28 悪女と闇金屋
リアは事務所を出ると、お嬢様から受け取った大金の入ったボストンバッグを異空間に収納。何食わぬ顔でストリートを歩いていく。
俺は『異空間魔法アナザーゲイブ』を詠唱して異空間に腕をぶっこんだ。霧を飛ばしてわからないようにしているのだろうが、俺には通じない。
すぐに正確な位置を特定。ボストンバッグを確認した。
だが、腕を近づけるとはじかれた。
どうもこの一帯にプロテクトをかけているようだ。
魔力が強いといっても、たかだかレベル67。
俺に解除できないはずがねぇ。
だがいくら『アンロック』を唱えてみても、一度は開くが、手を近づけた瞬間、ボストンバッグは霧のように消えて違う場所に移動するのだ。
まるでおちょくられているようだ。
相手はたかだかレベル67の魔導士が作った個人ロッカー。
なのに、こんな無様な有様だ。
もしかして、これが奴の特記事項なのか!?
こんなことをしていては、リアを見失ってしまう。
ボストンバッグは諦め、リアの追跡を続けることにした。
建物に隠れながら尾行を続けている俺は、気配を感じて振り返った。
「リーズ?」
「しげるさん。これ以上あの女にかかわってはいけません」
俺は首を横に振り、
「リーズ。俺のことはいいから、とにかくこのことを誠司さんに伝えてくれ。信用できそうにない人物を登録したと。クライアントは、裏切れない誠司さんを信用してこの仕事をだしているらしいからな」
「わかりました。お伝えします。だから、しげるさんはあの女のことは忘れてください。心配いりません。たとえキャンセルできなくとも、竜退治はあたしが代行しますから。相手は邪竜の類。あたしのもっとも得意とする相手です」
リーズは真の悪が現れた時、地獄の使者になれる。
だけど今回はリーズの参戦は無理だ。
「おそらくその計画はすぐに破たんするぞ。
だって途中で変身したら正体ばれちまうぜ?
悪魔っ子に変身して派遣登録に来るつもりなのか?
だけどリーズは嘘がつけないんだろ? 登録時のプロフィールはどうするつもりなんだ? クライアントとの打ち合わせの時、なんて名乗る? そもそもこの計画は敵のだまし討ち。竜が隙を見せるまで、だまし通せるのか? 至る所でボロがでちまうぞ」
リーズはうつむく。
「なぁ、ひとつ教えてくれ。さっき俺はリアのかけた封印を破ることができなかった。おそらくそれは特記事項によるものだと思う。これってリーズの言っていた、やばい事項が発動しているということなのか?」
リーズは壁から半分だけ顔をのぞかせて、長い金髪を揺らしながら歩くリアの背中を見た。
「……いえ。違うと思います。あたしが見えている文言にそういう節はありません。おそらく何らかのトラップが発動しただけだと思います。魔力は完全にしげるさんの方が上」
ますます分からなくなっちまったじゃねぇか。
「しげるさん。どうしてもリアを追うのでしたら、これだけは肝に命じておいてください。もしリアの特記事項を知ったら、その時あの悪女がどのような状況下におかれていても迷わず殺してください」
「お、おい。あいつ、俺より強いんじゃぁなかったのか?」
「いえ、単純な戦闘能力だけで言えば、しげるさんの敵ではありません。しげるさんにとってあくびの出るような一撃を浴びせただけで、リアは跡形も残らず完全に地上から消滅します。それほどの実力差はあります」
なら、どうして……
リーズは、今の俺の心ではリアには勝てないと言っていた。
精神力で負けるというのか?
それとも……
「いいですね。リアは心を奪いに来ます。ご自身の状態に異変を感じたら、一瞬たりとも躊躇してはいけません。即座に消すのです」
目で頷き、慎重にリアの尾行を続けた。
*
正午過ぎ。
照りつける太陽の中、リアが向かった先は闇金屋だった。
闇金といってもこの国には法定金利のような消費者を守るルールは存在しない。単にこの店があまりにもデタラメな金利だから俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。
そんでもってここの店長は堂々と商売をしているのは以前から知っていた。
ここに来る客はリーチ寸前。
金利は10日で8割というアホな設定。
返せる奴なんていないだろう。
『弱者の味方・NEKOSOGIファイナンス』という看板を掲げただけの質素な店舗で、サーチスキルで店内を調べてみると、中に男がひとりいるだけで、客はいないようだ。
裏カジノが潰れて以来、借りに来るやつも激減したのだろう。
リアは金を借りる様子もなく、この暑さだというのに日傘を差したまま店の前でしばらく待っている。
ちなみにこの闇金屋のオーナー。リーズが監視している危険特記事項を持つひとりである。俺は危険人物一覧をメモした手帳を取り出して、そのページを開く。
氏名:海堂元治
レベル:181
タイプ:魔戦士
特記事項
『命よりも金が大事だ。
俺の金を無心する輩は、必ず見つけ出して、恐怖のどん底に叩き落としてやる。
俺は神を信じねぇ
信じることができるのは金のみよ』
奴から金を借りて返さなかったら、世界の果てに逃げようとも絶対に発見されて、もれなく恐怖のどん底に叩き落されちまう仕様のようだ。
まさに闇金屋のための特記事項。
負荷は神を信じる事ができない。
俺との相性は、最悪ってことか。
俺や神クラスの最強メンツとパーティが組めない。
組む気なんてさらさらないが、死神や破壊神みたいなチートな極悪に出会っても仲間や舎弟、兄弟分になれないってことか。
だけど、リアはこんなところに何の用があるんだ?
悪女と悪党。
同族だ。
もしかして仲間なのか?
日も陰りだした頃、推定年齢15歳くらいの少女が金融屋の前にやって来て、うろうろしだした。看板を見ては下を向き、また看板を見上げる。
服装は元々何色だったのか分かんないくらい変色した布を紐で結んでいるだけのもので、肩には破けたケープを羽織っている。俺の嗅覚がすごいせいもあるが、わりと臭う。
間違いない。金が欲しいのだろう。
だがこの店で借りちゃぁならねぇ。
俺が動くよりも早く、リアが少女に話しかけた。
とりあえず物陰から黙って様子をうかがうことにした。
「あなた、お金が欲しいの?」
「……うん。もう何日も食べていない……」
「ここで借りるの?」
「もう借りちゃったの……。100rira(1万円)借りただけなのに、3ヵ月で20,822,965 rira(2082万円)になっちゃったの……。今日が期限なのに……」
「じゃぁ返さないといけないわね」
「返せる訳ないじゃない!!! ……で、でも、返さないとあたし奴隷として売られてしまいます。逃げたいけど、逃げられないの。だってここの社長さんは、お金を借りた者を絶対に見つけ出す能力を持っています。だから、許してもらえるようにお願いにきたのです」
「たぶん許してくれないでしょうね」
少女は今にも泣きそうになったが、リアに尋ねる。
「ここで奴隷になった子はどうなるんでしょうか?」
「さぁ。あたくしには関係ないし。ま、ここのオーナーは知っている。彼の性格から考慮したなら、男なら死ぬまで馬車馬のように働かされて、女は肉便器。そんなところじゃない?」
少女は真っ青になって地べたにへたり込んだ。
「ねぇ、良かったら取引をしない? あたくしがそのお金を立て替えて差し上げてもよろしくてよ」
「え……」
「でもタダじゃないわ。あたくしも金利を貰います。そうね、10日で10割は欲しいわ。ハイリスクだし」
「とても払えません」
「ふふ、頑張ったら払えるかも。別に返せなくてもいいのよ。払えなかったらあなたの肉体を悪魔召喚の生贄に使わせてもらうから。わりと悪魔召喚に適している子が見つからないの。あなたは良い生贄になれそうよ。髪の毛だって洗えば綺麗だし、垢を落とせば悪魔が喜びそうな肌になるわ」
リアは埃まみれの少女の髪を軽く撫でて、耳元で甘く囁いた。
「あなたの残された選択肢は、すぐに死ぬか、死ぬまで肉便器。それしかないの。おそらくあたくしの方が楽じゃない?」
想像以上に胸糞悪い悪女だった。
今、リアを仕留めて、そして闇金屋も爆破してやるか。
だが、リアも闇金屋も犯罪者という訳ではない。
建前ではあるが、双方で契約して、契約に基づいて実行している。
この世界のルールでは、契約を守らない少女の方に非がある。
そして今殺してしまっては、俺が犯罪者になっちまう。
その責任は誠司さんにまで及ぶだろう。それだけは避けたい。
敵は悪党。
必ずボロがでるはずだ。
そいつを見つけ出して少女を救出するしかない。
怒りをぐっと抑えて、観察を続けた。
すると、店内から男がでてきた。
闇金屋のオーナー、魔戦士タイプの海堂だ。
ヒップホップ系で刈込を入れたヘアスタイルに顎鬚。盛り上がった左右の上腕筋をさらけだしたピチピチの黒いシャツに、下半身は鉄のプレートを何枚も重ねた重装備である。
「おい、リア。またうちの客にちょっかいを出しているのか?」
「いいじゃぁない。あなたはちゃんとお金が回収できるんだから。この子の血肉はあたくしのおもちゃ」
「まぁ構わんが。どうせ貸したのはたかだが100rira程度だ。奴隷商に売ったところで、こんなしょんべん臭いガキ、いくらにもならねぇだろう」
少女は泣きながら嘆願を始めた。
「あ、あの、あたしを売ってもあまりお金にならないのでしたら、何かお手伝いさせてください。一生懸命お仕事をして、奴隷として売る以上のお役に立ちますから」
だが海堂は容赦なく少女を蹴飛ばした。
「くせぇんだよ! 俺にまとわりつくな。うちみたいな金利のとこで借りたらどうなるかもまともに計算できないクズなんていらないんだよ。どうせお前、特記事項で失敗した口なんだろ? リアの実験道具になっちまえよ」
リアは膝を曲げて中腰になると、少女に視線を合わせて、先程同様甘く囁く。
「おじょうさん。あたくしと契約した方がいいんじゃない? だって、あなたにチャンスが生まれるのだから。
この金融屋さんだと、100%捕まる。
だけど、もしあたくしだと、万に一つ逃げ切ることができるかもしれない。
ふふ、万に一つだけどね」
リアはひとさし指を立てて、クルリと回す。
少女の足元に一枚の紙と、羽ペンが現われる。
リアとの金銭消費貸借契約のようだ。
それには先程リアが口にしていた10日で倍になるという趣旨と、1ヶ月の期日。その期日を破ると 悪魔召喚の生贄にされる旨が記されている。
少女の選択肢はない。
震える手でペンを取ると、紙にサインをした。
「さぁどこへでもお逃げなさい。でも死ぬことは許しませんから」
そう言うと、リアは少女に手をかざして念じる。
行動を抑制する呪文『サプレス』だ。
あの呪文を受けた者は、一定期間指定された動作ができなくなる。
「これであなたは自ら命を断つ事ができなくなりました。あなたの命はあたくしのもの」
不気味に冷笑を浮かべるリアの顔を一瞥した少女は、身震いをして急いで立ち上がると逃げるようにこの場から立ち去った。
海堂は呆れかえった顔つきでリアを見やる。
「あんたもよくやるわ。これで6人目か?」
「いえ、7人目。あなた以外のところもいれると35人になるわ。今回が一番高い買い物だった」
「ちゃんと回収できているのか?」
「しているわ。今回もきっちりするつもり」
「まぁ俺には関係ないけど。それよか金だ」
リアは異空間からボストンバッグを召喚すると、海堂の足元にドスンと落とす。海堂はボストンバッグを開き、札束を数える。
「おい。822,965rira(82万円)足りねぇぞ」
「じゃぁ貸してくださらない? それがあなたの商売でしょ?」
「まぁ別に構わないが」
「それと……そうね、あと追加で10,000rira(1,000万円)程貸してくださらない?」
「わりとでけぇな。俺に払った半分じゃねぇか。なぁあんた。そうやって上品に振る舞っているが、実際のところ資金繰りは大丈夫なのか?」
「何よ。失礼な人」
「いや……。どっかから金をつまんでは、こうやって行き詰ったアホを助けて回っているって噂を聞いたもんでな」
「ふーん。面白いことを言う人もいるのね。あたくしは悪女。阿呆の不幸が面白くてしかたない人。阿呆は死ねばいい。だからこうやって阿呆が死ぬお手伝いをしているの。あたくしの特記事項を教えてあげる」
一呼吸置いて、リーズが教えてくれたあのフレーズを口ずさんだ。
『――バカや阿呆をたぶらかして、あたくしは優雅に振る舞うの』
「……なるほど。
さっきのルンペンのような小娘の不幸が面白いと言いたいのか……。
それとも俺をたぶらかそうと言っているのか……。
言っておくが、俺はバカや阿呆ではない。レベル181の魔戦士タイプだ。魔力知力は十分鍛えている。それに俺をはめやがったら、裏組織『オルドヌング・スピア』が報復するだろう。
それに俺の特記事項は『俺の金を無心する輩は、必ず見つけ出して、恐怖のどん底に叩き落としてやる』だ。
もし期日を守らなかったら、俺の異能が発動する。
どんなに力がある奴でも、この条件を満たしたら恐怖状態に陥り戦意が喪失する」
「あなた、見かけによらず用心深いのね。別に無心するつもりなんてなくてよ。単に少し先のお店でちょっぴりお買い物をしたいだけ。たったそれだけの為に、わざわざおうちまで帰るの面倒じゃない」
「返金の期日はいつ?」
「本日中。当日の返金なら3割だったわよね?」
「あぁ。そうだ。
日当300万円。悪くない仕事だ。万が一返さなければ、それはそれ。戦意喪失したところで薬漬けにして売るだけよ。あんた程のべっぴんなら元手以上の高値がつく。どっちに転んでもおいしい商売だ」
「何を言っているの? たまには儲けさせてあげるわよ。あたくしは悪女。あなたは闇の金融屋。似た者同士だと思わない? ふふ、じゃぁ、また今夜」
リアは海堂から金を受け取ると、またそれらを異空間に転送して高いヒールを鳴らしながら歩きはじめた。
心を奪う特記事項を持つ悪女リア。
俺は引き続き、彼女の尾行を始めた。




