26 異世界人材派遣会社とモンスター登録者
それから急ピッチに会社設立への算段がすすめられていった。
買い取ったカジノ跡地は大改装されているので、宿屋の一室が誠司さんの臨時のオフィスになっている。
ここのところ、まともに寝ていないようだ。
机には紙の束が山積みされている。それは床にまで至っている。
部屋中紙だらけ。
相当綿密に計画しているのだろうと、感心していたが、誠司さんは期待通りの男だった。
「しげるさん! やっと候補を絞り込めたよ。新会社の名前。どれがいいか選んで貰えないかな?」
……その紙の山は考えに考えたアイデアの塊なのね。
丁度リーズとお嬢様が差し入れのサンドイッチとコーヒーを持って部屋に入ってきた。
誠司さんは見事な楷書で清書した三枚の紙を見せてくれた。
「紅に染まる炎の熱血株式会社 バーニングフレアヒューマンズ。
迅速閃光エージェント サンダーエレクトロマグナムカンパニー。
雇用革命 スタッフレボリューションダブルエックス」
「……」
それ、必殺技?
「しげるさん。どれがいいと思う?」
ごめんなさい。どれも痛いです。
派遣先なんかで名乗る時、スタッフがすごく可哀そうです。
まぁそれは俺の感性。
俺の感性は熟したおっさんだし、ここは若手に聞いてみよう。
「リーズ、どれがいい?」
即答だった。
「沈黙をお許しください」
「長くて覚えられないし、自社名を名乗る時に舌を噛むので、みんなにも聞いてみましょう」
と、誠司さんのプライドを傷つけないようにうまく話を繋ぎながら、工事に来ていた左官屋や大工、その他関係者に公募してみた。
お嬢様がこれがいいですと選んだ一枚。
『ヴィスブリッジ』
うん。
さわやかでカッコいい。
(ありがとうございます。Cさん)
出資した俺に、誠司さんは役員なり株主になるように誘ってきたが、配当金を貰っても全部溶けちまうんだ。現物支給なら助かるが、人材派遣会社の現物支給ってなんだ?
人か?
人を支給してくれるってか?
いらねぇよ。
とにかく頑なに拒んだ。
なぜかお嬢様が、
「は~い! お金持ちの私が株主に立候補します」
と言い、惜しみもなく2500万円相当のriraの札束を誠司さんに渡した。
会社名:ヴィスブリッジ
企業理念:正義の名のもとに、安心して働ける社会の構築
業務内容:人材派遣業、人事・労務コンサル、職業訓練、及び付随する業務
資本金:100万rira(日本円換算:1億円)
所在地:ヴァレリア公国、エルラ地区4154-xxx
代表取締役 甲斐よしお
専務取締役 加藤修史
会長兼相談役 誠司
(xxxx年xx月xx日現在)
株主 誠司 75%
聖華 25%
執行役員には、裏カジノ討伐時にお世話になった甲斐さん、加藤さんを選抜した。
元黒服の加藤さんは分かる。
行動力もあり、機転もきく。
だがなぁ。
ちっこいおっさんを見た。
名は甲斐よしお。
俺も汚いが、このおっさんも十分汚い。
ホームレスのような生活をしながら、食い繋いだんだよな。
誠司さんにこっそり、「社長がこんなおっさんで大丈夫か?」と耳打ちした。
俺を真正面に見た誠司さんは、「底辺を知っている人は強い」と断言する。
力強くそう言うので、それ以上言及しないことにした。
*
数日後。
元カジノの改装も終わり、蛍光ランプで仰々しかった雰囲気は一変。
清潔感溢れる柔らかいペンキで染めたオフィスとなった。
いよいよ異世界に起こした正義の人材派遣会社『ヴィスブリッジ』の幕開けだ。
会社の前に設営した野外ステージには、聖華さんにリーズ、そして加藤さんに甲斐さん。それにホームレスがスーツを着たような代表取締役甲斐氏が集めた……というか路頭に迷っている子に声をかけて登録させたスタッフの姿がある。
登録スタッフと言えば聞こえがいいが……
言っちゃぁ悪いが、こんなのが戦力になるのか?
ほとんどが痩せこけた青年に、浮浪者のように髪がぼさぼさの小汚い女の子だぞ?
顔のススを落として化粧でもすればかなり綺麗になる気もするが、ところどころ破けた服装にはリーチ寸前の悲壮な生活臭を漂わせている。
後はよぼよぼの爺さんに腰の曲がった婆さんがチラホラ混ざっている。
そんなのが30名以上もいるのだ。
どいつもこいつも負け組のオーラがむんむん出ている。
こいつらを食わしていかないといけないんだぞ?
大丈夫か、この会社と心配になる。
誠司さんはテープを切った。
そして縁台に立ちマイクを握る。
「みんな一度は悔しい思いをして、この世界にやってきている。だから特記事項には愚痴や皮肉、恨みを書いた者だって多くいるだろう。それを今さら後悔しても仕方ない。僕達は明日へ向かって行かなくてはならない。
――だが、それ故に、この世界には恨みの心が蔓延している。
僕は特記事項で失敗した人、理不尽なこの世界に順応できない人の生活を守ります! 皆さんも僕に力を貸してください! 一緒にすばらしい会社、そして誰もが信じあえるすばらしい世の中を作っていきましょう!」
天が割れんばかりの大拍手が起こった。
みんなは明るい笑顔になる。
泣いている者までいる。
浮浪者風、推定年齢14歳の痩せこけた少女は、
「私……もう死のうかと思っていました。ひもじくて、ひもじくて……。あたしは特記事項で失敗して生活苦に陥っていました。こんなあたしでも大丈夫でしょうか?」
誠司さんは優しく目を細めて頷く。
「あのね、前の世界でね、裕君がみんなの給食代をあたしが取ったんだろって言ったの……。おまえんち貧乏だから、くすねたんだろって。それがきっかけで、あたし、いじめられて……。違う。あたしそんなことしていない。ちっちゃい借家しか住めないくらい貧乏だけど、悪い事なんてしていないよ。
本当はね、お金取ったの、裕君なの。
彼の家も貧乏だから。妹さんのお薬を買う為にやったの。
それがバレないように、全部あたしのせいにしたの。バレたらもうお薬買えないから。
裕君は悪い子だけど、でも、すべてお金のせい。
お金のせいでみんな狂っちゃう。
だから特記事項に『お金なんて大嫌い! お金なんてもういらない!』って書いたの」
なぬ!?
気持ちは痛いほどよく分かるが、それは超絶サバイバルコースだぜ。
入金率:0なのか。
渋すぎる設定だ。俺の入金率1/10000を超える強烈な負荷。
でも、だったらそれなりのボーナスポイントが手に入ったはず。
何に使ったんだ?
「その下に、みーちゃんを生き返らせてあげてって書いたの」
みーちゃん?
うさぎか猫の名か?
「みーちゃんは頭が良くて運動もできて、だから、まだやりたいことがたくさんあったと思う。こんなあたしにも優しくしてくれたの、みーちゃんだけ。彼女だけがあたしをかばってくれたの。
みーちゃん……、交通事故で死んじゃったの。
だから……」
誠司さんは少女の手をとった。
「君の優しさ。きっとみーちゃんにも通じたと思う。君はみーちゃんに幸せを分けてあげたんだ。だから今度は君が幸せになる番だ。一緒に頑張ろう」
爽やかに笑っている誠司さんがまぶしく思えた。
まるでキリストかガンジー、モーゼの類に見えた。
*
この日から誠司さんは足を棒にして、国中の企業を駆け回った。
実務はしないと約束していたのだが、異世界に迷い込んだいたいけな少年少女を食わしていかなくてはならないのだ。
俺?
なんかね。
ヴィスブリッジの一室に座らされているんだ。
四方はペールブルーの壁で覆われている清潔感ある事務所。
仰々しかったカジノの面影すらない。
ここは来店してくる派遣希望者を面接する場所。
俺、面接官になったみたい。
昨夜誠司さんに、「元探偵であるしげるさんの力を借りたい」と頼み込まれて押し切られここに座っている。
会社はまだ立ち上げたばかり。
何かと揃っていない。
だから戦力になるスタッフを見つけて欲しいそうだ。
俺には無理だぜ?
だって俺の顔、あんた知っているだろ?
どうもあんたの周りには良い人が集まるようだから、誰も言わないが、俺、一般人なら悶絶するくらいブサメンだぜ?
ここを訪ねてきた派遣登録希望者が裸足で逃げ出すぜ?
「人を外見で判断するようなヤツは仲間ではない。僕はしげるさんの人間性を買ってお願いをしているんです」
そこまで言われてドン引きもしたが、彼はマジだ。
渋々承諾した。
隣にはお嬢様も座っている。
レディーススーツが気品ある黒髪に良く似合う。
パタパタダッシュさえしなければ、できるOLで通るだろう。
それに彼女は美人だ。
お嬢様目当てで入る輩も少なからずいそうだし、まぁなんとかなるか。
そして待つ事1時間弱。
戸を開けて入ってくる。
長い金髪をした美少女だ。コテコテのネイル、アイラインにマスカラでおめめはパッチリ。首には豪華な毛皮。
足の運びはなんとも気品があり、ヒールを鳴らす音は上品である。
ギャルというより、どちらかというとお姉系だな。
俺の感だと性格はかなり悪いとみた。
人を見る目が違う。
斜め上から小馬鹿にして見下ろすような目だ。
「ふん。ここ、どんな会社?」
偉そうな口調にムッとするが、相手は客だ。
そして俺は誠司さんに頼み込まれたエージェント。
苦手なタイプの女ではあるが、冷静を装い笑顔で答えた。
「あなたに合ったお仕事を紹介する会社です」
「何あなた、酷い面ね。あたくしに話しかけないでくれます?」
俺は頭をかきながら笑った。
こんな屈辱慣れている。
まぁ、こいつは不合格だ。
とっとと追っ払おう。
だが女は、お嬢様の前までコツ、コツとヒールを鳴らしながら歩いて行くと、
「あたくしはあなたにお話しをしているの? 答えて頂戴」
「え? あ、はい。ここは、あなたにぴったりのお仕事を紹介するステキな会社です」
「で、あなたのメリットは何?」
「派遣先から支払われるお給料の15%を報酬として頂きます」
「ふぅん。なるほど。ピンハネ屋さんなのね」
「違います。このお金で私達は、派遣先の企業が適正な業務をしているのか、労働者を酷使していないのかを厳重にチェックしています。それにこの世界では存在しない、有給、産休、育休、ボーナス、万が一の事故の時の治療代といった福利厚生などにも充当されます。つまり楽しくお仕事をするための保険だと思っていただければ幸いです」
そうなのだ。
この世界の大半の雇用者は、労働者を使い捨てのコマか何かと勘違いしている。
奴隷制度だってあり、奴隷商はボロ儲けしているのが実情。
それを誠司さんが苦い顔をして毎日のように口にしているので、お嬢様は難なく応対した。なんかたくましく感じた。お嬢様も随分と成長したな。
女は、お嬢様の前の席に座ると、
「そうなの。ここは良い会社なの。ふーん。だったらね。あたくしにもお仕事を紹介してくださる?」
「はい。ありがとうございます。まずは登録して頂く必要がありますので……」
登録用紙を渡そうとうするお嬢様に、女は、
「身分を証明しろって言うの? あたくしを信じられないの? あたくしだってこんなどこの馬の骨が作ったのかよく分からない会社を信じられないっていうのに……なんて屈辱的な事を言う会社なのかしら」
「……ど、どうやったら信じて頂けますか?」
「先にお給与を頂けたら信じてあげてもいいわ」
そう言い、目を細くしてお嬢様をねっとりと眺める。
この女。めんどーなタイプか。
お嬢様はこのモンスタークレーマーに困惑している。
俺は席を立ち、女に向かって、
「それはできません。社の規則ですから。気に入らなかったらどうぞお帰りください」
「な、なに? 汚いブ男があたくしの視界に入って話しかけてくるなんて。目と耳が汚れちゃったわ。うう。目が痛いわ。どうしてくれるのよ!」
て、てめぇ。
……。
辛抱だ。辛抱。我慢した方の勝ちさ。
煮えくり返る怒りをグッと抑えた。
女は態度を一変。
お嬢様に視線を切り替え、にっこり笑った。
「ごめんなさい。ついカッとなっちゃった」
そう言うと、ペンを握り登録用紙にプロフィールを書きはじめた。
登録書には負の特記事項を記載するように指示してある。出来ないことをあらかじめ知っておかなくては仕事を振る事ができないからだ。
用紙には『男が信じられない』と記載してある。
だから俺にきつく当たったのか?
超ムカつくが、こいつも不幸な奴だったのか。
「これでわたくしを信じてくださる?」
「分かりました。信じます」とお嬢様もニッコリ笑った。
「実はあたくし、お金に困っているの。だからついつい感情的になってね」
「そうでしたか。会長からは、相談は親身に受けるように承っていますから、どうぞご安心ください」
最初のいざこざが逆に功を奏したのだろうか。
ツンツンしていた奴が突然デレたら、好感度が急上昇する、まさにアレだ。
一触即発の緊張感が解かれ、刺々しい空気が和やかに変わったと思えたその時だった。
背後に気配を感じた。
俺は小声で訊ねた。
「リーズか? もしかしてこいつ、特記事項がやばい奴なのか?」
「相当」
「もしかして登録用紙に書かれている『男を信じられない』。あれは嘘っぱちか?」
「そのような記述はどこにも見当たりません。
特記事項を読み上げます。
『もう泥臭い努力なんてしたくない。
あたくしは華麗なる悪女。
バカや阿呆をたぶらかして、あたくしは優雅に振る舞うの』
女を見た。
モロまんまじゃねぇか。
負荷は『努力ができない』か。
つまりこいつ、派遣登録させてもまともに仕事なんてできねぇじゃねぇか。
まぁ、そんな雰囲気を思いっきり醸し出しているけど。
能力は、バカや阿呆をたぶらかす。
つまりバカや阿呆以外、騙せない。
言葉から推測するとそうなる。
お嬢様に絡んでいる。
それはつまり、お嬢様をターゲットにしているのか?
彼女はちょっと抜けているし、アホな子要素も備えているけど、それは単に経験不足なだけ。決してバカや阿呆ではない。
そして俺は知力1兆。
恐らくバカには相当しないはず。
だが『バカ』というフレーズ。
バカ正直も同類項に含むのなら、お嬢様は当てはまる。
リーズは何か言おうとしている。
「どうした? リーズ。ヤツの特記事項にはまだ続きがあるのか?」
「はい」
「なんだ、それは」
「そ、それは……。
とにかくこの女は危険です。
女の名前はリア。
魔法力を中心に育成している。
レベルは67。一般人より強いですが、しげるさんにとっては脅威ではない数字。
で、ですが……
彼女の特記事項には、まだ続きがあります。
それは神をも凌駕する……」
「頼む。教えてくれ」
「何があっても言えません。絶対に知ってはいけません。知るとあなたは呪われてしまいます」
一体なんなんだ?
女が持っている神を凌駕する特記事項……
『あたくしは神を許さない。神をも平伏す力を手にする』とでも書いているのだろうか。
いや、それを書くには負荷が全然足りない。
神になるには三大欲求のひとつを封じ込めないといけないのだ。それを凌駕するには、おそらくそれ以上の負荷が必要。
だが、女の負荷は『努力ができない』だけだ。
リアはお嬢様と楽しそうに話している。
だがリアの笑顔は、まるで氷で出来た彫刻のように心無い冷笑に見える。その眼は、獲物を狙う獰猛な猫科の動物のようだった。
嫌な汗が、急激に俺の体温を低下させているのを感じる。




