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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第一章 新たなる人生の幕開け
19/78

19 裏カジノ

 梶田氏に案内されて、地下室へと進んで行く。

 上の階の仰々しかった雰囲気と一変。

 キャンドルの明かりが部屋をゴシック調に照らしている。

 薄暗がりの部屋は、まるで中世のお城をも想像させる。

 きめ細やかな装飾のされたテーブルに椅子。

 更に奥にはピアノがあり、口髭を生やしたダンディーなおっさんがシックな旋律を奏でている。

 

 ゲームは、機械ではなく黒服が場を仕切っている。

 いわゆる会員制高級カジノって雰囲気だ。

 如何にもセレブちっくなマネークリップで札束をチラつかせているおじさまや、厚化粧で体中に宝石をこれでもかってくらい装備したおばさまが、ぽつりぽつりと点在している。

 

 ざっと20名前後。

 

 想像通り、レートが桁違いだ。

 銀のコイン一枚が100rira。

 つまり最低の掛け金は1万円からってことだ。

 一般の100倍レートになっている。

 また金のコインなんてのものあり、1枚が10000rira。

 一発、100万円ってか?

 バカだろう? ここの設定。



 あの伝説の博徒が大活躍するパチンコなるものを探したが、残念ながら無かった。


 梶田氏は、奥の部屋を指差す。

「賑やかなのがお好きでしたら、奥の部屋にモンスターバトルもございますよ」

 そこまで話して、梶田氏は別の黒服にクリアフォルダを渡し「ここからは、この加藤がエスコートいたします。どうぞ、ごゆるりと」と言ってお辞儀をすると姿を消した。


 加藤は深く頭をさげて、お嬢様のエスコートを始める。

 俺達についた加藤という男、実年齢は分からないが、かなり若いと思う。


 サングラスはしておらず、いわゆる金髪でホスト顔。外見だけでいうとちゃらそうにも見えるが、遊んでいる雰囲気はまったくなく、また梶田氏のような貫録もない。

 仕事は一生懸命であるが、新米のオーラを出している。

 

 お嬢様がトイレに入っても入り口でタオルを持って待って立っている。

 頑張って作り笑いをして渡してくれる。

 俺にも同様。

 だが言葉は噛むし、手際も悪い。


 お嬢様が、

「バカラって何?」

「え~とですね、分かってしまえばシンプルなゲームなのですが……あ、あそこでやっておりますので、見られたらすぐに分かると思います。もしかしてバカラにご興味でも?」


「興味もなにも、分からないから聞いているんじゃない」

 とツンツンして新米クン加藤氏をいじめる。

 そうだ、敵はいじめたれ。


 まぁ、つまり300万円程度の賭け金で遊ぶ輩は、梶田氏にとって小物なのだろう。


 だからこの新米クンをつけたのだろう。


 俺たちにとって、この方が助かる。


 ゲームは、ブラックジャック、ルーレット、サイコロを振って組合せの合計を当てるtai-sai、クラップス、そして先程のバカラとオーソドックスなものばかりだ。

 お嬢様の心を掴みそうなものはない。



 ――と、いうことにして粘りに粘って観察を続けている。

 この高額レートなら、お嬢様の腕だと一時間足らずで溶かしちまうだろう。


 

 しばらくすると、上部から光が差し込み、新しい客が入ってくる。

 小太りでハゲたおっさん。口には葉巻、首には高級そうなマフラー。

 4,5人の女の子をはべらかしている。

 どっかで見たことがあるんだよな。あの油ギッシュで業突く張りな顔。こちらを向いた瞬間、反射的に目を逸らしてしまった。

 なんか苦手だった人に酷似している。

 本能的に拒絶しているのか、もう少しのところまで出ているのに思い出せない。


 どうやらここの上客なのだろう。

 梶田氏が丁寧にエスコートをして回っている。


 

 遠巻きに彼らの様子を伺った。

 梶田氏はクリアファイルを開いて、そこに視線を落とす。

 彼が書いただろう極小のメモ書きが見えた。


『年収15億。セザーヌの街に武器工場を持つ。いい加減な武器を高値で売る外道。

 本日、再生計画を実施。作戦タクティクス48(フォーティーエイト)』



 再生って何や?

 あの武器屋のオーナー、今日、再生されちまうのか?



 よく分からんが、どうも尋常ではない文言に思える。

 助ける価値があるのなら助けてやりたいが、どうも悪役っぽい。

 どうやらこの構図は、悪役同士が潰し合う形か?



 梶田氏は武器屋のデブ社長をこれでもかというくらい持ち上げながら気分よくさせていく。そして話に一区切りついたのか「ちょっと所要がございますので、私は」と言い、奥の一室へ消えた。


 

 俺は超高速で梶田氏を尾行して、戸をそっと開けた。

 事務室のようだ。

 この部屋は事務所なのだろうか。デスクや本棚があるのだが、その奥には小さな女神像のようなものまである。


 一人のようなので、高速で侵入し、彼の死角になるように動き続けた。

 あんまり首をふるな。

 びゅんびゅんとあちらこちらに移動。


 あ、いいもの発見。

 西洋風の鎧騎士の甲冑がオブジェとして置いてある。

 俺が今着ているフルメイルを『異空間招来魔法・アナザーゲイブ』を念唱して、急いで脱いで異空間にぶっこんで一時的に隠し、そんでもって甲冑を着て、何食わぬ顔で様子を伺った。

 

 いや、素早さ1兆とはいえ、結構疲れたぜ。

 とりあえず、目元の隙間から梶田氏を観察した。

 

 膝を折り、マリア像に向かって祈りをささげている。



「お父様、お母様。

 富裕者再生計画は順調に進んでおります」


 なんだよ、それ?

 まぁいい、聞こう。


「あなた達はいつもおっしゃっておりましたね。我が家にはお金がないけど、その分、弱い人の心の痛みを分かることができる、と」


 うん、良いご両親だ。


「うちは、とても貧しかった。

 それでも小さな薬局店を必死に経営し、近所の方達に本当に信頼されていましたよね。

 いつも優しい気持ちをみんなに与えていましたよね。

 だけど……結局、金持ちたちの餌食に……

 あの日の事は忘れられません。

 大手ドラッグストアーが進出してきて、一方的にうちを目の仇にし、嫌がらせ、買収、それでもうまくいかないから最後は裏でやくざを回して、店に火をつけました。あなた達は闇に消され、その犯人は私という事に……

 私はあなた達の仇をとろうとしました……

 刑務所を脱走し、あいつらの家に忍び込み、そして、決死の覚悟で鉄槌を下しました。

 その夜、どういう訳か、異世界に転生することができました。

 私はこの地で、あなた達の信念を広めていきます。


 ――人は貧しい故に、優しさを知ることができるのだと。


 相手は嘘八百を並べる、金持ちです。

 だから絶対にあんな外道共に騙されないと、強く心に刻みました。


 人は、お金を持つから不幸になるのです。

 お金持ちは、人を騙してまでお金を奪おうとします。

 それがお金持ちになった者のサガ。富裕者として生き続けようとするのは、こういうことなのです。

 あまりにも可愛そうです。


 だからすべて奪って、犯罪者に仕立て上げ、苦悩させ、お金を持った事を徹底的に後悔させて、天国へいざなってあげます。


 今日訪れた、調子に乗ったお嬢さんも同様。

 お金を持ったために悲劇な運命をたどる可愛そうな子羊達を、けがれなきこの私が浄化して差し上げます」



 こいつ、哀れなサイコだったのか。

 両親はまともっぽかったのに。

 恨みの矛先を見いだせずに、完全にぶっ壊れている。



 その時、部屋の戸がノックされた。


 梶田は振り返り、

「どうした? ここには来るなと言っただろう!」


 お嬢様をエスコートしていた金髪の出来ない黒服の加藤氏、そして後3名程だ。

「すいません。聖華様が、ここにはくだらない遊びしかないし、しょーもないし、つまらないし、あんたちゃんとエスコートできないから帰ると申されております」


 え、お嬢様はどうしたんだ?

 あ、そっか。

 ゲーム参加への無理強いをされたら、プロジェクト・3『駄々をこねてわがままっ子になる』が発動する手筈だった。

 そろそろ帰ってやらねば。


「あの小娘が……そんな生意気な事を言ったのか。

 ふふっ、それは違う。機械相手のゲームよりも、こちらの方が遥かに面白い。あのお嬢さんは、ここがあまりにも高レートだから恐れをなして遊べないのだろう。

 彼女の家が裕福なのは分かっております。護衛はレベル50前後。そのような男を雇えるなんてかなりの資産家だ。

 うまく所持金を揺さぶってやれば、湯水のようにつぎ込むはずだ。

 作戦タクティクス13(サーティーン)で行け」

「はっ!」「はっ!」「はっ!」


「おい、井頭いがしら。お前、ちゃんと分かって頷いたのか?」と梶田。

「え、あ、はい」と渋い顔をして頷く。


 梶田は胸の内ポケットからピストルを取り出すと、躊躇なく発砲した。

 同時に井頭の胸部を赤く染めた。そのまま前に崩れ落ちる。


「忘れたのか? 私は嘘を見破れる。加藤は分かっているだろうな?」

 と今度は銃口を、加藤氏に向ける。

「はっ! 13は、本日は勝たせろ、そして高額レートの魔力に魅了させろ、です」


 梶田はまた発砲した。銃弾は、加藤氏の太ももを貫く。


 梶田は、

「口に出すな。暗号の意味がないだろう。分かったらとっとと行け。

 て、おい、加藤、着替えていけよ。赤く染まったズボンなんてはいていたらおかしいだろうが。あと、あの武器工場の社長には、タクティクス48だ。奴は今日中に再生しろ」


 そして誰もいなくなると、梶田は煙草に火をつけて、軽く口をつけ煙を吐く。

「ふぅ。どいつもこいつもバカばかりだ。疲れる」


 そして一服終わると、手をパチンと鳴らす。

 奥の部屋からホームレスのようにススだらけのちっこいおっさんが出てくる。


「見かけない顔だな。新入りか? ゴミ片付けしろ!」と梶田。

「へぇ」

「もうちょっとマシな返事できねぇのか」

「だども……」

「ふぅ、まぁゴミ片付けの仕事なんて、これくらいのクズしか来ねぇか。さっさと働け」



 おっさんは、死体を箱に詰め、雑巾で床を拭き出した。


 このちっこいおっさんの顔には、見覚えがある。

 あ、そうだ。

 誠司さんがカジノ内で聞き込みをしていた一人だ。

 金で人を雇うとか言っていたし、もしかして彼も捜査メンバーの一員なのかな?

 


 梶田は腕時計を見ると、

「おっと時間だ。三時間くらいしたら戻ってくるから、それまでにキレイに片付けておけよ」

 吐き捨てるように言い放ち、この部屋から出て行った。



 梶田は簡単に人を殺しやがった。まるで壊れた道具を廃棄するように、あっさりと、ためらいなく。きっといつもやっているに違いない。


 とてもお嬢様には見せられないシーンだ。


 こいつの自分勝手な理念の為に、いったい何人殺しやがったんだ!?



 ふと頭をよぎった疑問なのだが、どうして死体遺棄の作業を黒服にさせないのだ?



 もしかして嘘が見破れるから、逆に誰も信用できないのか?

 だからそれぞれの業務を分けて一点には力を与えず、鍵のところは全部一人でやっているのか?


 梶田も哀れだ。

 理想を追い求め過ぎなんだろう。

 部下が嘘をつくのは決して悪い事ではない。

 人は、逃げ場がないといつか壊れる。

 俺だって営業職で新米を育てていた頃、小さな嘘くらい見逃してやっていたさ。

 寝坊した時の言い訳くらい言わしてやれよ。

 それくらいの心のゆとりがないと、部下は考える余裕ってのがなくなる。


 俺が見る限り、ここのスタッフ、決して無能ではないと思う。

 加藤氏だって、それなりに一生懸命やっているように見受けられる。

 

 なるほどな。

 みんな梶田を恐れて萎縮しているのか。

 


 だけど悪党には遠慮なくやらせてもらうぜ。

 まずは、ちょっくらおちょくってやるか。




 再びお嬢様と合流すると、使う予定が無いと思っていたプロジェクト777(スリーセブン)を発動させる。

『有り金を全部突っ込め、青天井だ!』

 


 ルーレットの台に座った俺達。

「しげるさん……ではなかった、ゴンザレスさん、また勝っちゃいました。どうしましょ? めんどくさいから、また全部賭けちゃいましょうか?」と作戦通りの大盤振る舞い。

「お嬢様、だ、大丈夫でしょうか? 俺はハラハラドキドキです」と俺も演じる。

 

 お嬢様は、ゴールドコイン(一枚100万円)をテーブルに山積みして、

「なによ! 私はお金持ちなのよ! 文句ある!?」


 我がままお嬢様オプションがうまく機能している。

 どう見てもこの姿、ギャンブルにのめり込んで調子に乗っているダメな子に見えるだろう。



 俺達にギャンブルの楽しさを教えてくれるんだよな?

 最高に楽しいぜ。


 チラリと、ディーラーの顔を見た。

 蝶ネクタイの黒服は、ポーカーフェイスを決め込んでいるが、分かるぜ。

 彼の鼓動は、今、ピークに達している。


 今日は勝たせてくれる約束だもんな。

 ボスのタクティクスは絶対なんだろ?

 勝手な行動をしたら撃たれちゃうよ?

 

 いつもは勝ち負けのバランスをうまく調整しているんだろうが、満玉張られたら、勝たすしかないわな。


 そうなのだ。

 こちらに勝たせてくれる作戦を聞いて以降、満玉張り倍々ゲームを繰り返していた。


 お、ようやく、敵さんが焦り出したか。奥の連中共が何やらヒソヒソ話をして、梶田ボスを呼びに行ったみたいだ。あの黒服は、加藤氏。片足を引きずっている。


 これで打ち切るか。

 お嬢様にフィニッシュのサインを出した。


 たった9戦。

 たかだか30分の間で、所持金を500倍以上の153600rira。日本円換算で1億5千万円まで荒稼ぎした。

 マジで金持ちになった。




 ギャンブルをしている際、あの武器製造会社の社長の観察も怠らなかった。

『今日中に再生させろ』とか言っていたから、気になっていた。

 梶田の言葉から推測するに、あの『再生』ってろくでもない意味なのだろう。


 だから始終、高速移動を繰り返しながら、社長の様子を伺っていた。


 ディーラーは武器屋社長を勝った負けたでうまく一喜一憂させながら、巧みに金を吸い上げていった。


 こうやって冷静に見てみると、ここのマニュアルはたいしたものだ。

 事前にリーズから情報を掴んでいなければ、俺達もこのオヤジのように丸裸にされていたかもしれない。


 社長が熱くなったところで、黒服はデカい賭けを持ち出す。

 

 裏部屋へ誘い、社長に何やらサインをさせて、モンスターバトルをやっている檻の中へと誘った。



 モンスター同士を戦わせて勝者を賭けるギャンブル。

 最低レートが、ゴールドコイン5枚から。

 つまり500万円から勝負できるところらしい。

 負けこんでいるから、一発逆転を狙っているのか?

 いわゆる絵にかいたような転落パターンだ。



 鉄格子の奥にある大きな扉がギギィと開かれ、また閉まる。さすがに鉄格子には鍵がかかっており、扉だって厚く、高速移動をもってしても、人の目の多いこの時間帯に違和感がないように忍び込むのは無理のようだ。

 出てくるのを待つか。

 この扉は完全防音仕様なのだろう。

 中の音はまったく聞こえない。


 だが俺の『聴力補正』のかかった耳には、「ぎゃー」という断末魔の叫び声が聞こえた。


 



 高速移動で事務所に忍び込んで、社長がサインをした紙切れを見た。

 それは借用書だった。


『私は会社を担保に入れ、金5億riraを借り入れます。もし返済できない場合、相応の労働に従事します。

 AKUTOKUウエポンカンパニー。代表取締役 桜井平蔵』




 あ、今、思い出した。

 あの社長さん、どっかで見たことのあるおっさんだと思ったが、まさか、AKUTOKU商事で営業部長をしていた桜井さんだったとは。

 

 気付くのが遅かった。まさか異世界で武器工場をやっていたとは想像の外だった。

 くそぉ!

 助けてあげられなかった。

 利益しか考えない酷い人で、上にへつらい下に厳しく、俺が冤罪かけられた時も鼻で笑って切り捨てた人だけど、……ごめん。




 それからしばらくして梶田が帰ってきた。

 状況を聞いて、少々青い顔をしている。


 加藤氏の頬が赤い。

 きっと殴られたのだろう。

 殴ったのは梶田か。

 でも勝たせるように指示したのは、あんただぜ?

 

 梶田は、

「さすが、聖華様。思った通り、ギャンブルの資質がおありのようで。その気品あふれたお顔、そしてその美貌の奥には、物語の裏の裏、真髄を見破れる神から与えられた知性まで備え持っていらっしゃる」


 すげー。

 こんな歯の浮いた長ったらしいセリフを、噛まずに言ったぞ。

 お嬢様は「ふん、そんな事は分かっていますわよ。ほほほほ」


 梶田は右の口角だけで微笑を作る。

「もっと遊んでいきませんか? あなたにはこの奥の部屋。エントランスト最高のショー、凶暴なモンスター同士で、熱い戦いを繰り広げております」

「やるかやらないかは、見て決めるわよ。それでもいいのなら、案内しなさい」


 梶田は一礼して、鉄格子を開かせる。

 大きな扉の向こうへ入った瞬間、唖然とした。

 

 あまりにも巨大すぎる。


 まるで映画館のような大ホールで、すぐ観客席があり、円錐状に掘られている。

 すり鉢状の広大な舞台中央には、いくつかの檻がある。

 その中には見たこともない化け物。

 顔がライオンだったりドラゴンだったりで、腕や足が何本もあり、背中にはトゲやら翼やら。

 図体だって相当でかい。3階の建物に相当する。

 キメラとか、ああいった類か?

 

 合成魔獣って、まさか!

 

 梶田は階段を下りていくと、檻に入り、魔獣の頭を撫でる。

「このモンスターは人間に危害を加えることはありません。バトルの前や後には、こうやってモンスターと親睦を深めることだってできます。それにお気づきのように、ここは通常、貸切です」


 そうなのだ。

 これだけ広いのに、俺達以外の客がいない。

 こんな面白そうな見世物なんて、ガンガン見せて、客呼びに使えばいいと思うのに。


「聖華様、どうですか? ムズムズするでしょう? やりたくなったでしょう? あなたの所持金が大幅に膨れ上がりますよ」


 お嬢様は、横目でチラリと俺を見る。


 俺は、熱いから手で自分を仰いでいるように、五指を開いて後方にパタパタと振る。

 プロジェクト5(ゴー)バック。『帰還せよ』だ。


 お嬢様は、

「ふぁ~。もう、なんか疲れちゃった。また来ます」

 

 ――嘘じゃねぇよ。次はあんたを潰しに来てやるぜ。



 そして部屋を後にする。

 梶田の舌打ちが聞えた。





 カジノを出たところで、「お待ちください」と俺達を呼び止める声がした。

 振り返ると、声の主は新米黒服クンの加藤氏だった。


「あ……。え~と。聖華様……」

「なんですか?」とお嬢様。


「本当に明日、モンスターバトルをされるのですか?」


 加藤氏に、俺は、

「なんでそんな事を聞く? あんたらのボスが誘っているのよ?」


「……来ないでください。お願いです。だって……」

 俺は加藤氏の口に手を添えて言葉を止めた。何が言いたいか分かったからだ。


 こいつ、いい奴だったのか。


「それを言うと、あんた、梶田さんに殺されてしまいますよ?」と、言ってやった。


 加藤氏は俺の手をはねのけると、

「……どうしてそれを!? とにかく来てはダメです。桜井社長は今日、事故と言うことで、コロシアム内で殺されました。ありもしない借金まで作らされ、その返済の為に、檻の掃除をさせられている最中、『再生』という名目で殺害されたのです。確かに桜井社長は悪い金持ちだったのかもしれません。

 でも、あなた達は違うでしょ?

 それ相応の努力をしてお金持ちになったんでしょ?

 ボクはそんな人が死ぬ姿を、もうこれ以上見るなんて耐え切れない!」


 

 加藤さん……。あんた……。


 俺は、

「加藤さんでしたよね。あなた、右足どうされたのですか?」

「あ、これはちょっと怪我をしまして……」


 それ、梶田に撃たれたんだろ?


「今すぐ病院へ行った方がいいですよ。ほっておくと右足が使えなくなるかもしれませんから、今すぐ!」

 あのカジノへ戻るなという意味を込めて、そう言った。


 何かが吹っ切れたのか、加藤さんは涙を流しながら話し出した。

「……ボクはこの仕事が嫌でした。だけど、必ず力のある者が訪れると信じておりました。その時に、一番情報を持っているボクが協力しなければ……。だからオーナーに悟られないように、口数を減らして、話す言葉だって慎重に選択しながらここに居続けました。……でも……同僚が撃たれた時だって何もできませんでした……。結局、ボクは……」


 そうだったのか。だから案内が下手だったのか。

 あまりしゃべられないから。

 あんた、嘘を見破れる恐ろしい相手に、たった一人で道化を演じながら頑張っていたんだな。


「だけどボクは、遂に暴露してしまいました。もうカジノへは戻れません。毎晩オーナーの情報の漏えいチェックがあり、「Yes」「No」で回答しなくてはなりません。ボクの人生は何だったのでしょう……」


 俺は加藤さんの肩にそっと手を置き、

「きっとどこかにスーパーヒーローがいます。あなたの声はきっとそのヒーローに届きます。だから絶対に逃げてください。このまま帰っても犬死するだけだから。

 最後に、俺達を助けてくれてありがとう」

「……ほんとうに悔しいです……」

 と漏らし、足をひこずりながら歩いていく。


 加藤さんは、ふと振り返り、

「もし正義の味方に出会う事ができたら、お伝えください。

 梶田は恐ろしい力を持っています。コロシアムにいる合成魔獣は、梶田の言う事しか聞きません。もし梶田がいなくなると、司令塔を失った魔獣達は暴れ狂い、地上へと放たれ、この街が滅んでしまいます。

 それと梶田自身の能力。

 奴は嘘をついた人間を普段は銃殺していますが、実は驚異的な力を持っています。

 睨んだだけで、相手をミイラのように骨と皮だけにして絶命させたのを目撃したことがあります。

 ボクは、事務所で漏らしていた独り言を盗み聞きしました。

 ――お父様、お母様、私の特記事項は最強です、と。

『だまされん』と『根こそぎ吸い上げる』を連動させることができる。

 そんな事を言っておりました」

 

 

 奴の特記事項。

 かなり広い意味で解釈されちまうのか。

 

 もしかして嘘をついた相手から、力を根こそぎ吸い尽くす事ができてしまうっていうことなのか?

 更に大きな解釈まで含んでいるのか?

 

 とにかくやばかったぜ。それを知らんで戦いを挑んでいたら……

 野郎があれほどまでに余裕だったのは、そのチートスキルがあるからか。

 土壇場でナイスな情報を聞けた。


 代償は『人を信じられない』だろうな。

 そう考えれば、手間暇かけて、複雑な組織を構築していたのもうなずける。

 信じられないなりに、組織をうまく機能させるために。


 それよりも嬉しかったのは、俺達の他にも熱い男がいたという点。

 大丈夫だ、加藤さん。あんたの思いは、絶対に俺達が叶えてやるからな。




 *




 その日の夕刻。

 赤い日差しが差し込む宿屋の一室で、俺達4人+見知らぬちっこいおっさんが集まっている。


 誰だ? このおっさん?

 いつの間にやら、みょうちくりんな仲間ができたのか?


 誠司さんが、

「紹介します。ゴミ片付けの業者に潜入してくださった、甲斐さんです」

「甲斐よしおと言います」


 あ!

 このおっさん。裏カジノの事務所で遺体の処理をさせられていた人だ。

 

 誠司さんは彼に、例の会社の二倍の給与(日割り計算)を提示して雇ったらしい。

 


 まず俺達から報告した。

 お嬢様はボストンバックに入った札束をみんなに見せる。

 100riraと書かれた紙幣がこれでもかってくらいある。

 日本円換算して、1億5千万円。


 さすがにこれには、誠司さんもリーズも目を丸くしてびびっている。

 今日から俺の事を、博打王と呼ぶが良い。


 急にお嬢様が立ち上がり、手を腰にあてて何やらカッコつけたポーズまで取って、

「今日からギャンブルクイーンとお呼びください。おほほほほほ」

 あ、セリフを取られた。


 それよか、まだわがままお嬢様オプションを引きずっているのかい。

 でも今日のあんたは、かなり出来る子だったから許す。


 それにごめんな。

 俺がそれを触っちまうと1万分の1になっちまうから、「俺、お金を見ると全部使ってしまう病にかかっているんだ。うぉ~、使いてぇ」とか適当な事をほざいて、お嬢様に運ばせちまった。

 入り口までは黒服が運んでくれたが、その後はお嬢様が、「んしょ、んしょ」と頑張ってくれた。

 少しして、その辺を歩いている小僧にチップを渡して手伝わせることに気づくまでは大変な重労働させちまった。

 ちなみにその小僧、案の定、持ち逃げなんてしやがるから、お嬢様がよそ見をしている隙に、小僧の首根っこを掴まえて、高速移動で誰もいない砂漠までやってきて、手を天にかざして『ファイナル・ディスティネーション』を最小限に抑えてぶっ放して、世界戦争最終兵器級の核爆弾をありがたく拝ませてやった後「おめぇも、お空に輝くお星さまになりてぇのか?」と言ってやったら、ガクガク震えてよく働くようになった。



 ちなみに、これが本来の目的ではない。

 裏カジノの間取りを書くと、ゲットできた情報を事細かく話した。


 加藤さんが打ち明けてくれた話は、決定打となるだろう。





 続いて誠司さんが口を開く。


 予想していたとおり、例の4社はすべて裏カジノと繋がっていたのだ。


 誠司さんが一連の計画書を作り、よしお氏を雇い潜入させた。

 リーズが密かに、彼の護衛をしていた。

 

 昼間に話していた行方不明の友人というのは、よしお氏の友人だったらしい。

 だからカジノに不信感を抱いている彼が、協力者として適任だと判断したとのこと。

 

 そして分かったのが、あの求人はすべて、使い捨て人員を見つける為のものだったらしい。

 ゴミ片付けが最終工程の業務に当たるらしく、よしお氏はすべてを目撃する事ができた。

 

 

 ●探偵補助は、カジノで金持ちを探す単純業務。

 懐を知る為に客と仲良くなるように指示が出ているらしく、顔が割れている本部の黒服には従事させられないとのこと。

 業務の終わりには梶田の個別チェックが行われ、情報を漏えいしていたら殺されるらしい。

 あと、給与前にも。



 ●社長秘書は、役所へ派遣され、カジノ関連会社に就職した者の戸籍の抹消を命じられる。

 探偵補助同様、情報漏えい者は抹消。

 給料前に、同様。



 ●魔獣合成。

 表向きは、ギャンブルで使用するモンスターの生成らしいが、実はカジノに強いプレーヤーがやって来てもいいように邪法を用い闇のモンスターを生み出している。コロシアムで見たキメラが、これなのだろう。

 ここへ応募したら魔獣合成に必要な生贄にされる。

 給与を貰う前に、あの世行き。



 ●ゴミ片付け

 上記の業務で出る遺体の片付け。

 一日の仕事が終わると、口封じの為に殺される。

 次のゴミ片付け要員によって処分される。

 給与?

 ……?

 


 マジか!?

 

 ひ、ひでぇ。

 もーなんつーか、やりたい放題じゃねぇか。

 この国には法ってもんがねぇのかよ!



 一通りの悪事を見て回り、任務を終えたよしお氏に梶田が銃を向けたところでリーズが登場、彼をさらって逃走したとのことだ。

 狩人属性を鍛えているから、これくらいの任務は容易と言っているが、あんた、レベル14くらいなんだろ? レベル14のプレーヤーは、大抵雑魚だと思うよ?

 きっとあれなんだろ? あんたの特記事項に書いてあった、『真の悪が目の前に現れた時云々』とかいう文面。そろそろそいつが拝めるのか?




 まぁ何にしても、とりあえずこれですべて分かった。

 かなりの多人数で動いている組織なのだろうが、結局のところ梶田を中心に回っているだけだ。梶田を潰せば、崩壊するだろう。

 内外両サイドから完全に抑えた。

 後は最後の詰めだ。





 そうそう。リーズがよしお氏を連れて逃走するとき。


 打ち合わせには無かったはずの、勇者アルディーンがヒーローっぽいバックミュージックと共に颯爽と登場して、

「だ、誰だ!?」と、梶田は銃を向ける。

「悪に名乗る名などない! キサマの悪事は全て暴いた。今夜12時、裏カジノへ乗り込み天誅を下すから覚悟しておけ! 悪党よ、今宵がキサマの見る最後の月となるだろう!」

 と、宣戦布告だけして立ち去ったそうだ。


 リーズはその事を省いて説明してくれていたのだが、誠司さんが「他に誰かいなかったか? もっと色々な事が起きた気がするぞ? 何かにおうぞ? ヒーローのにおいがプンプンする」と、とにかくしつこかったので渋々と教えてくれた。リーズは嘘がつけんもんな。大変な兄貴を持ったものだ。


 

 それよか相手は悪党だ。闇討ちしようぜ?

 

 

 すべて話し終えた誠司さんは、プッツン寸前。髪が半分くらい逆立っている。

 拳を強く握りしめて「人の命を何だと思っているんだ! 絶対に許せん!」と叫んでいる。

 気持ちは分かるけど、今は我慢しなさい。正体が、バレちゃうよ。てか、もうバラしちゃおうよ。

 付き合う方だって大変なんだからね。

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