9話 初仕事
桜の花も散り、穏やかさを増した春の陽ざしは、人々を外へと誘いだす。空がご機嫌で、晴れ渡っていれば尚更だ。都内の公園は、親子連れでにぎわっていた。
「ママ、この前は東京タワーに行って楽しかったね」
「そうねぇ。パパが、東京の本社に転勤になって良かったね」
女の子は、握った手の先の母親を見て微笑んだ。母親もそれに応えて微笑んだ。
「今日はね、この公園でゑびす町の春祭りがあるんだって」
「そうなんだ。……あ、ママ、お店も出てる。……それから、あそこにゑび子ちゃんもいる」
娘の言葉に視線を向ければ、露天の裏のベンチに人影がある。やたらでかいが、子どもをモチーフにした着ぐるみらしい。おかっぱ頭に、白いブラウス、赤いつりスカート、そして、顔が、ゑびすのゑ。
この町に引っ越したばかりの娘は、幼稚園にもすぐに馴染み、そこでゑび子の事も知ったらしい。
数日前、東京タワーに昇った時は、龍が見えるなどと言って心配させられたが、これなら大丈夫そうだ。
「ママ、ゑび子ちゃんはね、ゑびす町のマスコットなんだよ。幼稚園にポスターが、貼ってあったよ。みんな大好きって言ってた。可愛いねぇ」
―― 可愛い?
首をひねる母親の手を女の子が、引っぱった。
「ママ、ゑび子ちゃんの所に行こう」
「畜生っ。やっと、撒いてやったぜ」
ゼグドは、みつけたベンチに腰を降ろし、息をはいた。
この世界に来て、ゑびす商会と雇用契約を交わし、今日が初仕事だ。これまでの傭兵の仕事なら剣を振り回していればよかったが、そうはいかなかった。
ゼグドは、今は白い綿入りの手袋の下にある節くれだった指を手で触れた。その指には、二日前からゑびすの顔を模った指輪が嵌められている。
この異界の地に降り立ち、ゑびす商会と契約を結んだ日の事だ。
「なんだと。じゃあ、丸腰で歩けってのか」
鬼頭の言葉にゼグドが噛みつくと、鬼頭は、やはり爽やかに応えた。
「はい。この国では、長さが6cmをこえる刃物を持っていれば、銃砲刀剣類所持等取締法により2年以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられます」
「そんなんで何が出来るってんだ。爪の垢ほじくるぐらいしか出来ねえだろうが」
「法律ですから。それにここは、極めて平和なのです。一般人は、武器を持ち歩く必要はございません」
その後、ゼグドの代名詞でもある大剣とバスターソード、レイの細剣と弓矢は、ゑびすの神力でこの指輪に姿を変えた。念ずれば、直ぐに手の中に現れるようになっている。しかし、人前では出してはいけないと秘書の鬼頭からきつく言われた。
そして、もう一つきつく言われていたのが、訳のわからないこのかぶり物だ。鮫島女史から、仕事中は、絶対に外してはいけないと言われていた。
「畜生っ。ガキどもめっ」
ゼグドは、また吐き捨てた。今日の敵は、妖異でもなく獣でもなくガキどもだった。無邪気と言えば聞こえはいいが、遠慮も容赦もない子どもは下手な妖異よりも厄介だった。
抱きついてきたり、握手をねだられるならまだいい。パンチやとび蹴りをしてくるガキもいる。痛くも痒くもないが、ただムカつく。親も笑って見ているだけだ。躾も何もあったもんじゃない。
おまけに『ゑび子ダンス』なるものを踊れと責め立ててくる。おかげで、春先とはいえ暑くて仕方がない。ゼグドは、〝 頭 〟を外した。
「わぁーーん、ママっ。……ゑび子ちゃんが……」
見れば、小さな女の子が鳴いていた。
「ちょっとあなた、子どもの夢を壊さないで。その汚い顔をすぐにしまってっ」
母親が、喚いていた。