11 聖華さん
役場で報奨金を受け取ったとき、誠司さんは「均等に分配しよう」と言い出した。
もちろん大金を持っているのを見られると危ないので、受け取った直後、役場の一室を借りて会議をしている。
でも俺が手にすると、ほとんど溶けちまうので頑なに断っている。
あと、お嬢様も寝ていたんだし、ロリッ子に至ってはすでに何をしていたのか記憶にすら残っていない。
だから誠司さんが全部貰うようにと言ってはいるのだが、
「駄目だ。これはみんなで勝ち得たのです。それに、みんなを危険にさらしてしまった罪が僕にはある。だからみんなで分けよう」の一点張りだ。
仕方ないので、
「俺、浪費家で金の管理ができないんです。誠司さん、預かっておいてくれませんか?」
あんた、貰っとけよ、というつもりでそう言った。
お嬢様が突然手をあげて、
「はい、は~い!! お金持ちの私がしげるさんのお金を管理してあげます!!」
とか言い出す。
さすがの誠司さんも、後先考えず使っちまうお嬢様に金を渡すことを悩んでいたが、
「誠司さん、絶対、私ばかりいじめていますよね?」
とか言われたもんだから、しぶしぶ手渡す。
忠告を聞かず、たいまつを買って注意された事をまだ根に持っているのか?
いじめているのではなく、きっと、しつけだよ?
お嬢様は、ちっちゃい子みたいな行動ばかりするから。
とりあえずお嬢様が、メンバーの中で一番ビップになった。
お嬢様の残金:50118rira
日本円換算 約501万円
大丈夫か? と心配になるが、お嬢様はお金を受け取ると、うれしそうにリュックにしまう。
そしてお昼時。
「しげるさん。お金持ちの私がごちそうしてあげますわ」
とか言い出す。
俺には、『弓矢生成』による食料無限増殖がある。
別にごちそうにならなくてもいい。
「聖華さん、俺はいいです。ダイエットをしていますので」
「ダイエットなんて、あきらめた方がいいと思います」
うるさい。
俺の手まで取ろうとしたので、しぶしぶついていくことにした。
やっぱ誠司さんは誘わない。
ロリッ子はどこだ?
あ、誠司さんの横にいた。
どうも存在感が薄い。
そしてハンバーガーショップの店内。
店内の端には観葉植物まであり、そこそこにぎわっている。
ここが気に入ったのか、よく買ってはおいしそうに食べている。
お嬢様にハンバーガーはあまり似合わない。
まぁ本人が嬉しそうなので、別にいいのだが。
ハンバーガーとポテト、ジュースを買ってくると、俺の席まで持ってくる。
「はい、恵んでさしあげますわ」
「どうも」
「どうもじゃないでしょ? ありがとうございます、でしょ」
「はい、ありがとうございます」
こんな具合なのだ。
彼女には、ハゲた豚である俺がどういう風に映っているのだろう。
それにしても不思議なのだ。
女性が苦手なのだが、彼女とはそれなりにしゃべれてしまう。
なんというか、
例えるなら、夜の公園。
女子高生が泣いていたとしよう。
誠司さんなら、心配して「大丈夫ですか?」の一言くらい声をかけるかもしれないが、俺には無理だ。
結局のところ「何、こいつ」と思われるだけだろうし。
だけど、四、五歳の小さな子どもが「あーん、あーん」と泣いていたら、そりゃ、俺だって大人だ。迷子だったらいけねぇから、一応は気にかける。
そうなんだ。
このお嬢様、17歳なのだろうが、仕草がまったくもって子どもなんだ。
しゃべり方こそ丁寧口調なんだが、危なっかしい小さな子供といるような感覚なんだ。
パタパタダッシュや、扉を開けるとき振り返った仕草なんかもそう。
当初、ツンツンしているから、ツンデレ属性にぶちこんだのだが、ツンツンしたり、むっとしたり、笑ったり、はしゃいだり、と、感情をモロにさらけ出している。
極めつけは笑った時の顔。
レディーらしさが微塵も感じられない。
なんというか、無邪気な笑みってやつなんだ。
ロリッ子の方がまだ年上に思えちまう。
「私、キレイ?」
まぁ、美人だよ。あんた。
ハンバーガーをむしゃむしゃ食べながら、うれしそうに話しだす。
「実は私、お願いしたんです」
?
「特記事項にキレイになりたいって書いたんです。そうしたら、こんなにキレイになれました」
と笑う。
なるほど、それでこんなに美人なのか。
「具体的にどうやったか聞きたいですか?」
そりゃもちろん。
お嬢様はポテトを口に含みながら、
「ルックスをさげてボーナスポイントを増やして、キレイになりたいって書いたんです」
なにっ!
その手があったのか!
もしかして、俺は、やっちまったのか!?
ルックスを下げても、イケメンになりたいとか書くことができたのか!?
いや……
俺は入金率をさげて、その分経験上昇率を上げた。
その行為はプラマイゼロだ。
「も、もしかして、具体的に書いたのか!?」
お嬢様は、一瞬顔を青く染めたが、うつむく。
それを誠司さんがやっていた。
覚醒後の『不屈の勇者、アルディーン』だ。
あれは絶対に、こうなってああなってと書き綴っているはずだ。
第三の眼とか、聖なる紋章とか、書いたんだろ? なぁ誠司さん。
ルックスをさげても、目は切れ長で、鼻はすらっと高く、黒髪の云々とか、まるでエルフのような容姿とか、そういう手があったのか?
そ、そうか!
あの俳優のようになりたいとか書けば良かったのか!!
くそぉ! 気付かなかった。
俺はもうハゲた豚だ……
どうすることもできねぇ。
も、もしかしてこのお嬢様、こう見えても出来る子か!?
「ルックスはいくら下げたんですか?」
「……16」
すごい。
マイナスに持っていけるまで知っていたのか?
この子、賢い!
マジマジとお嬢様の顔を覗き込む。
どうしたんだろう?
泣きそうな顔をしている。
しばらくすると歯を見せて笑い「違うお話をしましょ」と切り出してきた。
「どうして? もっと教えてよ」
お嬢様はごまかすように、にこっとだけ笑って「違う話をしましょ」と繰り返す。もうすっかり空っぽになったジュースをストローで吸いながらまた笑う。明らかに作り笑いに思える。まるできまりの悪い話をごまかしている小さな子供のしぐさのようだ。
――もしかして……
この子……
――子どもっぽい仕草。
――勉強のできる17歳。
なんとなく分かっちまった。
「大学、行きたかったのか?」
「……はい」
「お父さん、お母さん……」
「……ねぇ、違う話をしましょ」
……やはり、聖華さんは……
「聖華さん、ごめん、ちょっとトイレ」
「食べすぎるからです」
目の奥が熱くなる。
トイレに行き便器に座ると、声を殺して泣いた。
お嬢様がどういう人か、なんとなく想像がついてしまったから。
ルックスをさげて、キレイになりたいってこれしかないじゃん。
顔にあった大きな傷跡、やけど、もしくは欠損、それを治したい。
それは全身にまで至っていたのかもしれない。
友達と触れ合うから、いろいろ分かるんだ。
でも最低限なら親が教えてくれそうなもの。
だから……
ちっちゃな頃に、大きな事故にあった。
もしかして家が火事にでもあったのかな。
だから親戚か誰かに引き取られた。
顔に傷でもあって、友達にいじめられたんだろうか。子どものいじめは残酷だ。一番イタイ事を平気でいうからな。でもそれは仕方ねぇ。知らねぇんだもん。まだ人の痛みってやつを。
きっと学校に行っていない。
聖華さんは常識を知らなすぎる。
友達と遊んだり、喧嘩したりして覚えるようなことを。
それでも親がいれば、教えてくれそうなもの……
だから……
そんな聖華さんは、頑張った……
彼女はむちゃくちゃ頑張ったに違いない。
きっと大きな目標があったんだろう。
大学、就職、色々あるだろうけど、大学のキーワードでうなずいた。
大検でも受けるつもりだったのだろう。
でもとてつもない、大きな壁にぶち当たってしまって……
心が折れ……
最初の人生を捨て、特記事項に、キレイになりたいとお願いを書いたんだ。
そうなんだろ?
でも良かったな。
キレイだよ。
……マジで。
だから聖華さん、目が覚めたら、剣と魔法のおとぎ話のような世界に来ちまっていたから、むちゃくちゃうれしかったんだ。
自分が、エルフや妖精になって生まれ変わったと錯覚するくらいうれしかったのだろう。
最初、弓矢を選んでいたな。
たぶん、体をまともに動かせなかったんだろ?
自分に何ができるか知らないから、一番難しい武器を選んでしまった。
最初はツンとしていたな。
正直にシャツなんていらないと思ったのか?
俺に弦を張ってもらった時、うれしくてうれしくて仕方なかったんだろ?
使い方が分かったら、飛んで行ったもんな。
しばらくして、「ありがとう」を言わなきゃいけないことに気付いた。
他人に親切にしてもらったことがなかったのか?
教えてくれる人がいなかったのか?
頭では知っていた。
あんた賢いもんな。
でも……
あれ……
当たり前のように使っているけど練習がいるんだ。
よく見かける風景だけど、小さな子が、おじさんからお菓子を貰ったら、お母さんが「ありがとうは?」としつける。
それで反射的に使えるようになるものなんだ。
誰かに育てて貰ったとは思うけど、そんなことすら、教えてくれなかったのか?
テレビゲームを買い与えて貰ったのだろうけど、その人は愛してくれなかったのか?
あんた、ずっと敬語だよな。
そいつにも敬語使っていたのか?
そいつ、親戚とか、身内とかじゃなかったのか?
……。
だから「ありがとう」「どういたしまして」
俺とのこのやり取りが嬉しくて、楽しくて仕方がないんだろ?
だからバカのように、俺にいろいろ買ってくれたんだろ?
きっと「ありがとう」が言ってもらいたくて。
あんたは、白い。
あまりにも真っ白すぎる
ここには恭志郎のような弱い者を食い物にする外道がいるんだ。
聖華さんが大丈夫な訳がない。
いいよ。
生きていくための基本だけなら教えてやるよ。
一応、大人だし。
だが、卒業試験を設ける。
もしあんたが、前の世界で超えられなかった壁を超えることができれば、その時が合格。
俺はあんたの前から去る。
だって頑張り屋さんの純粋な女の子が、一度は命を絶っちまうくらいでっかい壁を越えて成長したら……
きっと、マジでいい女になっちまう。
俺を嵌めやがったクソ女の正反対。
誠司さん、女バージョンだ。
そんな奴がいたら……
……俺、
惚れちまうかもしれない。
だから、あんたの前から去るよ。
まぁ大丈夫だ。
卒業しなくても、安心な状況になれば消えてやるよ。
いつまでもこんなハゲたブタといても、しょうがないだろうしな。
過去のトラウマなんて超える必要なんてない。
純粋のままだって幸せになれると思う。
だからもう一つのゴール。
それは誠司さんを王様にしてやることだ。
俺は昨日の事件以降考えていた。
誠司さんも真っ白過ぎる。
きっとすぐに騙されて殺されてしまうくらい純真。
だけど、聖華さんと違う。
誠司さんの白さ。
あれはギトギトに塗りたぐられた黒い重油の上に、白いペンキを何重にも塗っているようなものだ。
彼は世の中のどす黒さを、これでもかってくらい知っている。
大抵の奴なら、取引企業のせいにしたり、従業員のせいにしたり、銀行が金を貸さなかった、時代が悪い、社会が悪い。
それを一切言っていない。
不幸を乗り越えて、それでも尚、白くあろうとしている。
まさに鋼の精神、オリハルコンメンタル。
そういう奴、なんていうか知っている。
どうなるべきかも知っている。
指導者だ。
だから、誠司さんは王様になれ。それが似合っている。
あんたは真のリーダーだ。人の上に立つべき人間。
いい国になるに違いない。
彼が王になれたら、俺は去る。
その時、俺が「Y氏」と名乗ったら、あの熱血野郎、泣くかな?
まぁ、とてもこのハゲた豚と同一人物には思わねぇだろう。
あんたにとって「Y氏」は、真の絶対神なんだもんな。
俺はステータスに書かれてあるだけだ。
誠司さんは絶対に裏切らないから、聖華さんを守ってくれる。
聖華さん、最強国の王様に守ってもらえ。
その後、俺、どうしよう。
こうやってちょっと良いことでもして諸国を回ろうか。
それにしても二人とも、特記事項の秘密なんてよく気づいたもんだ。ふふ、誠司さんは『誓い』で、聖華さんは『お願い』か。まぁ、次の世界でこうありたいってのがあれば、思わず書いてみるわな。
純粋なんだな。
――純粋?
逆に悪党だったらなんて書く?
誠司さんのように裏切られた人間だったら……いや悪党でなくても、大抵の人間は絶対こう思う。誠司さんの真逆の『もう絶対に誰も信じない』
それを書いたらどうなる?
かなりの負荷だ。
信じないのだから、町での生活に支障をきたす。
・約束の時間が信じられない。
・販売されている商品、値段が信じられない。
・宿屋に泊ったら寝こみを襲われる。
・食い物には毒が。
もう人の町では生きてはいけないだろう。
もしそんな奴がいたら、そいつはどうなる?
ボッチな性格なら仙人。
クレイジーなデンジャラスサイコなら破壊神みたいなハードな人生を目指すしかねぇ。
そんな奴、いるかどうかも分からんねぇし、そもそも憶測だ。
だが、四人中、三人が、特記事項になんらかを書いている。
ふとその時の気持ちを書いてしまう奴が、他にもいるかもしれない。
人生の負け組なら、大抵の場合、愚痴を書く。
あいつを呪い殺したいとか、このゲームに関係ないことを書いていたら何も起こらんだろうが、よくないフレーズがあまりにも多い。
……。
こうしてはいられねぇ。
あいつらの為に、今、俺に何ができる。
まず、ガチガチにレベルを上げてやらなければ!
不屈の勇者は弱点だらけだ。
急いで便器から立ち上がった。
トイレの入り口にある鏡に、ハゲた豚が映っている。
そいつは、なんともいい顔をしている。
最初見た、3Dモデリングされた暗い顔の俺より、随分と生き生きと笑っている。
って俺は、こんな時に笑っているのか?
そっか。俺、最初はソロで行こうとしていたんだ。
誰も信じずに、身勝手に最強人生を堪能しようとしていた。
それなのに、こんな感情が湧いている。
忘れていたよ。誰かの為に頑張るって、こんなに楽しかったんだ。
ガチで熱い奴がそばにいるから、そんなくさい台詞が普通に出ちまったな。
ようやく俺に、この世界での目標ができた。
弱点だらけのスーパーヒーローに、生まれ変わったシンデレラか。
未熟な精神の俺だけど、あいつらを一人前にしてやる。
おこがましいこと甚だしいけど、それが俺の楽しみになった。
誠司さんをこっそり援護射撃しながら、お嬢様をしつけつつ、ロリッ子は? あいつはよー分からんから、後回しだ。
鏡を指さして、言ってやった。
「おい、そこのおせっかいなハゲた豚。てめぇは真の絶対神を目指せ!」