10 勇者
壮絶な一日だった。
丁度、今、悪党共を監獄にぶち込んだところです。
あれからどうなったか聞きたいって?
正直俺は、忘れたいんだけど……
でも、やっぱそうよね?
なんかいい所で終わっていますもんね。
分かりました。包み隠すことなく全部お話します。
第三の眼まで開かれた、光輝く正義の味方を前にして、海賊共は、まぁそりゃぁたまげたさ。
腰を抜かした親分の恭志郎は、ヒーローを指差し、
「てめぇはいったい何者だ!?」と、悪役の決まり文句を叫んだ。
誰って、あんた、知っているでしょ? 彼は誠司さんって名前だよ。
だけど、やっぱり期待通りの答えだった。
「不屈の勇者、アルディーン!」
って、絶対に笑っちゃぁダメだよ?
ぼくらのアルディーンは超カッコいいんだ。
きっとこういう時の為に、あれやこれや一生懸命名前を考えて熱くなっている誠司さんを思い浮かべては絶対にダメだよ。
海賊共が、
「てめぇ、正体隠していたのか!?」
なんて咆哮を上げながら、殴りつけてくる。
俺はそれを顔面に浴びながら、
「アルディーン。助けて!」と叫んだ。
アルディーンは両腕を天にかざし、そのまま胸の前で十字に組み、そして
「いくぞ! 高速の聖なる稲妻――オーロラ・シャイニング・レスティネーション!」
アルディーンは敵にむかって拳を飛ばした。
高速だったら、ツーターンも使って、あれこれポーズをする意味ないじゃんとも思いつつも、その最強奥義で、悪党どもを粉砕した後の祝福の言葉なんてのを考えていた。
そして悪を貫く真っ赤な流星が、恭志郎の顔面に激突するその瞬間――
その拳は止まった。
恭志郎は、
「どうした? 何故トドメをささん?」
「あなたを裁くのは僕ではない。法によって裁かれる。あなたは多くの罪を犯してきた。だからこのまま死ぬことを許さない。これからあなたは時間をかけて、悔い、悩み、そして償い、生まれ変わるのだ。もし再び悪事に手を染めれば、その時は容赦しない」
誠司さん……じゃなかった、アルディーン、駄目だよ。
あんた、色々としゃべっちゃったから、感のいい悪党なら、あんたの弱点に気づくぜ?
恭志郎は地面にうなだれて、
「負けたよ」
そしてアルディーンは、なんかカッコいい感じに逆立った髪をなびかせ、敵に背中を見せる。
「かかったな。アルディーン!」
恭志郎、以下子分たちは腰の刀をとって、斬りつけてくる。
アルディーンは振り返ると、
「ひ、卑怯な!」
アルディーンは、一斉攻撃も弱点のひとつなんだから自覚してよ!
まったくもう、くそったれ、俺はどうしたらいいんだ?
こんな雑魚共、瞬殺なのに。
俺は右を指差し、
「あっ! アルディーンの仲間が!」
「なんだと」
みんな一斉に右を見る。
その隙に、左側の壁に穴が開けたくて、鼻くそをほじって飛ばした。
洞窟内で魔力1兆の俺が、魔法なんてぶっ放つなんて危険だ。
だから考えられる最低の攻撃をした。
壁に巨大トンネルができる。
それと同時に、アルディーンの片腕を持ち上げて、穴の方へ向けた。
巨大な衝撃音で、みんな一斉にアルディーンを注目する。
どうだ?
これでアルディーンが、軽く腕を伸ばしただけで穴が空いたように見えただろう。
俺は海賊共に聞こえるように、
「あれ? あれれ?? アルディーンの仲間だと思ったら……。目の錯覚だったか」
そして目を円くして、腰までぬかして穴の方を指差して、
「ええええええ!! な、なんだ、これ!! す、すごい! お前ら、見たか!? アルディーンがちょっと本気を出したら、この程度だぜ」
という、三文芝居の為の『鼻くそ・嘘・ぶったまげる』という三連動作を、アルディーンの超必殺技『高速の聖なる稲妻――オーロラ・シャイニング・レスティネーション』より、超高速にやってのけた。
さぁ、アルディーン。
ここまで作ってあげたんだ。
この場面では、何を言っても様になる。
あんたの最も好きなフィニッシュの名台詞を言っちゃってくださいよ。
って、アルディーンもびっくりしている。
そりゃそうか。
予期していない出来事だろうから。
仕方ないので、
「俺は見てしまいました。あなたの怒りが頂点に達するとき、伝説の鷹が洞窟内だというのに舞い降りてきて奇跡が起きたのです。そして分かったでしょう? こいつらは悪党。情けなど必要ありません。
さぁ! その怒りの炎につつまれる紅蓮な拳でトドメを」
恭志郎を中心に海賊共は、「ひぃ~。お許しを!」と泣き叫び土下座をして命乞いをしている。
恐らく誠司さんなら躊躇してしまうだろう。
だから、これだけの短時間の間に考えておいたよ。
誠司さんをうまく誘導して、こいつらに鉄槌をくだす完璧な方法を。
俺は、ためらっているアルディーンの肩にそっと手を置き、
「分かります。あなたの事です。躊躇しているんでしょ?
もし殺せないのでしたら、改心させるしか他ありませんよ?
だったら愛のビンタです。最近では体罰だと問題視されていますが、口で言って分からん奴には結局のところ体で教えてやらんといけんのです。悪い奴を改心させるには、愛のビンタしかありません」
そして海賊共に振り返り、
「ほら、お前ら、一列に並べ!」
これぞ、完璧な手。
誠司さんの拳は、いなかる邪悪をも貫く聖属性。
もしこいつらの命乞いが、この場をつくろうだけの嘘八百なら、真っ赤に燃える誠司さんの右手に触れた瞬間、余裕で切り裂かれる。
もし本当に改心しているのなら、愛の制裁を受けてお終い。
まぁ、こいつらは根っからの悪党だろうから、口だけに違いない。
俺の最後の仕事は、誠司さんに、悪党どもが弾け飛んだことに気づかないようにうまく誘導させながら連続ビンタさせるだけだ。
今日イケてるあんたの為に、ここまで頑張ったぜ。
恭志郎を右端に、海賊共を一列並ばせた。
そして恭志郎にアルディーンの愛のビンタが炸裂。
よっしゃ、次!
って、あれれ。
弾け飛ばねぇぞ。
どうしたというのだ?
まさか、こいつら、マジで反省していたのか??
いや。
違った。
アルディーンの翼は無くなり、第三の眼も閉じて、元の誠司さんに戻っていた。
「誠司さん。どうしちゃったんですか? 怒れ! ぷっつんするんだぁ!」
「しげるさん。相手を改心させるには、怒りの力を使ってはいけない。慈悲と博愛の精神で叩かねば。そしてその痛みを己自身に受け止めながら叩く。
それが愛です」
誠司さんは、泣いている。
泣きながら、悪党共に、ビシャ! ビシャ! とビンタを放つ。
たぶん、あんたのノーマル腕力じゃぁ、さほど効いていないと思うよ?
まぁ本気を出したら、軽い一撃で壁が壊せるってことになっているから、強さを疑われることはないと思うけど。
その後、誠司さんと俺は、悪党共が持っていたロープやら手錠でこいつらを縛り付けた。
よっぽど睡眠薬が効いていたのだろう。
これだけの騒動があっても女子メンバーはスヤスヤ眠っている。
誠司さんは机で眠っている二人を奥の部屋のベッドに連れていった。
「誠司さん、悪者達は俺が見張っていますから、あなたも休んでください」
「いえ、僕も……くっ」
不屈の勇者、アルディーンはその役目を終え、重力に従うように真っ直ぐと崩れ落ちた。
俺は彼を抱えて奥のベッドに寝かせると、朝まで寝ずの番をした。
縛り付けた悪党共の前に、椅子を置いて座る。
奴等は、俺に色々と言ってくる。
恭志郎なんてひどいもんさ。
「なぁ、ブ男。助けてくれねぇか? もし助けてくれたら、女を紹介してやるぞ。とびきりの美女だ。どうせモテないんだろ?」
いいえ。結構です。天敵ですから。
「何だ? 女に興味ねぇのか? じゃぁ、金はどうだ? たっぷり恵んでやるぞ。まぁ、俺の本当のビジネスを知られちまったから言うが、ぶっちゃけ相当持っているぞ。そうだな、10万リラでどうだ? 日本円に換算すれば1000万円だ」
興味ないです。手に取った瞬間、1000円になっちゃいますし。
「おめぇ、欲ってもんはねぇのか? 欲の塊のブタにしか見えねぇんだが? どっちかと言うと勇者アルディーンより、こっち側の人間だろ?
だっておめぇのその面なら、肩にトゲのあるアーマーを着るだけで、何となく中ボス的な貫録のある悪役になれそうなんだがな。どう見ても、正義の勇者パーティにいるようには見えんし、いろいろと勘違いされて損すると思う。もっと外見を生かせよ」
いらんお世話です。
この悪党共、もうトドメを刺しちゃおう。
上から岩が降って、全員死んじゃった事にするか。
と思い、俺は椅子から立ち上った。
「てめぇ、もしかして、勇者アルディーンを呼びに行くつもりか? ま、待ってくれ。ブ男なのに、正義の心があるとは思わなかった。許してくれ」
……。
まぁ、恭志郎は勇者アルディーンを恐れているのだろうし、それだったら安易に復讐をしそうにもないと思い、こいつらのムカつく話を聞きながら朝を迎えたという訳なのだ。
ひとつ、いいことがあったとすれば、悪党を監獄にぶっこんだら、役場から報奨金10万リラ貰えたという点だ。
いきなり金持ちパーティになれた。