしょう。それだけの存在感と威圧感があります。
果たしてこのような恐ろしい人に、私の能力を教えても良いのでしょうか。
それに、そもそも特記事項で失敗した人たちを集めて、ビジネスが成立するのでしょうか?
ようやく私は冷静になれました。
カッコいいお兄さんを呼び水として使い、私のような迷える弱者をこの悪の巣窟へと誘い込み、能力を調べ、うまく利用して悪いことをさせているのではないでしょうか。
そう考えれば、納得がいきます。
……きっとそう。……おそらく間違いありません。
この人たちは悪い人達です。
――どうしよう……。
考えるまでもありません。
私は笑顔を絶やさないと誓って、この世界にやってきたのですから。
前の世界では、いつも苛められていました。
「優は暗い」「お前がいたら、いつも場がしらけるんだよ!」
学校ではそんな酷い罵声を、毎日のように浴びせられてきました。だから第二の人生があれば、いっぱい笑って、活き活きと輝きたいと願っていました。
そんな矢先に見つけたのが、あの奇妙なウェブサイトでした。
第二の人生に進むにはクリックをするように書かれてありました。迷うことなく私はクリックしました。その時の思いを、特記事項に綴りました。
――もう、暗いなんて言わせない。どんなに辛くても絶対に笑顔を絶やさない。失敗しても絶対に言い訳なんてしない。
こんな強烈な縛りを入れた私に、特別な力なんてありません。
そんな私にでも、できること……。それは……。
何もできないかもしれないけど、でも、死ぬ気になったら、なんだってできる。それに既に特記事項で失敗している私は、どうせ近い将来のたれ死ぬ。だったらせめて笑顔を奪おうとしているこの人たちに、一矢報いてやる。
私はヘラヘラ笑いながら、登録用紙の特記事項欄に嘘の情報を書き込みました。
『もし人から笑顔を奪う輩がいたら、私は神となって、そいつらを殲滅する。私は、いかなる手段を使っても笑顔を取り戻すスマイルナイト』と――
お姉さんは、
「……カッコいいです。だから力をセーブするために、いつもニコニコされているのですね」
私はコクリと頷きました。
「そうなのよ。私は危険な能力を持っているから……」
邪悪なオークのおじさんは、怖い顔をしたまま、じっと私を見つめています。目の錯覚でしょうか。一瞬でしたが、おじさんの後ろにスッと人影が見えたような気がします。目をごしごしこすってみましたが、どうやら勘違いのようでした。
おじさんは最後に「なるほど」と言って、少しだけ笑いました。
分かりますよ、あなたの考え。
そのように仕向けたのは私なのですから。
これを書いたことで、おじさんの行動に制限がかかります。優は少々辛くても無理して笑うだろうと読んでくるハズ。だからこの邪悪なおじさんは、必ず私に負荷をかけてくるでしょう。それは笑顔を奪うために。それは私の力を利用して、大いなる悪行を遂行するため……
だからおじさんは、私に卑劣な仕事をさせるつもり。
今、笑ったのは、その筋書きが描けたからでしょ?
さすが極悪よね。
だけど、私には神の力などない。
だから、その時は、あなたと心中してあげる……
大いなる悪行は成就しない。あなたは私と一緒に死ぬの。それが笑顔を奪った報い……
ようやく私にも、目標ができました。
それは、この悪党共を道連れに死ぬこと……