17 ハンバーガーショップ
俺は他にも仲間がいるから声をかけてくると言って、お嬢様を連れてビップルームを出ようとした。
梶田氏はソファーから立ち上がると、ビップルームの戸を開いて、
「エントランストへの会員登録、心よりお待ちしております。そのお仲間の方にもよろしくお伝えください」
俺たちの姿が見えなくなるまで、丁寧に頭を下げたまま見送っていた。
お嬢様は、
「感じの良い方ですね。どんなゲームがあるのか楽しみです」
のんきにそう言った。
誠司さんにも声をかけ、俺たち四人は、カジノから出ると近所のハンバーガーショップへ行った。
今回の敵は組織的な犯罪グループである可能性がきわめて高い。
リーズの能力をみんなに告げられないにしても、できるだけ事の危険さを伝えておこうとした。
その上でGOと言えば同行するつもりだし、NOならそれで構わない。
だから俺は、
「かなり怪しいと思います。ここのカジノは裏で何かをやっている気がします。あ、俺、昔、探偵やっていたから……」
と、それっぽく言った。
お嬢様はストローから口を離すと、
「あら、しげるさんは弓道部じゃなかったんですか?」
まだ覚えていたのか?
「学生時代は弓道部で、社会人になってから探偵をしていました」
どっちもやったことないけど。
「へぇ、じゃぁ職業安定所に出ていた探偵補佐ができちゃいそうですね? あのお仕事、たった一ヶ月で1万rira以上も貰えるのよ。今度やりましょうよ!」
探偵なんてできねぇし、出来てもしねぇよ。あれ、むちゃくちゃ怪しいじゃん。
誠司さんが話に入ってきた。
「僕なりの調査なのですが、実はあの職安に張られていた破格な給与の仕事。どれも共通点があるんです」
?
確か業務内容は――
・探偵補佐
・社長秘書
・悪魔合成
・ゴミ片付け
これのどこに共通点があるっていうんだ?
誠司さんは、
「このカジノで遊んでいる方々の中には、お金を使い果たして露頭に迷っている者も少なからずいました。彼らの数人はここへ面接に行ったみたいなのです。
そして探偵補佐業務をしたことがある者の友人と出会うことができました」
ほぉ。
「彼の与えられた業務はかなり単純で、カジノで派手に遊んでいるビップな客を見つけるといったものでした」
なるほど。
だからお嬢様は簡単に見つかったのか。
でも、それだけの仕事にえらい高額だな。
「不釣り合いな金額に友人自身も驚いていたのですが、それを話した翌日、彼は行方不明になったそうです。そして役所に捜索依頼を出しに行くと、そのような人間は存在しないと言われました。
この世界では、家を持つと戸籍が与えられて、役所に登録されます。
もちろん、その友人には家があり、登録されていたのですが、数日後、家は競売にかけられておりました」
もろ、犯罪の臭いがするじゃねぇか。
「僕はそれらの会社の前で張っていました。面接に行った者から情報が欲しくて。
会社は別々の場所に存在したのですが、不採用になった理由は共通していました。
ガッカリとしょぼくれた二十代半ばくらいの女性が会社から出てきたので、訪ねてみたところ、面接官に『お金に困っていますか?』と問われ、さすがに『はい』とは言えず、首を振ったら不採用になったみたいです」
は?
バカにしているくらい明確だが、明らかに金に困った貧乏人を囲おうとしているだけじゃねぇか。
「元探偵のしげるさんに聞いてみたいのですが、これらの条件で思い当たる節はありませんか?」
「そりゃ、非合法な事をやらせたいからじゃないのですか? この世界にどれくらい法律が完備されているかは分かりませんが、切羽詰まった人間を欲しがるなんて、少なくとも著しくモラルに反した業務内容だと思います」
「やはり。僕も同じことを考えております」
なるほど。
さすが、誠司さんだ。
いつの間にかリーズが、机に布の袋を置いて、
「これ、カジノの裏に落ちてたよ」
袋を開けると、思わず口を押えちまった。
それは人の指だ。
きっとリーズはカジノの裏にあるビップステージとやらに忍び込んだのか。
それにしてもあいつら、いったい何をやっているんだ?
とりあえず大がかりな犯罪組織というのだけははっきりした。
どうする? ここはお嬢様に問いたい。
「もしかして……梶田さん、私をだまそうとしたのですか? それに多くの人までもだましてきたのですか? そんなの許すことなんてできません!」
……どうしたんだ。いつになく熱い。後先考えないのはいつものことだけど。
「僕もです」と、誠司さんまで言い出す。目が燃えている。
とりあえず、忠告だけはしておく。
「えっと。俺たちは初心者パーティだし、カジノには武器の持ち込みだってできない。それに相手はカジノ経営をやっているだけあって、だまし討ちは通用しないと思う。嘘や偽計なんてのもかなり厳しいだろう。そもそも、ハロワにこんなイカレタ求人を出してもお咎めなしなんて、はっきり言って相当な影響力を持っているってことだ。役場に相談するのが得策かもしれないよ……」
誠司さんは、
「役場に言っても無駄だと思うよ。しげるさんの言うとおり、かなりの力を持っている気がする。だから役場の人間だって抱きかかえているだろう。秘密裏に人を消すくらいですから。
だけど大丈夫です。僕にはいかなる邪悪をも貫く……ごほん、ごほん、情熱があるから。折角聖華さんが故意ではないとはいえ、大金までつぎ込んで正面突破のチャンスを掴んでくれたんだ。これは神か何かが僕たちに行けと啓示しているに違いない」
ヒロイックなあんたはそう考えちゃう?
あぁ、確かにあんたが極限にまで無双できる相手みたいだしね。
お嬢様も、
「これ以上悪い人に苦しめられている人を見たくありません。私もできることをします」
あ~あ、ガチ熱い誠司さんが伝染しちゃったか。
何気にあんたも、変身したらチートっぽかったよ。
リーズはスクッと席を立ってトコトコとどこかに行く。
トイレか?
少し様子がおかしかったので、「俺もトイレ」と言って、リーズの後を追った。
廊下で背中を見せたまま立ち止まっている。
なんか物凄く怒っているっぽい。肩が震えている。ちっちゃいのに凄まじい存在感がある。
「おい、リーズ、もしかして止めた方がよかったか? 最悪俺がいるから……」
「あたし、嘘がつけないから……。クールに徹しようと心を殺していますが、時折、感情が爆発しそうになってしまいます……」
「そうか。すまん。パーティを危険にさらすようなマネをして。止める方向に持っていくわ。でも今日はなんかいい感じだったな。一つのことに向かって、みんなの呼吸がピッタリだったぜ?
リーズの能力で黒幕を見破り、誠司さんの裏付けで確信まで至った。
そして聖華さんの行動のおかげで、あのヤバいカジノへの正面突破が堂々とできる。
みんなバラバラに行動していた筈なのに、いつの間にか同じ方へ向いていった……
なぁ、もしかして俺たち、あっちの世界でもこうやって協力をしていたのか?
俺が知っているのは誠司さんだけだし、そんな記憶まったくねぇけど」
リーズは、更に冷たい空気を放っている。
あ、そっか。
今は過去のいきさつを聞かねぇ約束だっけ。
とにかく彼女の機嫌を取ろうとした。
だって、なんだかスゲー怖いんだもん。
すると、リーズが凍るように低い声で話し出した。
「向こうの世界では、何ひとつ噛み合いませんでした。終わることのないボタンの掛け違いのように、互いの善意がすべて裏返しになっていくのです。
それはすべてあたしのせい。何もかも、あたしの……
だからあたしは腐った化け物と共に、すべてを葬りました。
最後にあたし自身も。
あたしの特記事項は、何行にも渡る懺悔と祈り。
そう言えば、このような事も書きました。
もし、あたしの目の前に真の悪が現れたら、地獄の使者となりて、したたかに闇へいざなう。
行きましょう。しげるさん。
大いなる悪と知った以上、見逃すわけにはいきません」
一瞬、リーズの背中に悪魔のような黒い翼が見えた。
気のせいか?