20 ヒーロー大集結
柱時計の針が、夜の10時を指す。
約束の時刻まで残り2時間。
こちらの身元がばれた訳ではないんだぜ?
散々待たせて、敵が疲れたころに登場するのがベストだと思う。
だけどこの人は、時間通りに行きたいんだろうな。
それに……
嘘つくと、パワーが根こそぎ吸い取られちまう。
結局、決闘の時刻をちゃんと守らなくてはならない。
なんて間抜けなヒーローなのだろう。
事の張本人をチラリと見る。
誠司さんは、うれしそうにノートに書きなぐっている。
決め台詞でも考えているのだろうか。
リーズは腕を組んで目を閉じ、その時を待っている。
外見はロリっ子なのに、ちょっとカッコいいかも。
お嬢様は編み物をしている。
なんで裁縫なんてしているのだろう?
「それ、何?」
「セーターと、くつした」
「何に使うの?」
「夜は冷えそうだし」
だああああ!!
遊びに行くんじゃねぇんだぞ!
「裁縫スキルなんてのがあったから、面白そうなので覚えてみました。はい、みなさんのも出来ましたよ」
みんなのセーターとくつしたまで作ってくれたのか。
ありがとう。
各々は、目的の時刻まで時間つぶしをしていた。
俺は一人囲碁を、ぽちっとな。
誠司さんがスクッと立って「トイレ」とか言って部屋から出て行った。
やっぱりだ。
もう分かっていたよ。
部屋に戻ってきたのは、やっぱりあのお方。
神々しく光り輝く勇者アルディーン。
お嬢様は、
「さすらいの勇者アルディーン様、どうしてこんな所に?」
「やぁ、お嬢さん。また会ったな。今宵は、通りすがりの助っ人勇者アルディーンだ。
そうそう、丁度今しがた、この廊下である青年に出くわしたのだ。一世一代の大勝負を前に、不覚にも腹を壊したと。頼む、力を貸してくれ! 苦しそうにそう言うと、僕の手を握り倒れたのだ」
「誠司さん、大変!? 今、どこへいるんですか?」
「大丈夫だ。心配はいらない。僕が救急車を呼んでおいた」
「えっ、この世界には馬車しかないようなのですが?」
いいぞ。お嬢様。天然なんだろうけど、今日という今日はとことんつっこんでやれ。
「あ、いや、たまたま通りがかった救急馬車にだな……。とにかく彼は大丈夫だ。強い精神力を持っているようだから簡単には死にはしない。とにかく僕が来たからには、もう安心してくれ!」
結局、強引に押し切られた。
てか、気づけよ。
お嬢様は、
「あ、私の部屋に忘れものをしました。先に行っていてください」
嫌な予感がする。
先日お嬢様が覚醒した時、どうも自分に起きた異変に気づいていないようだったので、こっそりと教えてあげたんだ。
友達がかなり傷つくと、天使に変身する能力があるみたいよって。
空も飛べそうだったし、かなりチートっぽいよ、と付け加えておいた。
それがまずかったのだろうか。
一応、誠司さんは、現在腹痛で意識を失い救急馬車で運ばれているって事になっている。
変身条件は揃った。
とりあえず、宿を出た。
しばらく歩いていると、背後に気配を感じる。
振り向くと、やっぱりだ。
天使となった聖華さんが立っていた。
アルディーンは身構えて、
「だ、誰だ!?」
あんたも気づけよ。
頭に輪っかがあって、翼が生えて、光っているだけだぜ?
「私は太陽の聖女、エルカローネ」
あんたもか!
あんたも変身ヒーローごっこがしたいのか!?
エルカローネさんとやらは、クスッと笑みを浮かべて話を続けた。
「先程、長い黒髪の女の子がやってきて、お腹が痛いと言い倒れ込んだので、救急馬車を呼んで乗せてあげました」
アルディーンは、
「やはり救急馬車は存在したのか?」
「……あ、はい」とエルカローネはうなずく。
お前ら、何、漫才やっているんだ、と突っ込みたいが、どうも当人たちは本気のようだ。
何故、気づかんのだ!?
ほら、リーズも何か言ってやれ。
あれ?
リーズまでいない。
上空からバサバサと黒い影が舞い降りてきた。
あれ、もしかして、リーズ?
額には角が生え、背中にはコウモリの羽。先っちょが三角形のしっぽまである。
コンバットスーツを着た、俗にいう悪魔っ子だ。
なんかかっこいい。
そしてやっぱり二人は気づかない。
てか、これは予め心構えでもないと分からんだろうってくらい変わっている。
大きくて丸かった瞳は、鋭い切れ長の目へと変化しており、口からは小さな牙が覗いている。
まぁリーズの能力は、二人には内緒だから、好都合といえばそうなのだが。
ヒーロー化した二人は、
「誰?」「誰だ!」と同時に驚く。
「名前なんてどうだっていい。おめぇらカジノの親玉をぶっ叩くんだろ? あたしも付き合ってやる」
いつもの丁寧口調やロリ口調ではない。
言葉が乱暴になっているからか、二人はまったく気付かない。
アルディーンは、
「そういえば、リーズ……じゃなくて、あのショートカットの小柄な女の子はどこへ行ったんだ?」
もうばらせよ。めんどくせぇ。
悪魔っ子を見ても、飄々と腕組みをしたまま答えない。
そっか、嘘をつけないだっけ。
仕方ないので俺が代弁した。
「そうそう、リーズも腹痛になって下痢がビチビチでおしめが大変な事になったから、救急馬車に乗っけた」
悪魔っ子にガチで睨まれた。
救ってやったんだぜ、俺?
リーズは、いかにも死神なんてのが持っていそうな大鎌を召喚し、ビュンと虚空を斬りつけて肩に乗っけると、
「おら、くだらねぇ事やってないでさっさと行くぞ」
アルディーンは俺に、
「しげるさん……じゃなくて戦士クン。君はここで待っていた方がいい。この先はあまりにも危険だ。おそらく敵は……」
悪魔っ子は、アルディーンの肩に手を置き、「おい、ヒーロー。人の心配なんていいから、行くぞ!」と言って歩き出す。そして俺の方を振り返り、小さくぽつりと漏らした。
「このパーティの中で、彼がズバ抜けて強ぇのにな」
*
俺以外の三人はとにかく目立つ。
どう見ても、ただ者ではない。
アルディーンは第三の眼なんてあるし、他の二人だって天使の輪に悪魔のしっぽだ。
羽まであるし、それになんか、ピカピカに光っているんだぜ?
発光色は、青、黄、黒。
戦う直前に変身しろよと突っ込みたいが、みんな人には言えない理由ってのがあるのだろう。
だから俺が先陣を切るハメになった。
24時間営業のカジノ。
この時間でも地上の階はにぎわっていた。
そして場所は、カジノ内の豪華な応接間。
俺は黒服に、
「梶田氏は?」と問うと、
「どういったご用件ですか?」
「俺を雇わねぇかと聞いているんだ。安くしとくぜ。正直、ガキのお守りは疲れたのさ。見ていて分かるだろ? あんたじゃ話にならねぇ。とにかく呼んでくれよ」
「今、会議中で……。また明日お越しください」
黒い外套をまとった小柄な人間が部屋に入ってきた。言わずと知れたあいつだ。
リーズが黒服の背後に回り込み、カマを生成。黒服の喉元に突き立てる。
「正直に言って」と、リーズ。
「オーナーより、誰も通すなと命じられている」
「オーナーに殺されるのと、今死ぬの、どっちがいい? 3秒以内に選べ」
さすが地獄からの使者。容赦ねぇ。
黒服はカクカクと頷いた。
地下。
モンスターコロシアムへと続く鉄格子の前。
梶田がいた。
サングラスはしておらず、オールバックだった髪は梳かしており、前に下して顔の半分を隠している。
左眼で俺を捉えると、ニッコリと目を細め、
「あれ、昼間いらした護衛の方ですよね。このような時間にどうされましたか?」
そして俺達と同行している黒服を一瞥。
黒服は真っ青になり、
「す、すいません」
「裏切り者はどうなるか知っていますよね?」
そして黒服に銃を向ける。
「やめろ!」
そう叫んだのは、加藤さんだった。
手には銃がある。
俺は、
「加藤さん。どうして戻ってきたのですか!?」
「戦士さん。もしかして、あなたはボクの話を聞いて動いてしまうかもしれない。そんな気がしたのです。一般人のあなただけを危険な目に合わせる訳にはいかない。だったらボクに出来る事は、あなたのサポート!」
梶田は冷笑を浮かべトリガーに指をかけると、
「どいつもこいつもくだらぬカスばかりだ。だから人は信じられない」
そして発砲。
大きな銃声が耳をつんざく。
それが命中する直前。
天井から青と黄色、二つの閃光が走る。
加藤さんをさらい華麗に登場したのは、我らがスーパーヒーロー&サンライトエンジェル、アルディーンとエルカローネ。
アルディーンは、抱きかかえている加藤さんに向かって、
「あなたの事はしげるさんから聞いていました。加藤さん。あなたも真の勇者です」
聞いたのは誠司さんだろ?
まぁいい。
ここは突っ込む場面ではない。
加藤さんは「……ボクの祈りが天に通じた」そう言って熱い涙を流している。
アルディーンは、
「さ、ここは僕達に任せてください。あなたには、あなたしか出来ない仕事があります。ここの客達の避難をあなたに任せます」
「はい! この命にかえても、お客様は絶対に守ります!」
加藤さんは「みんな逃げろ」と大声を張り上げながら走っていく。
アルディーンは梶田を指差す。
「さぁ、悪党よ、観念しろ! 僕の拳が真っ赤に燃え上がった時、それは、この世から悪がひとつ消えるシグナルだ。キサマの流した血の制裁が、これから始まる!」
梶田は俺達へ視線を流す。
アルディーン。エルカローネ。リーズ。そして俺。
梶田は髪をなびかせて、高らかに笑う。
「くくく。ははははは! 揃いも揃ってバカ共がやってきたのか。まぁいいさ。私がどれ程強いのか試してみたいと思っていたところだ。さぁ、ついてこい。お前達を死のステージへ案内してやる」
その台詞、そっくりそのまま返してやる。
俺がどれくらい強いのか、遠慮なく試させてもらうぜ!
俺達は梶田に続き、コロシアムへ入っていった。