14 キャンプ
宿屋のロビーにある低いガラステーブルを囲み、誠司さんはこれからのプランを話し出す。
この街からヴァレリア公国までのルートは二通りある。
平坦な街道沿いに進むか、もう一つは山越えになる。
平地のルートはかなり回り道で、到着まで四日以上も要するが、街道の要所には宿場街があり、野営をしなくてもいいらしい。
一方、山越えは翌日の昼間には到着できる。
ただし山のどこかでキャンプするハメになる。
山といっても敵はゴブリン、巨大ムカデ、オオガラス程度で雑魚とのこと。
野郎のパーティなら山越えが一般的らしいが、女性陣がいるのを心配して誠司さんは遠回りのプランも候補に上げているのだろう。
だけどお嬢様は、
「は~い! キャンプがしたいです!」
そうくると思った。
お嬢様は目をうるうると輝かせて、はしゃぎだす一歩手前のご様子。
街をでると、またリーズが消えた。
こうやって意識して観察すると、今まで彼女が何をしていたのか分かった。
少し離れて、お嬢様の警護をしていたのだ。
リーズは、お嬢様の背後、上空など、死角に位置する敵を弓矢で落としていく。
だからあれほど隙だらけなのに、今まで無傷だったのか。
お嬢様はパタパタダッシュで敵に近づき、覚えたての氷結魔法を詠唱して敵にダメージを与える。
俺はリーズに近づき、
「あまり過保護にしてやるな」
「……」
黙ってはいるが、コクリと頷く。
「それよりか、誠司さんの特記事項の変身について詳しく教えてくれないか?」
「……沈黙をお許しください」
黒子に徹するのなら、パーティの特性を正確に熟知しておく必要がある。
だから、どうして? という気持ちで首を傾げた。
「……いえ、あまりにも恥ずかしいので……。変身には第三形態まである、では駄目ですか?」
すげぇ。更に先があったのか。
さすがだ。
「冒頭30文字程度でいいから、教えてくれないか?」
「……」
リーズはかなり迷っていたが、
「ほとばしる熱い血潮が僕の鼓動を揺さぶる時、獅子王の如く気高い勇者の雄叫びが……」
その辺りのくだりで、彼女は真っ赤になった。
前置きだけで、スゲェー長っ。
そんでもって、まだ変身の文面に至っていない。
友達の恥ずかしい日記を見てみたいとかいう、そういったイヤらしい気持ちではなく、二点確認したくて聞いたのだ。
リーズも気づいたらしく、
「……しげるさんのおっしゃりたい事が分かりました。見落としておりました。邪属性に対しては限りなく強いのですが、これはかなり危険な力です。後程、全文を書き記し、お渡しします」
まぁ、実の兄貴の日記に、このような言葉が羅列していたら思わず見なかった事にしようと目をそらすのが通常だろうが、ヒロイックな誠司さんのことだ。
一見カッコいいけど、危険な状況に陥るような言葉がたくさんありそうだ。
長文なら特に念入りにチェックしておきたかった。
後はもう一つ。
リーズの『ステータスシースルー』の精度。
特記事項に書かれた文面を、どこまで正確に読み取れるかという点だ。
これについて問うと、
「はい。あたしは有効事項と無効な文面を見分ける事ができます。有効事項にはオレンジ色のラインが入っています」
つまり『Aの家が火事になれ』といった単なる私怨は弾かれているってことか。
それだけ分かれば十分だ。
「最後に聖華さんの特記事項を教えてくれないか?」
「……」
沈黙を選択した。
言いたくないのか?
もしかして見えないとか?
それとも。
彼女が沈黙すれば、それ以上言及しない約束だった。
「分かった。ありがとう」
礼を言い、誠司さん達がいる最前列に合流した。
*
山頂を超えた辺りで、日は陰り出した。
背の高い木々が覆い茂る、大森林。
壮大な大自然の中で、キャンプファイヤーを囲んで、四人は鍋をつついている。
なんと誠司さんは、料理までできたのだ。
そういえば独身とか言っていたな。
娑婆では相当モテただろ?
まぁいいか。
それよか折角俺の『料理スキル』とやらを披露しようと思ったのだが、次回のお楽しみとなった。
メインの食材は、いつの間にやらリーズがハンティングした数羽の野兎。
それらを解体していく誠司さんを、お嬢様は遠巻きからこわごわとチラリと見ては目を逸らしていたが、今では「おいしいです」と言いながら箸とお椀を持ってハフハフ頬張っている。
お嬢様には早いうちに色々と経験させておかなければ、悪党共が集結するヴァレリア公国に行ったときに大変だ。
だって、外見だけで言えば16歳のとびっきりな美人。
危険はつきものだ。
ざっ。
草むらから、音が聞こえた。
「誰だ!」
誠司さんは腰の剣を抜き、走り寄る。
俺も彼の後を続く。
人だ。
木を背もたれにして腰を落としている。
年齢にして、二十歳前後。
ショートで癖のある赤毛、頬にはそばかすのある女性。
ボロボロのレザーアーマーに、腰にはシミター。
頬はやつれ、かなり憔悴しきっている。
左腕は肘から先が無く、自分で手当てをしたのだろうか、包帯がうまくまけていない。
目は虚ろで、動物か何かの骨をかじっている。
誠司さんは剣を収めると、
「お、おい! 大丈夫ですか!?」
「……はぁ、はぁ……」と荒い呼吸をしていたが、俺たちに気付くと女性は「……あ、はい」とうなずく。
「どうしたんですか? 道に迷ったんですか?」と誠司さん。
「……そんなところです」
「待っていてください。今、温かい食べ物を持ってきますから」
誠司さんの言葉に、赤毛の女性は、口元を緩め安堵の表情を浮かべた。
「しげるさん。気を付けてください」
いつの間にか、リーズが俺の背後に立っており、小声でそう告げた。
俺も小声で、
「特記事項がやばい奴なのか?」
「相当。……あの女、美人なら誰でも容赦なく殺します」
お嬢様を一瞥した。
聖華さんは、この女の為に、お椀に兎鍋をよそっている。
「レベルは?」
「18。素早さを重点的に上げており、狩猟スキル等のサバイバル用のスキルを持っている盗賊属性です」
――どうする?
今、始末してしまうのは簡単だ。
だけどこのタイミングで殺ると、誠司さんに強い不信感を抱かせてしまう。
相手は瀕死状態の女性。
誠司さんなら容易に返り討ちにできるだろうが、狙いはお嬢様だ。
「リーズ、あんたの特記事項を誠司さんに告げて、状況を飲み込んで貰えないだろうか?」
リーズは沈黙を選ぶ。
そういえば、リーズは正体がばれるのを懸念していた。
リーズが自分の特記事項を話すことで、まずい事態を招いてしまうのか?
「もしかして、今それを話すと、今朝方言っていた『4人の心がバラバラになる』という条件が発動するのか?」
リーズはうなずく。
やっかいだな。
なんとでもつくろえば良さそうなものなのだが、そうなのだ。リーズは嘘がつけない。
――仕方ない。慎重に様子を見るか?
リーズに視線だけ流し、問うた。
「呪殺系か?」
「いえ。一撃必殺はありません。強い恨みの念を抱いているだけです。
有効特記事項、読み上げます。
――あたいは美人を許さない。はらわたを抉り取って絶命させてやる」