25 勇者アルディーンの思い
とある日暮れ前。
俺の少し前を誠司さんが歩いている。
なんでも、聞いてほしい話があるそうだ。
真顔で言われたもんだから断ることもできず、彼の後をついていっている。
特に会話もなく、半時くらい歩いた。
ようやく足を止めたのは、あの場所だった。
随分と寂しくなったな。
そっか、あれから1ヶ月経つのか。
ヴァレリア公国の総人口は200万人。
公国と言っても面積は日本国内の中堅都市程度。
どこへ行っても人でごった返し。
真夜中でも繁華街に出ればにぎやかなもんだ。
ちょっと前までは、ここも同様だった。
そう、ここはカジノの跡地。
看板や装飾を落とされ無機質な建物に姿を変えていた。
「しげるさん。こんな所に呼び出してすいません」
「いや、別にかまいません」
無人となったカジノには柵がしてある。
どうも競売にかけられているらしい。
「これだけの広大な敷地だというのに、買い手がついておらず値段は暴落しています。地下には未だ凶悪な合成魔獣がいるのではないかと言われている曰く付きの物件ですから。
僕はここを買い取ってビジネスを始めようと思っています。それについて、しげるさんはどう思われますか?」
?
「何の商売をするんですか?」
「人材派遣会社」
「また、どうしてです?」
誠司さんは一呼吸置くと、近くの草むらに腰を預けた。
下を見つめたまま、思いつめた低い声音で話を切り出してきた。
「特記事項は絶対です。
もし、その時の気分でとんでもないことを記載した人は、十中八九この世界では路頭に迷うことになってしまう。
多く見かけたのは『次の人生では贅沢三昧したい』です。
それを記載すると金があろうが無かろうが、湯水のように使わないと気が済まなくなる。
そんな人が仲間も作れずに一人でいると、確実に詰んでしまう。
だけど突破口は必ずあるはずなんだ。
方法はある……
例えば金を湯水のように使えるように、贅沢三昧できるように、欲の心を頑張る原動力にして努力をかさね成功を目指すっていう手もある。
前の世界では、そんな成功者をたくさん見てきた。
だけど……
そんな呪いの十字架を背負った人達の多くは、常に孤独。
一人では何もできない。
特記事項を誰にも打ち明けることができず、道を見いだせず、梶田のような非道な輩に騙され、犯罪に手を染めて、最後には殺されてしまう。
あまりにも理不尽すぎる。
だからちゃんとした企業と労働者の架け橋がしたいんだ。
本来なら職安がしなくてはいけない業務なんだけど、この国の役人は腐っている。犯罪組織が簡単に求人が出せてしまう。
だから誰もが安全に働けるように、会社側を念入りにチェックし、また労働者側にも特記事項に書いてしまった愚痴や恨みを和らげる方法を一緒に考えて――
ここの地下には闘技場の設備まであるから、実習型の職業訓練だってできる」
そこまで言うと腰を上げて立ち上がった。
最初は暗い顔をしていた誠司さんだったが、赤焼けの空を見上げ、だんだんと目を輝かせていく。
誠司さんの言っていること。
確かにそれは物凄く良い事だと思う。
伶亜さんのように、とんでもない愚痴を特記事項に書いてしまったがために、ひとりで苦しんでいる人は、この異世界に大勢いると思う。
需要もあるだろうし、誠司さんの会社が大きくなればそれだけ喜ぶ人も増えそうだ。
誠司さんなら、見事やってのけるに違いない。
だけど、あまりにも時間がかかり過ぎる。
この人はもっと世界を歩き、国王をめざすべきだ。そうすれば抜本的な所から制度を作ることだってできる。
それに……
それに悪の連合組織『オルドヌング・スピア』なんてのがいるし、そのバックには絶対神。そして『腐った化け物』と呼ばれる正体不明のイカレタ野郎までこの世界に来ているみたいだ。
良い事をしていると、いつかそいつらとぶつかるだろう。
なら早急に力を持つべきだ。
「俺は反対です」
「……え、どうしてですか?」
「だってそれでは、目の前の小さな事を解決したに過ぎない」
「目の前のひとつひとつを解決していくから大きな事ができるのだと思う」
間違ってはいない。
だから目でうなずいてみせた。
「ところで、どうして俺に相談したのですか?」
「しげるさんは、普段から一歩さがり物事を冷静に判断されているように思います。僕はすぐに熱くなる悪い癖がある。
先日だってそう。
役所での一件。
あの役人は、僕たちの報奨金を横領するつもりだったに違いない。しげるさんの助言がなければ、僕は意味のない意地を貫いて返金していたでしょう。
しげるさん。
あなたは結局金を手にしないのに、どうしてあれほどまで贅沢をしたいと言ったのですか? 役人の人格を疑っていたんですよね?
ぼくに忠告するためですよね?
そこまで計算して道化を演じたんですよね?
だからあなたの意見を聞いてみたかったのです」
……。
やはりこの人には見破られていた。
「なら客観的に言わせてもらいます。あなたはもっと世界を歩き、この世にはびこる悪党共を懲らしめながら、真の国王を目指すべきです」
誠司さんは唖然としている。
「し、しげるさん。あなたは一体何を……」
「本心を言っているだけです。
……どうしても会社を作りたいのでしたら――
俺には博打で勝った金があります。半分は聖華さんのものですが、残り半分をすべてあなたに投資しますから、これで社長になれる人を雇ってください。
7500万あるから、かなりの事ができると思います。
あなたはそれを元手に、筆頭株主として大きなビジョンだけを明示してください。
会社を作っても、助言や方針の指示にとどめて現場には立たないでください。
うまくいけば、金が金を生んでくれる仕組みが出来ますから、冒険が楽になりますよ」
「僕は自分だけが楽をしようなんて……」
「そうじゃありません。
以前あなたの特記事項を聞きましたが、『仲間を裏切れない』ですよね?
そんな人が、こんな殺伐とした世界で人材派遣会社の社長になれるはずがない。
だって、誠司さん。
もし背徳者が現れても、いえ、悪い人じゃないにしても、社に迷惑をかける者だって、仲間だと言い張られる以上、切れないのですよ? 最後まで面倒をみないといけないのですよ?」
「僕にはその覚悟だってあります。仲間は絶対に裏切りません」
「知っていますよ。だからこんな小さなステージでは駄目と言っているんです。俺はあなたに全額投資しますから、あなたは、あなたの信念を世界に広げてください」
「どうしてそこまで……僕に……?」
「あなたは俺をみんなの輪に誘ってくれた。俺の心を救おうとした。そして俺をブ男だと言わなかった。それが何より嬉しかった。
あなたに出会ってなかったら、俺、ソロで行っていたと思う。自分勝手にできるだろうけど、それは寂しい毎日だったと思う」
「……たったそれだけの理由で、これ程までの大金を受け取る訳にはいきません……」
いんや。
あんたは俺の人生を変えた。
あんたと出会っていなければ、カリナのように自分を見失っていたかもしれない。
なまじ力があるんだ。
気にいらねぇ奴は簡単に消せちまう。
暇だから戦争しようぜ、なんて愚かな事を考えだしていたかもしれない。
ちっぽけな欲のために多くの笑顔を奪っていたかもしれない。
だって俺はちっぽけな人間だ。
世間に恨みがないことはない。
憎んだ奴だっていたさ。
ただただ他人が怖かった。
そのたまりにたまったうっぷんを、この世界では思いのままぶちまけることができる。
だけど。
それをしたら、俺は人として終わる。
この世界がこんなに楽しいというのに、一人ぼっちだと、そんな当たり前のことすら分からなくなっちまう。
なぁ誠司さん。
これは、あんたが教えてくれたことだ。
あんたのおかげで、仲間の大切さが分かりました。
俺はあんたを真の勇者だと思うぜ。
「あなたのおかげで、毎日がワクワクします。もっともっと俺達をワクワクさせてください。こういう理由では駄目ですか?」