31 悪党共の宴
弱者の血肉をすする悪と、悪と称する者の戦いが、今、始まろうとしている。
海堂元治
レベル:181
タイプ:魔戦士
リア
レベル:67
タイプ:魔道士
レベルだけで計算しても3倍近い敵だ。
それにしたって相性がかなり悪い。
魔道士と戦士の戦いは、少々のレベル差があろうとも先は読めない。なぜなら、互いの長所短所が違い過ぎるからだ。戦士はレベルが高い魔道士だろうが、その俊敏性と剛腕を活かして急所に直撃さえ入れれば勝てる。魔道士も同様のことが言える。相手は魔法防御が低い。間合いを取りながら一撃必殺を狙うことができる。
だが相手は魔戦士。
魔戦士はバランスタイプが多い。
純粋な戦士と比べ、体力と攻撃力は落ちるものの、魔力、魔法防御は比較にならないほど高い。
つまりこの組み合わせ、特記事項が効いているとはいえ、リアが圧倒的不利。
それにリアは努力ができない。
2分弱で顔は土気色に変わり、3分以上、息が続かない。
長期戦に持ち込まれたらアウトだ。
勝負は一瞬だ。
月明かりが差し込む深い森林の奥。湖のほとり。
先ほどまでの虫の声は聞こえない。
闇の空間をつんざくのは鋭い金属音、そして大地を震わす爆音だ。
海堂は一歩、二歩、そして猛烈に加速。リアがいる木に、身の丈を超える大剣を叩きつける。大木は派手に砕け、爆風と共に葉は宙を舞う。
「リア、どこだ!?」
大剣を握りしめる海堂は、空を見上げ叫ぶ。
刹那――
ひとひらの木の葉が地に落ちたと同時に、リアの猛攻が始まる。
海堂の前に躍り出たと思うと、一呼吸に16連打の突きを繰り出す。
海堂は数発浴びるが、もろともせず大剣で応戦。リアに斬撃を叩き込む。リアが真っ二つに割れた。海堂はニヤリと笑うが、俺には分かっていた。
あれは幻影。
次の攻撃をするための撒き餌だ。
海堂が斬ったのは、リアが魔法で生み出したイリュージョンだった。
海堂の背後に現れたリアは、灼熱魔法『ヒートウェイブ』を詠唱。
赤い炎に包まれる魔戦士だったが、さすがに魔法防御は高い。
火だるまになったまま、リアの脳天に大剣を突き落とす。
あぶねぇ。
だが、それも幻影だった。
海堂の背後に現れたリア本体は、ゼロ距離射程から真空魔法『ソニックアライザー』を放つ。
海堂の兜が宙を舞う。
そして奴の額からは、一筋の赤い血が流れている。
リアが使う幻術は、確実に海堂を苦しめている。
紫の霧を作りだし、己の幻影で敵を翻弄、虚をつき死角からダメージを与えていく。
悪を華麗に翻弄する、悪を狩る女。
膝を崩してギィと睨みつけてくる海堂に、リアは容赦しない。すでに1分以上経過しているのだ。リアは上空へ飛び上がり、海堂目がけて両手を突きだし爆裂上級魔法『ハイ・エクスプロージョン』を詠唱する。
あれはバカのように魔法力を消耗する。
つまりフィニッシュってことか。
閃光弾が炸裂。
辺り周辺は派手に吹き飛び、クレーターが生まれた。
リアは地にトンと足をつけると、肩で息をした。
2分以内に敵を仕留めた。
まさに分殺の女だ。
華麗に髪をかきあげて立ち去ろうとした、その時だった。
海堂の体が宙に浮く。
リアはそんなバカなという顔で奴に視線を向ける。
海堂は半透明な球体によって守られていた。
「な、なぜ。ハイ・エクスプロージョンをガードできるシールド魔法を、魔戦士が使える筈ない……」
海堂はあごでクイと、周辺の背の高い木々を指し示す。
そこには無数の人影があった。
その一人がシールド魔法を詠唱したのだろう。きっと奴の仲間。黒装束に黒い甲冑。闇の集団という代名詞が妙に当てはまるいでたちだ。数にして10……いや20人はいるだろう。
海堂は大笑いをする。
「あぶねぇところだった。ありがとよ」
黒装束の一人が答える。
「礼などいい。同業が立て続けに消されたんじゃあ、おちおち商売ができないからな。それに、これはビジネス。取り決め通り、一人あたり、レベル×1000rira(10万円)の報酬を頂く」
「あぁ、分かっている。安い買い物だ。といっても、おたくらレベル100以上あるよな? 1000万円×20人か。2億なんて大金すぐに用意できんが」
「まぁ保険から支払うことだ」
「あぁ、そうさせてもらう」
悪党ギルドみてぇな団体さんか。
やべぇな。
リアの息は完全に上がっている。
顔は真っ青だ。
木々の上から、闇の集団のような剣士や忍者、魔道士がリアに照準を合わせている。
さっきの話によると、奴らは全員レベル100以上。悪党の親玉集団ってことか。
しょうがねぇ。加勢してやるか。
敵集団を再度確認した。
まずい。
嫌な汗を全身に感じる。
悪党共に紛れてあいつまでいるじゃねぇか。
仮面の女。絶対神カリナだ。
海堂の特記事項は神を信じない。
だから海堂とパーティを組めないから安心はしていたが、暇なカリナのことだ。
悪党共のピクニックに紛れてやってきたとでもいうのか?
とにかく時間がねぇ。
ささっと片付けて、リアを安全な異次元にぶっこんでトンズラするしかねぇ。
木の陰から出ようとしたとき、背後に気配を感じた。
「リーズか?」
「いいのですか? あたしは忠告したはずです。これ以上踏み込むと、あなたは本当に呪われてしまいますよ」
そういえばリアにはもう一つ特記事項があった。
それは神をも凌駕すると言っていた。
俺の心を奪うと。
だけどリアは悪党じゃない。
振り返ると、リーズは悪魔っ子に変身していた。
大いなる悪を目にしたら、覚醒するんだっけ。
ここは悪党だらけだしな。
「俺はリアを救いたい」
「そうですか。
リアが大いなる悪でないと知った以上、あたしが止める理由が無くなりました。
特記事項すべて読み上げます」
『もう泥臭い努力なんてしたくない。
あたくしは華麗なる悪女。
バカや阿呆をたぶらかして、あたくしは優雅に振る舞うの。
神さまって本当にいるの?
もし本当にいるのなら……
あたくしの心を知って少しでも同情してくださるのなら……
お願いです。助けてください。
時にカッコイイ白馬の王子にでも扮して、人知れずあたくしを守ってください』
リーズは続けた。
「どのような悪でも、悲しい過去はあるはず。
それによって悪の道を進むものだって少なくはないでしょう。
しげるさんは心の苦しみが分かる人です。
腐った化け物にはそのような心はありません。
だからリアを知ると、あなたは彼女を守り続けなくてはならなくなります。
あなたはもう呪われてしまいました」
「別にかまわねぇよ」
「ふふ、分かりました。
先程も言いましたが、リアが大いなる悪でない以上、あたしが止める必要はありません。
それにしても想定外でした。あのような者まで存在するなんて。あの仮面の女は、あなたにしか抑えることができないでしょう。今ならまだ逃げるという選択肢もあります」
「リーズ、教えてくれ。カリナは? あの絶対神の能力は……」
「恐ろしいのは驚異的な魔力。数字にして8京。カリナとまともに渡り合える者はあなた以外、この地上には存在しないでしょう。特記事項に脅威はない。しいて言えば神を見つける目。負荷は愛する者から口づけをされたら泡になって消える。とにかく敵は動き出しました。ご決断、急いでください。戦うのでしたら、あたし達は加勢します。雑魚は任せてください。そろそろ加勢も来るころです」
あたし達?? 加勢が来る???
まさか、伝説の勇者に太陽の聖女か???
リーズはニカリと笑う。
「あたしは嘘がつけませんから」
颯爽とアルディーンが登場。
そして夜空からエルカローネも舞い降りてくる。
「悪党共の臭いがする!」
そしてリアを取り囲む闇の集団を指さした。
「僕が来たからには、お前たちの好き勝手にはしない!」
やばいよ? 誠司さん。
あいつら梶田クラスよ?
それが20人もいるんだよ?
「そうよ。この太陽の聖女エルカローネがバッチリお仕置きしますから!」
お嬢様も敵を指さして何だか決めポーズなんてしちゃって。
駄目だよ。
俺は急いで誠司さんのところまで走って行った。
「だ、誰だ! 君は?」
え? 俺? しげるですけど?
リーズがそっと俺の前に立ち、手鏡を向けてきた。
なんじゃこりゃあああああああ!!!!
ハゲ散らかしていた俺の頭部は、カールの入ったエメラルドグリーンの髪にボリュームアップされ、目元には仮面舞踏会を連想させるようなベネチアマスク。
厚ぼったい唇や、丸い三重あごは、すっと気品のある何かに。
全身がモデル体型の9頭身になっている。
あ、そっか。
リアがピンチになったら、神はカッコイイ王子に変身するんだっけ。
仕方ないので名乗っておいた。
「彷徨える月影、ジークシュナイダー。さぁ行こう、アルディーン」
「ど、どうして僕の名を!!」
あー。
もーめんどくせぇお人だ。
正体をばらそうぜ、と、喉元まで出かけているのを、大海のように広い心で引っ込めて、
「ヒーローギルドでは、あなたの事が、もうかなりの噂になっている」
「そ、そうでしたか。もうそのような所まで僕の名声が……。彷徨える月影、ジークシュナイダーでしたね。僕も君と出会えて光栄です」