33 人形
爆炎につつまれた異次元空間では、神と神の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
とにかく視界が悪い。
数メートル先が見えねぇ。
遠くで一瞬光ったと思うと、次の瞬間には俺の数ミリ横を貫いていく。
カリナは俺の正確な位置が分かっているのだろう。
完全に狙い打ち状態に晒されている。
顔スレスレを魔弾が走る。
目元を隠していた仮面が闇の奥へ吹き飛ばされる。
「しげる君。王子さまみたいな顔していたんだね。それなのにブサメンを演じて性を封じ込めるなんて、よっぽど女の子が嫌いだったんだ? 何があったのかちょっぴり気になるけど、まぁいっか。カッコいい王子さまはあんま好きじゃないから」
カリナは相変わらず勘違いしたままだが、俺がハッキリと見えていることだけは嫌というくらいよく分かった。
命中精度は極めて高い。
次々に魔弾が撃ち込まれてくる。
こちらも魔法で迎撃したが、簡単にかき消されてしまう。詠唱中の俺の魔法弾にまで、奴の『シューティングアロー』が突き刺さり、手元で破裂する。
腕利きのスナイパーに狙われている――そんな気持ちだ。
「魔法力はかなり弱いようだね。戦士系に育てちゃったのかな? だからちょこまか動いて接近戦に持ち込もうとしているんだろ?
育て方、失敗したね。
だって神クラスが本気で扱える武器なんて存在しないんだよ?
『絶対神』ってことはステータスの平均値が兆以上ってことだろ? その時に気づくべきだったね。だって兆単位の攻撃力に耐えうる武器はこの世界に存在しない。どんな武器だってガラスのように粉々に壊れちゃうんだ」
そうかもしれねぇ。
だからこちとら、己の拳で戦うガチファイターさ。
そしてカリナの言葉に、打開策のヒントがあった。
奴は、ステータス平均値が兆を超えると絶対神になれると言った。
つまりステータスを一時的に落とせば、クラスは下降修正されるってことか。
俺が弱体化すれば、カリナの特記事項――神を見つける目が発動しない。
異空間といえど、微生物や昆虫、こうもりなどは生息している。
もともといたのか、それともこの世界を個人ロッカーにしている魔道士の私物から湧いてでて来たのか。
そいつらに化けてみるか。
俺は後方へ振り返ると、6京の足を活かしデタラメに走った。
「あ、逃げる気? どこへ逃げてもすぐに分かるんだからね」
カリナは追いかけてくるが、完全に撒いた。
そして変身魔法『トランスフォーム』を念じ、コウモリになった。
サーチスキルでカリナの大体の位置は分かっている。
俺を見失ったようで、同じところをクルクル回っている。
「しげる君。どこへ隠れたの? もしかして現実世界に戻ったのかな? それとも……」
カリナは魔力の増幅を始めた。
「何かに変身して隠れているだけ、かな?
策が幼稚なんだよ。あはは、私の言葉でヒントを得たつもりなんだろうけど、敢えてそうやったの。この異空間に一匹のコウモリがわいてでてきたことを私が気づかないとでも思っているの?
さぁ、終わりにしようよ。この異空間もろともぶっ壊してやるから。
ファイナルディスティネーション改――」
俺はこの時を待っていた。
カリナが究極魔法ファイナルディスティネーション改2をぶっ放すのをだ。
奴の狙いは分かっていた。
俺の小賢しい足を封じ込めて、そこを叩くつもりだったってことくらいお見通しさ。
だからあらかじめ『トランスフォーム解除』を念じていた。カリナが詠唱開始したのと同時に、コウモリからしげるに戻る。
ファイナルディスティネーションには致命的な弱点がある。
魔法の詠唱に時間がかかる。そして一度詠唱に入ったらキャンセルができない。だからいちいち『Yes・No』まで問われる。
Yesを選択後、魔力1兆だと、どんなに急いでも30秒のタメが必要だった。
魔力8京だと多く見積もっても8万分の1しか短縮できない。
つまり0.000375秒もかかるってことだ。
それは奴にとって僅かな隙なのかもしれねぇ。
だが、それじゃぁ遅い。
俺の素早さは6京。いや違う。
さらに残り2京と12634185100も素早さに投入していた。
今の俺は、素早さ8京を超えている。
奴目掛けて、一直線に突撃した。
俺には曖昧なサーチスキルしかない。
だが関係ねぇ。
遥か一点に、大きく光る魔法の弾が見える。
そいつは、ファイナルディスティネーションの放出するエネルギー――つまりカリナはあそこにいるってことだ。
詠唱中の今のお前は無防備。
今の俺にとっちゃぁ0.000375秒は長すぎるんだよ。
閃光になった俺は、カリナの胴体を貫いた。
詠唱中のファイナルディスティネーションは破裂。
俺は『アナザーゲイブ』を詠唱して、異空間から撤退。カリナは断末魔すら発しないまま異次元のチリになっただろう。
カリナの最後を見ていないから実のところは分からないが、俺の拳には確かな手ごたえがあった。致命傷を与えたに違いない。
俺もボロボロだ。
立っているのがやっとだった。
*
アルディーン達はあらかた敵を片付けていたので、一足先に姿をくらませることにした。
いつの間にか九頭身のイケメンからハゲた豚に戻っていたからだ。
リアから危険が去ると、元に戻る仕様らしい。
とにかく正体がバレたら面倒だ。
少し歩いたところで、嫌なものを見ちまった。
カリナは生きていたのだ。
着ている服は細切れに破れた半裸状態。
至るところから血を流し、もはや虫の息ってやつだ。
「……しげる……くん……。すごいね。……まったく見えなかった……。私に止めを刺すんだろ?」
覚悟をしたのか、カリナは仰向けになった。
素肌を晒してはいるが、全身血まみれなのだ。
なんとも言えない気持ちだった。
こんな状態の女の子に、とても止めをさすことなんてできない。
「……へぇ。優しいんだね」
カリナはうっすらと瞳を開けて俺をみた。
「良い時のしげる君は、私の大好きなブサメンフェイスなんだ」
「なぁ、カリナ。どうしてリアを狙ったんだ? 何か深い訳でもあるんだろ?」
「別に……。単にリアさんを追いこんだら、逃げるかなと思って……」
追いこんだら逃げる?
そりゃそうだろ?
何が言いたいんだ?
「とことん追いこんだら、前の世界に逃げるかなって思って」
寿命の半分を使えば前の世界に戻ることができる。そういうルールがあったのを思い出した。
「その狙いは?」
「……京子は……白鳥京子は私が殺すの。私が殺す」
「奴は死んだんじゃないのか? リアに刺されて……」
「私がちゃんと殺してあげるの」
言葉が噛み合っていなかった。
カリナはうつろな瞳をしている。
どこか遠くを見つめている目、されどその奥に怒りや復讐を込めた目で何度も同じことを繰り返している。
俺は身に付けていたマントをとると、カリナにかけた。
「……しげる君、ブサ面の時は優しいんだね」
「もう白鳥京子のことは忘れろ。俺もあいつに人生を壊された一人だ。でも、あいつの事は忘れた。それにあいつのおかげで、今、この場所にいる。こうやって仲間ができ、毎日が充実している。良かったらお前も――」
「……京子を殺す」
相変わらず言葉は噛み合わない。
カリナの目の焦点はあっていない。
「……あいつはいつか殺す……。ちゃんと殺してあげるつもりだよ。だってあいつは化け物。殺してあげないと可哀そうじゃん。
あいつが私から笑顔を奪ったから。心を奪ったから。なんもかんも奪ったから。パパもママも、大好きな人も、その人の人生も。京子は私を殺して大好きな人を奪い、彼の人生をもめちゃくちゃにした。私はもう、誰も好きにならないと誓ったんだ」
こいつ、白鳥京子に殺されたと言った。
それはどういう意味なんだ?
生きる気力をなくしたということなのか?
支離滅裂とも思えたカリナの話を、俺は黙って聞いていた。
「あいつにとって全部遊び。
私と張り合う事があいつの生きがい。
あいつは言ったの。
私達は同じでしょ。だから真剣にやり合おうって。
でもそれは無理。
だって私、お人形さんなんだもん。
何もできない人形」
話は行ったり来たり。
「京子が刺された時、心の底からうれしかった。
やっと解放される。
私にできなかったことを誰かがしてくれた。
神が舞い降りたと思った。
緊急治療室で、手を合わせて心の底からお祈りしたの。
地獄へ落ちろと。
だが赤いランプは消え、あいつは一命を取り留めた……
可哀そうに。
化け物は生き返った。
だからとどめを刺してあげようと思った。今なら簡単。そう思った。
でも……
私にはできなかった。
私は殺す術を持ち得ない。
私は人形。京子の人形」
カリナは半身を起こす。
マントが風に流されていく。
素肌を晒した緑目の少女は、なだらかに隆起した胸を隠そうともせず、すがるような目で俺を見つめた。
「――リアさんは殺したつもりだけど、あいつ、まだ生きているんだ。まだあいつは息をしている。空気を吸っている。だから……ちゃんと殺さなきゃ。殺してあげなきゃ可哀そうだよ。だから……げほっ、げほっ」
カリナは、まるで自分が白鳥京子の人形であるかのように話した。
まったく意味が分からない。
幼い少女が見る夢物語を聞いているかのようだ。
ひとつ分かったのは、白鳥京子は生きているという点。
殺してやらんと可哀そうだとか、化け物だとか、そんなこと、実の妹に向かって言うようなことじゃねぇ。
どういう経緯があったのか想像もつかねぇが、壮絶な過去があったに違いねぇ。
カリナは、どうやっても京子に勝てなかった。
だから京子に恨みをもったリアを、再び前の世界に送り返して殺して欲しかったのか……
「もしリアが前の世界に行き、白鳥京子が生きている事を知っても、果たして殺そうとするか?」
「……するよ」
「俺はしないと思う。もうリアは昔のリアではないんだ。彼女は悪を狩る悪女。自らをそう呼ぶ心の強い女性だ。きっと白鳥京子のような小物なんて、もはや相手にしないだろう」
「……小物……。そう、あいつは小物……。一人ぼっちで哀れな小物……」
「もう忘れろ」
俺は最後にそう告げると、マントを拾ってカリナにかけてやり、そのまま山をくだった。
カリナを生かした判断は、間違っていたのだろうか。
それを今の俺に知るすべはない。




