7話 根城
ゼグドは、卑弥呼からの差し入れの鍋を抱え、ゑびすビル4階にある自分たちに与えれられた根城のドアを開けた。狭い玄関は、ゼグド一人でいっぱいだ。
「守銭奴のゑびすめ、こんな狭い部屋を宛がいやがって」
毒づいたゼグドは中に入るため片足をあげたが、「おっと」と言って、あげた足を戻した。
昨日、秘書の鬼頭が、この部屋を案内したとき、
「この世界のこの日本という地域は、家に入るときは靴を脱ぐのです」
と言ったのだ。正直言ってあり得ないと思った。
ゼグドたちのいた世界では靴は高価なものだ。壊れても何度も修理をして履くのだ。その大切な靴を履いたままでいれば盗まれる事もないし、仮に何か事が起きても直ぐに動ける。
それに対し、鬼頭は、いつもの爽やかな笑顔で「ここでは、滅多に〝 事 〟は起こりませんから」と言い、必ず脱ぐように念を押して行ったのだ。
「郷に入れば郷に従え、か」契約時の不味い飴のお陰で、そんな言葉が頭に浮かんだ。
ゼグドは、面倒だと思いながらも靴を脱ぎ捨てると、狭い廊下を進んで行った。廊下の片側にはトイレや風呂などの水回りがあり、反対側には四畳の部屋がある。
付き当たりのドアを開けると、殺風景な八畳程の居間と台所があり、その奥に六畳の和室と洋室が並んでいる。和室には、当然畳が敷かれている。
ゼグドは、鬼頭から、和室とは、寝る時はこの上に布団を直接敷く、またそのままごろごろ出来る部屋だと聞いて、直ぐに自分の部屋に決めた。これで、寝ぞうの悪さからベッドから落ちることもない。
レイの洋室には、安っぽいパイプベッドが置かれた。
八畳の居間には丸いちゃぶ台がある。鬼頭が用意した数少ない調度品の一つだ。
そのちゃぶ台の前に神通師レイが胡坐をかき、立て掛けた板の様な物を食い入るように睨んでいた。
「おう、帰ったぜ」
「……」
ゼグドが声を掛けたが、レイはそのまま動かない。
「何をそんなにムキになって見てんだ」
「……」
レイは、やはり動く様子もなく、ゼグドは、とりあえず聞きたいことだけを口にした。
「寝てなくていいのか」
やっとゼグドへ顔を向けたレイは、煩いとでもいうように溜息を吐いた。
「お前たちが騒ぎ過ぎるだけだ。もう何ともない」
そう言うレイの唇は、まだ若干色が悪い。加えて、目の前にいるレイの姿は、どうもしっくりこない。ゑびすの神力で、瞳と髪が、銀から黒褐色に変わった。それだけでない。
レイは「神気を宿す為に伸ばしていたが、神気がないのなら邪魔なだけだ」と、腰まであった長い髪を肩を超えるほどに小刀でバッサリと切ったのだ。もちろん毛先は不揃いで、今は無造作に束ねている。本人は、自分の見てくれなど無頓着だが、それでも様になっている。
レイは、また板に向き直り言った。
「さっき、鬼頭が、これを置いて行った。この中に、外来者外来種の情報が入ってるそうだ」
そう言われ、ゼグドも覗きこんだ。中には、画像や文字、数字が映っている。昨日飴玉から得たこの世界の情報を引っ張り出すと、確かこれは、 のーとぱそこん という物だ。
「ふーん、鬼頭がねぇ。御親切に。……だがな、レイ、気をつけろよ」
ちらりと胡乱げな視線を向けるレイにゼグドは続けた。
「あいつはよ、狸の手下だけあってかなりの狸だぜ。親切そうに振舞っているが、要は俺たちをここに囲い込み利用するのが狙いだ」
ゼグドの相棒レイは、普段は捨て猫のように警戒心が強い。しかし、育ちの良さが出るのか、ひょんなところで詰めが甘いのだ。
レイは、ゼグドの言葉にむくれる様に唇を尖らせた。頭脳明晰、沈着冷静な神通師は、26になるはずだが、時に子供じみた仕草が顔を出す。
「そんなことは、わかっている」
凄腕の剣士と神通師は、異界で二度目の夜を迎える。