この装備は呪われているので外すことができません(短編)
こっそりと流れに乗って流行っているらしい乙女ゲー系のものを載せてみました
昼休みを告げる鐘の音。それは高崎カンナにとっては憂鬱の時を告げる忌まわしきものだ。今日こそはこの生ぬるい地獄を逃れんと決意を胸に鐘と同時に席を立つが、それよりも早く腕にむにゅっと柔らかいものが押しつけられた。
「カンナちゃん、一緒にお昼食べよっ」
なにが嬉しいのか満面の笑みで腕に抱きついてくる様はまるで子猫のように愛らしく、弾む声は駒鳥の囀りのような華やかさがある。揺れるハシバミ色の柔らかそうな髪からは女子特有の良い匂いがし、こちらを見つめる新緑の瞳はキラキラとして眩しい。
この絵に描いた様な美少女の名は桜井美波。入学早々、学園一の美少女と謳われるモテ女である。世の男性よ羨むが良い、そして今すぐに代われ。ただの美少女には目の保養的な興味があるが、波乱と厄介事しか生み出さない美少女型迷惑製造機に私は興味はない。
「いやぁ、今日はその」
「あっ!てめっ、美波から離れやがれ庶民女!」
「また君か。相変わらず良い度胸してますね?」
「やっほー、美波ちゃん。あぁ、あと庶民さんもコンニチワ」
「…美波、汚れるよ?」
私が今まさにお断りしようとしたとき、それらは黄色い悲鳴と共に来襲した。そして(今に始まったことではないとはいえ)この散々な言い様にコイツらの無駄に素敵な面を某菓子パンヒーローの顔のようにパンパンになるまでビンタしたい衝動を抑えながらも「…ごきげんよう、生徒会の皆様方」と片腕に桜井美波をひっつかせたまま一礼する。だが当然奴らは私の存在を無視する。しなかったらしなかったで色々文句言うくせに、したらしたらで無視するとか理不尽の極みすぎるんですがそれは。
「悠里の言うとおりだ。美波、こっちに来い。そんな汚物といたら穢れるぞ」
無駄にイケメンで無駄に権力があって無駄に金を持っている集団こと生徒会の大将である祠堂司がこちらをまさしく汚物を見るような目で睨む。仮にも生徒の模範であるべきの生徒会メンバーの筆頭が公衆の面前でそんな言動してていいのかと小一時間問い詰めたい。
「美波、いい子ですからこっちに来なさい。その人は君の友人に相応しくない」
遠野雅人、お前は桜井美波のオカンか。あの子と遊んじゃいけませんってか。いや、それはそれで大いに結構なんですけど。だとしたらお母さん、ちゃんと娘さんの手綱握ってて下さいよ。つか仮にも生徒の模範であるべきの生徒会のナンバーツーがそんな言動してていいのかと小一時間(以下略
「…呪う」
え、なんかすっごい物騒な単語が聞こえてきたんですけど。そして回堂悠里、その手に持っているものを離せ。今すぐその私のネームプレート付き藁人形を離せ。つかそんなものどっから出した。まさか持ち歩いているのか。だとしたら色んな意味で怖い。
「まあまあ悠里、それは分かるけどそんな怖い顔してたら美波ちゃん怖がっちゃうよ?」
ツッコミどころはそこじゃねえだろ園縁美羽。下半身だけじゃなく頭までイカレてんのんのか。お前なぞブルーベリー色のイイ男にホイホイされて新たな境地♂に達してしまえばいいのに。あとそんなんでビビるほど桜井美波はか弱くないと思うよ。
おかしい。おかしいったらおかしい。なんで私はこんな限りなく灰色に近い学園生活を送っているんだろう。ああきっとこれは姉のせいだ。あんな呪いじみた言葉を私に送った姉が悪いんだ。そうだ、そうに決まっていると私はあの日を想起する。
◇
「カンナ、あなたはヒロインになるのよ」
「ちょっとなにいってるかわかりませんね」
それは望月学園への入学を控えた前夜のこと。姉は神託を下す巫女のように、あるいは自分の無念を子に継がせようとする親のようなそんな真面目な表情で姉はそう告げた。なまじ容姿が整っているだけに様になっているが、どこからどうみても頭が弾け飛んでいるとしか思えない発言です。本当にありがとうございました。
「いいから聞きなさい愚妹。望月学園での三年間、貴女の人生最大のモテ期が到来するわ。豊作どころの話じゃなくバブルよバブル。いいこと?絶対に何が何でも釣った魚を逃がすなんてヘマはするんじゃないわよ」
国の存亡をかけたミッションを新兵に通達する司令官みたいな、そんな鬼気迫る顔で姉はソファで寝っ転がって雑誌を読んでいる私を見下ろす。面倒だが、見下ろされるのは性に合わないので起き上がって立ちあがると「なに、占いでも始めたわけ?」と疑問を口にする。姉の言っていることは滅茶苦茶だが、性質の悪いことに姉の目は本気だった。だから下手に流すことも茶化すこともできず、一番現実味のある回答を期待しての質問だったのだが
「はぁ? 違うわよ、これは…そうね。神様のプレゼント、かな」
…姉は電波を受信したらしい。たぶん火星とか金星とかその辺りからの人類には解読不可理解不能な電波を。我が姉ながらこれはちょっと、引く。だってこの人の目は嘘とか冗談をついている人間の目じゃないのだ。かといって正気を失っているわけでもない。理性と知性を持ち合わせたまま、こんなキチったことを口走っているのだ。こわすぎる。
あながち神託を受けた巫女のようなっていう表現は間違いじゃなかったらしい。うわあ、なにそれ気持ち悪いと頬が引きつりかけている私なんて気にもせず「話を戻すけど」と姉は電波な話を続けた。
「とにかくそういうわけだから自分の身の回りに起きたこと全てを毎日報告すること。いいわね」
「いや。いやいやいや。なにがそういうわけなのかさっぱりなんですけ」
「いいから黙って言うこと聞く!」
「あぶなっ!?」
信じらんねえ。この姉、実の妹の腹にミドルキックぶちかましやがった。私が身を翻して脚掴まなかったら確実に119番ものだわ。いつまでも持っているわけにはいかないので脚を離すと、姉は「ふん、伊達に私の妹やってないわね」なんてしれっとほざいてるし。もうイヤこの姉。なんでこんな人の妹に生まれてきたんだろうか。せめて姉か兄だったら、小さいうちに矯正してやったのに。
もう付き合ってらんねーと思った私は読みかけた雑誌を持ってリビングから脱出する。これ以上、この電波バリ3で受信してる人間と同じ空気吸ってたら、こっちまで変なアンテナ機能付きそうだと判断したからだ。背中越しに聞こえる「絶対だからねー!」なんて声を聞きながら二階にへ上がっていく途中で
「お。これから塾?おつかれー」
「…」
ばったりと弟と会った。昔はねーちゃん、ねーちゃんと私の後ろを子犬のように着いて回っていた我が家の可愛い末っ子だが最近じゃ難しい年頃なのか目が合ってもすぐに逸らされるし、姉ちゃんじゃなくて名前で呼び捨てにされるし、一緒にゲームしてくれなくなった。あ、なんかすげー寂しくなってきた。
「勉強も大事だけどちゃんと休みなよ? アンタ、昔から変に我慢する癖あるみたいだから」
「別に、お前には関係ないだろ」
はい、思春期特有のぶっきらぼうでトゲトゲなセリフいただきましたー。お前、それ言う相手が私だから良いもののあの姉相手にやったら子孫終了するぞ。いや、マジで。あの姉、仲間外れとか疎外感感じると泣きわめいて暴れ出す人なんだから…いやほんと。今更だけど、あの姉マジでめんどくさい人だな。あ、でも弟も一応鍛えてるからそんな簡単にやられないか。
「なあ」
「ん?」
「…いつ帰ってくんの」
「んー、補習とかなければ夏休みかなぁ…ていうか、え、なになにぃ? そんなこと聞いてくるってことは、もしかして私と離れるのが寂しいとかってことあ痛ァ!?」
「っ、うっぜえんだよアホカンナ!」
軽い冗談だったのに眉間に思いっきりデコピンを叩きこまれた。それなりに手加減してくれてんだろうけど普通に痛いという。まあ思春期の複雑な時期だって分かってんのに変にからかった私も悪いんだろうけどさ。眉間を押さえながら顔を上げるともう弟いないという。うっわあ切ねえ。
「はぁ…なんなの私の家族」
姉は情緒不安定な電波だし、弟は思春期のギザギザハートだし、両親は相変わらず放浪してるし…あれ。まともなの私だけじゃね? まあいいや。夏休みまで顔合わせないし。それまではちょっとは心にゆとりのある生活が送れるだろうと明日の入学式に備えて早く寝ようと、自室に戻った。
――なにがゆとりある生活だ、なにがヒロインだ、なにがモテ期だクソ姉め。ちょっと期待した私の純真な希望を返せちくしょうめ。なにが悲しくて、こんな望みもしない修羅場の中心にいなきゃいけないのか。呪いだ。これは確実に姉の呪いだ。だれか強力な呪い返しアイテムをくれ、解呪アイテムでもいい。
「うるさぁあい!私はカンナちゃんとお昼ごはん食べるの!ね、カンナちゃんっ」
同意を求められるが私はそれに「だが断る」という意思を乗せた苦笑いを浮かべる。だが効果はないようだ。ちくしょう。
「だからそんな女のどこが…えぇい!貴様、一体どんな汚い手を使って美波を誑かした!」
「美波、騙されてはいけません。戻ってきなさい」
「副会長ー、女の子に命令系の言葉使うと嫌われちゃうよぉ?」
「戻ってきて、美波」
そんな現実逃避はさておき、ここからどう逃げるか。馬鹿正直に「いや、そっち行けよ」と言えば「そんな、こんな奴らに気を使わないで!」なんてトンチンカンな答えが返ってくるのは実証済み。具合が悪くなったから保健室…は昨日使ったからしばらく使えない。トイレ…は逃げ切れない可能性大だし。用事を思い出してー…も同じようなものか。だとしたら、残っているのは――
「桜井さん」
「ん? なーに、カンナちゃん」
「バンザーイってやってごらん?」
にっこりと。出来るだけ不自然にならないように自然な笑みを浮かべてそう言う。キリングフィールドから正面突破のエスケープ。チャンスは一瞬だ。逃がすなよ私。
「…? ば、バンザ」
その瞬間、私を拘束していた桜井美波の腕が離れる。こいつが頭の足らないお馬鹿さんで本当に良かったと心の底から感謝しながら私は地面を蹴った。背中で「あっ!」なんて声が聞こえたが聞いている暇なんて無い。集まっていた野次馬の群れの間をすり抜け、廊下に出る。走って、走って、走って――私はようやく、人気のない場所まで来て息を整えながら一人、前髪を掻き上げながら「ふっ、ざまあみろヴァカめ」と口角を吊り上げながら吐き捨てた。
それに同意するように腹がくうと鳴って、私は昼飯を食いっぱぐれたことに気づいて脱力したのであった。お弁当は教室。財布も教室。つまり今の私が昼食を調達する術はない。
「…図書館行こう」
腹が満たされないのはもう確定事項なのでせめて暇を潰そう。あの聖域なら桜井美波も生徒会連中も迂闊に騒げないだろうし、なにより昨日入荷した本が気になる。「ニートな亀と下剋上な猿」とか気になり過ぎる。
そう踵を返そうとした瞬間、背中にでっかいマシュマロを押し付けられたような感触と腹に巻きつく腕が眼下に見えた。そして風に乗って鼻腔をくすぐる女子特有の良い匂い。たらりと背中に冷や汗が伝い、思考は逃走経路を導き出そうとする。しかし、思考の結果行きつくのは真っ赤なエラーの表示だけだった。
「えへへ。カンナちゃん、みーつけた」
「あはは…ミツカッチャッター」
更に腕に絡まってくる桜井美波を見て「この装備は呪われているので外すことができません」というゲーム風のコマンドが見えたような気がした。世の中、クソゲーすぎる。